待て、またたびが先にゃ。
穂村ミシイ
待て、またたびが先にゃ
コロギは愕然としていた。
明後日までにどうしても手に入れたい物があるのに、それがどこにあるのか分からない。
自分一人では解決出来そうもなく、冒険者ギルドに賄賂まで渡し、ここらで指折りの情報屋を紹介してもらったのだが――。
「……あの、本当に貴方が、その、情報屋ですか?」
俺は騙されたのだろうか。
だってありえないだろ。
「当たり前だ。ここら辺の情報で俺様以上に詳しいヤツがいてたまるか。」
冒険者ギルドの裏手にある小さな家。
そこに住むのがここの主人で、情報屋らしいのだが。
「あの……、嘘だって言ってください。」
「てめぇ、舐められたいのか!?」
「だって、貴方――」
コロギが対峙したのは室内の中心に置かれた机の上に両腕、というか、両腕脚を綺麗に折りたたんだ、たった一匹の獣だった。
「貴方は、ネコですよね?」
「そうだ。あんたにゃあ俺様が人間にでも見えるってのかい?」
「いや、全然。」
だから困っているのだ。
ボワボワの尻尾で机をペシペシと叩き、くわぁ〜と大きな欠伸を披露している姿も全部、ネコにしか見えない。
「ニャアハハ。」
ネコが喋っているとか、一旦放って置いておこう。処理しきれない。
「あんた、俺様を見ても驚かねぇなんて面白い人間じゃあないか。気に入ったぜ。」
「だったら……、だったら情報下さいよ。」
こうなりゃ、ヤケだ。
猫でも人間でも、情報くれるなら誰だっていい。とにかく俺を助けてくれ!
「俺は惚れた女の父親と賭けをしたんです。明後日までにそれを持っていかないと女は、マリーは別の男と結婚させられちまうんですよ。」
「待て。」
「またたびが先だ。鞄の中、持ってんだろ。臭うぜ。」
そういえば、と思い出した。
すっかり忘れていたが、冒険者ギルド職員に持って行けと言われたまたたびが大量に鞄の中に入ったままだった。
「上物だろうな?」
「え、どうだろう。うちで飼ってる猫にいつもあげてるやつなんですが……。」
「早く渡せ。」
情報屋は前足で机を叩き、「ここにおけ」と催促する。
鞄ごと机に置くと、情報屋はゆっくりと身体を起こし、伸びをして、ピョンっと軽やかに鞄の上に飛び乗った。
「うむ、悪くない。中級ってとこだかこの量だ。褒めてやる。」
「あ、ありがとう、ございます?」
褒められたコロギが無意識にお礼を口にしていた。無駄に声がいいのだ、この情報屋は。
ダンディーな色気漂う男の声。人間だった萎縮してしまうだろう。
「一時間、待て。」
「あ、はい……………。えっ!!?」
「この、またたびを、試してみにゃいといけないだろうか!」
声はダンディー、姿はまたたびと戯れてるネコ。俺はなにを見せられているんだ……。
「一時間経ったら情報くれるんですよね?」
「当たり前にゃ。おれしゃまは、じょうほうにゃ、だぞ。」
あ、もう酔ってる。
ゴロゴロと喉を鳴らして鞄の中で身体を擦り付けるネコを見て、これ以上の話し合いは不可能と悟った。
「はぁー。」
コロギは懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
まだ十五分しか経っていない。
ネコはゴロゴロ。たまに「ああ、凄い」と吐息を漏らす。家で帰りを待つ飼い猫のチャビも喋っていたらこんな感じなのだろうか。想像したら、なんとなく、耳を塞ぎたくなった。
あと、三十分もある。
懐中時計を眺めながら、耳を塞ぎ、物思いに耽る。
今からでも自力で探しに行った方が良いんじゃないか?
騙されたんだ。
こんなネコになにが出来るっていうのだ。でも、どれだけ手を尽くしても見つからなかったのも確か。
もう、誰かに縋るしか、方法が、分からない。
「マリー、ごめんよ。こんな駄目な男で。」
ネコに縋ろうなんて。
馬鹿だと罵ってくれ。嫌いだと平手打ちでもしてくれたなら、と思うのに、浮かぶ笑顔のマリーはそんなこと絶対にしないと言い切れる。
「黄金桃さえあれば……」
「それがあんたの依頼かい?」
ハッと我に帰ると、情報屋の顔に戻ったネコが背筋をピンと伸ばして美しく座っていた。
「あ、ああ。俺は黄金桃が欲しいんだ。でも、あれは地下ダンジョンにしか生えていない珍しい果物で。何度も探しに潜ったけど、見つけられなかったんだ。」
グッと拳に力が入る。
「ダンジョン三階、三本杉から通じる小道の先は見たか?」
情報屋の瞳が薄暗い室内で不気味に光る。
「……そんな、道、知らないぞ。」
「俺様たちがよく通る抜け道だ。今の時期ならそこにあるだろうよ。」
「本当、なのか……?」
「ネコに嘘はない。今から行くのだろ。案内役を着けよう。」
情報屋が「ニャー」とひと鳴きするとしばらくしてコロギの後ろ、家の入り口が開いた。
「お呼びですかい、情報屋。」
三毛猫が一匹、入ってきた。
これもまたいい声だ。ネコには良い声しか居ないのだろうか。
「ああ、一つ頼まれてくれ。」
「またたびは?」
「大量だ。」
二匹のネコは混乱の中にいるコロギを置いてどんどんと話を進めていく。終いには会って間もない三毛猫に「コロギの兄ちゃんしっかりしろ。」と怒られる始末。
「コロギ、行ってきな。マリー嬢ちゃんを幸せにしてやれ。」
情報屋は笑っているように見える。
今はこの二匹を信じるしか道はない。
「はい……!」
コロギは大きく頷いた。
「それから、結婚出来たら謝礼の極上またたび持ってくるのを忘れるなよ。」
「あはは、もちろんです!」
最後までまたたびか、この情報屋は。
極上って、どうやって人間が見分けるんだよ。そうは思いながらも、ここへ来る前より気持ちは軽い。
笑ったのなんていつぶりだろうか?
「行って来ます。」
コロギは三毛猫の後を追い、家を出た。
扉が閉まる頃には情報屋は机の上で丸くなって、眠っていた。
「あれ……俺はいつ、名前を名乗ったっけ?」
不思議に思うも今はそれどころではない。黄金桃をこの手にする為にも、前に進まなくてはいけないのだから。もし、本当に情報屋の言った通りの場所にあったなら、またここへ来よう。
「情報屋の名前も聞きたいしな。」
駆け出すコロギがまたここへ戻って来たのは経った三日後の事だった。手には鞄が二つ。一つはコロギから、もう一つは愛しの妻、マリーからの謝礼の品が。
「情報屋、居ますか?」
「待て、またたびが先にゃ。」
家の中央にある机の上、今日も怠惰そうに一匹のネコが座っている。
待て、またたびが先にゃ。 穂村ミシイ @homuramishii
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます