第6話 緊急クエスト

「これでは冒険者が危険にさらされる可能性があり、ギルド協会としては無視できない。その上、暴走したモンスターが一般の行商人などに襲いかかる可能性もある。そのため―――」


この瞬間、僕のスキル【未来の運命フィアラル•コード】が起動する。

これは少し未来の1つ。




「緊急クエストを!!」


空に指をさし宣言した彼女は無限の収納庫から紙のようなものを取り出す。


「テッテレー【依頼書メーカー】」


依頼書メーカーに手を乗せると私の思っていることやイメージを依頼書のように作ってくれる消耗品。普通の依頼書とは質感が違い、表面がツルツルなのが特徴。

出来上がった依頼書は風に乗せてギルドに送った。


「詳細は依頼書にしておくけど、とりあえず参加する冒険者は南門を出た平原に集合ね。参加者のレベルは問いません。見学もオーケーで途中参加もウェルカム。うちのギルドじゃない冒険者も参加していいからってことで伝えといてくれるかな。」

『承りました。依頼人はギルドマスターさんでよろしいですか?』

「モチのロンだよ。」


彼女は窓枠に足を掛け身を乗り出す。


「私は守衛さんに一応報告してから行くからね。」

『では、私とエフィラさんで現場のまとめておきますね。』

「よろしく〜」


通信を切り建物から飛び立つ。

彼女に纏うようにエメラルドに輝く風が吹く。その風は翼となって大空へ羽ばたかせてくれる。

目指すは守衛塔で道中遮るものがないので一直線だ。

飛んでいるときに感じる風は1番気持ちがいいらしく、つい楽しくなって遊覧飛行してしまうのは彼女の癖なのだろう。


「守衛さーん!」


彼女は守衛塔の上で見張りをしている兵士に声をかける。

兵士は飛んでいる彼女に気づき手を振る。


「やあ、ギルドマスターじゃないか。」

「どもでーす。」

「そういえばさっき大勢の人がここを通ったが、何かあったのかい?」

「そのことで会いに来たんだよー」


兵士は何事なのかと腕を組み頭を傾げる。


カトランゼこっちに魔物の群れが向かってるんだ。」

「数は?」

「う〜んと、1000くらいかな。」

「せ......1000だって!! 急いで警告をッ!」


動揺する兵士を見た彼女は咄嗟に手を前に出す。


「ちょ、ちょっと待って! その魔物はユーフォニアムうちで対処するから安心してほしい。ちょっと騒がしくなるかもしれないからそれだけ先に謝っておくね。」

「大丈夫なのかい?」

「うちのギルドは弱くないから大丈夫!」

「わかった。でもダメそうならすぐに警告を出すからね。」

「はいはーい、それでいいよ。」


羽を大きく羽ばたかせ、検問所を越えた。


「ギルドに任せられますかね?」

「大丈夫さ。あのがおればこの国は安泰じゃ。」


若い兵士の質問に初老の兵士は優しく答え、彼女の背中を見つめる。



目的地の平原に近づくと賑やかな声が聞こえてくる。

見えてきたのは大勢の冒険者だ。当然ユーフォニアムのメンバーは総出のようでその他にちらほらと知らない冒険者がいた。ざっと数えて50人ほどいただろうか。


彼女が降り立つと受付嬢のスイが近づいてくる。


「お疲れさまです、ギルドマスターさん。」

「スイちゃんもありがとね。急なことだったのに。」

「いえ、皆さんギルドマスターさんの緊急クエストだと聞いたら喜んで参加してくれましたよ。」


スイと話しているとエフィラがやってくる。


「今日は楽しくなりそうね、ギルマス。」

「私もフォローに入るけど、エフィラさんも周りにいる冒険者の面倒見てよ。」

「オーケー、任せてよ。」

「私もできるだけ皆さんの支援に回りますね。」


2人ともやる気は十分みたいでありがたい。さてあとは―――

彼女は冒険者の集まっているところへ向かい、足に風を纏わせ少し飛ぶ。

ユーフォニアムのギルドマスターに気がついた冒険者が次々と彼女の方を見る。


「やあやあ、冒険者の諸君。よく集まってくれたね。」


彼女の声で気づいていなかった冒険者も全員こちらを向く。


「今回の緊急クエストに参加してくれてありがとう。依頼書には目を通したかな? モンスターの数はざっと1000体で、こちらは50人くらいかな。」


少しざわつき始める。

皆、数で見ればその差は歴然だからしょうがない。


「相手はゴブリンやウルフ等のCランクからAランク相当の大型モンスターからなる魔物集団だ。少し様子が違うとすれば、どうやら魔力暴走を起こしているのではないかと思われる。その点は手練れの冒険書とはいえ油断しないように。」


