第13話 誰が為の剣

「黄泉様から、貴様への言伝を賜っている――」


 灰積もり、焼け落ちた御神木の立つ山頂。鎧武者【轟炎ゴウエン】は残花に向け、言葉を続ける。


「――『。約定の時は近い』」


 禅譲、約定の時……? いったい何の話をしているの? 残花は上がった息を整えながら、すらりと透き通る桜色の刀身を抜き、青眼に構えて言う。


煉獄あのよに帰り伝えろ。ただ『斬る』と」

「それは出来ぬな。煉獄へ帰るのは貴様だ」


 轟炎が鞘から大刀を抜くと、その刀身に黒き炎がまとわり燃える――!


「黄泉様から賜った、煉獄の黒炎纏いし【獄炎刀】。その身を一太刀で灰と化してくれよう――!」


 轟炎は言い終わると同時に、大上段に振りかぶって踏み込み、ゴウと風切り音を上げ、空を焼く一刀を振り下ろす! 残花はたいを横にかわし、すかさずがら空きの胴を薙ぐ。が、轟炎も跳び下がりこれをかわした。二人は互いに間合いを取り、構える。


 ――ザッ!


 同時に灰を蹴り踏み込む――! その後の一挙手一投足は、もう私には追いきれなかった。目にも止まらぬ斬撃と回避の応酬。互いに剣を振るう度、その軌跡が黒く燃え、また桜色に煌めく。いずれも当たれば一刀必殺、剣はただ風を斬る。高い緊張感が場を包む中、再び二人は間合いを取り、轟炎が口を開いた。


の【桜】も堕ちたものよ。その程度では黄泉様は斬れん。桜は炎に勝てぬが道理」

「ならば、道理ごと斬るまで」


 残花は身を低くしてザッと灰を蹴り、瞬時に懐に踏み込んで、下段から逆袈裟に切り上げる! 視界の狭い鬼面では見えにくい位置からの一刀!


「小賢しい――【つむじ返し】ッ!」


 轟炎は、残花の切り上げる一刀を沿うように払い上げ、勢いままに回転し技を返すように逆袈裟に切り上げる! 敵ながら、剣筋を完全に見切った攻防一体の凄業――!


 ――ヂッ!


「――!」


 残花は即座に跳び下がるも、獄炎刀がほんの僅かかすった袖が一瞬にして灰と散る。――一刀で灰と化すっていうのはどうやら本当みたい。かするだけでも灰と散るなんて……!


「――てめぇえッッ!!!」


 いきなり断十郎が吠え、斬灰刀を杖代わりにダンと立ち上がる。


「どしたの断十郎、まだ傷が――」

「るせえッ! 黙ってろッ!」


 断十郎は鬼気迫る顔でぎろりと私を睨んだ。さっきまで体を休めて残花を見守ってたのに、いきなり何!?


「下がっていろ断十郎」


 残花は剣先を轟炎に向けたまま、断十郎に声をかける。断十郎はかまわず斬灰刀を中段に構えた。


「下がってられるかッ! 残花、てめえも今ので気付いたろう。、他に使える奴ァいねえ――」


 断十郎は背の当て布に血を滲ませながら、剣先を轟炎に突き付け吠える。


「――そうだろ、仁道豪円オヤジィィッッ!!!」


 押し黙る轟炎に、断十郎は続けて捲し立てる。


「俺ん時は手え抜いてやがったな。技も見せず、炎も見せず。何故、何故、何故ッ! 何で黄泉の手先なんかやってやがんだ、てめえは武家の総大将だろうがよッ!!!」


 轟炎は残花に向け構えつつ、静かに口を開く。


「……儂はもう豪円ではない。黄泉様の炎で新たな心を得たのだ。お前も儂の跡を継ぐのなら、いずれ思い知るだろう。真に斬るべきは誰なのか」


 断十郎は残花の目をぎろりと睨み、再び轟炎を睨み付けた。


「……んなもん最初はなから決まってんだろ。領民を襲う奴ぁ斬る。たとえ残花だろうと、親父だろうと、ぶった斬る。それが武士ってもんだろうが、仁道家だろうがッ! 神のために剣振るってんじゃねえよ、クソ親父ィッ!!!」


 断十郎は大きく振りかぶり、重量のままに思いっきり振り下ろす! 同時に残花は轟炎の横に踏み込み一文字に薙ぐ。縦と横、いずれかは受けざるを得ない連携攻撃!


