第14話 残花の記憶と蜜柑温泉祭
◆――……
お日様が照らす真っ白な空間で、主と姫が言の葉を交わす。
『ねえねえ桜、なーんにも無かった大地もだんだん賑やかになってきたね!』
『うむ。御神木のもとに多様な命が育まれ、理想的な生態系ができたと言って良い』
『まーたムズかしいこと言ってる。楽しくやろーよ!』
『……そうも言っておれん。次は命が廻る仕組みが必要だ。死者の魂を焼き、造り直す場所が』
『えー、何か怖い。私そーいうの好きじゃない』
『好きとか嫌いではない。必要だから造るのだ。この世と対を為すとても重要な場所になる。俺達と並ぶ特別な神を置かねば』
◆
日の光届かぬ深闇に、黒き炎が轟々と燃え盛る中、ただ一柱の獄神が嘆く。
『……醜い……』
『……憎い……その光を、我が物に……』
『……寄越せ……寄越せ』
◆
◆
◆
「……譲れぬ。過ちは正さねば」
復活した巨大な蜜柑の御神木の下、残花はぎりりと拳を握り締める。
「また何か、思い出してるの?」
蜜柑を頬張る手を止め、残花に話しかける。御神木を治すと、残花はいつも何かを思い出して、ひとり呟く。御神木に何か強い思い入れがあるんだろうか……?
「……いや、何でもない」
拳と顔を緩める残花。……ほらまた、話してくれない。私はそれ以上聞くのは止め、手近な蜜柑の木の幹を削り、木札を作る。筆でちょちょいと蜜柑の絵を描いて、と。
「よしできた、【蜜柑の札】いっちょあがり」
「ほう、うまいもんだ」
断十郎が私の描いた札を覗き込んで言う。
「へへ、そーでしょ! ちっちゃい頃から本草図譜見て、いろんな草木の模写をしてたからね」
「それも修行か?」
「うん、母上にたくさん草木を覚えろって言われて……あれ?」
断十郎と話しながら、周囲の違和感に気づく。何だか、山のあちこちからもわもわと白い湯気があがり出した。私の視線に気付いた残花が言う。
「タネ、あれが温泉だ。灰が消え、湯けむりが立ちだしたようだ」
「あ、あれが温泉なの!? すごーい、灰で全然分からなかったけど、山のいろんなとこに湧いてたんだ!」
あらためて山頂から山を見渡せば、地面は草に覆われ、山肌には蜜柑の果樹園が一面に広がり、所々湯けむりが立ち上っている。緑と黄色が映えて綺麗な景色に、美味しくて、あったかい山なんて最高じゃん! ふと横を見上げれば、隣に立つ断十郎の顔も嬉しそう。断十郎は私と残花を見、言う。
「……仁道家当主として、あらためて礼を言うぜ。タネ、残花。お前らのおかげだ」
断十郎は、そう言って一礼した。わ、断十郎が頭を下げるなんて! 残花が真剣な顔で応える。
「礼を言うのはまだ早い。仁道家含め、これから全ての武家は大合戦に臨むことになる」
断十郎は頷く。
「ああ、わかってる。だが、今は礼をさせてくれ」
そう言って、再び頭を下げた。……何だかんだ言って、ちゃんと当主なんだなあ、断十郎。断十郎は頭を上げると、私を見て言う。
「……タネ、温泉に入りてえのか」
「え!? うん、入ってみたい!」
「よし、浴衣を用意してやる。好きな温泉に入りな」
断十郎はにっと口角を上げた。私は飛び上がって喜ぶ。
「えー、いいの! ありがと、断十郎!」
えー、私のこと認めてくれたらめっちゃ優しくなったじゃん、断十郎! やっぱ根はいい奴なんだ。
「よし、そうと決まりゃあ祭だ。武家中に令を出してソッコーで準備させる。皆で酒飲んで温泉と洒落込もうじゃねえか!」
断十郎は何だか楽しそうに言った。あ、こいつ酒飲みだな? 母上もそうだけど、武士って飲んべえが多いのかな。
こうして、私達三人は山を下りた。麓の陣に着くなり、断十郎は家の者や他の武家に令を出し、大急ぎで祭の準備をさせた。他の武士や奉公人達も楽しそうにばたばたと支度を始める。大変なことがあったんだもん、皆ぱあっと楽しいことしたいんだよね。幸い、試合参加者達と残花のおかげで灰人の被害はほぼ無かったみたいだし。
私はと言うと、御神木を治した恩人として断十郎に紹介され、武士や奉公人達から大もてなしを受けた。何でか鳴岳が「さすが俺様に勝った奴だ」とか自慢したりして。ひととおりもて囃された後、陣で蜜柑をぱくもぐしながら、のんびり待たせてもらった。
◆
――ブォオオオ、ブォオオオ……
やがて灰雲の空が暗くなりだした頃、山のあちこちに篝火が焚かれ、法螺貝が鳴り響く。今度は開戦じゃない、祭の合図だ! 実はやっぱり待ちきれず、山頂近くの2つの温泉が湧く場所に来ていた私。残花と断十郎も一緒だ。皆浴衣の上に一枚羽織って、入湯の準備は万端。
温泉には、幾つかの蜜柑が浮かべられている。爽やかな香りが心地良い! 他の武士や奉公人達も、それぞれに酒を持って山の温泉に入りに行っている。みーんなにこにこ緩んだ笑顔で!