魔力暴走状態は通常の個体より能力が上がっている。この状態のモンスターを見る冒険者はそう多くない。だからこそ今回の緊急クエストとして依頼したのだろう。

本来ならこんなことをせずとも彼女1人で事足りる。

少なくとも暴走状態がどういうものでどの程度違うのか知ってもらうにはいい機会だろう。


「数からして夜までかかるだろうから各自補給を忘れずに、前衛を担う者は前線に上がる時も下がる時も周りに注意するんだぞー」


全体を見ると手練れの冒険者は落ち着いており、経験の少ない冒険者は少し緊張しているように見える。


「各員、無茶だけは許さないので、危ないと思った者はすぐに戦場から離脱させる。戦いに慣れていないものは複数人で行動するように。後衛組は味方に当てないようになー」


彼女はまだ、言うことがあるのだろう。何か悩んでいるように見える。

しかし、すぐに思い出したように顔を上げる。


「私がいる限り誰一人欠けることはない。各々全力で挑むように!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」」


彼女の最後の言葉に冒険者達は武器を持ち上げ盛大に答える。

もう、モンスターの群れは近い。

あとは彼女が何とかしてくれるさ。


「総員、第一種戦闘配置!」


冒険者達がそれぞれのポジションにつく。


「モンスター1匹、門に近づけることなく鎮圧する。戦闘開始!」


前線部隊がモンスターと接敵する。激しい音が遠くから聞こえてくる。


「鷹の目」


彼女のスキルの1つである鷹の目ホーク・アイで前線の状況を確認する。

確実にモンスターを倒しているが、前線は押されている。だが、それで問題はない。

ある程度前線が下がったところで、中距離部隊が参戦する。主戦場はこのラインで行われる。前衛部隊と中距離部隊が前線の維持、そこに魔法使い達の魔法で群れを崩壊させるスタンダードな戦法のようだ。


しかし、圧倒的な数の前では前線の維持は難しい。彼女のような者がいなければね。

彼女は絶対不可侵統合術式併用連鎖式多重構造型展開拒絶領域を使い、確実なサポートにより前線の冒険者を守り続けている。その結果、前線部隊はかすり傷1つ付いていない。


「第一部隊は下がって! エフィラ率いる第二部隊は前に!」

「オーケー、レベル上げといきますか!」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!」」」


エフィラ率いる第2陣が勢いよく前に出る。モンスターの数はまだまだ多い。

交代が少し早い気もしたが、おそらく序盤は弱いモンスターではあるが機動性が高い個体が多いためスタミナの管理の一環だろう。後半の少し強いモンスターになってくれば挑める冒険者も少なくなってくるため、経験値を稼ぐには早めのローテーションは効果的である。


