第2話 残花の記憶と林檎大祭

◆――……


 お日様が照らす真っ白な空間で、主と姫が言の葉を交わす。


『ねえねえ、桜の実不味まずい』


『何だと……!』


『もっと美味しいのがいい!』


『どんなのがいい』


『うーん……。! 閃いた!』


『言ってみろ。何でも造ってやるぞ』


『でへ、そういうとこ大好き! まず、桜に似た色の蕾が出来るの』


『いいじゃないか』


『ちょっと濃い色ね』


『何だと』


『いいじゃん。で、開くと花が白いの』


『ほう』


『んで果実はやっぱり黄色なんだよ! 蜜があって甘いの! もちろん甘ぁい良い香り!』


『次々色が変わるのか、美しい。しかも実が黄色とは最高だ』


『でね、でね!』


『まだあるのか』


『日の光で桜よりもーっと濃い色になるんだよ!!!』


『何故!』


『だってさあ、濃い方がもーっと甘そうでしょ?』


『……いいだろう。名は?』


 ◆


 ◆


 ◆


「黄泉め……。せっかく赤黒き御前のため、何よりも特別な色を名に付けてやったというのに……!」


 残花はぎりりと拳を握り締める。


「ん? どしたの残花、そんなに怒っちゃって。食べる? 甘いよ!」


 私は黄色い林檎を残花にずいと差し出す。休憩がてら甘いものを食べようと思って、林檎の札で木を一本生やしたのだ。


「要らん」

「ふーん、じゃあ根助いる?」


 肩をすくめて手を戻し、根助の方を振り向けば――


「もぐ、はぐ、もぎ、がぶ、ふぁんか言った?」


 手一杯口一杯に林檎を頬張る根助がいた。


「……なーんにも」

「そ。んぐ……!」


 まーた詰まったのか胸をどんどん叩いている。ま、学んでよっ!


「さあ、もう体は休まったか」


 残花が声をかける。


「うん、もーバッチリ!」


 復活した御神木の下、ゆっくり林檎を食べたら気が戻ってきた。むしろ、元より充実したぐらいかも。


「よし、村へ戻るぞ」


 言うなり残花はくるりと踵を返し、すたすたと山を下りていく。


「あ、待ってよ。根助、下りるってー」

「んぐ! ふー。おお、わかった!」


 根助に声をかけ、林檎の木を札に戻してから、私も残花の後を追う。三角凧で飛んで帰ってもいいんだけど、降りながら色々聞きたいしね。三人並んで下山しながら、残花に話しかける。


「ねえ残花、後でちゃんと色々教えてくれるんだよね? 私さあ、残花と母上の話全然わかんなくて」

「勿論だ。今晩お前の家で巴と共に話そう」

「え、今晩私の家で……って、まさか残花うちに泊まってかないよね? うち部屋板間1つしかないよ?」

「元より泊まるつもりだったが」

「えー!?」


 私は跳び上がるほど驚いた。えー!? えー!? ちょっと待ってちょっと待って! いきなりかー、心の準備が! 初対面の若い男女が一夜目で布団並べてはいかんのでない!? 母上は年頃の乙女を何だと思っているのか!


「何をそんなに驚く」

「えー? いやだって、ねえ根助」


 もう赤面して何も言えなくなったので根助に助けを求める。


「なあタネ、おらは全然分かってねえんだが。いや恩人には違えねえが、失礼だがどちらさんで?」


 根助は丁寧に残花に話しかける。


「君には名乗っていなかったな。葉桜残花という。流浪るろうの【樹法師じゅほうし】だ」

「どうも。おらは芽ノ村で百姓やってる八千種ヤチグサ根助ゴンスケだ。ホントに助けていただいてありがとうごぜえました」

「礼には及ばん。斬るべき者を斬ったまで」


 根助は歩きながら頭を下げ、礼をした。私は興奮して残花に話しかける。


「ホント、すごい【樹法じゅほう】だったよね! 桜の花弁が視界いっぱいにざあっと広がって、ちょー綺麗だった! 私、自分以外の樹法師見るの初めてだから、びっくりしちゃった! だって私の樹法と全然違うんだもん!」

「大したことはない。俺の樹法【桜花の剣】は、斬って桜の花と散らすことしか出来んからな。タネの樹法の方がよほど万能だ」


 残花と話している横から、根助が肘でつつく。


「なあタネ、樹法って何なんだ? おらおめしか知らねえから、てっきり――」

「食いモン作るだけかと思ってた、でしょ?」

「だはは、そうだ。違ったんだなあ」


 根助と顔を見合せて笑う。


「あはは、あんたの考えはお見通し。樹法ってのはね、向日葵姫の加護で起こす、不思議な力のことなんだよ。ほら、神様って樹の形をしてるでしょ?」


 私は後方の御神木を指差す。


「だから樹にまつわる奇跡を起こせるの。私の場合は、草木を治したり育てたり、形や大きさを変えたり動かしたり出来る。人によって、起こせる奇跡は違うみたい。で、その樹法が使える人を樹法師っていうわけ。すごく珍しい存在だから、滅多にいないけどね」

