第5話 ギルド協会

―――かわいそうに......


そんな言葉が私のうしろにある扉の向こうから聞こえる。

17歳を向かえた私は村の北部にある社にいる。


―――【鎮魂祭】―――


この村に代々伝わる伝承では、この世に最悪の災いをもたらす悪魔を清純なる乙女の命をもって静めたとか馬鹿馬鹿しい言い伝えを後生大事に続けている。

かという当時の私は生け贄になるために育てられ、人柱になるための生きていたからなんの疑問もなかった。


(可哀想...... 確かにそうね。この神聖な儀式に選ばれなかったハズレ共はよくのうのうと生きていられたものだ。恥さらしもいいところね。)


生まれた時から生け贄であることが確定している私にとても重宝された。社から出ること以外は大抵の願いは叶えてくれた。外に出れないので社内で生け贄に選ばれた事が凄いことや世界を救う事ができる素晴らしい役割だとかそう言ったことばかり永遠に聞かせられ私自身生け贄になることが素晴らしいことなんだと思うくらいまで洗脳されていた。

そのせいで他の女を蔑むまで思考が歪んでいた。産んでくれた母にさえ私は生け贄に選ばれなかった女という認識しか持たなかった。


「ふぅ、そろそろ行こうかしら。」


胸が高まる。これから死ぬというのに気持ちは幸せでいっぱいだった。このために今まで生きてきて己の役割を果たして世界を救う。最高の晴れ舞台ではあるが見届ける者が居ないのが少しあじけなかった。


社の奥にある襖の前に立つ。ここで生活をしていたけど、この襖だけには近づいてはいけないと言われていた。操り人形だった私は当然言いつけを破ることなく今日まで過ごしていた。

多少は気になってはいたので中を拝めるのは正直ワクワクしていた。


襖をゆっくり開けて顔を覗かしてみる。

真っ暗な部屋に明かりはなく窓などもない。目を凝らすと意味ありげなお札が部屋中に貼られているのが分かった。世界を救う場所としては残念すぎる内装にがっかりしつつも、部屋の真ん中に仰々しく飾ってある黒い水晶に近づいた。

