第11話 開幕の時
「試合の流れを確認しておくぞ」
翌朝。私、残花、断十郎の三人は、山の麓の仁道家の陣で開戦に備えていた。周囲を見れば、白布で囲まれた陣が幾つも敷かれ、気合いを入れる応援の声や太鼓がそこかしこであがっている。初参加の私に、残花が語る。
「法螺貝が鳴ったら入山の合図だ、各陣から総勢百もの武士が山に散る。およそ半刻後、再度法螺貝が吹かれたら開戦だ。以降、顔を合わせた者は互いに試合う。武器は木製なら何でも良いが、殺してはならない。いずれかが降参したら、敗者は下山して本部に申し出、陣に戻る。そうして最後の一人になった者は、山頂の御神木のもとで
残花は説明を続ける。
「終わるまでは参加者以外山に入れず、負けるまで出ることも出来ない。一日で終わることは滅多になく、過去には七日七晩続いた例もある過酷な試合だ。基本は山頂を目指せば他の参加者と顔を合わせるはず。何か質問はあるか」
私は首を横に振り、気合いを入れて頷く。
「大丈夫。私、頑張る!」
「その意気だ」
頷く残花。その時だ。
――ブォオオオ、ブォオオオ……
入山を知らせる法螺貝の音が、山中に響き渡る。断十郎が斬灰刀を模した巨大な木刀を背負い、私達に声をかけた。
「
悠然と歩き、まばらに木々生える灰山に消えていく。残花は断十郎から私に視線を戻した。
「……天下の武人が集うこの試合に、雑魚などいない。タネ、健闘を祈る」
「うん! 残花も頑張って!」
残花も腰に木刀を差し、山へ歩き出す。私も後に続きながら、途中で分かれ、それぞれに山へ散った。そこかしこで灰を踏む武人達の足音が聞こえる。……どきどきしてきた。一人で戦うのは初めてだ。でも樹法の腕を磨く良い機会、私なりに精一杯頑張るぞ――!
◆
――ブォオオオ、ブォオオオ……
半刻後、開戦の法螺貝が鳴った。遠くで早速木刀がかち合う音や、気合いの声が響く。
この半刻、とりあえず陣から離れ、しばらく山を歩いてみた私。灰水流れる小川を見つけたので、これを頼りに山頂を目指すことにした。獣ノ山ほどじゃないけど、大きな山だ。土地勘の無い私じゃ、まず遭難しかねないからね。
「……おいおい、ド素人がいるじゃねーか。しかも女のガキ。準備運動にゃもってこいだな」
ッ! 川の上流を見上げていた私は、バッと声のした方へ振り向く。やや間合いを開けて木陰から姿を現すは、三人の武士――! さっき喋ったのは、親分格と思われる良い身なりの男かな。着崩した派手柄の着物に、大口の袴……都で流行りの
「川に沿って登るつもりか? この山を知らねえって自己申告してるようなモンだ」
口調は軽いけど、その立ち振舞いに隙は無い。三人とも即座に木刀を中段に構えた。――っていうか、三人組ってあり!?
「そのとおり、私は初参加のド素人。あのさ、三対一ってありなの?」
注意をそらすように話しかけながら、こっそり札入れから【蔦の札】を取り出す。
「てめえは戦場でも『卑怯だ~』って喚くのかよ。数の優位は兵法の基本。試合規則にゃ一対一なんて書いてねえだろーが」
そう言えば昨日残花も、行儀の良い一対一じゃないって言ってた気がする。親分が喋るうちに、子分二人が私を囲むように展開した。背には川、正面には親分、左右には子分達。……なるほど、残花。これが、実戦ってやつね……!
「名乗りを上げろ。
まるで歌舞伎みたいに声高に名乗りを上げる。続いて子分達も名乗る。
「俺は分家の……」
「俺も分家の……」
な、何て? 何か二人とも声が小さくて聞こえないんだけど! もしかして嫌々付き合わされてる? 天下無敗って言われても、万雷家なんて聞いたことないし。やたら派手な名だし、勝手に自分で名乗ってない? それ。
「……私は、芽ノ村の豊穣タネ」
「ケッ、ド田舎の村娘かよッ! 名からして雑魚そうだな!」
……! 今のはカチンと来た。馬鹿にして。痛い目見せてやるッ! 私はこっそり反対の手で【松の札】を三枚取り出す。戦い方はもう決めた!
「そんじゃま、互いに名乗ったところで――試合開始だァッ!」
鳴岳ががなり、駆け出すと共に子分達も迫る! 連携はバッチリ、口調は軽くても御前試合に出る天下の武士――やっぱりできる人達なのは間違い無い――!
あっという間に三人は囲むように私の目前に迫り、みな上段に振りかぶる!
「瞬殺だぜえッ!!」
鳴岳が勝利を確信し叫んだ瞬間、【蔦の札】を変化させ、頭上の高枝に伸ばし跳び上がる。前後左右囲まれたって、私には上があるっ!
