第15話 ふたつの道
「まずは黄泉からの言伝だ。ありゃ何だ、禅譲せよだの、約定の時だの」
すっかり暗くなり、揺れる篝火が照らす山頂近くの温泉で。へりに腰かけ、足だけ湯に浸かる断十郎は、続けて残花に言う。
「俺は黄泉ってのはとにかくこの世を荒らす奴だと聞いていた。何かを求めてるなんてえのは初耳だ。んなこた教えにもねえ」
残花はぐい飲みを湯に浮かぶ盆に戻し、答える。
「俺には桜花の剣とは別に『ある力』があり、それを任意の者に譲ることが出来る。言い換えれば、俺が譲らぬ限り何者も奪うことは出来ない。黄泉はそれを譲れと言っているのだ。さもなくば、約定の時に世を再び焼くと脅してな」
……いきなり初めて聞くことがいっぱいだ。私もおちょこを盆に戻し、耳をそばだてる。断十郎がさらに問う。
「何だ、その『ある力』ってのは。力を譲るってのはどういうことだ」
断十郎の問いに、残花は目を伏せ首を横に振った。
「力の内容を語ることはできない。譲られた者のみが知り、またそれを知ること自体が力となるからだ。これは世の理。俺にもどうにもできんことだ。譲るとは、この命尽きる時、その力をただ一人に託すこと。この力は俺が散る時にのみ譲ることが出来るのだ」
「そんな! 絶対ダメ!」
私は思わずザバッと飛沫を上げて立ち、大きな声を出す。残花の話の内容は正直理解しきれて無い。でも、譲るっていうのが残花が死ぬってことなら、それは絶対ダメ。そんなの、嫌だ……!
大声を出した私をよそに、断十郎が何かを納得したように口を開く。
「……何故、葉桜家が代々樹法師を輩出し、黄泉と戦い続けているのか不思議に思っていた。託されたんだな、王花から。力の内容を語れないのはわかった。その力を黄泉が得たらどうなる」
残花は、真っ直ぐ断十郎を見据えて答える。
「もしこの力を譲れば、黄泉は……全てを手にするだろう」
……! 私も断十郎も、残花の言葉に目を見張った。それは、世界の支配者になるってこと!? 今でも灰人を送って人々を脅かす黄泉が、全てを手にしたら。もう、どんな不幸がこの世に起きても不思議じゃない。残花は言葉を続ける。
「当然、譲らぬ。それ故、黄泉はこう脅しているのだ――『禅譲せよ、さもなくば開門から四百年後、再び天地を焼き尽くす』と」
「それが約定の時ってことか」
断十郎が問うと、残花が頷いた。開門って三百年前に煉獄の門が開いたことだよね。てことはあと――
「百年後、黄泉は再び煉獄の炎で天地を焼き尽くす。俺達はそれまでに黄泉を斬らねばならない。三百年の間その機会は無かったが、今は違う」
残花は視線を断十郎から私に移し、断十郎も私を見て口を開く。
「なるほど。希望の種ってわけだ」
「……!」
私はごくりと唾を飲んだ。残花が私に話しかける。
「桜花の剣だけでは黄泉に辿り着けなかった。タネの力が必要だったのだ。黄泉を斬るなら、今の時代しかない。この機を逃せば、天地は再び灰と化すだろう」
断十郎がふと言葉を挟む。
「……しっかし、葉桜家はそんな世界の存亡に関わる約定を何で隠してやがった」
残花は再び視線を断十郎に戻し、応える。
「まさに世界存亡に関わるからこそ、隠さざるを得なかった。……おそらく豪円は、黄泉の差し金でこの約定を知り、俺を斬ろうとしているのだ」
「はあ? どういうことだよ」
断十郎が首を傾げた。残花は答える。
「約定の時に天地を守る道は、二つあるということだ。一つは黄泉を斬ること。そしてもう一つは、黄泉に力を譲ること。前者は非常に困難で、後者は俺の意思次第。となれば、豪円が後者を選んでもおかしくはない。約定を隠さねば、後者を選ぶ者はもっと増えるだろう」
断十郎はバシャと飛沫を挙げて立ち上がる。
「はあ? 馬鹿かよ! 灰人を生んで世を脅すような奴だ。力を譲った後どうなるかわからねえじゃねえか!」
残花は頷く。
「ああ。黄泉は力を手にしたとて満たされず、なお渇望するに違いない。だから俺は黄泉を斬る。しかし、豪円も豪円なりに考えた末のことだろう。世の民を守る者として、より守れる可能性が高いのはどちらの道なのかを。黄泉の支配を甘んじて受け、終末を避けようとしているのだ。無論、苦渋の決断ではあっただろう」
「……」
残花の言葉に、断十郎は黙り込んだ。ふたりの会話に立ち尽くしていた私は、言葉を挟む。
「……でも、その道に笑顔はないよね」
残花と断十郎がハッとしたように私を見た。私は言葉を続ける。
「私さあ、林檎、苺、蜜柑と御神木を治して灰を消してきた。みーんな笑顔になってくれた。めでたやめでたやって。……これまで、黄泉のせいで皆心から笑えなかったんだよ。天も地も灰に覆われて、いつ灰人が出るかとびくびく怯えて」
残花と断十郎は黙って耳を傾けてくれている。
「そんな奴が世の支配者になるなんて、絶対ダメ。……しかもその為に……残花が、死ぬなんて、私……っ」
その先は、言葉に出来なかった。うつむき、ただ涙と嗚咽だけが漏れる。
残花がザバと立ち上がり、一言一言力強く言を発する。
「泣くな、タネ。俺は黄泉を斬る。斬らねばならぬ、必ず」
断十郎も言葉を続ける。
「ああ、当ったりめえだ! ぶった斬るだけよ!」
私はふたりの力強い言葉に涙をぐいと拭い、顔を上げて言う。
「……うん! 頑張ろ……!」
夜風が止み、蜜柑香る温泉に再び湯けむりが立ち込める。まるで、覚悟を決めた私達を温かく包み込むように。
◆
――残花から沢山のことを聞いた私と断十郎。あらためて黄泉を斬る決意を固めた私達三人は、もう一度湯に入り酒を飲んで笑い話をしながら、身も心も温め直した。白兎はのぼせたのか、上がってくるんと丸まっている。
また明日からそれぞれに道を歩み、世の平和を目指すんだ。みんなにこにこ笑える日を。だから今日は、ゆっくり温まろう。いっぱいいっぱい、三人で笑って――……。
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