第12話 ただ信じ、剣を振るうのみ
「とにかく、残花と合流しなきゃ。でも、どこに――!」
私は蔦を伸ばして遥か頭上の高枝に登り、周囲を見渡す。あちこちで灰人が暴れ、木々が薙ぎ倒されたり、陣の白布が崩されたりしている。が、残花の姿は見当たらない。広い山のそこかしこで武士と灰人の戦いが起きてるのに、どこにいるかなんてそう簡単には――
「――そうだ!」
私は断十郎の言葉を思い出す。『俺の相手はお前だけだ、残花。山頂で待つ』――開戦前に断十郎はそう言った。だったら、残花も山頂に向かっていたかも。少なくとも断十郎は山頂にいるはずだ。そうと決まれば急がなきゃ!
私は蔦を伸ばして枝に巻き付け、高枝から高枝へと跳び移り、びゅんびゅん風を切って山頂を目指す。何人もの武士が、灰人と戦うのを横目に。
――見えた! 焼け落ちて炭と化した御神木がある。あそこが山頂だ! 御神木の周りは激しい戦いのためか灰煙が舞い上がり、三体の灰人にひとり囲まれた断十郎がうっすらと見える――助けなきゃ!
そう思った瞬間――
「おらぁあッ!!」
――ゴゴガァンッッ!!!
断十郎が吠え、突如灰人達が一撃で薙ぎ払われて崩れ落ちた。辺りにはいっそう灰煙が舞い上がる。斬ったのは、もちろん断十郎。大木刀を思いッきり横に薙ぎ、三体の灰人を一文字にぶった斬った! すご、何て馬鹿力なの!?
「断十郎、すごい!」
私は驚きの声を上げながら、高枝から断十郎のもとへ飛び降りた。が、断十郎が怒号を上げる。
「来んじゃねえッ!」
「え――」
――ボッ!!
気付いた時には遅かった。灰煙を切り裂くように煙の中から刀が振り下ろされ、鮮血が飛散する――私をかばって斬られた、断十郎の背から。
「あ……!」
「どけッ!」
私はどんと断十郎に突き飛ばされ、木に激突する。背を打ち息が止まった時、私は見た――立ち込める灰煙の中から、【鎧武者】が現れるのを。
「……!」
背格好は断十郎と同じくらい、全身を包む兜と甲冑は幾人もの返り血で赤黒く染まっている。顔は鬼面で隠し、表情はわからない。握る大刀は、ぬらりと鮮血を垂らす。……一体どれほどの命を斬ってきたのか、私でもわかるくらいおぞましい殺気が溢れ出している……! 間違い無い、こんな奴は他にいない――黒兎を殺した鎧武者だ――!
断十郎は即座に振り向き、鎧武者に剣先を向ける。あ……! その背は肩口から腰まで大きく斬られ、おびただしい量の血を流している。私のせいだ……私が不用意に飛び込んだから……!
断十郎の構えた木刀は、よく見ればもうボロボロだった。木刀で灰岩を断てば壊れるのは当然だ。むしろ、岩を斬れるのがおかしいくらい。
「おらあッ!」
断十郎はそれでも木刀を振るう。鎧武者はその重そうな見た目と裏腹に素早い足捌きで避け、容赦無く大刀を振るう。断十郎は辛うじて捌くも、木刀が徐々に削れていく。
斬る、捌く、返す、かわす――激しく風を斬る剣速と一撃必殺の豪腕、互いに寸前で受け、回避する体捌き。あまりに速く力強い達人同士の攻防に、私が入る隙が無い。悔しいけど、足手まといにしかならない……! 得物が削れ、出血が続く断十郎は、徐々に押されていく――!
「ちいっ、斬灰刀さえありゃあ……!」
悔しさを滲ませ、断十郎が呟く。そうだ、せめて私にできることを――! 私は札入れから即座に【天果の札】を出し、両手で握ってありったけの気を込める。
――これは、想像だ。鉄塊よりもはるかに重い、
「使って! 【天果・斬灰刀】ッ!」
私は思いっきり気を込めた天果の札を、断十郎の頭上高く投げる。天果の札は宙で光を放ち変化する――鉄より硬く、何より重い、特別な木製の斬灰刀へ!
