うちの母ちゃん、古代兵器だった。
鳩胸な鴨
第1話 「母は強し」は絶対にこう言う意味じゃない
「母親」という単語から連想するのは、どのような存在だろうか。
気に食わないクソババアと答える者も居れば、無償の愛を与えてくれた最愛の家族と答える者も居るだろう。
もしくは、永遠に手に届かない存在か。
なんにせよ、人にとって母親の形は様々である。
しかし、中にはそのどれもに当てはまることのない「母親」も居るわけで。
「……か、母ちゃん…?」
「まー!」
今まさに、その代表例とも言える存在が曇天の中に佇んでいた。
「ウチの子にくっさい息吐いてんじゃねぇよ、畜生どもが」
かつてないほどに怒気を滲ませた母。
その目が見下ろすのは、今まさに少年と幼子に牙を剥いた怪物。
いつものそこらに寝っ転がり、気まぐれに菓子を貪る母親はそこになく。
「子のために怒り狂う母」という獣が居た。
獣は周囲に光の粒を霧散させると、眼前に伸ばした手を勢いよく下ろす。
────『堕天』
天が堕ちる。
そう見紛うほどの煌めく雨が、怪物を包み込んだ。
「母ちゃん強っ…」
光を浴びながら、少年…神崎 永治は呆然と呟いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
俺の母は外国人である。
どこの国から来たかは毎度はぐらかされるが、ハリウッド女優を日本美人に寄せたような見た目から、アメリカとかヨーロッパ圏のどこかなんだろうと勝手に思ってる。
本人曰く、「ドラマチックな大恋愛を経て父と結ばれた」らしいが、俺からすれば親の惚気話とかいうこれ以上ない拷問なので、詳しいことは聞かなかった。
父は自宅勤務のシステムエンジニア、母は漫画家と普段から家にいることが多い。
そのためか、いつまで経っても夫婦関係が落ち着かず、俺が15の時に妹を産んだ。この時点で4人目である。
「俺、受験生なんだが」という抗議は聞き入れられなかった。
酒の勢いで産まれた妹は、これまたやんちゃだった。
放っておけば凄まじいハイハイで座る俺の背中に頭突きをかまし。
ほんの数秒でも視界から家族が離れたらギャンギャン泣く。
きちんと片付けておかないと、そこらにあるものをちゅっぱちゅっぱとしゃぶるなんてのもしょっちゅうだった。
産まれたのが受験終わった翌日でよかった、と胸を撫で下ろした回数は数えきれない。
が。それでも愛くるしい末っ子。
我ながらバカだとは思うが、俺は育児の苦労と同時に、兄としての自覚を持ち始めた。
いや、持たざるを得なかった。
この世界には魔法が存在する。
少し前までの俺なら「何言ってんの?怖っ」とか宣っていただろうが、妹の「ブツ」が宙に浮いた様を見れば流石に信じる。
あの時は阿鼻叫喚だった。
ウチの犬が「ブツ」に追いかけられ、可哀想なくらい七転八倒するくらいの地獄だった。
後々聞いたが、どうやら俺が赤子の頃にも似たようなことがあったらしい。
兄姉が遠い目で「懐かしいなぁ」と言っていた以上、真実なのだろう。
…俺にそんな記憶もなければ、魔法も使えないのだが。
閑話休題として。
俺は齢15にして、世界に魔法があることを知った。
それを皮切りにしてか、「最上の魔力」やら「至高の魔術師の卵」やら、なんだかよくわからない因縁をふっかけられては襲われるようになってしまったのだ。
しかも、決まって妹と二人きりの時に限って。
腕っぷしに自信があるわけでも、はたまたすごい魔法が使えるわけでもないパンピーの俺からすればいい迷惑だった。
アニメやら漫画やらの主人公になったみたいと喜ぶような気などさらさら起きない。
だって、魔法に対して逃げ回る以外、何もできないんだから。
兎にも角にも、そんな危機が付き纏うようになってから、俺は妹を守ることを優先的に考えるようになった。
妹はまだ幼い。それこそ、漸くつかみ歩きができるようになって、「まま」や「ぱぱ」と短い単語を話し始めたくらいだ。
理不尽に晒されるには、あまりにも早すぎる。
中学を出たばかりのクソガキである俺にも、そのくらいは理解できた。
「お前の時も来てたなぁ。
…次はお前の番だ。頑張れよ」
「姉ちゃんたちも出来るだけ近くにいるけど、アンタも『守る側』になったの。
この子が『お兄ちゃんが居てよかった』って思えるような兄貴になりなさい」
多分、俺がしてこなかった苦労をたくさんしてきたんだろう。
人見知りで口下手な兄と、母の女傑っぷりが見事に遺伝したぶっきらぼうな姉。
その時の二人の声色は、聞いたこともないほどに優しくて。
兄としての自覚が足りなかった俺が気を引き締めるには十分すぎた。
が。いくら俺が決意を抱こうが、現実は無情なもので。
「彼女は千年に一度の逸材!!
