第11話 とっておき

 そして翌朝。俺はいつもより気持ち早めに家を出て通学路の途中にある公園でとある人物の到着を待っていた。

 でも早く出る必要なんて正直無かった。なぜならアイツは結構時間にルーズな奴で遅刻なんて当たり前だから。

 だからこそ……


 「よお和也かずや。待ったか?」


 こんな早くに来るとは思ってはいなかったんだ……

 俺の名を親しく呼んだ彼こそ今日俺が呼んだ人物。東出俊一ひがしでとしかず、トシだ。

 そんな彼は今日も相変わらずその巨漢を揺らしながら歩いている。おかげでコイツと会うたびに周りの視線を浴びまくるのは日常茶飯事と化している。


 「いや全然。それに今日呼び出したのは俺なんだからそんな事気にすんな」

 「そうか?じゃあ今度からは遠慮なく遅刻させてもらおう」


 なにが今度からだよ?今日早く来たのが奇跡みたいなものだろ。調子乗んな。

 ……本当ならばそう返そうとしたが、どうせ言っても無意味で次こそ遅刻をしてくる未来が容易に想像できてしまった。


 「そうかよ……」


 だから俺はため息をついてからゆっくりと歩き始めた。


 「それにしても珍しい事もあるんだな。まさか和也かずやから声を掛けてくるなんてさ」


 だがトシはそんな俺の気持ちは気にもせず、横に並んで歩きながらも喋り続けている。


 「まあ声っていうよりか、チャットだけどな」

 「どのみち珍しいんだよ。それで、話ってなんだい?」

 「まあザックリと説明するとだな……」


 俺は始業式から出来事、今俺の身の回りで何が起こっているのか、そして何故俺がトシを呼び出したのかを説明した。

 ただし石原の正体がルイスちゃんという事だけは除いて。

 理由は簡単。トシはそういったものに人一倍興味が無い人間だという事。自分の興味のあるもの以外は一切振り向きもしないから。

 本人曰く、自分の興味のない事をつらつらと語られてもうざったいだけでしょ?との事だ。


 「そうか……和也かずやお前、いつの間にそんなことに巻き込まれていたのか……」


 話を聞き終えたトシは何故かうんうんと頷いていた。

 一体何を理解したというのだろう……?そうだとしたら話が早くて助かるんだが……


 「お前らってさ、もはや運命の二人だよな」

 「……は?」


 いや分かってねえなコイツ、思わず変な声が出たわ。

 まあ、お前らって言うのは多分石原と俺の事なんだろうけど。なんでそんなことに首を突っ込んできたんだろう?


 「だって少しは考えてみろよ?入学初日で仲良くなる、席はずっと近い、2年連続で同じクラスになって、そして次は秘密の共有と来た。さあほらどう思う?」


 確かにこうやって振り返ってみると意外、というよりかは相当おかしい。

 ほんと、偶然にしても出来過ぎだとは思う。けれど逆に偶然じゃなきゃここまで来れないと思う。そんな感じ。


 「正直言うと俺は石原さんが羨ましいよ。いやお前の立場も十分羨ましいけど……」

 「俺の事はともかく、なんで石原が羨ましいんだ?」


 前者の言い分はなんとなく分かるけど……なんだ?もしやそっち側の人間か?もしくは両方とも行ける口なのか?

 ここに来て親友の新たな一面を知ってしまった。と一瞬思ったが、普通に首を横に振られた。

 

 「オレ カズヤト ニネンレンゾクデ チガウクラスデ カナシイノ」

 「ああそゆうこと……」


 まあ確かに悲しいっちゃ悲しいよ?実際、入学式の日なんて二人して軽く絶望したもんな。中学が同じだったのトシしかいなかった訳だし。

 でも、そんなに?って感じはする。

 結果を言ってしまえばお互いにクラスで孤独になることは無かったし、中学時代から引き続きこうして一緒に登校することもあれば放課後や休日に遊ぶ時だってある。

 ……そういや最近は少なくなってきてる気がするようなしないような……


 「ゴット ミハナシ ミー」

 「もうそれやめろ。くそ読みにくいわ!」


 しかもなんで一昔前のガバガバ自動翻訳みたいな事言ってんだよ。もうちょっと他にあっただろ。


 「それにしても、えーとなんだっけ?クリエイティ部?そんな部活の名前は初めて聞いたな……本当にそんな部活あるの?」

 「……実は俺達が入学したときには既にあったらしい。ここ2年は表立った活動はしていないらしいから知らなくて当然だとは思うけど……」

 

