抜きゲーの世界に転生したけど、俺は絶対にセックスしない
三条燕
第1話 スペル:マジックワールド
午後4時過ぎ、夏休み目前の放課後の教室には、半開きの窓から生ぬるい風に乗って野球部の気合の入った声が聞こえてくる。
俺と親友の水原の二人で教室を二人占めにしながらいつものように下らないことを駄弁る。
「なあお前新作のエロゲやったか?」
「そういう水原はどうなんだよ」
ニヤニヤしながら嬉々として何のためらいもなく18禁ゲームの話題を振ってきた。
俺たち二人はいわゆるゲーム好きのオタクってやつだ。
俺はアクションゲームから恋愛シミュレーションまで様々なジャンルを幅広くプレイしている。
しかし、目の前で椅子を逆向きに座って俺の机に肘をついている子の水原は違い、
主にエロゲ、所謂アダルトゲームというジャンルに目がない。
さらに質が悪いのは純愛物から、プレイする人間によっては吐き気を催すジャンルまで、すべてのジャンルをくまなくプレイするアダルトゲーム愛好家なのだ。
「いやあ、あれは抜きゲーとしては超一級品だったぜ! お前のデスクトップって確かDVDドライブあったよな、貸してやるよ」
「それでお前は抜いたのか」
アダルトゲームを借りるとなれば、ここはしっかり確認しなくてはならない。
なぜならば――
「あたぼうよ! マジでヌキどころ多すぎて、プレイしてる間ずっと全裸待機だったからな、ほんと夏でよかったぜ、危うく風邪ひくところだったわ」
「お前が抜いたゲームなんか借りられるか、バカ野郎!」
いくら親友とはいえ友人があんなことやこんなことをしたゲームを借りたくはない。
同じゲームでも新品を買ってプレイする分にはいい。
しかし中古品となると話が変わってくるのだ、だからこそ学生でほとんどのゲームを中古で買いそろえる俺はアダルトゲームだけは新品のものを購入するようにしていた。
「ほんとお前はそういうところあるよなぁ。ただのゲームなんだから気にしなきゃいいのに」
「なんか穴兄弟的な感じがしていやだろ、それは」
「まあ借りないってんならゲームの感想を伝えさせてくれよ、令和最大のヌキゲーとまで言われている『出せば出すほど強くなる!? スペル:マジックワールド』の話をさ!」
「最悪の言葉遊びだな」
枕もとで『ピピピピ』と電子音が鳴る。
もう朝か、すごく懐かしい夢を見ていたような気がする。
俺は1LDKに鳴り響くスマホのアラームを停止させ、ゆっくり起き上がり、洗面所に向かった。
顔を洗おうとして映るのは今の眠たげな自分の顔。
「いやあ今日もかっこいいなぁ、この顔は。つかそもそも俺の顔なんか映らないんだから顔の造形なんてどうでもよかっただろうに」
この世界で俺以外意味の分からない独り言を呟きつつ、洗面所で諸々済ませた後俺は制服に着替える。
制服はブレザーで、俺たちの学年色である臙脂色の生地でできており、胸には学園のトレードマークの刺繍が施されている。
軽く髪を整えて俺はマンションを出た。
「あら早乙女君、今日も早起きで偉いわねえ! でも今日も男子一人で登校するの?
あたしが学校まで送ってあげようか?」
「おはようございます、大家さん。これでも魔術学園の生徒ですから、襲われても返り討ちにしてやりますよ」
朝からマンションの玄関を掃き掃除をしている大家さんが話しかけてくる。
嬉しそうにしているのは俺を見つけることができたからだろう、ここに引っ越してから朝に顔を合せなかったことは今まで一度もない。
え、自意識過剰だって? まあそう思いたいならそう思ってくれていいよ、今はな。
どうせ学園に言ったら俺が本当のことを言ってるってすぐに分かるから。
「そうだったわね、でももし危ないことがあったらすぐに電話するのよ。
こんなおばさんにも優しく接してくれる早乙女君を襲ったやつには、死んだほうがましだって思えるくらい後悔させてやらなきゃいけないんだから」
「アハハ、そ、それじゃあいってきます」
「行ってらっしゃーい! やっぱり私も着いて行ったほうがいいかしら……」
不穏な言葉が聞こえた気がしたので、俺はなるべく早歩きで学園行きの電車に乗るため駅に向かった。
改札で待っていると満員でぎゅうぎゅう詰めの電車が11両編成で到着する。
窓から確認できる限り乗車しているのは全員女性のみのようだ。
うん、社会人や学生はこの時間帯はほんとに地獄だなと改めて認識して、俺は当然のように11号車へと向かう。
するとどうだろうか、1号車から10号車まで満員だったはずなのに、11号車のみほとんど誰も乗っていないではないか!