史上なる魔力をこんな辺鄙な田舎で腐らせておくには惜しいと思わんのか!!」
「ウチの母ちゃんが死ぬほど痛い思いして産んだ妹だぞ!!
どんな脳みそしてたらテメェみたいな不審者に渡すって発想出るんですかァ!?」
俺は襲いくる脅威に、あまりに無力だった。
口汚く罵り、相手が諦めるまで逃げ回るくらいしか出来ず。
今日もまた、そうやって逃げ切るつもりだった。
「ええい、まどろっこしい!
さっさと渡せ、ぇ、えええっ!!」
「……そんなんアリ?」
相手はなりふり構わず、怪物へと変身した。
流石にパニックが起きるのでは、と思っていたが、魔法で人払いも済ませていたらしい。
つまるところ、俺は絶体絶命の大ピンチに陥ったわけである。
こういう時にいつも助けてくれる兄はバイト先の都合で遠出中。
魔法を使える姉も、よりによって部活の大会で、助けは期待できない。
父は魔法を使えないから助けを頼めないし、母は締め切り間際で机に張り付いてる。
そして、見事に路地裏に追い込まれた俺。
詰んでる。どう考えてもここから逃げるビジョンが思い浮かばない。
俺が唐突に魔法に目覚めたら可能性はあるかもしれないが、そんな奇跡がそうそう起きるわけもなく。
俺と妹に怪物の魔の手が迫った時だった。
怪物の気配を察知し、締め切りブッチした母が来たのである。
あとはもう知っての通り。
母はたった身振り一つで怪物を沈めた。
魔法が使えることは知っていたが、流石にここまで強いとは思わなかった。
想像してみてくれ。
休みの日に寝っ転がってポテチを貪り、尻をかいてテレビ見てるような母親が強いと思うか?
見た目だけは若いが、中身は普通にどこにでもいるおばさんだ。
腰と肩をやって悶絶するようなおばさんだ。
そんな場面ばかりを見てきた俺からすると、強い姿を想像できないというのが正直なところだった。
「あのね、永治。お母さんね、古代兵器なの」
「とうとう頭やったか母ちゃん」
だから、そんな告白をされても「頭おかしくなったんだな」としか思えなかった。
無論シバかれた。これは俺が悪い。
聞くところによると、ウチの母は数千年は生きる古代兵器のうちの一つらしい。
全部で14人もいるのだとか。
「そこはキリよく7とかにしろよ」とツッコんだら、「元は7だったけど、博士が『ヤバすぎて抑止力必要だな』って思い至ってもう7できた」と返された。
その博士、バカだろ。計画性がまるでない。
「父ちゃんは当然として…、兄ちゃんと姉ちゃんは知ってんの?」
「とっくに言ったわよ。アンタだけは変なところで感性普通だから言うに言えなくて」
浮かんだ疑問に対して、よくわからない言い訳をされた。
つまるところ、俺と物心つかない妹は知らなかったと言うわけである。
兄姉にも質問したところ、「お前、絶対に頭おかしくなったとか言うだろ」とド正論を喰らった。
流石兄弟。俺のことをよく分かってらっしゃる。
話を戻す。
兎にも角にも、母の「古代兵器」としての血が俺たちに流れているらしい。
赤ん坊の頃から、ケツから出た「ブツ」を浮かせるくらいの才があるのだとか。
…いや、どんだけすごいか知らんけど。
ちなみに、俺もその気になれば魔法を使えるらしい。
だが、使うためのコツというべきか、そういう意識への切り替えが絶望的にド下手クソ過ぎて結局使えないと通告された。
期待させやがって。ちくしょう。
「まぁ、使えない方がマシだと思うけどね。
免許取らなきゃだし、申請書とか講習とか面倒くさいし」
「そういう魔法にあるまじき現実味ある嫌な部分挙げるのやめない?」
「手続きだけで2時間は取られんのよ?
しかも、免許センターでしか免許発行できないし、受付時間アホみたいに短いし」
「……車の話?」
「魔法の話」
魔法の世界、思ったより世知辛かった。
母も制度が出来た直後に免許を取得し、定期的に更新してるらしい。
費用も発生するらしく、講習は実技と筆記を40時間近く受けて20万ほど。免許の発行手数料は3000円。更新は2500円。自動車免許かよ。
姉は面倒でとってないらしいが、母と兄はゴールド免許なのだそう。
だから自動車免許かよ。なにをもってしてゴールドなんだよ。
あの誘拐犯とかも免許更新してるわけ?ゴールド免許持ってるわけ?