「へー、そうなんかあ。おめはホントすげえやつだったんだ。おらも使ってみてえなあ。そしたらそこら中に食いモン育てるのになあ」

「それって農業とやってること変わらなくない?」


 思わず私と根助はまた顔を見合せ笑う。


「だーっはっは、そのとおりだ。おらやっぱり百姓だ。やること変わんねえ!」

「あはっ、だねえ」


 笑い合いながら歩いていると、そろそろ村が見えてきた。なんだか笛や太鼓の音、楽しそうな歌が聞こえる。


 ――どん どん ぴーひゃら

 ――うたえや おどれ

 ――どん どん ぴーひゃら

 ――めでたや りんご


「なんだろ」


 私が不思議そうに言うと、残花が言う。


「山頂に天をくような御神木が立てば、皆気付かぬわけがない。灰も消え村が芝だらけになれば尚更だ。それは祭らねばな。何せ三百年ぶりのことだ」

「あ、祭!? 仕事はや!」

「それぐらいの大事だいじだということだ、お前が成したことは」


 残花が『よくやった』というような顔で微笑む。ずるいんだよなあ、それ。

 根助が突然雄叫びを上げて駆け出す。


「うおーー、祭だ祭だ、急ぐぞタネ! 馳走ちそうがおらを待っている!」

「ちょ、根助!」


 さっきあんだけ林檎食ったのにまだ食えるのかこいつは!? 根助の背はあっという間に村へ消えていった。


「愉快な友だな」

「うん。ホントに」


 残花は嬉しそうに、目を細めほんの少し笑った。あー、そういう笑い方ね。微笑ましいって感じ? 私と根助が。


 残花とふたり並んで歩き、やっと村に戻ってきた。すっかり灰が消え一面芝生となった村の広場では、大きな太鼓をどんどん鳴らし、笛は踊りながらぴーひゃら吹いて、もうすでに飲めや踊れの大祭り。広場の真ん中で敷物をしいてどかっと座り、大きな盃をかっ食らうのは、もちろんでっかい母上だ。


 母上はこちらに気付き、どんと盃を置く。


「お、主役のお帰りだ! 良くやったねタネ! お前は村を救った救世主だ、さあおいで! ほら残花もさっさとおいで!」


 言うなり母上は一升瓶をひっつかみ、だぶんだぶんと御神酒おみきを注ぐ。顔は赤く、声はよりいっそう野太い。もうだいぶ酒が入ってら。こうなった母上には誰も敵わない。大人しく酒を頂戴するしかないのだ。私と残花も敷物に座り、私はおちょこ、残花はぐい呑み、母上の盃は大皿よりでかい。

 

「林檎の御神木の復活に、乾杯!」

「カンパーイ!」

「乾杯」


 三人で乾杯し、おちょこをくいと傾ける。さらりと甘口、良いお酒。


「あ、おいし」

「うむ。さすが農に長けた村は良い酒を作る」

「残花あ、こまっしゃくれたこと言ってんじゃないよ! 酒は『うまい!』で良いんだ『うまい!』で! ああうまい!」


 だぶんだぶんに注いだ酒を浴びるように飲む母上。私と残花にも止まらず注いでいく。


「巴、飲み過ぎだ。今夜は大事な話がある」

「ああ? なめんじゃないよ、わあかってる! 戦の前には飲むもんだ。戦の後にも飲むもんだ。これくらいでが出来なくなる私じゃあないよ! さあ行こうじゃないか」


 母上はだんと盃を置くと、立ち上がってどすどすと家に帰っていった。気付けばだんだんあたりが暗くなり始めている。村の皆は広場のまわりに篝火かがりびをつけはじめた。残花もぐい呑みをたんと地に置く。


「タネ。いいか、訳は後で話すが、これからお前は俺と旅に出るのだ。今日のように、世界中の御神木を治す旅へ。明日の朝には発つ。親しい者には今のうちにあいさつをしておけ。俺は先に巴と話がある。今日くらいは祭をゆっくり楽しむのもいいだろう。終わったら帰ってこい」

「うん、わかった!」


 残花はそう言うと立ち上がり、私の家へ向かった。へへー、旅かあ。私この村を出たことないから楽しみだなあ。しかも、残花と。うーん、お酒飲み過ぎたかな、胸がどくどく言ってるや。


