第52話 閑話 文化祭とオカルト部

 清水一郎は、三神ゆいのクラスメイトの一人である。彼はクラスのみんなとともに異世界に飛ばされたが、そこでクリスタルに閉じ込められてしまい、全く冒険ができなかったことをとても残念に思っていた。助けられたと思ったら、すぐ元の世界に帰ってしまい、魔法も何も使えなくなってしまったのだ。


「クソっ、せっかく大発見をしたのに、証拠がねえ。あの世界のものを一つでも持ち帰っていれば、今頃オレはテレビに引っ張りだこだったのに」

 一郎は、オカルト部の部員であった。異世界に召喚されるとかいう最高級のオカルトネタを体験したというのに、それを証明するものを何一つ持っていないため、話してもウソだと思われるだけであった。


 ここで鋭い読者はこう指摘するかもしれない。”ゆいたちは大規模行方不明事件の当事者なんだから、それだけでオカルトメディアは入れ食い状態なのではないか”と。しかしながら、実際にはこの『神隠し』事件は最低限の報道しかなされず、その真相に関する推測もほとんど世に出ることはなかった。オカルト雑誌の特集や三流Webメディアの飛ばし記事さえ一つもないのだ。

 それゆえ、一郎は自分が行方不明事件の当事者だと言っても訝しがられ、異世界召喚なんて話をした日には、ホラ吹きだと思われるのがオチであったのだ。


「せめて文化祭までにはでっかいネタを用意しないと……いや待てよ、これだ!これならきっと……」

 一郎は、読んでいた本の中からオカルト部の発表のためのすごいアイデアを思いついて、その準備を始めたのだった。




 ***




「今年の文化祭でなにやるか、決めてほしいじゃん!」

「去年はたしかお化け屋敷をやったんだよね」

 ゆいたちのクラスでは、文化祭の出し物を決める議論が始まっていた。


「やっぱりメイド喫茶にしよう~!絶対盛り上がるよ~!」

 千晶は、なぜかメイド服姿でメイド喫茶を推す。いつの間に着替えたんだ。そのまま調子に乗って大げさに身振り手振りを加えながらプレゼンをしていると、案の定灯里に羽交い絞めにされた。


「いたた、腕が、腕がもげるよ~!」

「今は候補を増やす時間だよね。時間稼ぎをして、このままメイド喫茶にしようとでも思ったのかな」

「え~、ダメ~?みんなでかわいいメイド服を着れば、お客さんもきっとくぎ付けになるよ~!灯里ちゃんも天使だし~……ぎゃ~!」


 灯里と千晶で何やらコントのような光景が繰り広げられている中、勇が口を開いた。

「千晶の案も悪くはないが、男子と女子がどうしても不平等になってしまうな。それに、あの世界での出来事のせいで、メイドがトラウマになっている人もいるんじゃないか?」


 勇は、ペリーヌに弄ばれていたときの記憶のせいで、結構メイドにトラウマがあるのだ。それでさっきの千晶の姿に一瞬宝石メイドたちの姿が重なって見えて、慌てて別の案を出そうとしたわけである。もっとも、実はほかのクラスメイト達にとってはそこまでトラウマではないのだが。


「勇の案を聞かせてほしいじゃん」

「リアル脱出ゲームとかがいいんじゃないか?これなら、みんなほかの出し物を見に行けるだろ?しばらく会えなかった友達に挨拶をするという意味でも、大事だと思うんだ」

 勇の意見にクラスの過半数は同意するが、星奈はどうにも乗り気ではないらしい。そこにゆいが手を挙げる。


「わたし、脱出ゲームをやるんだったら手を貸しませんよ。わたしや灯里さんに問題を考えさせるつもりなら、別の案にしたほうがいいです」

 その発言に勇はばつの悪そうな顔をした。どうやら、図星だったらしい。適材適所という言葉はあるが、能力のある人をあてにするのは違うだろう。


 そんなこんなで良案が出てこない状況の中で、一郎がこの時を待っていたかのように手を挙げる。

「くじ占いはどうだ?そう、例えば、フォーチューンクッキーを売って、大吉をひいた人は発表するとか」

「クッキーは食品衛生法の観点から難しいですけど、占いというアイデアは悪くないかもですね」


 ゆいが賛成したことによって、割とみんなが占いの気分になったようだ。その後の投票ではおみくじ占いがトップの得票率を得て、クラスの出し物はそれに決まった。


「そんじゃ、明日からはくじの内容とか、部屋の内装とかを考えようじゃん!」

 そのままクラスのメンバーは、どんなことをくじに書いたら面白いかといったことを議論を始めたのだった。




 ***




(計画通り!)