話によればこれに触れればすべて理解できるのだとか。


「では、世界に祝福を......」


走馬灯なのだろうか、脳裏に母が私に手を伸ばし泣き叫ぶ姿が浮かぶ。

最後にこんなものを見せるとはタチが悪い。今一度気を引き締め水晶に手を伸ばす。

私が水晶に触れる直前で高い金属音と共に視界が暗転する―――


目が覚める。


「はぁ......」


見飽きた夢を見た。もうずっと昔の事なのによく覚えている。

私がすべてをなくした日。


「あの先は見るに堪えないからよかった。」


夢の続きは悲惨なことしかないのは知っているので安心する一方で罪悪感で気が重くなった。

気分転換に窓を開ければシュランゼル通りに吹く心地よい風が優しく頬を撫でる。沈みかけていた気分が風と町の活気で持ち直す。


「うーん。今日も頑張りますかー!」


右腕をまっすぐ伸ばし左腕を右腕に当てるようにして伸びをする。

クローゼットからいつもの服に着替えて部屋を出る。


「おはようございます、ギルドマスターさん。」


スイちゃんが開店準備の手を止めて私に挨拶をしてくれる。

私が来たことに気付いたらしくスイちゃんのスカートの裏からひょこっと顔を出す子供が二人。


「おー、ギル~」

「ギルマスさん。おはようございます。」


エフィラ1号と2号が飛び出す。

今日は朝からスイちゃんのお手伝いをしているようだ。1号は両手を上にあげ、書類を乗せていて、2号はスイちゃんと同じく胸元に抱えるように持っていた。


「お~、三人共おはよう。」


私は軽く手を振り挨拶をする。


3人が受付に向かうので私もそれに続く。カウンターに着くと1号と2号は書類を置き厨房の方に向かった。今度はローズ達のお手伝いというわけか。


「ギルドマスターさん、これを。」


私は忙しなく動く1号と2号を目で追っていると、スイちゃんが声をかけてきた。

スイちゃんの手には1通の手紙があった。私は受け取り中身を見る。


「今朝こちらに来たとき、扉に挟んであったのですが......」

「ほほ~ん...... げっ......」


私は絶句する。スイちゃんの話を聞きながら文面を読んだ結果、差出人が分かった。


「―――ギルド協会による定例調査会談......」

「そういえば、そろそろ時期でしたね。協会所属の各ギルドマスターが集まってギルドでの出来事や問題を解決する会議でしたと思うのですが......」

「そうなんだけど、ヤバい連中に会いたくないよ...」

「アクアリウムの【クシナダ】さんも来られるのではありませんか?」

「皆がクシナダみたいに大人しければ苦労はないよね......」


私はガックリと肩を落とす。


「毎回適当な理由で休んだのがバレてか知らないけど、参加の是非欄がない...... 強制参加の通達じゃないかこれ......」


通常これは参加確認の手紙だが、私のは『参加しますか、しませんか?』の項目がなく『参加する』とかいてあった。

実際に忙しくて参加できなかった時もあったが、大半は嘘をついて不参加をしていた。


「さすがに今回は逃げられませんね。」


スイちゃんが苦笑いをうかべながら手を頬に当てる。


「イヤだー、いきたくなーい!」

「残念ですがそれは許されませんよ。」


私がカウンターにしがみついて泣きわめいていると、しっとりとした話し方をする声が聞こえる。


「皆さん、ご無沙汰しております。」

「クシナダさん。いらっしゃいませ。」


和服なんだがチャイナ服なのか足して2で割ったようなよく分からない服を着ている女性で、スカートには大胆なスリットがあり肩と腕が見えるように穴が空いてるし胸元も下から支えてるだけという大胆な衣装で見てるこっちが恥ずかしいっての!


そんな格好に冒険者の男どもはメロメロ......

イヤだね~ 全くけしからん!

これでクシナダ本人が狙ってやっているならまだいいが、ただ気に入っているという理由だけで着ているのだ。末恐ろしい。


「よーこそー、冒険者ギルドのユーフォニアムへ~」


受付カウンターに頬を乗せ、やる気のない声でクシナダを歓迎する。


「ようこそではないですよ。ほら、準備してください。」

「準備? って、まさか!」


私はハッ、っと身体を起こし警戒体制に入る。そのさまはまるで猫のように。

わざわざこのギルドに寄り道してまでも私を気にかける面倒見の良いクシナダは隣街のギルドアクアリウムのギルドマスターである。


「招待状だけでは貴方は動かないと思い、こうして迎えに寄ったのです。」

「イヤだー。いきたくなーい!」

「どうして嫌がるのです?」

「ヤバいやつしか居ないからに決まってるだろー!」


その時、私の頭にイカズチ走る。


「―――じゃなくて、ごほん。先日、うちのギルドに野蛮な冒険者が来たのさ。」


軽く前回起きた事件をそれとなくかつ重大な感じで伝えようと思った。


「また皆を怖がらせる奴が来たときに私が居ないとスイちゃん達が危ないからここを離れる訳には―――」


ギルドうちの子を盾にその場を切り抜けようとしたとき声が上がる。


「―――たちは......」


―――ん?


「―――俺たちはもう怯まない!」


1人の冒険者(うちの子)が立ち上がる。

それに感化されたのか、他の冒険者も立ち上がる。


「そうだ! 自分達の居場所も守れずに、なにが冒険者だ!」


―――お、おぉ......


俺も私もと気付けば皆が立ち上がり一致団結したように盛り上がる。

そして最初に立ち上がった冒険者が私に近づいてきて力強く言う。


「ギルドのことは絶対に俺達で守ります! ギルドマスターは安心してください!」


ギルドマスターとしては凄く嬉しいこと言ってくれる――――――しかし今じゃない!!


