第16話 天に届く剣となる

「うーん、良い朝! 温泉気持ち良かったね、残花」


 翌朝、仁道家の居間で布団を畳み、身支度をする私と残花。


「ああ、長旅の疲れがよく取れた」

「ホントホント! もう体とろけちゃったもん! 仁道家の布団もふかふかで最高だったし」


 残花の着物の合わせから、ひょこと白兎が顔を出す。私は白兎に顔を寄せ、優しく撫でた。


「今日からまたよろしく、白兎。白兎の背ももふもふで最高だからね」


 白兎は満足気にむふうと息を吐き、また残花の懐に潜っていった。残花は腰に二刀を差し、襖を開ける。


「さあ、行くぞ」

「あ、待ってよ」


 私も慌てて腰帯に札入れを結び付け、庭園沿いに続く長い廊下を行く残花の後を追った。


「おう、もう出立か」


 立派な白石敷きの庭園で、斬灰刀を素振りする断十郎が声をかける。随分と汗だくだ。こんな朝早く、いったい何時から剣を振っていたのだろう。私達は立ち止まり、残花が返す。


「ああ。精が出るな、断十郎」


 断十郎はザンと地に斬灰刀を突き立てた。


「たりめえだ。……なあ、残花」

「何だ」


 断十郎は一呼吸置き、残花に問う。


「正直に言え。今の俺は……に勝てると思うか」

「無理だ」


 残花は容赦無く即答した。が、断十郎は怒るどころか努めて冷静に頷く。


「……だよな」


 残花もまた冷静に頷いた。


「もともと豪円の技は天下一品だ。剣筋を読む洞察力に、円を描き相手の力を利用して受け返す攻防一体の妙技。加えて灰人と化して得た剛力に、一刀で灰と化す獄炎刀。……もはや、剣士として極致の域にあると言っていい」


 断十郎はぎりりと拳を握り締める。


「ああ、昨日の親父は手え抜いてやがった。最後も、俺とお前の二人がかりだったからこそ、何とかなった。が、黄泉を斬る時に、もし親父がそこにいたら――そうは行かねえ」


 断十郎は真っ直ぐな力強い目で、言葉を続ける。


「残花。お前は黄泉を斬れ。俺は――親父を斬る」


 黙って頷く残花を見、さらに言を紡ぐ。


「夕べ、お前らとの話の後な、俺もどうすべきか考えた。武家の総本家たる仁道家の当主として。残花は黄泉を斬る。タネは御神木を治し灰を消す。俺は、何ができる? 何をしなきゃならねえかって」


 断十郎は斬灰刀をぐんと片腕で持ち上げ、天に突き上げた。


「考えても考えても、やっぱり俺には剣しかねえ。これからも、ずっと剣を振る。この剣が、いつか親父に届くまで」


 振り上げた斬灰刀を、再びザンと地に突き立てる。


「が、それだけじゃ駄目だ。民を守る手も要る。天下の合戦に向け、地固めしなきゃならねえ」


 断十郎はやや黙った後、とうとうと語り出した。


「……三ヶ月前に親父が死んですぐ、俺は嫡男として当主を継いだ。名ばかりの当主だ、誰も認めちゃいねえ。俺は、どうして良いかわからなかった。政ごとなんざちっともわからねえしな」

「……大変だったね」


 私の言葉に断十郎は頷き、続ける。


「俺にできるのは剣を振るうことだけだ。だから、来る日も来る日も剣を振った。己の力を見せ、従わせようとした。……結果は、見ての通りだ。どうしようもねえ重責だけが、俺の背にのしかかっていた。……が、今ようやく目指す道がわかった」


 断十郎は私を真っ直ぐに見、言う。


「それを気付かせてくれたのは、お前だ。タネ」

「え、私!? 私何にも言ってないよ?」


 断十郎は静かに首を横に振る。


「正直、お前のことはただのやかましい小娘だと思っていた。だがお前は懸命に御神木を治し、皆を笑顔にした。……結果、いま里で最も信を集めているのはお前だ」

「え、私そんなつもりは――」


 手をぶんぶん振る私に、断十郎は続ける。


「わぁってる、お前は信を集めようとしたわけじゃねえ。結果としてついてきただけだ。なら、俺もそうする。俺は剣を振るう。灰人を斬る。背の傷が治り次第世界中駆け回って、世の武家の皆と共にひたすらに斬る。……俺は親父みてえになれねえと、ただ拗ねたガキだった。力を誇示し、己を認めさせようと剣を振るっていた。それじゃあうつけ者と見放されてもしょうがねえ」


 断十郎は腹から太く言を発する。


「もう自己を顕示するための剣は振らねえ。真に人の為に剣を振るい、信を得る。そうして俺は地を固め、天に届く剣となる」


 残花は力強く頷き応える。


「頼りにしている」

「任せとけ」


 私はたっと廊下から庭園に裸足で降り立ち、断十郎の手を取った。


「ね、断十郎。もう私は信じてるから。すごく立派な当主だよ! 絶対、天に届く!」


 断十郎は少し照れたように、にいっと笑った。


「ありがとよ。タネ、俺も信じてるぜ。お前なら世界中の灰を消すと」


 私も力強く頷きながら笑う。きっと、雲の上のお日様のように。


「うん、任せて! 御神木を治して、世界中に花と笑顔を咲かせてみせるから!」


 私と断十郎は自然に手を離し、私はたたっと廊下の残花の横に戻った。残花が断十郎に一礼する。


「ではな、断十郎。世話になった。いや、これからも世話になる」

「じゃあね、断十郎!」


 私も断十郎に手を振って、玄関へ向かう残花の後を追う。断十郎は、「じゃあな」と大きく手を振ると、また黙々と斬灰刀を振り始めた。飛び散る汗を輝かせながら。


 ◆


 ――こうして私と残花は武ノ里を発った。断十郎も、じきに里を発つだろう。世界中の武家を巡って、共に灰人を斬り、信を集める旅に。きっと、今よりずっとずっと強くなるに違いない。そして断十郎の剣は轟炎に届き、全ての武家と一緒に力を合わせ、私達皆で天に届く剣となるんだ。


 その為にも、私も自分のできることを精一杯しなきゃ。御神木を治して灰を消し、皆を笑顔にするんだ。次に目指すは、いよいよはるか広大な海を司る御神木。これまでとは桁違いの苦労を伴うだろう。でも、やるっきゃない。


 私と残花は白兎に乗り、色とりどりに花咲く大草原を駆けていく。南へ南へ、灰洋に浮かぶ孤島、沖ノ島を目指して――。

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