 一郎は、めっちゃ悪い顔でほくそえんでいた。


「くくく、まさかくじの中にオカルト部のチラシが入っているとは思うまい!」

 一郎の計画はこうだ:くじの中に、オカルト部の秘密の会合の場所を記した紙を紛れ込ませる。それで興味をもった人たちを集めて、ドーンととある儀式を行うというものだ。


「この本に書いてある方法は、あのときキングダム王国で行われていたものとそっくりだから、きっとうまくいくはずだ!」

 そう、一郎は読んでいた本にあった儀式が、かつて体験した異世界召喚の儀式とそっくりであることに気が付いたのだ。人数を集める必要があるのがネックだが、これを実行すれば、自分は再び異世界へと行くことができるのではないかと一郎は希望を抱く。


「今度こそオレが異世界で無双してやるぜ!」

 本当にこの方法で異世界に行けるのかはさっぱり不明だが、一郎は、机上の空論で皮算用をしていたのだった。




 ***




「おみくじやってるよ~!運試しにいかが~?」

 文化祭当日。千晶が元気に売り子をしている隣で、一郎はこっそりとくじに不純物を紛れ込ませていた。


「お客さん、すごいの引いたね~!」

 早速、オカルト雑誌の記者らしき人物が一郎の仕込んだ紙を引いたようだ。千晶はくじを開く前に中身がわかっている様子だが、一郎はそれには気づかないようだ。


(いいぞ、いいぞ!本によれば人数を集めることは大事らしいからな!)

 一郎は、ただ自分の計画が順調に進んでいることに満足していた。あまりにも調子よく自分の”裏企画”の参加者が増えていくのに、笑みがこぼれるのを抑えられなかった。その先に何が起こるのかも知らずに。


 しばらくくじと一緒にオカルト部のチラシを販売していると、一郎と千晶のところに灯里がやってきた。

「そろそろ交代しよう。千晶も、実際に見て回りたいよね」

「早いね~!灯里ちゃん、一通り見て回ったから飽きちゃったのかな~?」

「千晶のためを思って早めに来たのだけれど、おせっかいだったかな」

「いや、うれしいよ~!じゃあわたし、お化け屋敷に行ってくるね~!」


 さっさと千晶と店番を代わった灯里は、一郎にも声をかける。

「一郎ももう行っていいよ。いろいろ準備することもあるはずだし、ここは僕がいるから大丈夫だからね」

「そうか。ありがとな、灯里ちゃん」


 一郎は、灯里の好意に甘えて、この部屋を立ち去る。

 その途中に、周りに聞こえないよう小声でつぶやいた。

「灯里も千晶も、自分たちだけ異世界を冒険したなんてずるいぞ。お前たちは、何も知らずにこのオレの計画に利用されるのがお似合いだ!」


 部屋では、灯里がお客さんに占いの説明をしている。

「運命の糸って、実は僕たちを無数に縛り付けているんだよね。何も知らない人間を、繰って動かして、歴史を作っているんだ。でも君は幸運だよ。だってその運命の糸の切れ端を、知る機会を得たのだから」

 一郎は、灯里が通常よりも大きな声で、一郎に聞こえるように語った理由を考えることはなかった。




 ***




「みなさん、よく集まった。これから、異世界の扉を開ける、禁断の儀式を始めよう!」

 ここは学校の端のほうにある古びた用途のわからない感じの建物の中だ。ろうそくやらなんやらがいい感じに並べられて、床には幾何学模様が描かれていて、なんだか結構雰囲気が出ている。


 一郎は、集まった数十人のオカルト関係者たちに、異世界への転移の儀式の説明をする。ここにいるのは、一郎の仕込みに反応するような人ばかりだから、みんなノリノリである。動画を撮って生配信している人も何人もいた。


「前にこれやったけど、うまくいかなかったぜ」

「成功しなくとも、記事のネタにはなりそうだ。『彼が異世界から帰ってきたというのは嘘だった!』みたいに」

 しかし参加者たちは、あんまりうまくいくことを期待しているわけではないらしい。それが一郎には不満でならない。

(その余裕がいつまでもつかな!)