――ブォオオオ、ブォオオオ
――めでたや みかん!
――ブォオオオ、ブォオオオ
――めでたや おんせん!
法螺貝と歌が山中に響き渡る。あは、皆楽しそう。私も入ろ!
「あ、こっちあんまり見ないでよ! 私はひとりで入るから!」
私が一方の小さな温泉を指差すと、断十郎がハッと笑う。
「だぁれがガキの体見るかよ! 自意識過剰が、もちっと育ってから言え」
「はああ!? 断十郎ひど! べー、私がイイ女になってから後悔しても知らないんだから!」
「言ってろ」
断十郎は私に背を向けてバッと羽織を脱ぐと、薄い浴衣に包帯が透けて見えた。近くの篝火が、その大きな背の包帯を赤々と照らす。
「あ……」
つい漏れた私の声に、断十郎が首だけ振り向いた。
「あ? ああ、背の傷か。お前の手当てのおかげでもう出血も無えし、痛くもねえ。ま、足湯で飲むっつうのもオツなもんだ」
断十郎はそう言って温泉のへりに腰かけ、足だけ浸かって一升瓶をかっ喰らう。……私に気を遣わせないように言ってくれてるのかな。ありがと、断十郎……。
「っかー、うめえ! おら、タネも残花もさっさと入って飲め! 武ノ里の酒はうめえぞ!」
……うーん、武士って、人に飲ませなきゃ気が済まないのかな。見れば残花も羽織を脱いで、断十郎の向かいに肩まで浸かっていた。いつの間にか隣にはちっちゃい白兎もちょこんと浸かって。めちゃあったまってるじゃん! 今度こそ私も入ろ!
私も羽織を脱ぎ、薄手の浴衣一枚になると、そろーっと足から湯に入る。熱くもなしぬるくもなし、ちょうど良い加減。肩まで浸かると、蜜柑の香りも相まって、全身とろける気持ち良さ!
「はあ゛あ~、気持ち良い~~」
「オッサンみてえな声出てんぞ、タネ」
思わず漏れた声が聞こえたみたいで、もう一升瓶を空けて次をかっ喰らう断十郎が突っ込んだ。残花も「ふ」と笑う。あー恥ずかし! 気分を変えようと、湯に浮かべた盆の上でとっくりからおちょこに酒を注ぎ、くいと一口。ん、キッと辛口、良いお酒。
「おいし。断十郎、美味しいよ、ありがと!」
「おお、うちの里の酒はうめえだろ」
向こうの断十郎に声をかけると、嬉しそうに返ってきた。残花もぐい飲みをくいと傾ける。
「うむ。さすが武に長けた里は酒も手を抜かぬ」
「残花あ、こまっしゃくれたこと言ってんじゃねえよ! 酒は『うめえ!』でいいんだ『うめえ!』で」
あれ、何だか聞いたことあるようなやり取り。ふふ、温泉とお酒で身も心もぽかぽかしてきた! ずうっとこんな気持ち良い時間が続けばいいのにな。……そうも、いかないんだよね。
断十郎が二本目の一升瓶を空け、ダンと地面に置いてグイと口を拭う。
「……さあて、残花。そろそろ話してもらおうじゃねえか。てめえの知ってること、洗いざらいよ」
しんと、静まり返った。もわもわと立ち込める湯けむりを、さあっと夜風がさらっていく。頬を
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