「何いッ!?」
驚き見上げる三人。私は蔦を縮め高枝に立つと同時に、【松の札】を三枚変化させ、松ぼっくりを眼下の三人に投げつける。
「は? ざけてんのか、んだそりゃ!」
見上げる三人の頭上に降る松ぼっくりには、もちろん気を込めてある。
「ふざけてるもんか! 喰らえッ、【三尺連弾】ッ!」
三つの松ぼっくりは三人の頭上で巨大化し、径三尺の大玉となって降り注ぐ! 鳴岳は口をあんぐり開けて叫んだ。
「はああああ!?」
――ドドドシィンッ!!!
重たい重たい大松ぼっくりが、三人を下敷きにした――
――はずだった。
「――危ねえ危ねえ。子分どもが俺を押してくれなきゃあぶっ潰れちまうとこだったぜ。やっぱ有能な武将が持つべきは忠臣ってかあ?」
避けられた……! 子分二人は下敷きになってるみたい(できる人達だから大丈夫だよね、きっと)。鳴岳は何歩も跳び下がり、私の下からかなり距離を取った。……もう三尺玉は警戒されてるな。
「しっかし、樹法が使えるとはな。ド素人のガキと思って油断したぜ」
鳴岳は私を見上げ、木刀の剣先を向ける。
「まさか『卑怯だ~』なんて喚かないよね?」
私はさっきの鳴岳の言葉を借りて言い返した。
「ケッ、言うかよ。さあ、降りてきやがれ」
……そう言われて、素直に降りるわけ無いんだよなあ。逆に、蔦を伸ばして遥か頭上の高枝に登る。高枝の上で【楮の札】を出し、念入りに気を込めた。いつもの捕まる三角凧じゃない。想像するのは、乗れる翼――!
私は蔦の札を右手に持ったまま、楮の札を宙に放る。楮の札はぽんと煙を上げ、丈夫な重ね和紙製の翼鳥に変化した。私は翼に飛び乗り、滑空する。風を切り、目にも止まらぬ速さで、鳴岳の頭上へ!
「ちいっ、空から来やがるとはッ!」
鳴岳は迎え撃たんと木刀を上段に振りかぶる。私は翼の上に低姿勢で立ち、鳴岳の目前に迫ると蔦を伸ばして鞭のように振り抜く!
「これで終わりっ! 【
伸びてしなる蔦が鳴岳の全身にぐるぐると巻き付き、収縮してギチギチにキツく縛り上げる!
「ぐええっ!? んだこりゃ、動けねえ……!」
私は翼からすたっと飛び下り、楮の札に戻した。蔦でぐるぐる巻き状態の鳴岳の前に立ち、声をかける。
「どう? 参った?」
「ま、参った! ほどいてくれえっ!」
腕も足もキツく縛られて動かせず、ふらつきながら情けない声をあげる鳴岳。ふふ、あーすっきりした! 大事な故郷と私の名を馬鹿にするからだ!
「よろしい。ほどいてあげよう」
「……調子に乗りやがって……!」
「ん、何か言った?」
「い、いや何も」
蔦を解き、札に戻す。ついでに松ぼっくりも札に戻した。良かった、子分達も気を失ってるだけで無事っぽい。鳴岳は子分達を軽々と両肩に担ぐ。うっひゃあ、力持ち。まともに木刀で打ち合ってたら、きっと勝てなかったんだろうな。
「……完敗だ。本部に報告しとくぜ。……俺らに勝ったんだ、ちったあ勝ち残れよ」
「ん、ありがと。頑張るね!」
鳴岳はあっさり背をむけて下山していった。私はほっと一息つき、休憩がてら苺を生やしてぽいと口に放り込む。決してただのオヤツではない。使った気の回復のため!
「……むぐ、おいし。とりあえず一勝! ん? もしかして三勝? まーどっちでも良いや、良い訓練になった! ……ありがとね、鳴岳」
消え行く背に、そっと礼を言った。
――その時だ。
――キャアアアアアアアッ!!
――うわあああっ!!
――ひいい、逃げろおっ!
突然山中、いや、麓の陣からも阿鼻叫喚があがる。何!? ただ事じゃない、いったい何が起きたの!? 周囲を見渡せば、山肌の灰から灰人が湧き出す。地に積もる灰が盛り上がって集まり、ゴツゴツと岩がぶつかる音を上げながら、次々と形を為していく。芽ノ村で戦った巨大な二足歩行の熊型の灰人が、あちこちに湧く。
――ザアッ……ゴッ、ッゴツ……
――ガッ、ゴン、ガツン、ゴッ、ゴツッ……!
辺り一帯に途切れることなく、何体も、何体も、何体も……!
「…………!」
思わず、言葉を失う。一体出ても大騒ぎなのに、いったい何体いるの……! ぱっと見える範囲だけでも十は下らない、悲鳴からして山中にもっといる。こんな大量に出現するなんて聞いたことない。ここには天下の武人が百人いるとはいえ、この数はさすがに――いや、まさか……それが狙い――!? どうしよう、どうしたらいいの……!
◆
――訓練だと思っていたはずの天下一御前試合。突然、参加者も麓の奉公人も絶望のどん底に落とされた。私は、ついに知ることになる。【黄泉】の恐ろしさとその目的を。いよいよこの世の平和をかけた、天下の合戦の幕が切って落とされた――!
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