私が心で泣いていると、肩にそっと手を置かれる。


「貴方のギルドはいいところね。」


泣いているような仕草をするが、決して泣いていないクシナダが私を見る。

私は力強く親指を立てドヤって見せた瞬間、クシナダの手が首裏の襟を掴み出口へ引っ張られる。


「では、ギルドマスターをお借りしますね。」


見事なまでに美しいウインクを冒険者達に放ち悩殺する。

連れ去られる前に『クシナダ様のためなら』という声が聞こえたような気がした。

私は帰ったらクシナダ教をあぶり出しお仕置きをすることを固く誓った。




ギルド協会は首都カトランゼの中央にあり、教会と見間違えるほどの立派で大規模な建物になっていて観光スポットにもなっている。


「いつ見ても素敵ですね。」

「私はもう見飽きたよ。」


馬車から見上げる協会に敬愛と尊敬の眼差しを向けるクシナダと死んだ魚のような目で見る私。

見飽きるほど見たことはないが好き好んで見たいとも思わない。チラチラ視界に入って鬱陶しいくらいの感情しかない。


「毎日見られていいじゃない。」

「あんなの見たって気が滅入るだけだぞ。」


ギルド協会は少し高い位置にあるため街を一望できる。

そのためか、すごく監視されてるように感じるのだ。


馬車は協会前に止まり、扉が開く。

クシナダと私は入り口に入るとメイド服っぽい服を着た星月が出迎える。


「お待ちしておりました。」


相変わらず抑揚のない声で星月は言う。


「皆様、お揃いですのでお急ぎください。」

「あら、皆さん早いですね。」

「私は別に行きたくはないのだが......」

「ここまで来たからには諦めてはいかが?」


私はクシナダに抱き抱えられながら星月に案内される。


大きな木造の扉の前で星月は横に逸れ、私たちを扉の方に誘導するように腕を動かす。

私とクシナダは横に並び扉の前に立つ。


「こちらが会場になります。」

「はい、ありがとう。」

「入りたくねぇ~」


しかし私の気持ちとは裏腹にメイドさんが扉を開く。


私たちの正面の壁は全面ガラス張りになっており、真ん中には大きな会議テーブルが置かれている。しかし椅子の数は私達の分しかないので無駄なスペースが多い。全体的に窓側に寄っているので私の椅子だけ扉側にして距離でも置こうかな。


などと考えていると目の前から女性が飛んでくる。


「きゃぁぁぁぁ、推しキタァァァァァ」

「!! ―――絶ッ!」

「グヘッ!」


夏の夜空のような紺色の髪にポニーテールが特徴的でどう見ても17歳の見た目の私と同い年にしか見えないが20歳を越えてるという私と同じ呪いでもかかっているのかと思ってしまう女性が見えない壁に衝突し崩れ落ちる。

彼女は東部にある街の複合ギルド【サードナイン】のギルドマスターを務めている【エステラ•ディース】

東部にあったギルドを1つにまとめ上げる程の実力を持っており統率力と指揮能力が優れている。

―――が、趣味が女の子とかいうちょっとなのか大分なのか分からないがヤバい。エステラが普段いるギルドは女の子ばかりでなんかギルドとは別の何かを経営してそうなところだ。さらに異世界人から『推し』の概念を教わり、私をその推しというやつにされてしまった。


私は第一波の突撃を防いだことで一瞬気が緩んだ。

エステラはその隙をついて私の背後をとり拘束する。


「いいねいいね! いつ触っても変わらない肌触りにしっかりとした弾力。永遠にして究極の理想系で私のア•イ•ド•ル~」

「ひぃ~、は、離れろぉぉぉぉ」


必死に踠くも抜け出せず、頬をすりすりされ悲鳴をあげる私。

それすらも愛らしいとエステラの攻めは止まらない。


「その辺にしときなさい。」

「クシナダさんも相変わらず良い身体をしてますな~」


止めに入るとクシナダにさえセクハラをするオッサンのようなエステラだが、決して気持ちが分からないわけではない。スイちゃんという嫁を持っている私に正面からエステラの趣味を否定はできない。


―――私もスイちゃんから見たらこんな感じなのだろうか......

と一瞬反省をしたが、私はこんなに気持ち悪くないと立ち直った。


「二人とも私のギルドに来てくれればいいのに~」

「――― それは協会としては困るかな。」


後方より聞こえるその声に場が一瞬強張る。

拘束が緩んだので解き、エステラを席に行くように促しその場から逃がす。

クシナダも緊張しているのか少しぎこちなく席の方へ向かう。


私は振り向き後ろにいる男性を仰ぐ。


「久しいね、ユーフォニアムのギルドマスター。」

「相変わらず、よく分からん仮面してるんだな。」

「プロパガンダというやつだよ。」

「いや、よく分からないわ。」


仮面を着けたこの男こそギルド協会を発足し、現在のギルド体系を作った初代にして現会長。

彼の人脈は広く、この男を知らない者はいないというくらい存在を知られている。超有名人。

ヘンテコな仮面を着けているのは素顔をぼかすためで、服装も派手にして敢えて大きな服にして体型を誤魔化している。


「それじゃ、始めようか。」


私の横を会長とお付きの星月が通過する。その後を追うように私もクシナダの隣に座る。

会場には私を含め、8人のギルドマスターが席に着いている。


会長は上座の席に着くとみんなの方を見る。


「今回も会談に来てくれてありがとう。遠いところから来ている者もいる中でこうして全員が揃っていることを嬉しく思う。」

「揃ってなかったのは一番近い奴が来なかったからではないか?」


会長の言葉に突っかかったのは、白衣を纏っている眼鏡をかけた少年。彼は北西部の最先端都市【ギルスト】にある【コレクト】のギルドマスター【エース】本名ではないらしい。

眼鏡には特殊なレンズが入っていてあらゆる情報がレンズ越しに確認できるスマートグラスらしく視力は悪くないらしい。


「その言葉は会長の挨拶を際切ってまで言う必要があったか?」


エースの前に座っていた男が鋭い目つきで睨んでいる、と思う。普段から目が細いので睨んでいるかいないのかは判断できないけど......

