隣人
黒月
第1話
都内の大学に進学した友人の話。
私が大学に入学した年のお盆休みに中学のクラス会が開かれた。県外に就職や進学した人達が帰省する時期でもあり、殆どの元級友が地元の焼肉屋に集合した。まだお酒は飲めないものの、焼肉に舌鼓を打ちながら各々新生活の様子を語る。
それぞれ、仕事や学業、サークル活動など、話題はつきなかったが、都内有名大学に進学したUが、大学を退学して地元に戻っていたのには驚きだった。
彼女は中学時代から生徒会長などをつとめた優等生で、高校も地元有数の進学校に通う才媛だったからだ。
「とりあえずは自宅浪人させてもらってる。来年家から通える国立大を受験するつもり」
と、昔と変わらない穏やかな口調で話してくれた。しかし、彼女の急な進路変更が気になった私は詳しく話を聞いてみる。
Uは入学にあたり、大学近くのアパートで独り暮らしを始めた。家賃もそれなりにしたが、学校まで徒歩10分、築年数も浅く、2階の角部屋。女子の独り暮らしには最適な物件に思えた。
当初は。
慌ただしい入学後のガイダンス期間が終わり、授業も開始され一息ついた頃の事だ。
その日は授業が遅くまであり、帰宅が8時近くになってしまった。疲れた体を引きずり、ようやくアパートにたどり着く。
鍵を開けようとした時、ふと隣室のドアをが目に入った。なんの変哲もない、自室と同じドアだ。だが、ドアの下に小さなパンプスが揃えて置いてあった。
Uは怪訝そうに靴を見つめた。当然、玄関はドアを開けた内側だ。しかし、その時は深く考えもせず、自分の部屋に入った。
翌朝、隣室の靴はなくなっていた。
それからしばらくは何事もなく、学生生活を送っていたのだが、またも隣室のドア前に靴が揃えてある。今度は男性向けと思われるくたびれたスニーカーだった。
2回目で、靴も違うとなると、彼女も少し気になってくる。都内の単身者向けアパートという性質上、隣人とは顔を合わせることもない。酔っぱらいの来客か、それとも来客が多く、玄関に靴が入りきらないのか、そう思う事にした。それにしては、隣室から騒ぎ声などは聞こえてこないのが不思議だった。
また数日して、今度は男性用の革靴。
それから数日、クロックスのようなサンダル。
その次は子供用の小さなスニーカー。
女性もののブーツ
ビジネスシューズ
その次は…
といった具合で数日置きにドア前に靴が置かれている。老若男女脈絡もなく、翌朝には消えている。
これが続くようになってくると、Uも気味が悪くなってきた。毎日の帰宅時、隣室に靴が置いていないかひどく不安になるのだ。靴が置かれていると、しっかりと部屋を施錠してもなんだか落ち着かず、よく眠れなくなった。
女性の独り暮らし、ということが知られて嫌がらせをされているのかも知れない、と思った彼女は思いきって、管理会社に連絡することにした。
変な話だし、実害があるわけではないが、と前置きしたうえで隣室の件を話した。気味が悪いのでやめて欲しいこと、注意喚起の際、自分の相談であることは明かさないで欲しいこと。管理会社の男性は最後まできちんと話を聞いてくれたのだが、意外な一言を発した。
「お隣の部屋ですが、ずっと空き部屋になっていますね。…確かに一人暮らしとわかった上の嫌がらせかもしれません。通報も視野に…」
彼女はどう電話を切ったか覚えていないという。電話したことを後悔したと同時に、もうこのアパートにはいられない、と強い恐怖に駈られたそうだ。
あの靴は一体なんなのだろうか…
一度引越もしたそうだが、帰宅時にアパートの並んだドアを見ること自体が不安になるそうで、結局、大学もやめてしまった。
「隣にどんな人間が住んでるかわからないのは怖いよ。…住んでないのももちろん怖い」
その後、元々が真面目なUは見事、国立大に合格し今では自宅からキャンパスライフを送っている。
隣人 黒月 @inuinu1113
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます