樹法師タネの桜散る天地創造

星太

序章 芽ノ村

第1話 花は散れども種芽吹く

◆―――――――――――――――

 花よ 永遠とわに咲け

 たとえ天地を 灰と化しても


 愛する主を亡くした姫は、死者を呼び戻す禁術に手を染める。開いた煉獄の門は黒炎を噴き出し、天地を灰と化した。


   【樹教典】第一巻 終と始の章 より

――――――――――――――――◆


 世界が色を失って早三百年。今、ある農村で希望の種が芽吹かんとしている。


 忠告しておこう。


 この物語を読まんとする者は、覚悟しておかねばならない。


 桜は、必ず散ると云うことを。


 ◆


「み、見つけた! あったぞタネ!」

「何があったの、根助ゴンスケ


 山頂の焼け落ちた御神木の周りで、這いつくばって地に積もる灰をあさる私と根助。空はいつだって厚い灰雲に覆われているのだ、上を向いたって仕方無いからね。十七の乙女の膝は灰だらけ(豊穣ホウジョウタネ、心の一句)。


「だからタネだよ、種! ほら!」


 食いしん坊で泣き虫の太っちょ根助が、丸い腕をずいと差し出す。見れば手の平にとっても小さな黒い粒。割れていて芽が出なかったみたい。


「根助、あんたこんな小さいの良く見つけたね……! 確かに何かの種っぽいかも!」

「おらの鼻に間違いはねえ、絶対果物の種だ! ほらタネ、早く早く!」


 期待に鼻をふんすか鳴らす根助から粒を受け取ると、両手で祈るように握り、気を込める。どうか甘くて美味しい果物の種でありますように!


「えいっ!」


 気を込めた粒を地に放ると、粒はにょきにょきと芽を出し根を張って、あっという間に成木していく!


「ほら種だった!」

「こっからよ、もうすぐ花が咲く!」


 ぎんぎんに目を見張る私と根助。薄紅色の蕾が開いて白い花が咲き、やがて黄色く丸い果実がいくつも実る。ふたり顔がつくほど寄って嗅いでみれば、何だか甘ぁい良い香り!


「みみみ、みのったぞ! タネ、これ何だ!? 食ってもいいか!?」

「ちょっと待って! これは、えっと……」


 私は母上から貰ったとっても古い植物図鑑【本草図譜ほんぞうずふ】を急いでめくる。万が一でも毒があるものだったらいけない。


「あった! リンゴ……林檎っていうみたい。毒は……無いね。蜜があって甘味のある果物だって!」

「でかした! いっただっきまーす!」

「私も!」


 言いながら根助は林檎をもぎ取りかぶりつく。私も負けじともぎ取って、一口かじる。思わず私と根助はバッと顔を向き合わせた。


「「あまーーーーーーい!!!」」


 静かな灰山に2人の歓喜の叫びがこだまする。


「何だこれ!? うま、うま!」

「美味しいねーっ!」


 あっという間に1個食べきると、根助は両手でどんどんもぎ取っていく。お腹の膨れた私は短刀を取り出し、幹を削って薄く小さな木札を作る。初めて見た植物は何でも木札にすることにしているのだ。筆でちょちょいと林檎の絵を描く。


「よし、【林檎の札】いっちょ上がり。これでいつでも林檎食べ放題! 私、母上に報告してくるね。これで村の皆お腹いっぱいになるよ!」

「もぐんぐ……いっへらっしゃい! んぐ!」


 詰まったのか胸をどんどん叩く根助。口いっぱいに頬張るからだよ。私は腰の札入れに木札をしまい、かわりに和紙の原料である【こうぞの札】を取り出すと、出来上がりを想像しながら気を込めて頭上に放る。


 木札はぽんと煙を上げ、大きな和紙製の三角凧に姿を変えた。私はひょいと跳んで持ち手を掴み、風を受けてそのまま山肌を滑空する。


「ひゃほーーーぃ!」


 まばらに生えた木々を避け、麓の村まで一直線。風が涼しくて気持ち良いーっ! あっという間に村に着くと、すとっと着地して三角凧を木札に戻す。まったく自慢にならない村一番のボロ家の木戸を、勢い良くガラガラっと引く。