瞬間、断十郎はボロボロの木刀を鎧武者に投げつける! 鎧武者が大刀で弾く隙に、断十郎は跳び上がって宙に浮く斬灰刀の柄を両手で掴み、全身の力を
「おらああああッッ!!!」
断十郎は吠えた。鎧武者が受ける大刀も、兜も、甲冑も――全部構わず一刀両断――!
――ゴガアアアンッ!!
鎧の中身は、他の灰人と同じ灰岩だった。真っ二つに別れた灰岩がさらさらと散る。
「うらあッ! どうだあああッ!!!」
断十郎は再び吠える。その『どうだ』は家の者か、それとも亡き父にあてたものか。断十郎は叫び終えた瞬間、がくっと膝から崩れ落ちる。私はすぐに断十郎のもとへ駆け寄った。
「断十郎、大丈夫!?」
「……ふっ、はあ、ふう……」
断十郎は反応出来ないのか、地に拳を着いて体を支えながら、がっくりとうつむいて肩で息をした。
「……断十郎……」
……とにかく、手当だ。何か使える札は無いか――私は本草図譜を見ながら札入れを漁る。
そうこうするうちに息が整ったのか、断十郎は手当しようとする私を見、口を開く。
「……何してやがる。こんぐらいどってことねえ。それより――」
灰地に染み込む大量の血――どうってこと無いわけない。でも、断十郎は私を恨む素振りは少しも無く、御神木を見た。そうだった、今のうちに御神木を治さなきゃ――
――ザアッ……ゴッ、ゴツ……
そんな、まさか……! 灰が盛り上がり、岩がゴツゴツとぶつかり合う。再び形を為すは、三体の灰人と鎧武者――!
「おいおい、早すぎんだろ……そんなに斬られてえか」
強がりを言い放つ断十郎。でも、斬灰刀を杖代わりにして何とか立つその姿は、どう見ても限界だ。元通りに形を為した鎧武者が、口を開く。
「……儂を斬るとは、強くなったものだ」
――灰人が喋った!? 鬼面の下から響く声は、意外にもどこか優しさを感じさせる、落ち着いた低音。断十郎は聞き覚えがあるのか、目を見開く。
「! ……いや、そんなはず無え……」
断十郎は何かを否定するように首を振った。鎧武者は構わず続ける。
「が、無駄な足掻きよ。儂は何度でも形を為す。無論、この山に生まれた百の灰人も」
……! 百だって!? 一度に三体も灰人を斬れるのなんて断十郎くらいだ。普通は一対一でも勝てやしない。そんなにいたんじゃ今頃、山の武人達や麓の陣は……。
「無駄な足掻きだあ? 馬鹿が。俺とてめえが
断十郎が得意気に返す。あ、もしかして――
――サンッ……
時が、止まったような気がした。
舞い上がっていた灰煙と三体の灰人が消え、代わりに視野一杯に桜の花弁が舞う。
やがてざあっと花弁が風に散り、姿を現したのは――
「残花!!」
大きな白兎にまたがり、桜花の剣を鞘に納める残花が、そこにいた。
「待たせたな、二人とも。灰人どもを
「遅えよ」
え、まさか残花、白兎に乗って桜花の剣を取りに戻って、山中駆けてたくさん灰人を斬ってきたってこと!? よく見れば、残花はかなり息が上がってる。そりゃそうだ、さすがの残花だって無理が過ぎる。断十郎が、どっと地に腰を落とす。
「……俺はもうそいつを斬った。後は……頼む」
「任せておけ」
残花は息を整えながら頷き、白兎から飛び下りて鎧武者の前に立った。……断十郎は、よく今まで立っていたと思う。私は断十郎の隣にしゃがみ、【
ここから先は、残花と鎧武者の戦いだ。残花なら大丈夫、任せて私は私のできることをしよう。いつもどおりスパッと一刀桜散してくれるはず。
鎧武者が重々しい低音で声を発する。
「来たか、【
思わず私は手を止めた。今、何て言った? サクラ? ゴウエン? 黄泉からの言伝? ざわざわと胸騒ぎが止まらない。何だか、とっても嫌な予感がする――……。
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