 ひとり敷物に座る私のもとへ、根助が大皿いっぱいにご馳走を盛ってやって来る。


「おーいタネ、食ってっかあ? おめのために持って来てやったぞ。餅に羊羮、お饅頭。ごった煮、黒豆、蒸かし芋! 今日は村中の食いモンぜえんぶあるぞお!」

「ええっ、すご!」


 根助はどかっと隣に座った。二人で一緒にぱくもぐがぶ。


「おめはほんとすげえなあ。これ皆食えんのおめのおかげだ」

「何言ってんの根助」

「おめが皆を喜ばしたってことだ。大急ぎで祭やるくらい。親父が言ってたぞ、灰が消えて土が良くなった、これで今年の秋は黄金こがね色だって」


 確かに、こんなご馳走すぐ用意するなんて、よほど大急ぎで準備したんだろう、なんて周りを見回したら、根助と同じように村の皆がどんどん食べ物をもってきた。田処ばあちゃんに、蔵人のおいさん、次から次へとおおわらわ。きっと母上が私のやったことだと伝えていたんだろう。


「タネや、ありがとねえ。ほれ、これも食いな」

「ようやった! ほれ飲めタネ」

「めでてえ! めでてえ!」

「お、俺と踊らねかタネ」

「皆で踊ろや!」


「わわっ!?」


 いつの間にかぐいと腕を引かれ、踊りの輪へ連れて行かれる。


 ――どん どん ぴーひゃら

 ――うたえや おどれ

 ――どん どん ぴーひゃら

 ――めでたや りんご

 

「あはっ、楽し!」


 私は、祭というのが初めてだったから、踊り方なんてわからなかった。でも、良く見たら皆適当だった。皆好き好きに手を振って足を振って、太鼓の音頭と笛の調子に気持ち良く乗ってるのだ。私もふりふり手を振って、ぴょんぴょん跳ねて、思いっきり叫んだ。


「いえーい! めでたやりんご!」

「タネちゃんいいね、その調子!」


 太鼓のおっちゃんも乗せるのが上手い。速くしたり遅くしたり、皆の乗りを見てるのだ。うまいもんだ。笛のおばちゃんも息ぴったりだ。すっかり暗くなり篝火に照らされた広場で、みんな輪になって歌い踊る。


 ――どこどこ どん ぴーひゃらり

 ――芽出たや りんご!

 ――どんどんどん ぴー

 ――でたや りんご!

 ――どーん どん ぴぴ

 ――目出度めでたや りんご!


「めでたやりんご! ひゃほー! あ、根助!」


 私は帰ろうとする根助を見つけ、踊りの輪を抜けて声をかける。


「もう帰っちゃうの? まだ皆踊ってるよ?」

「ん、さすがのおらも腹一杯になったからな」

「ね、今ちょっとだけ話いい?」

「いいぞ」


 篝火から離れた暗がりで、ふたり立ち話をする。


「あのね、残花があいさつしとけって言うから」

「何のことだ?」

「私、これから旅に出るんだって。残花と一緒に世界中の御神木を治しに」

「……何だって?」


 何だかピンときてないような根助に、気分を上げて説明する。


「林檎だけじゃなくていろーんなうまいモンいっぱい生やしに行くからねってこと! 根助も来る? きっとまだ知らない世界中のいろーんなうまいモン食えるよ!」


 私は興奮して根助の肩をたたく。けど、根助は静かに言った。


「……んにゃ、おらは行かね」

「えーなんで、一緒に行こうよ!」

「おらは親父の田畑でんばた手伝わねえと。親父こないだ腰いわしたからな。言ったろ、今年の秋は黄金色だって。おらが手伝って、親父に見せてやらにゃ。すげえ楽しみにしてるみてえなんだ」

「そっ……か」


 根助も色々あるもんね。そりゃ急に行こうってわけにも行かないか。


「いつ発つんだ?」

「明日の朝には」

「そらまた急だな」

「うん」


 根助は急に黙って、少し考えてから言う。


「……んなら、おらはちょっと考えたいことがある。わりいが今日はもう帰っていいか?」

「え、もう?」

「ああ」

「……うん、わかった。じゃあね」


 もっとちゃんとお話したかったのにな……。根助はじゃあと手を振ると、たったと駆けて家に帰っていった。


 それから私は色んな人に話しかけ、あいさつをした。皆笑って「行ってこい」と背中を押してくれた。私はホントは、根助のまあるい手で、それをして欲しかったのだけれど。


 やがて太鼓と笛の音も止み、篝火も消されていく。家々に明かりが灯り、私も残花と母上の待つ家へと足を向けた――……。

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