第9話

 待ち合わせ時刻二十分前、俺はすでに待ち合わせ場所である駅前の映画館に到着していた、何となくアイカさんは時間より早く来て俺を待っていそうだと思っての行動だ、だがさすがに二十分前はやりすぎだろうか。

 スマホを見て時間を確認する、別に異性とデートすることに慣れているつもりだったが相手がアイカさんだということもあり緊張してしまっている自分がいた。


 それから五分後、見覚えのある背格好が遠目に見えた。ちょうど改札を通るところでおそらくは十分前にここに着くように計算して来たのだろうということが想像できる、やはり早めに来ていて正解だった、初デートで女性を待たせるなど、そこまで俺も落ちていない。

 アイカさんの方も俺の姿を見つけたらしく小走りでこちらへ向かってくる。


「すいません! お待たせしました……」

「いや、待ち合わせ時間まだだから気にしないでよ。俺が待ちたいから早く来ただけだし」

「なんだかそんな気がしたので私も早く来たんですよね、私より早くついてるのは計算ミスでした」


 そういってアイカさんが少し拗ねたように俺を見る、この表情を見ると少し罪悪感が沸いてしまう、もしこれがアイカさんの演技なのだとすれば俺は人間不信に陥ってしまうだろう。

 そんなやり取りの後、俺とアイカさんは映画の前にアイカさんの気になっていたというパスタ屋へと向かっていた。

 少しコース料理を奢らされるのではとも思ったので普通のパスタ屋で安心した、中に入るとおしゃれなBGMと小洒落たヒゲをはやしたダンディーな店員がお出迎えしてくれて少し居心地の悪さを感じる、元々こういった場所に苦手意識があるのもある、

 それでいて、


「おーアイカじゃん、よかったほんとに来てくれたんだ」

「はい、トシさんが来て欲しいって言ったからちゃんと来ましたよ!」

「嬉しいねぇ、……隣の方は彼氏さん?」


 アイカさんにトシさんと呼ばれたダンディーヒゲ男が心なしか俺を睨みながらそう告げる、アイカさんとの会話を見るに恐らくはアイカさんのお客さんと言ったところだろうか? ならばここで俺の取るべき行動は、


「いえ、昔の職場の同僚です、そこでばったり会ってパスタ屋に行くって言うからついてきちゃいました」

「そ、そうなんです。仲良くてたまに遊んだりしてるんですよね」


 おい、その一言は余計だろ。とは言わなかった。

 ヒゲダンディーは俺とアイカさんを見比べて少し疑うように睨んできたがようやく納得した様子でコホンと咳払いをする。


「まぁ、折角だから自慢のパスタ食っていけや」


 そういって店内の一番奥の席に通されて、俺とアイカさんは向かい合わせに座った。

 いつもカフェではアイカさんの横顔しか見ていないので向かい合っているとなんだか気まずい、アイカさんも俺と同じなのだろうか心なしか緊張しているように見えた。


「え、と。アイカちゃんは何食べる?」

「そ、そうですね……ペスカトーレ、とか?」

「え、なんで疑問形?」


 メニュー表を見てみるとパスタ屋と言うこともあっていろんな種類のパスタがあり中には聞いたことのない名前のパスタもある。

 正直そこまでパスタに詳しいというわけでもないのだが、始めてくるパスタ屋で頼むベストチョイス、今がデート中でなければ迷わずペペロンチーノを頼むのだが、さすがに映画を見ながら隣からニンニクの香りをかまされたら萎えるどころの騒ぎじゃすまない。