彼は南東部にある宗教都市【聖都モルガン】にある【レースカイン】のギルドマスター【アルカイン•スクウィン】

都市モルガンでスクウィン家といえば名門貴族らしく身なりはしっかりとしており、その純白の服はシミ1つなく清楚感もバッチリ。文武両道でレースカインの冒険者からは慕われている。


「がっはっはっ! そうカリカリするもんじゃないぜ、旦那。大将の顔を見てみろよ、気にしてる様子はないぜ!」


アルカインの横で盛大に笑い、会長を大将と呼ぶこの筋骨隆々の大男は北部にある街【オーガスト】にある【戦斬党】のギルドマスター【鬼塚刀十朗おにづかとうじゅうろう

戦闘特化型ギルドで冒険者は腕に自信がある者が多い。当の鬼塚も戦闘に関してはトップクラスの能力を持っている。北部は雪が積もるような場所なのだが、鬼塚はいつも獣の皮で作られたワイルドな半袖半ズボンスタイルで生活しているので、見てるこっちが寒くなる。


「...... うるさい。黙れオッサン。あとクソメガネは死ね......」


手に持っている魔道書から目を離さず鬼塚に文句を言う彼女は南部にある魔法都市【エクシオン】にある【アルモワール】のギルドマスター【四之宮桜しのみやさくら

魔法や魔術を主体にしているギルドでレースカインに並ぶ人気の高いギルドの1つ。

ローブの色でランク分けしているらしく行ってみると結構カラフルである。眼鏡率が高いのも特徴かな。あとエースとは犬猿の仲らしい。


「騒がしくて敵わんな。」

「まったくでござる。」


金ピカの鎧を着ている男の言葉に忍装束の女の子が同意する。

この金ピカの方が黄金都市【黄金郷】にあるギルド【ヴォルガード】のギルドマスター【ジーク・ド・メルス】

名前の通り金がたくさん取れる都市で武器の加工や防具の精製などが盛んなところ。全国通過である硬貨もここで製造されているとか。

財をもって戦を制するスタイルで彼が戦場に出るだけで大金が飛んでくらしい......

忍の女の子は黄金都市の隣にある山にある里【六花の里】にあるギルド【六巫ノ門ろくぶのもん】の頭領ギルドマスター天坂あまさか夜夜季やよい

朝は巫女さんで里の人を見守り夜は忍で敵を討つという二面性を持つ。巫女さんモードでは言動や立ち振舞いはおしとやかであるが、忍モードになるとござるでござると語尾が変化する。

どちらのモードでもその俊敏さは凄まじいのに彼女からは音が風の音1つ聞こえないといわれる程ステルス性能が高い。


「皆、いつも通り元気で嬉しいよ。でもそろそろ本題に入ろうか。」


会長は騒がしくするギルドマスター達を暖かい目で見守り、切りのいいところで本題の話題に切り替えようとした。会長の言葉にギルドマスター達は耳を傾ける。


「最近、各地方でモンスターが活発になってきている。調査班の話ではモンスターの数が増えている訳ではないらしい。さらに生息地が違うモンスターが環境を破壊するケースも確認されている。」


前回エフィラさんと近くの森に行った際のことを思い出す。

ミストウルフが初心者御用達のエリアに現れ、環境を壊していた案件だ。

私は戦利品の【ミストウルフの霧水むすい】と事件の詳細をギルド協会に送って調査を依頼した。結果は解析不明でミストウルフがなぜ現れたのか分かっていない。


「これでは冒険者が危険にさらされる可能性があり、ギルド協会としては無視できない。その上、暴走したモンスターが一般の行商人などに襲いかかる可能性もある。そのため―――」


会長の話を流しながら聞いていると、私は奇妙な反応を感知する。

会長も能力を使ったのだろう、話が一瞬途切れそうになったが何事もなかったように話を続ける。どうやらだけで事が済むのだろう。


「会長、お手洗い行ってくる。」


私が手を上げながら席を立つ。視線が一斉にこちらに向く。

当然アルカインが口を挟もうとしたが、近くにいる会長が止める。


「行ってらっしゃい。内容は後で伝えるよ。」

「はーい。」


私は部屋を出て、廊下の途中の窓を開ける。

小型のインカムを耳に付け、スイッチを押す。

通信待機音が数回なったのちインカムから声が聞こえる。


『はい。ギルドユーフォニアムの受け付けのスイです。』

「あ、スイちゃん。やっほー!」

『ギルドマスターさん! どうされたのですか?』

「ちょっと野暮用ができてね。今ギルドに冒険者はいる?」

『はい。皆さんお揃いですよ。』

「うんうん、そうかそうか。それじゃはじめよう!」

『何をですか?』

「緊急クエストを!!」


私は空に指をさし高らかに宣言した。

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