16 いいんじゃないか(完)

 そうした流れになっていたことをクレスが知ったのは、ターキンを離れて少しした頃だ。

 後続の小さな荷馬車、ホー=ダンが御者を務めるそれの荷台に、隊商主と料理人は座り込んで話をした。

「占い師に予言をもらいたいのか? リンが?」

 クレスは、意外に思って尋ねた。

「魔術師は嫌いだろ」

 リンは偏見を持っているというのではないが、事情で、ひどく嫌っている魔術師がいる。

「誰でも彼でも毛嫌いする訳じゃない。過剰な演出をする連中にいくらか腹が立つだけだ」

 占い師なんて、典型的な「魔力を持つ芸人トラント」だと思うが、クレスはあまり突き詰めないでおこうと思った。わざわざリンの機嫌を悪くさせても仕方ない。

「それじゃ、〈ラ・ムール〉探しと並行して占い師探しか。忙しくなりそうだな」

「嫌なら、戻ればいい」

「そんなことは言ってないだろう」

 ここでクレスが「判った、ターキンに戻る」なんて言いやしないことなど承知なのだから――性質たちが悪い。

「ま、そうしたことで忙しくなるのはリンたちさ。俺がいままで以上に忙しくなるとしたら、カルダーがむちゃくちゃ好みにうるさかった場合とか、その程度だよ」

 クレスは肩をすくめた。

「俺の仕事は美味い飯を作ることだからね」

「根菜は農民が抜くべきだからな」

 リンも同意した。

「そして予言をするのは、予知者ルクリードの仕事」

 言うと商人は、頭のなかの地図を目の前に展開でもさせたらしく、指と目を空想上の街道に沿って動かした。

「予言をもらうのか?」

 クレスはまた尋ねた。

「場合によっては」

「曖昧な返事だね」

「予言がほしい訳じゃない。ただ、予言が成就するのならばどういう形で成就するものか、興味がある」

「どういう形も何も」

 予言とか予知とか、そういったことについての知識はさっぱりだ。だが「当たるものは当たる、当たらないものは当たらない」、それだけではないのだろうか。理屈というより、や賭けごとみたいなもの。

 クレスはそんなふうに思っていたが、リンはそうではないと言った。

「正しい予言というのは、必ず当たるものだ。当たらないものは、予言ではない」

「まあ、それはそうかもしれないけど。そんなのはあとで理屈をつけるだけだろ」

「そうじゃない。当たることもあるが当たらないこともある、なんて占い師は、結局のところインチキだ。ココラールが本物であると言われるのは、必ず当たるから」

「ふうん」

 気のない返事をする。実際、あまり興味がない。

「それで、それが、何」

「カルダーの予言に、ココラールの付き人がうろちょろしていたという点」

「それが何?」

 クレスはまた言って首をひねった。

「もしかして、ココラールが予言を成就させるために人を雇ってる、とか思ってる?」

「なかにはそういう似非占い師もいるだろう。ココラールがそうであるかどうかは判らないが、私が気になるのは」

 リンは指を立てた。

「その人物がいなければ、カルダーはわれわれの隊商に参加していないということ」

 助言者が口出しをしなければ、花瓶はただ、リンのものになっただけだ。彼女がカルダーに話しかけて折衝することはなかった。

「予言の成就に、ココラールに近い者が関わる。これは、予知者の予知の範囲内なのだろうか?」

 それがリンの疑問らしかった。別にどうでもいいじゃないかとクレスは思うが、リンはそうではないようだ。

「んじゃ、ココラールにそれを訊きに行くのか」

「そうでもない」

「何なんだよ」

 訳が判らない、とクレスは眉をひそめる。

「助言者、だ」

 リンは息を吐いた。

「何故、その人物はカルダーに助言をしたのか。ただの気紛れ、偶然と言っても不自然ではない。ただ……」

「ただ?」

「まるで彼は、カルダーが私の扱う商品に興味を持つと知っていたかのようだ」

「知ってたんだろ? カルダーはそういうものが好きだって言ったんだから」

「そのことは知っていただろう。だが、私がそういうものを商うと知っていたはずはないんだ」

「ああ、そうか」

 クレスは納得した。

「それで?」

「『それで』じゃないだろう。気にならないのか」

「気紛れか、偶然だろ」

「それならそれで、確認をしたい」

 隊商主は主張した。

「どう思う」

「行き先を決めるのはリンじゃないか。少なくとも俺は、どこだろうとかまわないよ」

「なら決まりだ」

 リンはうなずいた。クレスは首をかしげる。

「それで、本当のところは?」

「何?」

「いったい、何が気にかかってるの」

「――『ひとつに出会えばもうひとつが現れる』」

 そっとリンは呟き、クレスは首をかしげた。

「それは、花瓶の予言だろ?」

「はっきりした訳ではない。そうであったとしても、それだけだろうか」

「何を言っているのさ」

「判らない」

 リンは肩をすくめた。

「クレス、私は『予感』などという不確かなものを頼りにしようとは思わない。だが何故か、気になるんだ」

 あまりリンらしくない言い様だった。

「いいんじゃないか」

 クレスはただ、そう言った。

「〈ラ・ムール〉のあとは、占い師を探す。人を探すなんて珍しいけど、たまには」

 いいんじゃないかと繰り返した。

「そうだな」

 リンはうなずいた。

「たまにはいいか」

 その決断は、やがて彼らに次なる事件を呼び起こすこととなるが、予知者ならぬふたりには、そんな未来は見えなかった。


 カタカタと、荷馬車はただ、ウェレスの街道を行く。

 リンとクレスを乗せた〈パルウォンの隊商〉の進み行く道は、まだまだ先へと長い。


〈雑事屋・旅の隊商〉「家族」 

―了―

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〈雑事屋・旅の隊商〉家族 一枝 唯 @y_ichieda

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