そんなんが誘拐とかすんなよ。
語彙を振り絞ってツッコむと、「あれは新しい制度に付いてけなかった老害」と言われた。
「…その、ごめん。母ちゃんのせいで迷惑かけちゃって」
そんな老害どものために申し訳なさそうにされるのは、死ぬほど腹が立った。
いくら古代兵器とは言え、今はただのおばさんなのだ。
だから、母が自分を心配しないくらいに強くなろう。
魔法が使えなくとも、魔法に対抗する術くらいはあるはずだ。
決意を胸に、俺は学校で出された課題に取り掛かった。
…言うまでもなく、妹の構って攻撃に阻まれた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「そうだ。話し相手作ろう」
それは自死を選びかねないほどの孤独感に侵された青年が脳みそから搾り出した、魂からの一言であった。
生まれ落ちた時代より遥か先。
コンクリートジャングルがそこかしこに立ち並ぶ時代の記憶が、青年にはあった。
過労で若くしてこの世を去った彼は、目が覚めるとこの文明の「ぶ」の字も見えない砂漠のド真ん中に転生していた。
まだピラミッドすら見えない古代文明に生まれ落ちた彼は、転生したことを悟った瞬間に膝から崩れ落ちた。
「…せめて、なんらかの文明がある時代に転生させてよ…」
転生してチートによる無双…などという夢物語は起きず、彼を取り囲んだのは女の子などではなく果てしない孤独。
コミュニティに馴染む能力が著しく欠如していた彼は、あっという間に集落から孤立。
結果、異端者として砂漠に放逐されてしまった。
「どうせなら人外娘作ろう。
…いや、女の子だけというのもアレだし、男と女で半々に…」
が。ここで諦めるではなく、前世から抱く密かな憧れを実現すべく行動した彼。
彼は持ち前の「お前だけで三世紀くらい文明進むわ」と揶揄された明晰かつ豊富な知識量を誇る頭脳を駆使し、砂漠を横断。
眠る資材をなんとか掘り当て、生き急いでいるという言葉すら生ぬるい勢いで設備の開発に取り掛かった。
苦節50年。孤独な者を「ぼっち」と揶揄する時代の者ならば、半世紀もの間、誰とも関わることのなかった彼のことを究極の孤独…「エクストリームぼっち」と呼んだことだろう。
この時代の平均寿命などとうに過ぎた彼が築き上げたソレは、個人が有するにはあまりに過ぎたシロモノだった。
ほとんど現代文明と変わらぬ…いや。下手をすれば追い越してしまったかも知れないと危惧を抱く設備を手に入れた彼は、早速孤独を癒すための知的生命体を作り出すべく研究を始めた。
人としての道徳倫理は、長年の孤独でとうにすっぽ抜けていた。
そもそも人間社会で暮らしていないのだ。
人としての道徳や倫理がどうこうとブレーキをかける必要もない。
彼はそんな言い訳を並べながら、話し相手になる存在を作り始めた。
ここに二つほど誤算があった。
一つはこの世界への理解について。
彼は転生した世界を「自分の世界と同じ歴史を辿る地球」だと思い込んでいたが、実は違う。
この世界には「魔法が実在した」のだ。
魔力がさぞ当たり前のように空気中を漂い、人知れず魑魅魍魎が湧いて出る。
彼は早々に人間社会から去ったせいで、そのことに全くもって気づけなかった。
二つ目。これが致命的であった。
彼の体には膨大な…、それこそ魔法の道を歩む者ならば誰しもが羨み、畏れ、敬う程の魔力が宿っていたのである。
が。若くして人間社会からオサラバした世捨て人がそんなことを知る由もなく。
その結果、彼は作り出した命に、意図せずその膨大な魔力を注ぎ込んでしまったのだ。
そうして出来上がったのが、人に近しい姿をしながらも決定的に人とはかけ離れた力を持つ七人の怪物たちである。
「あの野蛮人どもが根城にしていた島ですが、沈めておきました」
「………あ、うん…。そう……」
彼女らの力はあまりに強大すぎた。
男が居を構えた土地に侵攻してきた軍勢を、居住していた島ごと消し飛ばすくらいには。
これはまずい。老い先短い自分が持っていい戦力じゃない。
良心などとうに捨てた男でも流石にそれだけは理解できたらしく、彼は作り出した命に対する抑止力を生み出した。
この対応がまずかった。
その抑止力すらも、強い自我を持ち始めてしまったのだ。
結果。彼らが住む地域は、男が没する1年間でほとんど更地と化した。
更なる抑止力を作ろうにも設備はまとめて消し飛び。
処理しようにも、頑丈且つ長寿になるように作ってしまったのでソレも叶わず。
寿命を迎えた彼はせめてもの償いとして、生み出した命と契りを交わした。
「私のことは忘れて、好きに生きろ。
ただ、力の使い方を誤るな。
お前たちの力は、人の世を支えるためにあるのだから」
生涯を終えた彼は気づけなかった。
この選択が、後世の人間たちが善悪関係なくまとめて頭を抱える未来を手繰り寄せてしまったことを。
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