「母上ただいまーっ! ――っんぎゃっ」


 開けながら駆け込んだ瞬間、土間に立っていた男の背にどんとぶつかり、尻もちをつく。


「ご、ごめんなさい!」


 尻もちを着いたまま咄嗟に謝ると、男が振り向いた。私より歳上、二十代くらいだろうか。上等な白い羽織に、何かの花柄の袴、腰には二振りの刀。どう見ても位の高そうな侍だ。でも何よりびっくりしたのは、無造作に縛った淡紅色の長髪。あと単純に顔がめちゃイイ。凛々しくてちょー好み。


 ほけーと見上げる私に、侍が手を伸ばす。


「大丈夫か」

「だ、だいじょぶ!」


 林檎の蜜でねたねたした手を大慌てで拭って、差し出された手を取る。握った手は、何だか冷やっとした。


「あ、手つめた」

「! すまん」


 ああいや、悪気は無かったんだけど。心があったかいとか言うし。侍は優しく手を引き私を立たせ、胸に抱き寄せる――て、ええっ!? 急に何! ドキドキするんだけど!?


「こら、何してんだい残花ザンカ。タネもさっさと入りな」


 残花と呼ばれた侍の胸越しに、母上の呆れた野太い声が届く。


「……すまん。つい、な」


 ついって何? でも残花は真剣に申し訳無さそうな顔をして私を離し、頭を下げた。私は慌てて手をぶんぶん横に振る。


「あ、いえ、役得なんで! 全然」

「ふ」

 

 あー笑われた! 思わず赤面してうつ向く。あーもう滅茶苦茶だよ! 本音駄々もれ!


 ――その時だ。


「てえへんだ、てえへんだあっ! 山に【灰人かいじん】が出たぞおっ!! 皆早く逃げろおっ!!」


 必死に叫ぶ声が響き、わずかの沈黙の後、村中一斉に悲鳴が上がる。みなが家を飛び出し大混乱だ!


 【灰人かいじん】だって!? かつて煉獄の炎で生じた灰に、死者の魂が宿り形を為す異形の化物……!! 一度形を為したら灰ある限り何度でも蘇る、あの灰人!?


 私が戸惑っている間に、大薙刀を持った戦衣装いくさいしょうの母上が奥からずいと出てきた。家の前で母上が石突いしづきを地が震えるほど強く打つと、皆驚いて足を止める。母上は大きく息を吸って、割れんばかりの大声で叫んだ。


「皆待ちなぁッ! 下手に逃げれば何処で出くわすか分からんッ! 家で大人しくしてんだよッ!! 村に現れたらこの【戦女いくさめトモエがたたっ斬る!」

 

 母上は身の丈七尺、縦も横もめちゃデカくて無双の女武将だった人だ。右足を失い義足になっても尚その言葉は心強い。村の皆は何とか混乱をおさめ家に戻っていく。母上がキッと残花を睨み下ろした。


尾行けられたんじゃないだろうね」

「そんなヘマはしない。野良だろう」

「……信じよう。だがこいつぁ潮時だ、いい加減隠れるのは仕舞いにしようじゃないか。タネには十分【樹法じゅほう】を仕込んである」


 何だか私の分からない話をしている。……ん? あっ!


「根助!!」


 突然叫ぶ私に、母上と残花が顔を向ける。私は2人に向かって続けて叫ぶ。


「山頂にいるの!!」


 そうだった……! 根助の奴、食い意地張ってるから絶対まだ山頂で林檎食ってる! 今すぐ連れ戻さなきゃ! 私が焦ってんのに母上は残花にまくし立てる。


「聞いたね、残花。山頂にゃ御神木もある。あんたが来た日に山に灰人が現れるなんざ、こりゃ天啓だよ! 天下の合戦の幕開けだ、腹ぁ括りな!」

「言われずとも」

「あたしゃこの足だ。山頂へはあんたが行くんだよ、タネを連れて。タネも分かったね!」


 母上は急に私を向き、強く言った。もー母上いっつもこう!