前線にエフィラが行ったことにより、安定してきたことを確認した彼女は周りを見回す。

すると後方部隊魔法使いの少女に目が止まる。彼女はその少女に近づく。


「えっと、えーと......」

「やっほー!」

「ギルドマスター!」


少女は彼女の登場に驚く。


「どうかした?」

「え、えっと...... 魔法がうまくできなくて......」


どうやら経験の少ない冒険者のようだ。その容姿や武具から見ても分かる。


「ほぅ、なるほど、なるほど。大丈夫だよ。」

「ふぇ?」

「たぶん緊張してるだけだよ。ここにいる冒険者は頼もしい人ばかりだから安心して魔法に集中すれば大丈夫!」


笑顔で手を握ってくる彼女に動揺しながらも安心したような気持ちになる。

そして少女は覚悟を決める。


「私、やってみます!」

「うん。そうこなくちゃね。」


元気になった彼女は杖を掲げて詠唱を開始する。


「地を揺らすは炎の柱―――」


少女のうたいだしに彼女は目を丸くする。


「―――その爆炎は炎神の礫―――」


ピキッっと少女の杖に付いている魔石にヒビが入る。

慌てふためく彼女は咄嗟に【クリスト】という補助強化魔法を魔石に付与し、耐久値を上げる。

この少女は魔法が使えないのではなく、使う魔法に対して杖が合っていないのだ。

詠唱途中に魔石が壊れると集めた魔力が爆発し、周囲に被害が出ると考えた彼女は魔石の強化を施したのである。


「火照り、輝き、大地を焦がす―――」

「エフィラさん!」

『ん? どしたの、ギルマス?』

「今すぐそこから退避してぇぇぇぇ!」


彼女の必死な叫びに困惑していたエフィラだったが、突如現れた塔のように連なる魔方陣を見て顔が青ざめる。


「前線部隊! 後退、こうた〜い!!」


魔方陣の近くにいた冒険者が一斉に逃げる。

理性のない暴走モンスターは何も気づかず逃げた冒険者を追いかけようとした時―――


「万物全て燃やせぬものなし! 業火の炎煌クロスディフィール!」


魔方陣が収束し、一筋の光になった瞬間巨大な火柱に変わる。

周囲を燃やし地表からドーム状に広がり爆発する。


逃げきった冒険者達は目の前の光景に唖然としていた。

周囲一帯は焼け野原になり、攻めこんできたモンスターは塵になっていた。

エフィラも呆然としていたが、気を取り直して再び前線を保つ。


遠くで爆発を見た彼女は恐る恐る隣の少女を見る。

そこには満足顔で倒れる姿があった。大の字で倒れている少女の手に杖はなく、どうやら魔法が発動したと同時に砕け散ったようだ。

すぐに医療班を呼び、少女をテントへと運ぶ。命に別条はなしとのことで安心した彼女は再び戦況を眺め、何かに気づいたようで前線へ飛ぶ。


「くっ......」


飛んでいく先には冒険者の男が戦っていた。モンスターと激しい戦いをしていた冒険者だが、死角から違うモンスターの襲撃にさらされていた。


「しまったッ!」


男が諦め、目を閉じたがモンスターからの攻撃はなかった。

ゆっくりと目を開けるとモンスターは塵と化し、目の前には彼女がいた。


「ギルドマスター!」

「おつかれ。ここからはモンスターの強さも上がってくるから無茶したらダメだよ!」

「は、はい!」


中盤戦になり、戦いは激しさを増す。中型モンスターがここで姿を表し出す。

それに伴いギルドサイドも複数人で連携して戦いに挑む。

戦いについてこられなくなった冒険者は前線から抜けるため、少し押され気味になる。


「各員、単体行動は控えるように。」


第1部隊が合流し、エフィラが前線の指揮を執っているが拮抗した状況からは抜け出せていない。

拮抗しているのはユーフォニアムのギルドマスターあっての部分も大きい。厄介なモンスターは率先して彼女が倒している。


ふと彼女は離れたところのモンスターが消滅しているのが見えた。

鷹の目で見ると見覚えのある姿が見える。彼女はすぐにそちらに飛んだ。


その者は黒い忍装束を身につけ、音もさせずにモンスターの首を忍刀で切り抜ける。

一瞬で周囲のモンスター蹴散らしたあと彼女が現れる。


「きみ~、かわいいね~。よかったらこの後お茶しな~い? ってかギルド入らな~い」

「すまぬでござるが、拙者ギルドには入っているでござる。」


陽キャのような絡みで忍に近づく彼女だが、冷静に返される。


「んなことは知ってるんだよ! なんでおまえがここにいるんだー」

「モンスターの討伐に決まっているでござろう。」

「違う、違う、そうじゃ...... そうじゃなーい! 会議はどうした!?」


冷静な天坂あまさか夜夜季やよいに憤慨する彼女だが、夜夜季は懐から1枚の紙を取り出す。


「ギルドの者以外も参加自由のはずではござらぬか?」

「な... なんでおまえがそれを!? ギルドにいたはずでは?」


夜夜季が持っていたのは、協会の会議を抜けてから作った緊急クエストの依頼書のコピーだった。


「拙者は忍。影より暗躍する者。表には出ぬでござる。」

「じゃあ、会議に出てたの誰だよ!」

「あれは影分身でござる。」

「カゲ......ブンシン?」


彼女が影分身を知らないのは無理もない。


この世界に忍は存在せず、日本の転生者でも忍者になったのは夜夜季が初であるため認知度が低い。この世界に転生してくる者は何処から来ているのか、どの時代から来たのかはランダムらしく僕より先に転生しておきながら未来から来た者もいれば、僕より後に転生したのに昔の者だったりと法則はなさそうに思える。