しかも座席はグリーン車のように設置され、柔らかいクッションに思い切りくつろげるようにまでなっている。
いつもの最後尾の席に向かう途中同じ色の制服を着た学生を見つける、どうやら同じクラスの男子のようだった。
「あれ、早乙女君じゃないか。君はこの電車を利用しているんだね」
「あ、ああ。俺は車で行ける程お金がないからな」
さあなんとなく分かってきただろうか、この世界の違和感に。
「そうか、ならば僕の家から一台貸し出してもいいよ。
君は数少ない学園の男子生徒なんだから」
「いや、遠慮しておくよ。登校中に歩くのが好きなんだ」
「そっか。それなら何も言わないけど、いくら男性専用車両でも女性には十分気を付けるんだよ。
最近も精子目当てで襲われた人がいるってニュースで見たから」
「あ、ありがとね。それじゃ俺もう行くよ」
そそくさと最後尾の席に着く。
「はぁー」と無意識のうちにため息が出る。
朝からこの世界の現実を認識して気が重くなってしまった。
いっそのこと学校をサボりたいが、男子である以上そういうわけにもいかない。
本当にこの世界設定終わってるだろ。
「まさかエロゲーの世界に転生しちまうとはなあ」
朝家を出てからこの電車に乗るまでわずか30分ほどで感じた違和感。
それはすべて今いるこの世界が元の世界とは全く違う価値観で動いているからだ。
「しかもよりにもよって『マジワ』とか……。全部水原、お前のせいだからな!」
そう、ここはあの日水原が令和最大の抜きゲーと語っていた『出せば出すほど強くなる! スペル:マジックワールド』の世界なのだ。
一体なぜこんなことになってしまったのか。
それはすべてあのバカのせいだ。
あの日、『マジワ』の感想を右から左に聞き流していた俺を見た水原は、翌日俺に無理やりゲームの円盤を渡してきたのだ。
もちろん俺はそれを拒否したが、あいつの粘り強さに根負けして受け取ってしまった。
しかし人間勧められすぎるとやる気を失うもので、俺はバッグに入れたまま数日を過ごす。
そのままプレイせずに適当に感想を伝えて返すつもりだったのだが、どうやら目ざとくその作戦に気づいたようで「目の前でプレイをしろ」とまで言い出した。
そんな新手の拷問を受けてたまるか! と渋々家族が寝静まった夜中にこっそりゲームを起動したのが運の尽き。
女性キャラクターの声で『マジワ』のタイトルコールが入った瞬間、モニターが真っ白に輝いてあまりのまぶしさに目を瞑るといつの間にかこの世界にいた、というわけだ。
もちろん俺は夢や妄想の類じゃないかと疑ったさ。
そんなインターネット小説で書かれているようなことが現実に起きるはずがないと。
でも仮に気を失っている間に見ている夢だとしても、この歪な世界は回り続ける。
いくら否定しても今のところはここで暮らしていかないといけないのだ。
そして俺はおそらくこの世界の主人公の『早乙女 諒太』、主人公のデフォルトネームだったはず。
水原の情報によると設定はガバガバで、この世界の男女比は1:99。
つまり日本の人口を一億人として、男性が100万人に対し女性が9900万人というガバガバどころかぶっ飛んでいる世界観なわけだ。
そしてもう一つ以前の世界とは大きく違っている点として、この世界には魔術が存在する。
ここは素直にうれしいよな、漫画やアニメのキャラクターみたいに魔術を行使するのはオタクの夢だ。
だが決して油断してはいけない、なぜならここはエロゲの世界だからだ。
この魔術がこの世界をエロゲたらしめている、非常に大きな要因の一つ。
まず基本的にこの世界で魔術を行使できるのは女性のみ。
そしてその魔術を使用する対価としてなくてはならないものが、男性の精子である。
「どういうことだよ、精子を対価として魔術を行使するって!?
魔術師は全員腰からコンドームぶら下げてんのか、バカ野郎!」
嘆いても変わらないのが現実。
そして実際に魔術師は必ず、腰や上着の内ポケットに男性の精子が入った容器を携帯している。
ちなみに魔術師になれる才能を持つ人間は総人口のおよそ1/1000、世界的にその有用性を認められており、国ごとに魔術師団を抱えているようだ。
そして男性の精液は国によって買い取られ、非常に高価なものとして扱われているのだ。
そんな中で男性の魔術師はというと、魔術を使うために精液を必要としない。
なぜなら男性は自らの性欲と引き換えに魔術を行使するから。
要はむっつりであればあるほど偉大な魔法使いになれる、男性に限った話ではあるが。
おっと色々考えていたらもう学園前に到着するようだ。
これから行く学園ももちろん国立で、この学園を卒業すれば基本的には国営の魔術師団で働くことができ、魔女の精鋭が集まる学び舎で、かつ
「『マジワ』の舞台でもある……」
俺は重い足取りで目的地へと向かった、『国立聖フェラス魔術学院』へと――。
抜きゲーの世界に転生したけど、俺は絶対にセックスしない 三条燕 @sanjou_tsubame
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