「いや全然分かんないんだけど、もう行かなきゃ!」

「行っといで! 二人に向日葵姫ヒマワリひめの加護の在らんことを!」


 話してる場合じゃないんだからっ! 山へ駆け出しながら、腰の札入れから【つたの札】を手に持つ。


 山の斜面にはまばらに高い木が生えてる。木札に気を込め蔦に変化へんげ、すぐさま伸ばして高枝に巻き付け、縮めてはまた次の高枝へ蔦を伸ばす! 伸縮は一瞬、次々に高枝へ跳び移れば走るよりずっと速い! 残花も後ろから追って来てるみたいだけど、急がなきゃ根助が灰人に襲われちゃう!


 風を切って高速で跳び移るうち、山頂が見えてきた。御神木のそばに灰色の大きな熊のような影が見える。あれがまさか――


「かか、灰人だああああ!!」


 根助の悲鳴が響き渡る! 


 ――バギィッ! ドゴォ!


 灰人はごつい岩のような腕を振り回し、周囲の木々を薙ぎ倒す! あんなの根助にかすりでもしたらひとたまりもない……! もうすぐ着く。私は急いで札入れから【松の札】を出し、松ぼっくりに変化させる。蔦は左手に持ったまま、叫びながら右手で思いっきり投げ付ける!


「こっち向けええッ!! 【三尺玉さんしゃくだま】ッ!」


 松ぼっくりには気を込めてある。灰人の背に当たる直前、径三尺の巨大な松ぼっくりとなってぶつかる!


 ――ドシィンッ!


 灰人の背がぐらりと揺れ、のそりと振り向くと辺りを見回し、攻撃を止め私を鈍重な足取りで探す。効いてない、でも根助の近くから離せた! 急いで死角から灰人の頭上の高枝へ蔦で跳び移る。灰人は私をまだ見つけてない、よし!


 これが灰人……! 頭上から見ると、ゴツゴツしてて、灰積岩で出来た二足歩行の熊みたいな化物だ。あの母上よりさらに一回りデカいぞ。私は気付かれないうちに真上のさらに高い枝に跳び移る。


 天高く伸びる遥か高枝の上で、私は一層気合いを入れる。一発でぶっ倒すんだ。じゃないとまた暴れられたら根助が危ない。私は蔦を木札に戻し、札入れにしまう。


「ふうー……」


 遮るもの無い上空で、静かに息を吐く。大丈夫、教えどおりやるんだ、大丈夫。自分に言い聞かすように心で呟き、木札を取り出す。唯一自作じゃない、母上から譲り受けたとっておきの切り札――


「――【天果てんかの札】」


 祈るように両手で握り、気を込める。私は天果の木を見たことが無い。本草図譜にも無かった。だから、これは想像だ。母上――捨て子の私を女手ひとつで育て、朝から晩まで鍛えてくれた。デカくていっちばん強いひと。お願い、力を貸して……!


 木札を天に放る。高く、高く。どんぴしゃり灰人の直上へ。


 【天果の札】は輝きを放ち、変化する――どでかいどでかい、へ!!


「落ッちろーーー! 【天果・巴御前】ッ!」


 今さら頭上を見上げてももう遅いッ! 全部木製の超特大薙刀は、木の刃を下に急降下し、見事灰人をぶっ潰す!!


 ――ドオオオォォォンッ!!!!


 その衝撃は山を揺るがし灰煙を上げ、激風激音がはるか地平まで震え轟く!


 瞬間、大薙刀を木札に戻す。もうもうと上がる灰煙の中、三角凧でくるくると旋回しながら着地すれば、灰人は粉々に散っていた。大事な天果の札を回収し、腰を抜かした根助のもとへ駆けしゃがみ込む。


「根助、大丈夫!?」

「おかげさまで……ってそれより、すっげええ! タネおめあんなことも出来たのか!? 何だよさっきのどでかい薙刀は!」

「どーせ私のこと食いモン生やすだけだと思ってたんでしょ」

「ああ!」


 根助の即答に、思わず吹き出す。


「「あっはっは!」」


 安心した私達は、大声で笑い合った。根助は怖くて泣いてたみたいで、頬の跡に今度は笑い泣きの涙が伝う。


 ……やがて、舞い上がった灰煙も収まった。


「さ、帰ろ根助。急がないと灰人が復活しちゃう」

「おう。 !! ……あ……あ……!」


 突然根助が怯え出し、震える指で私を差す。背後でさあっと灰が集まり、ゴツゴツと岩がぶつかり合うような音がする。まさか、嘘でしょ……こんなに早く――。私は蔦の札を手に取りバッと振り向き構える!



