第2話 情報量で爆殺されそう

現状整理をしよう。

母ちゃんが古代兵器だった。

その血を引いてるせいで、2歳の妹が怪しい魔法使いたちにつけ狙われている…と。

…試しにノートに書き出してみたら、黒歴史ノートみたくなった。

そう言う時期はあったけど。あったけども。

襲いくる羞恥に悶絶を押し殺していると、部屋の扉が開いた。


「ご飯よー」


侵入者は姉だった。

その声が鼓膜を少し震わせた瞬間、脊髄反射もびっくりな速度でノートを閉じ、机と壁の隙間に放り込む。

世間で姉という存在がどう見られているのかは知らないが、ウチのはとりわけ横暴で、兄弟のプライベートをガン無視。

近しい男たちを冷徹に傷つける、歩く災害でしかない。

こんなノートが見つかれば、向こう一週間は死ぬほどの羞恥に晒される。

俺は平静を装いながら、怪訝そうな顔を浮かべる姉へと視線を向けた。


「わかった、今行く」

「アンタ、何隠したの?」

「いや、なにも?」

「ふーん…。まあ、いいけど。さっさと降りてきなさいよー」


言って、部屋から去っていく姉。

俺は即座にノートを取り出し、ページを引きちぎる。

そのまま丸めてゴミ箱に放り込むようなヘマはしない。

しっかりと復元不可能な程に破き、俺は部屋を後にした。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「兄さん、ポン酢取って」

「ん」

「はい、ご飯だよー。あーん」

「あーっ」


鍋を前に、そんなやり取りが飛び交う。

妹用に作られたハンバーグを食べさせる母に、俺は半目を向けた。


「…あのさ、母ちゃん。

視界がものすごくうるさいんだけど」

「もう隠す必要ないかなーって」


母の背からは、6枚の黒い翼が生えていた。

「抑えとくの疲れるんだよね」と言いながら、口の周りを激しく汚した妹の頬に、「肌に優しい」という触れ込みのウェットシートを押し当てる。

そんな腹を力んでへこませるみたいな感覚で隠してたの、それ?

というか、服貫通してない?大丈夫?

ツッコミどころは無限に出てくるが、なんとか抑えながらポン酢を潜らせた白菜を口に運ぶ。

美味いけど、なんの味もしない。

矛盾しているが、考え事が多すぎて味を感じる余裕がないというのが正直なところだ。


「俺らにもあんの?そういう、翼的なの」

「ないよ。あったらコイツ、服に金溶かさないだろ」

「女の子は着飾るのが仕事なんですぅー」


見せる相手もいないくせに、と思いつつ、夕食を食べすすめていく。

あの翼が古代兵器の証なんだろうか。

いや、待て。怪物に変身する人間もいるくらいだ。

そこまで珍しくもないのかも知れない。

そんなふうに思考を巡らせていると、これまで沈黙していた父が口を開いた。


「母さん。ちょっと白い羽混じってない?」

「え、嘘っ。白髪だったりする…?」

「…羽って白髪の概念あんの?」

「さぁ…?」


謎は深まるばかり。

ただわかることは、母も白髪を気にする年頃くらいなものである。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「にいちゃ、おいて!ここ、ここ!」

「そこだと倒れちゃうぞー」

「たおえないよー」


三連休でよかった。

寝不足で回らない頭でそんなことを思いつつ、妹の積み木遊びに付き合う。

倒れないが言えるようになったか。

舌足らずなところはご愛嬌だ。

妹の成長に感動することで現実から目を逸らそうとするも、視界にちらちらと入ってくる母がそうはさせない。

これが現実なのだから仕方ない。

それはわかってる。

問題は、妹が狙われる理由が明白なら対策すべきという一点のみだ。


「……なあ、母ちゃん。

これまでは兄ちゃんらが助けてくれてたけどさ、母ちゃんはそのとき何してたの?」

「お仲間の処理」

「……えっと、処理しててあの頻度なの…?」

「んー…、まあ、それもあるけど…。

ほら、兄ちゃんのバイト先って、お国様の組織じゃん?

一応はあの子にもメンツがあるから、手柄を見える形で残してるの。

あ、もちろん兄ちゃんが対処できない奴は私が処理してるから。安心して」


子供のピンチに駆けつけない薄情な親とか思ってごめん、母ちゃん。

俺たちも助けて兄ちゃんのメンツも立てるとか、最高の母ちゃんだよ。

…マザコンみたいなことを思ってしまった。

これで無神経さがなかったらなぁ、と思いつつ、俺は続け様に問うた。


「才能ってやっぱ、魔力量とかそういう感じなん?」

「そりゃあね。後で増えるなんてめちゃくちゃレアケースだし。

アンタみたいに常識的に成長して才能潰す前に確保したいって思うアホは多いのよん」

「常識的だと魔法使えないのね…」

「魔法とかいう不思議パワーに常識求める方がナンセンスじゃない?」


ごもっとも。

…ん?待てよ?つまり、我が兄姉は常識人ではないということか?

いや、これ以上考えるのはやめよう。姉が大魔王と化す可能性が高い。


「…にしても、そんなに才能ある魔術師を育てて何するんだかねぇ。湧いて出るクリーチャーがいるわけでもあるまいし」

「いるよ」

「……ん?」

「いるよ」

「…っすぅー…。

よーし、次はおうち作ろっかぁ」

「ん!」


これ以上俺を情報の塊で殴らないでくれ。バカになる。

頭が痛くなった俺は、現実から逃れるように妹との積み木遊びに意識を向けた。

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うちの母ちゃん、古代兵器だった。 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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