ミルクと僕が流星にのった奇跡

菜乃ひめ可

流れ星の知らせ――――


 ある日の寒い、冬の夜。

「この雪ではあぶなくて、しばらく街へは行けそうにないな」


 窓の外を見ると、遠くまで雪がいっぱい。

 僕はこれから来る、厳しい寒さのための冬支度を考えていた。


 キラッ――――。

「あぁ、流れ星……」


 ここでは続けて流れ星を見ることは、めずらしくない。

 その中でも、ひときわ輝くひとすじの光が夜空を通りすぎるのが見え、僕は不思議な気分でその星を目で追いかけた。


 すると雪の中で、キラッと、何かが光ったのに気がつく。


「おや? あれは何だろう」


 僕は急いで上着を着ると、光った場所へと向かう。


 そこには、雪といっしょ。

 とても真っ白で、きれいな毛並みの仔猫が、寒さにふるえながら丸くなっていた。


「どうしたの?!」


 僕はびっくりして、ひざを雪の中について座る。

 触れようとした時、仔猫は下を向いたまま一言だけ声を聞かせてくれた。


『……み……ミィ』

 消えそうなその声は弱り、もう聞こえなくなりそうだ。


 ウルウルとした青い瞳が、やっとこちらを見てくれる。

 見つめ合って三秒。僕は、迷わずにこの言葉が出ていた。


「うち、来るか?」


 すると仔猫は、よたよたと歩き僕の膝に、頭をつけたのだ。


 それはまるで『行く』と、言っているようだった。


 小さなからだを両手で優しく、ゆっくりと抱き上げる。

 とても温かい、小さな“いのち”。


 ふと見上げた夜空にはまたひとつ、星が流れていく。


「おうちに帰ろうね」

 それから急いで、僕は家へ戻った。



 ギィー……バタン。


「さぁ、もう心配ないよ」

『ミュ』


(こんなに小さいのに、がんばって生きようとしている!)


「きっと元気になる。いっしょにがんばろうな」

『……にゅ』


 そっと、タオルでからだをふきながら、ずっと話しかけた。


「そうだ、名前を決めよう。雪のように真っ白で……あっ! 聞かせてくれた声にしようか。えっと、たしか」


『ミィ・ミュ・にゅ』つなげるとこうなった。


 僕はこの時、可愛い声を思い出しながら、笑って仔猫に聞く。


「はは、少しちがうけど『ミ・ル・ク』、どうだい?」

『にゃっ』


「おぉーそうか! 返事してくれるのか? ありがとな~」


 ヨシヨシと頭をなで、それからミルクの寝床ねどこを作るため、何かないかと探す。ふと、家にあった果物用のかごを見つけた。その中に、ひざ掛け毛布をしき、タオルにくるんでいたミルクを、温かい場所で寝かせる。


「さぁ、可愛いミルク。きみのお布団だ」


 少し顔を上げて、キラキラした瞳で見ている。


「うん、おりこうさんだね、可愛い可愛い……」


 そう言いながら、また頭をヨシヨシ。

『……グルグル……ゴロゴロ』


「うれしいのかな」

 ミルクは気持ちよさそうにゴロゴロと言い、喜んでいるようだった。


「次は、と。ごはんの用意だ」


 ちょうど鶏肉があったなと僕は、鶏肉のゆで汁を作る。汁を冷ましていると、冷たくなっていたからだが温まってきたのか、ミルクの鳴き声が聞こえ始める。


『みぃ……』

「ん? おなかがすいたのかな?」


 家にはスプーンしかなく、どう飲ませようか悩んだ。

 考えて僕は少しずつ、ミルクの口へ近づけてみることにした。


『んにゃんにゃ……』

「そう、そう! おいしいかい?」


 少しでもなめてくれて、僕はホッと安心。それからもかごの中を温かくして、寝かせる。


 ところが、しばらくしても体温が上がらない。


「ミルク……どうしたら」

『……』


 元気になってきていると、僕は勝手に思っていた。


「ミルク。だいじょうぶ、そばにいるよ」


 今、僕にできるのは、ミルクの小さな“いのち”が持つ、生きる力を信じて応援おうえんすること。


 たくさんのありきたりの言葉と、ありったけの愛をミルクへ伝えよう。


「可愛いミルク、おりこうさん。大好きだよ……」


 ずっと、ゆっくり優しくヨシヨシと、いいこいいこしながら、ミルクに言葉を送り続けた。


 たくさん、たくさん。


『にゃぁ……』

 まだ生えていない歯を見せるように、大きなお口をあけて鳴いてくれた、ミルク。


 それはまるで、笑っているような顔だった。


 そして、その返事を最後に。

 ミルクは静かに眠る。


「ミルク、こんなに素敵な時間を僕にくれて、本当にありがとう」


 僕はミルクをなで、泣きながらずっと言葉を言い続けた。

 すると、いつの間にか僕も眠ってしまっていた。




――僕は、夢を見ていた。


 僕とミルクが出会った夜に見た、降り注ぐ流星のような光。白い雪の中を元気に走り回るミルクと僕はいっしょにいる。そして、ひとつの流れ星がむかえに来た。


 僕らは、その流星にのって……。

 夜空を飛んで、願うんだ。


『ずっとこのまま元気に楽しく、いっしょにいられますように』と。



 そう星に願ったところで、目が覚める。

 テーブルでそのまま寝てしまっていた僕は、涙のあとがいっぱいだった。気がつくと、暖炉だんろの火は消えて、とても寒い。


 でも、どうしてだろう? 胸のあたりが。

「あたたか?」


 すると、あの可愛い声が聞こえてきた。

『んにゃあ』


(え、えっ!)

「ミル、ミルクー!!」


 胸の“あたたかい”の正体は、まちがいなく“ミルク”だった。


「良かった……願いが……叶った」

『みゃあ?』


 きっとあの夜、ひときわ光った星は、僕にミルクの存在を教えてくれたのだ。それは、信じられない奇跡を――願いを叶えてくれた。


「ありがとう、流れ星さん」


 夢のような、奇跡。


「可愛いミルク、はやく大きくなろうな」


 流れ星の降る夜に、ミルクと僕は出会った。

 

 そして心から願った。

 ありきたりの言葉と、ありったけの愛で。


「ずっといっしょだよ、可愛いミルク」

『みゃあ!』


 いいこねこねこ、いいこいいこ――。




おしまい☆彡

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ミルクと僕が流星にのった奇跡 菜乃ひめ可 @nakatakana

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