 ――サンッ……



 時が、止まったような気がした。

 目の前の光景が、あまりにも綺麗で。


 そこにいたはずの灰人は消えていて。

 代わりに視野いっぱいに無数の花弁はなびらが舞っていた。

 見たことない綺麗な淡紅色の小さな花弁。

 ……いや、さっき見た。あの人の袴だ。


 ……――『サクラ』――……


 何? 頭の中に、知らないけどどこか懐かしい女性の声が聞こえた、気がした。


「無事か」


 聞き覚えのある男の声にざあっと花弁が散り、時が動き出す。見れば残花が、淡紅色の透き通る刀身をした美しい刀を構えていた。私はまた、ほけーと見上げている。すっごく綺麗で、格好良くて、強くて、ずっと胸が高鳴っている……。残花は音も無く納刀した。


「安心しろ。灰は桜の花と化し、散った。二度と形を為すことは無い」

「……サクラ……」


 私の呟きに、残花は頷く。さっき見た綺麗な花は、桜って言うんだ。袴の柄をよく見れば、さっきの刀身も残花の髪も、同じ色だ――もしかして昔は淡紅色じゃなくて【桜色】、なんて言ったのかな。よし、これからそう呼んじゃお。


「……そうか、初めて見たな。……お前の母が好きだった花だ」


 ? 母上の好きな花は、菖蒲のはずだけど……。残花の差し出した手を取り立ち上がる。またを期待したけど、今度は無かった。ちぇっ。


「さて、悠長にしている暇は無い。さっきの灰人は蘇らずとも、一度現れた地は他の灰人も生じやすくなる。灰がある限りな」

「! じゃあどうするの?」

「来い」


 残花はそのまま私の手を引き、御神木のもとへ連れていく。私の身の丈ほどしかない、幹が焼け落ちて炭と化した真っ黒の御神木だ。


「治せ。出来るはずだ」

「ダメ! 御神木は治しちゃダメって母上が……何でいま御神木を治すの!?」

「その地の御神木は周囲の灰を草木と変え、浄化する力があるからだ。巴が禁止していたのは、時を待っていたため。さあ、早く」


 残花が急かす。気付けば、根助もそろそろと私の傍に来ていた。


「何だかわからねえけど、やってみろよタネ。おめなら大丈夫だ」

 

 とんと私の背を叩く丸い手は、微かに震えていた。瞬間、私の腹は決まった。


「うん。やってみる」


 二人は黙って頷いた。私は御神木に両手の平を当て、静かに息を吐く。


「ふうー……」


 大丈夫、教えのとおりやるんだ、大丈夫。自分に言い聞かすように心で呟き、気を込める。


「はああ……!」


 徐々に、徐々に御神木が根元から色を取り戻していく。やがて色が焼け落ちた部分まで到達すると、幹が少しずつ伸びていく。気のせいじゃな

い。気付けば御神木の周りの灰が芝草や花、小木へと姿を変えていく……!


「頑張れ、もっと気を込めろ!」


 残花の激励が響く。これ、滅茶苦茶キツイ……多分御神木だけじゃないんだ。見える範囲全部ごっそり対象だ。体中の血が無理矢理吸い取られるみたいに、気が全部持ってかれる……!


「はああああああ……!」


 弱音は吐いてられない。途中で止めれば込めた気が霧散する。一度気を込め始めたら、最後まで込めなきゃならない。母上に叩き込まれた【樹教じゅきょう】の教えだ。気合い入れるっきゃない……!


「まだまだ、もっとだ!」

「…………!!!」


 息を吐くのも惜しいほど、身の内の隅から隅まで気を手の平に集め、御神木に込める!