「アイカちゃんの一番好きなパスタは? 俺あんまり詳しくないからそれ頼もうかな」

「えー、私もあまり詳しくないけどペペロンチーノが人気って言ってた気がする」


 成程、そういうのであればニンニク臭くなるのを甘んじて受けよう、とりあえず映画館に行く前にコンビニでフリスクを買うこと決めた。

 注文を済ませての待ち時間、いつもと違う場所、雰囲気と言うこともあって無言の時間が続く。

 やばい、こういう時どうやって話してたっけ。


「アイカちゃんって休日はどんなことするの?」

「そうですね、外出することの方が多いですかね?」

「いつものカフェとか?」

「あそこは、基本平日しか行かないです」

「んー俺がいるからいつもあそこに来る的な」

「まぁ、それもありますね」


 からかったつもりだったのが予想外の回答が来て少し戸惑う。

 なんだか今日は調子がくるってばかりな気がする、それもこれもアイカさんの存在が原因だ。

 俺らしくない、そもそも俺らしいとは何か自分でもはっきりわかっているわけではないのだが。


「私実家暮らしなんですけど基本家にいたくないんですよね」


 そうアイカさんは告げる、少しだけ表情が暗いところを見るにあまり気持ちのいい話ではないのかもしれない。


「あまり仲良くない、とか?」

「そう、ですね。かなり良いというわけではないかもです」

「そっか、俺も一年前まで実家だったんだけど一人暮らししてからはかなり楽になったよ」

「一人暮らしなんですか?」

「そう、何だけど。今は居候が一人住み着いてる」


 無論、ここで言うところの居候はリカの事だ。

 今ここでアイカさんに元カノと今付き合ってるとか言う必要はないだろう、と言うか今更言い出しづらい。隠し事をしているという点では心苦しい気持ちも多少あるが。


「そうなんですか……私も居候していいですか? なんて」

「今の居候がいなくなったら考えとくよ」


 冗談ぽくあしらう、どうせアイカさんも冗談半分でそう言っているに違いない。


 そんなやり取りをしていると先ほどのヒゲダンディーが不機嫌そうにパスタを持ってくる、あからさまに俺の事を気に入っていないのが丸わかりで本当に居心地が悪い。

 せめて隠せよ。

 だが味はなかなかのもので複雑な気分だった。



 ************



 映画鑑賞が終わり、適当な喫茶店によって適当にコーヒーを二つ注文する。

 結論から言うと久しぶりの映画はかなりよかった。俺が気に入っていたシーンも映像でかなりのものに再現されていてラストには不覚にも泣いてしまった。

 それはアイカさんの方も同じだったようで映画の上映が終わってから数分間俺とアイカさんは二人で涙をぬぐっていた。


「どうだった?」

「最高でした、見てよかったです」

「俺も、正直ちょっと期待してなかったところもあるけどいい意味で裏切られた気分」

「泣いてましたもんね、意外でした」

「俺だって人間だから泣くこともあるって」

「偏見ですけど感情とかない人だと思ってましたよ?」

「とんだ偏見だ、俺だって人並みに感情はあります」


 そんな風にアイカさんと冗談を言い合う、パスタ屋に居たときのような気まずい空気は今はなく何なら今は居心地がいい。


「映画っていつもは一人で見るんですけど誰かと見るのもいいものですね」

「俺で良ければいつでも付き合うよ」

「じゃぁ遠慮なく誘いますよ?」

「逆に俺から誘うかもよ」

「だったら次は誘ってください、ほかに予定有っても優先しますから」

「それはうれしいけど要件によってはそっちを優先してください」


 そんな風に、時間にして小一時間程、俺とアイカさんは喫茶店で談笑していた。

 本当に、異性とここまで話をして楽しいと思ったことはないので終始俺は不思議な気持ちになる。

 だからだろう、


「アイカちゃんみたいな子が彼女だったら毎日楽しいかもね」


 こんなことを口走ってしまったのは。

 いつもは何か発言する前にしっかりと考えてから発言する方だと自負しているのだが、今のこの言葉は本心からなにも考えずに出た言葉だ。


「嬉しいです、私も結婚相手ならアリですね」

「え? プロポーズ?」

「違います、ただそう思っただけです。深い意味はないですから」


 アイカさんが下を向きながらそう告げる。

仮に本当に深い意味がなくて今の発言をしてきたのだとすればたちが悪い。

少し焦った様子ですっかり冷めてしまっているだろうコーヒーをすすりアイカさんは俺の目を見つめる。


「最初あった時はこの人は誰の事も見てない冷めた人なんだろうなって思ってました。でも話していくうちにちゃんと人間味があって面白いし、きっと表には出さないけど実はやさしい人なんだろうなって今は思います」


ジワリ、そう聞こえてくるほど汗が噴き出したのが自分でもわかった。

アイカさんは下を向いていてどんな表情をしているのか少ししかわからない。

かくいう俺は、


「あ、ありがと……ちょっとトイレに行ってくる」


 逃げるようにトイレへと駆け込む、ふと鏡に映った自分の顔を見たらだれが見てもはっきりと分かるほど顔が赤い。

 そしてそれはさっきのアイカさんも同じで、下を向いているのでしっかりとは見えなかったが少し見えたアイカさんの頬が赤く染まっていた。

 だから対応に困ってトイレへと駆け込んでしまった。


「いや、変でしょ……」


 ぼそりと自分に言い聞かせるようにそう告げる。

 変だと思ったのは先ほどのアイカさんの発言、まるで俺の事を見透かしているかのように告げた言葉が妙に胸に突き刺さる。

 自分で把握している中ではアイカさんに素を出しているとは思っていない、そりゃ今のところ関わってきた異性の中で一番素を出しているとは思っているがそれでも一部だけだと思っていたのだ。


 心臓がさっきからうるさい、そんなはずはない。

 俺がアイカさんに対して少なからず好意を抱いているのは分かっているし、自覚もしている。

 もう一度鏡に映った自分の顔を見つめる。

 その顔はどこかで見たことがある表情で、だからこそ認めたくなかった。


 鏡に映っていたのはここ最近リカが俺に対して向ける表情とどこか似ていて、それでいてサキさんと最後に会ったときに向けられていた表情とも似ている。

 その二つの共通点、どちらも俺の事を好きだということ。


 ふとポケットに入れていたスマホが震える、取り出してみてみるとアイカさんからのメッセージで、


『好きです、急にごめんなさい』


 その瞬間、心臓がもっとうるさくなった。

 そして鏡に映る自分の顔がだらしなく、それでいて笑みがこぼれていた。

 考えなくてもわかる、きっと俺はアイカさんの事が好きなのだろう。

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どうしよもなくクズで最低で価値のないあなたへ 傷美 @kizunomikata

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