 一郎たちが呪文を唱える。ろうそくの炎がゆらゆらと揺らめき、参加者たちの声がそろっていく。しばらく続けていると、突然、ろうそくの火がすべてふっと消えた。


「おい、スマホの電源が切れてるぞ!」

「私のもよ!一体何が!」

 参加者たちの持っていた電子機器類の電源も、すべて切れていた。もともと光の入らない部屋が、まっくらになる。部屋の人たちは、いきなりの怪奇現象に、パニック状態になっていた。もっとも、半分くらいはこの状況に興奮しているからだが。


「さあ、あとはドアを開けるだけだ!これでオレはまた異世界に行ける!」

 一郎が意気揚々と部屋の扉を開ける。しかし、その先にあったのは、見慣れた学校の校庭と、そこに立つゆいだけであった。


「異世界に行っても、一郎くんでは何もできないと思うんですけど」

「なんだと!無能のゆいには言われたくねえ!」

 ゆいがジト目で一郎に言う。それに怒りをあらわにする一郎だったが、ゆいはその横を通り過ぎて、部屋の中に集まっていたオカルト記者やら、他校のオカルト部員やらに話しかけた。


「今日みなさんに来てもらったのは、ストーカーのようにわたしたちをつけまわしているのをやめてもらうためです。はっきり言って周囲の迷惑なんですよ」

 その言葉を聞いたが、心当たりのあるような顔をする。しかしその中の記者の一人が開き直って言った。


「何が悪い!国民は真実を知りたがっているんだ!」

 いや主語がでかすぎるだろう。その馬鹿げた記者に対して、ゆいは冷笑して言う。

「失踪事件のことを覚えているのは、当事者であるわたしたち、そしてその家族のほかにはなんですよね。ただの自己満足で執拗に追い回されて、こっちは迷惑しているんです」


 一郎は、ゆいの言葉にひどく衝撃を受けた。

「そんなバカなことがあってたまるか!友達が失踪したことを簡単に忘れられるわけがないだろ!」

「そうだそうだ!それに、ここに集まった人が偶然あの失踪事件のことを覚えている全員だなんて、そんなことあるわけないぜ!」

 野次馬も一郎の言葉に乗るが、ゆいはため息をついて残念そうに言う。


「仕方ないですね。みなさんは好奇心だけは強いみたいなので、教えましょう。でも逃げるなら今ですよ」

 真実を得られると知っていて、逃げ出すような人はここにはいない。たとえそれが、自分の人格を根底から覆すようなものだとしても。


「わたし、異世界でいろいろあって、この世界の支配者になったんです。だからこの世界にいる限り、わたしの指先からは逃れられないんですよね」

 ゆいの言葉と同時に、集まった人々の体が固まり、ただ顔だけが恐怖に歪んでいく。一郎だけは、ゆいが何をしているのか理解できず、目の前の光景を眺めるしかできなかった。


「まあ、これくらいで許してあげます。もう二度とわたしたちにかかわらないでくださいね」

 ゆいが手を下ろすと、青ざめた顔の部屋の人々が一目散に逃げだした。純粋な恐怖を味あわされた彼らは、これからことあるごとに今日の記憶がフラッシュバックして、苦しむことになるだろう。


 そしてゆいは、一郎のほうに振り向いて言う。

「一郎くんは、どうしたいですか?今の記憶を消してあげることも、わたしの眷属にしてあげることもできるんですけど」

「ふざけるな!なんだよあれ!いつの間にあんな魔法を……」

 一郎は、もはや自分が何を言っているのかもわけがわからない状態であった。端的に言えば、狂ってしまったのだ。そんな一郎の額にゆいは指をあてる。

「利用して悪かったですよ。まあ、いろいろ忘れて、明日からまたいつも通り過ごしてください」

 その瞬間、一郎の意識は消えた。






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わたしだけ属性なしって言われたんだけど! @YoshiAlg

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