 いよいよ御神木ははるか頭上で枝葉を伸ばし、薄紅色の巨大な蕾が開いて白い花が咲き、やがて黄色く丸い果実がいくつも実っていく。山肌は全て緑に変わり、心地よい草の香がそよいでいく――。


「上出来だ!」

「――ぶはあっ、はあっ、はあ……」


 残花の声に私は手を放し、思いっきり息を吐いた。ぜえぜえと肩で息をしながら、その場にぺたんと座り込む。


「よくやった」


 残花が横に立ち、優しく微笑む。ぜえ、はあ……ずるいなあ……そんな顔も出来るんだ……ふう……。私は、いつもほけーと見上げるだけだ……。


「す……すっげえええ! すげえぞタネ! おめどえらいことやったなあ!!!」


 汚いほど涙を撒き散らしながら、根助が飛び付いて来た。私は思わず抱き止めよろける。とと、太いんだってばあんた。


「へへ……どーだ、私のこと食いモン――」

「ああ、食いモンだよ!」

「へ?」

「ほら、上見てみ!」


 私と根助は、揃って遥か高みの果実を見上げた。デカいけど見覚えある黄色くて丸い果実、そういや何だか甘ぁい良い香り……。目を見開いてバッと顔を見合わせる。


「「林檎!! だあーっはっはっは!」」


 ああ、笑いが止まらない。きっと私も汚いほど涙を撒き散らしている。


「あんなでけえの、おらでも食いきれねえぞ!」

「ひとりで食おうとすんじゃないっ!」


 バンバン叩き合って笑う私と根助。でも、残花は少しも笑っていなかった。小声で何やらひとり考えているようだ。


「……これで【黄泉ヨミ】もこちらに気付く。今のタネでは、とても海や天を司る御神木には耐えられない。順を追わねば。しかし……黄色……」


 ……何て? それより、良いコト思いついちゃった!


「ねえねえ残花、【桜の御神木】も何処かにあるかなあ? でっっっかい桜の木が咲いたら、すごく綺麗じゃない!? 私世界中の御神木回ってさあ、灰だらけの大地をぜーんぶ花にしたいなあ。滅茶苦茶綺麗じゃん、絶対!」


 あらためて立って見渡せば、頭の上は林檎の枝葉、山肌は木々に覆われ、麓の村も芝で色付いて、見渡す限りの大草原。何もかも灰色だった私の世界は、たった一日で激変した! めっっちゃキツかったけど、疲れなんて吹っ飛んじゃうよ!


「! ああ、ある。この林檎の御神木のように大きくはないが、確かに一柱だけある。焦らずともすぐに世界中を回ることになるぞ」

「あるんだ、楽しみ! そう言えばさあ話変わるけど、残花って姓? 名? 名前教えてよ」


 いきなりだけど気になるのだ。何か今なら聞けそうだから聞いちゃえ! 残花は私のこと色々知ってるみたいだけど、私は残花のこと全然わかってないからね。


「すまん、名乗っていなかったな。姓は葉桜ハザクラ。残花は名だ」

「へー、葉桜ハザクラ残花ザンカって言うんだ。へー」

「何だ」

「別に?」


 何だか急に恥ずかしくなって目を背ける。覚えた、葉桜残花、よし。


「それより、せめて今は育った故郷の景色を目に焼き付けておけ。もうじき巴のもとへ降りるぞ」

「はーい」


 今日は何だかとっても長かったような、あっという間だったような、不思議な感じ。こんな濃密な日を過ごしたのは初めてだ。


 ワクワクが止まらない。ドキドキかもしれない。どっちもだ。これから私、きっと残花と旅に出る。よく分からないこと色々言ってたけど、まとめてみるにそうなんだ。どうも危険みたい。母上も天下の合戦って言ってた。


 でも、でもさ。こんなことある? 運命の出会いだよ。自分でもよく分からないけど、魂から惹かれてる気がするんだ。私の中の誰かが、ついてけー、って叫んでる。絶対離すなーって。


 だからきっと、最高の冒険になる――!



 ◆


 ◆


 ◆



 でも、この時の私は知らなかったんだ。


 だって、だってだって。見たの初めてだったから。わかるわけ無いよね。


 桜は、必ず散るってこと。

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