 轟炎は残花の剣を獄炎刀で捌き、断十郎の振り下ろしをかわし切れず受ける!


 ――ゴガァンッ!


 岩を斬ったような打撃音が響き、轟炎の左腕が甲冑ごと砕け散った。よし、これで轟炎はまともに刀を振れない。残花と断十郎の二人がかりなら、絶対勝てる!


「……今日のところはこれまでか。役は果たした」


 片腕を失った轟炎が、跳び下がり間合いを取る。


「逃がすわけねえだろが」


 再び刀を振り上げる断十郎と、横薙ぎに備え刀を後ろ下段に構える残花。轟炎は、黒炎纏う獄炎刀を、突然自らの腹に刺す!


「桜よ、確かに伝えたぞ。断十郎、儂は儂の義をもって剣を振るうのみ。次会う時には、もうお前でも容赦はせん」

「おい、待ちやがれ――」


 ――ボウッ!


 獄炎刀の黒炎は突如大きく燃え上がり、轟炎の身を包む。黒き炎塊は一瞬にして消え、轟炎は灰と散った。残花は音もなく納刀する。


「煉獄へ帰ったか」

「……ちっ……!」


 断十郎はどかっと地に腰を下ろした。……とりあえず、脅威は去ったと思っていいだろう。私は斬灰刀を札に戻し、札入れにしまう。断十郎は残花を見上げ、睨んだ。


「……後で洗いざらい話してもらうぜ。お前の知ってることを」


 残花はやや沈黙し何かを思考した後、口を開く。


「……いいだろう。話さざるを得まい」

「どいつもこいつも……俺に隠しやがって……親父……」


 断十郎がダンと灰地に拳を叩きつけた。


「……天下一御前試合も仕舞いだな。さすがにもう勝負どころじゃねえ……色々、ありすぎた」

「ああ、そうだな」


 断十郎……。亡くなった元当主の父が、まさかの噂の鎧武者で、しかも百の灰人を連れて武士達を襲うなんて。……本当に、色々ありすぎた一日だった。


「さあ、タネ。御神木を復活させるぞ」

「……うん」


 残花の呼び掛けに頷き、焼け落ちて真っ黒の炭と化した御神木の前に立った。腰までしかない御神木に両手を当て、気を込める。ここからは、私の番だ。せめて皆に、少しでも笑顔を。


「はああ……!」


 真っ黒の御神木が、根元から少しずつ色を取り戻し、周囲の灰が芽に変わっていく。林檎、苺と治してきたおかげか、体中滾るように気が湧き、送り込んでいく。


「よし、これまでの成果が出ているぞ! その調子だ!」

「はあああ……!!」


 残花の激励を受け、さらに気を込める。御神木は幹を生やし、天に向かって太く長くぐんぐん伸びていく。枝が分かれ伸び、葉が繁るに連れ、山中に芝や色取り取りの花が満ちていく――!


「……早い。これならば海も……」

「………………!」


 残花の呟きをよそに、体中の気を振り絞った。御神木はいよいよ真白の蕾を幾つも幾つもつけ、花開く。甘く爽やかな香りが辺り一帯に広がり、風に乗って山中に御神木と同じ種類の小さな木が生えていく。花のもとには林檎より小さな濃緑の丸い実が幾つもなり、黄色く熟していく――!