「安心するでござる。別にお主の考えを踏みにじるつもりはないでござる。こちらの大物は拙者が片付ける故、お主はギルドのお守りをするでござる。」

「......」


少し黙り込む彼女に夜夜季は続ける。


「過去の事なら気にするでない。これも拙者が勝手にやっておる事にござる。恩を着せるつもりは毛頭ないでござる。」

「...... 別に気にしてないし......」

「なればよいでござる。拙者はこれにて。」


一瞬で視界から消え、遠くでモンスターの叫びが聞こえた。


「あー、もう!」


彼女は苛立ちを大声で発散し、すぐにギルドのメンバーがいる方へ飛び立つ。




エフィラや冒険者達の奮闘により状況は大分落ち着いてきた。残りは大型モンスターが数体残るだけまできている。

だが、冒険者達の体力も限界に近いのか動きが鈍くなってきている。


『ギルマス、これ以上は前線を維持できそうにないよ。どうする?』

「下がれる者はキャンプ場まで戻ってもらって構わないから。あとは私がやる。」

『オーケー。全員撤収!』


エフィラの指示で冒険者が撤退を開始する。

戻ったユーフォニアムのギルドかのじょマスターは一瞬で周囲の中型以下モンスターを消滅させる。


「エフィラさん。そっちの敵はよろしく。」

「まかせろ、ギル!」

「了承しました。ギルマスさん。」


2人の頑張りを横目に見ながら目標に飛んでいき、彼女は大型モンスターの正面で止まる。

大型モンスターはカトランゼの防壁の2倍はあり、ギルド協会からもその存在は確認できるが星月さんが機転を気を利かせてカーテンを閉める。

ここの言い訳は後で考えておかないとね。


「辛いだろう。今、解放してやるからな。」


腕を組み仁王立ちの彼女の背後から複数の砲門が出現する。


「一斉撃ち方、用意!」


取り囲むように現れた大型兵器の砲門が一斉に大型モンスターへと向けられる。

それぞれの武装が展開し、左右の大型のライフルはエネルギーを溜め始め、背後からは仕込まれていた砲門が現れる。


「全砲門、撃てぇぇぇ!」


彼女の合図と共に眩い閃光が放たれる。左右から巨大なビームと周囲から砲台によるビーム、背面から歪曲して目標に向かうビームと多種多様な光が巨大モンスターを貫く。

モンスターは断末魔を上げる間もなく消滅した。

砲撃を終えた武装は排熱を行い周囲に大量の水蒸気を放出する。

その光景に冒険者は唖然としていたが、モンスター討伐が完了したことに喜んだ。


彼女は武装を仕舞い、周囲を確認する。


「残存モンスターなし。軽傷者はいるけど、大ケガの子はいなさうだね。夜夜季あいつはいなくなってるな... ま、無事だろう。」


彼女が地表に降りると、元創復生を発動し周りが元通りの平原になる。

そこへエフィラが合流する。


「相変わらす凄い魔法だよね。」

「人智を越えた魔法だからね~」


彼女は自慢気に胸を張る。

異世界転生者ですら、到達することができない全能の魔法である滅創魔法。彼女がなぜそのような魔法を使えるのかは本人か長寿命のエルフ、それか悪魔くらいしか知らないだろうね。


「思った以上に早く終わったね。」

「皆のお陰だよ、ありがとエフィラさん。」

「そういうことにしとくよっと」

「はわぁ!」


エフィラは彼女を人形のように持ち上げ抱き締める。

突然の事でビックリした彼女だが、すぐにおろせー、っと暴れたがみんなの所までしっかりと運ばれていった。


そこで僕の意識は戻ってくる。違和感が無いように言葉を紡ごうとすると―――


「会長、お手洗い行ってくる。」


私が手を上げながら席を立つ。視線が一斉にこちらに向く。

当然アルカインが口を挟もうとしたが、近くにいる会長が止める。


「行ってらっしゃい。内容は後で伝えるよ。」

「はーい。」


返事をして彼女は出ていった。

この未来を選ぼう。

僕は静かに遮断結界を展開しつつ、話を続ける。


「では、話の続きといこうか。」


よろしく頼むよ、ユーフォニアムのギルドマスター。

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冒険者ギルドのマスターは楽しい 天道 @c-xx

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