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広島県、八本松駅にて僕は電車を降りた。改札を抜けそのまま歩道橋を降りる。流石に昼過ぎの時間帯であれば訪れる人間も少ない。田舎、とまでは行かないがあるものと言えば住宅街にコンビニ、スーパー等である。もっぱらこの時期ならば、広島市内に行く方が断然遊べる。だが、僕の目的はあくまでも遊ぶことではない。ただちょっとした散歩程度なものである。
歩道橋を降りた先、小、中学校のある方向に向かい歩を進める。車道沿いの道をゆっくり、思い出とは言い難い道を歩く。
数分と歩かない内に分かれ道にたどり着く。車で進むには狭い道。そちらを選択し、景色を眺めながら独りで歩く。チラッと視界に中学校が入るようになった頃、視界の端に赤く光るなにかを見つけた。が、あえて詮索はしなかった。
構わず、歩を進める。五分と経たない内に中学校の方まで抜けて出る。車道と合流した辺り。僕の、いや、目的地はあともう少しだ。今となっては廃墟同然となった保育園を抜け、小学校を抜け交差点までたどり着く。
依然として、赤い、宝石のような光りは視界をちらつく。車道を渡り、たどり着くのは児童公園であった。
思い出と言う程でもない、酷い話だ。ただそこにあるだけの記憶。どうと言うことはない。
児童公園に入り、奥のベンチに腰かける。ここが目的地だ。目が眩むほど赤い光りは強みを帯びていた。蒸し暑さが嫌に僕を焦がしていく。そして、その光りは歪みへと変わった。1点を軸に世界が捻られ、湾曲する。目眩と、酷い耳鳴りに苛まれ。ただ項垂れることしか出来なかった。これでいいんだと自分に言い聞かせ、過ぎるのを待つ。
脳ごと視界を揺らされるみたいで酷い吐き気に見回れる。過呼吸の影響で手足が痺れ、なにかに捕まれたみたいに動かなくなる。冷や汗が垂れる。呼吸もままならず、思考もまとまらない。「助けて」の言葉だけが嗚咽と共に出てくる。金縛りと共に意識が薄れ、やがて声を出しているのかも解らない状態がずいぶんと続いた。
カラリコロリと、アスファルトと何かしら固いものが擦れるような音で金縛りから解放される。本能的に察知する。来た、と。
見上げれば、僕の視界は真っ赤に染まっていた。気温は焼けるように熱く、対照的に僕の肌は驚くほど冷たい。貧血の症状に似ている。
辺りを見回す。あれからどれ程経ったのかは解らないが、数時間も経ってはいないはずだ。公園の時計を見ると、2時を過ぎた辺りを指している。車の通りは無く、喧騒もまた聞こえない。昼間の住宅街と言うにはあまりにも不自然に静かであった。
そんな中、またカラリコロリと音が聞こえる。何となく予想がついた。これはアスファルトと蹄鉄のぶつかる音であると。
解ってはいた。僕が呼ばれていることくらい。だってそうだろう。こいつの人生は俺のせいで終わったと言っても過言じゃないのだから。
カラリコロリ。間近で聞こえるその音の方を見る。数メートル先、姿は見えないものの赤黒い空間の歪みとして公園の入り口になにかが居るのだけは解った。
こわばる身体を無理矢理動かす。立ち上がり入り口の方へと向かう。
カラリコロリ、近づくその歪みと相対する。
「僕が憎いか?」
そう問いかけた。無論返事はない。あせる必要など無かった。そもそも、今の僕にはそれだけの力なんて無い。だから、ゆっくり歩き出す。ある場所に向けて。来た道を帰る。後ろからは蹄鉄の音が一定のリズムで聞こえる。
歩道橋の辺りまで戻ってきたところで、階段は登らずそのまま右に進む。少し行くとまた右にそれる道があり、そこをひたすら道なりに進む。その間もあいつは律儀に僕のあとをついてくる。
「お前を祓うならここが一番いい。」
八本松には四国お遍路参りと同じものが存在する。規模は小さいがやっていることは同じだ。そして、ここが僕にとって1番やりやすい場所なのだ。
山道に続く一歩手前ほどに、小さな石像がある。カラリコロリ、あいつはいつの間にか僕の真後ろまで来ていた。刀印を組み、唱える。
「ノウマク・サラバタタ・ギャティビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カン」
唱えた真言は不動明王の火界咒であった。こいつはこうしないといけない。また約束を破ったのだから。火界咒、それは正しく全てを焼き尽くす炎。何もかもを、目の前の歪みを焼き払っていく。あいつの記憶を焼き払っていく。
「これでいいんだ。」
呟いた瞬間、炎が僕の視界を焼き尽くした。
ぽつり、僕は立っていた。何もかもを焼き払い、しがらみを無くした僕はその場をあとにしようとする。
視界に赤い光が輝く。それは先程まであの歪みが居た場所に落ちていた。
あいつそのものは完全に祓った。ともすれば僕の心当たりは1つだけだった。
数年前、御守りとして渡したルビーのネックレス。あいつは赤のよく似合う奴だった。
これが今回、僕と再び縁を交えることになったのだろう。
「もう2度と関わるなって言ったろ…。」
ぼやき、そのネックレスを持ってその地を後にした。
後日、ネックレスは僕とは無関係な山の中に埋めた。本来あるべき場所に還したのだ。
それ以降、僕は何事もなく暮らしている。恐らくはあいつの姿をまともに見ていれば僕はこの世にいなかっただろう。カラリコロリ、イヤホン越しにも染み付いた蹄鉄の音は離れない。
ぽつり、カラリコロリ 烏の人 @kyoutikutou
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