「よし、上出来だ!」

「――ぶはあっ、はあっ、ふう……」


 残花の声に、私は一気に息を吐き、ぺたんと芝に座り込む。


 ……――『もうやめて……』――……


 ……? ぜえはあと肩で息をする私の頭に、向日葵姫の切実な声が響く。何を? 向日葵姫の声は遠く、私にはよく聞き取れなかった。


「……」


 残花は、急に胸を締め付けられたような切ない目をして、実と葉の繁る枝越しに天を仰ぐ。……何、その目。私には向けたことない、何だか大人のひとの目だ。


「……話にゃあ聞いていたが、すげえもんだ」


 断十郎が、辺りを見回し声をあげた。見渡す限りの地平は緑と花々に色付き、山にはいくつも御神木と同じ木(大きさはもちろん御神木ほどじゃないけど。何てったって御神木は天まで届きそうなほどでかい!)が生え、一面緑と黄色の果樹園になっていた。私は息を整えながら、自慢気に返す。


「……はあ、ふう。へへ、どーだ、私のこと見直した?」


 初対面からやかましい小娘だのガキだって、ちょっとは見直したか! 断十郎はまさかの笑みを浮かべて頷く。あんたそんな優しく笑えるんだ!


「ああ、こりゃ文句無しの勝鬨かちどきだ。

「あ、名前で呼んだ!」


 私が驚いてつい声をあげると、断十郎はまたいつものぶっきらぼうな顔に戻った。


「……ちっ、認めたら認めたでめんどくせえ奴だ。やっぱやめっか」

「えー、やめないでよ、からかったわけじゃないんだから!」


 断十郎はふっと笑いをこぼす。なーんだ、最初は恐い奴かと思ってたけど、やっぱ良い奴じゃん! 多分、色々重い物背負いすぎて荒くなってるだけなんだ。


 息も整った私は本草図譜を取り出し、調べる。えーと、黄色くてちょっとだけつぶれたような丸い果実で、爽やかな香りがするもの……あった、これだ!


「……ミカン、蜜柑って言うんだ、あれ」

「ああ、そうだ。黄色く、酸味と甘味のあるとても美味しい果実だ」


 私の呟きに、残花が答えた。


「さあ、食べてみろ」

「うん!」


 私は御神木のそばに生えた普通の蜜柑の木からひとつもいだ。黄色い皮を剥いて食べてみれば、噛んだ瞬間ちょっと酸味のある甘ぁい果汁が口に広がる!


「おいしーーい! 林檎や苺も美味しかったけど、こんなに果汁たっぷりの果物は初めて!」

「……へえ、そんなにうめえのか」


 あまりの美味しさに元気になる私を見て、何だか食い気を出す断十郎。あんたもそんなとこあるんだ。やっぱり美味しいものは誰でも好きだもんね! 私は蜜柑をもぎ、断十郎に渡す。断十郎は皮を剥くと、ぽいとひとつ丸々口に頬張った。


「……むぐ、うめえ! こりゃあいい!」


 断十郎は驚いた顔をして、今度は自分で蜜柑をどんどんもいでいく。いつの間にか白兎も、もしゃもしゃと皮ごと蜜柑を頬張っている。


 蜜柑ってひとつの木からたくさんなるから、皆でいっぱい食べれるね。これもいつか根助に持って帰らなきゃ。……でも、まさか黄泉がこんなに灰人を寄越すなんて。皆、本当に大丈夫なのかな……。私は蜜柑を頬張って気を充実させながら、芽ノ村や獣ノ山に想いをはせていた――。


 ◆


 ――こうして、天下一御前試合は有耶無耶のうちに幕を閉じた。色々なことがありすぎて、とっても長い一日だった。でも、最後は最高の勝鬨をあげて、断十郎も笑顔になってくれて。


 ……これから、残花に色々聞かなきゃいけない。断十郎だけじゃない、私にも隠してる。残花のことだから、あえて隠してたのはきっと意味があるんだろうけど。どきどきする。聞くのがちょっと怖い気もする。これから、何が待ち受けているんだろう――……。

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