 俺だってこの部の存在を知ったのはあの日だった訳だし、そこに関しての疑問はない。しかも今の部員が2名なところでもうお察しって感じだ。


 「それで……どうだ?」

 「どうだって言われてもね……」


 首をかしげて分かりやすく悩んでいるような仕草をし始めたトシ。なんなら頭を掻き始めてる。

 そしてしばらくしてからトシが出した回答は……


 「籍を置くだけなら、幽霊部員でもいいならすぐにでも入ってもいいとは思う」


 俺の予想とは違って前向きっちゃ前向きなものだった。


 「だけど、これってアリ?」

 「……何とも言えん」


 確か二人は部活にはロクに顔を出してないって言ってたよな。特に先輩とか先輩とか先輩。

 でもこの状況になったのは多分例の先輩たちが卒業した後の話の気がする。

 廃部危機な今の状況なら大丈夫な気はするんだけどなあ……。でも確信もできないから言うべきではないだろうなあ……

 ……うん、今の俺じゃあ何も答えられんわこれ。

 それによくよく考えてみればこの案が出るのだって別に不思議ではないよな。ちゃんと昨日の内に確認しておきゃよかったかも。


 「とりあえず今出せる回答はこんな感じかな?それがダメだったら……保留って事で」

 「分かった」

 「ま、時間の融通さえ効けば俺は全然アリだけどな、部活」

 「……なんだか随分と前向きだな?」

 「当り前だ。和也かずやとはまたクラスも違ったし、クラス替えもあと一回しか残っていない。そんな低確立に頼るぐらいならこうして接点を増やしてもいいじゃないか?」

 「それは知らん。好きにすれば?」


 なぜそこまでして俺と共に過ごしたいのかは分からないが、その情熱だけは受け取っておこう。

 さて、これで俺は”とっておき”を使ってしまった訳だ。最後にとっておくとは何だったのか……

 でもしょうがなくね?俺は人脈がある方ではない。むしろ無い。だから使えるものは全部使うしかない。

 使える引き出しが一つしかなのも、また悲しい事実だけど……

 まあいい。取りあえず報告っぽい事は石原にしておきたいな。

 俺はスマホを取り出して彼女にメッセージを送ろうとした。が、その様子を見たトシに凄い目で見られた。


 「それにしても和也、なんだか……いや、なんでもない」

 「おい、言いかけてから止めるなよ」

 

 ……その態度の後にそんな呟くように言ってると余計気になるじゃん。


 「じゃあお望みどおりに言う」

 「どっちだよ!?」


 はっきりしねえ奴だな。


 「和也、今のお前を客観的に見たらどう見えてるか分かってるよな……?」

 「……?」


 そう言われた時、俺はその意味が分からず思わず左手を顎に当て始めていた。

 今の俺、か……

 ……推しの引退を掛けた戦いをしてます。

 なんて言えないか。そもそもトシにはこの説明してないし、そもそも客観的ではない。

 そして出てきた答えはやはりと言うべきか……


 「同級生の女の子の弱みを握ったゴミ?」


 これしか思い浮かばなかった。いや、アレは弱みと言うべきかはだいぶ怪しい気もするけども…… 


 「ま、まあ見方によってはそうかもしれないけど……和也かずやがそれでいいなら良いんじゃない……?」


 いや良い訳ねえだろ。友なんだから否定しろよ、否定を。


 「じゃあ一体何なんだよ?声にして教えてくれよ」

 「……じゃあやっぱいいや。分かってなさそうだし」

 「なんだその言い方?じゃあ俺もいいわ」

 「俺もいいってなんだよ……和也かずやはそれ言える立場じゃないでしょ……」


 そうは言いつつもトシは笑ってはいる。多分呆れているんだとは思うが、正直そんな事はどうでも良かった。

 すると数秒後、スマホが僅かに震えて画面を見てみると、既に石原からの返信が来ていた。

 いくらなんでも早すぎでしょ……

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