第10話 天谷家の日常

 名の知れぬ後輩と出会ったその日の夜の事。

 俺はその後普通に家に帰り普通に夕飯を済ませ、ソシャゲのデイリーも済ませて明日の準備を済ませと今日のやるべきことはほとんど終わらせて今はその最後となる風呂を済ませたところだ。

 それにしてもここ2日間で色々ありすぎだろ。明らかに発生イベントの配分を間違っている。

 ……そんなこと言ってもって感じか。

 まあ切り替えだ切り替え。自分の家にいる時ぐらい自分の好きな事をするのに限る。しかも今日は丁度その日だし。

 さてと、今は何時かな?多分まだ間に合うとは思うんだけど……

 そう思い時計を見てみると21時2分だった。


 「やべえ!?遅刻だ!!」


 慌ててスマホの通知欄の一番上にあったWeTubeの通知をすかさずタップして生放送に突入。


 『あーあーみんな聞こえてるー?聞こえていたら、こんルイスー』


 そして聞こえてきたのは愛しのマイエンジェルの挨拶だった。

 よし、なんとか間に合ったようだ……

 え?一体なにを見ているのかって?

 ”瓜江うりえルイス登録者9000人突破記念配信”です、はい。

 え?それは昨日の話じゃないのかって?

 ま、まああくまでも俺が見たのは配信予定のモノだったって訳だよ。世の中何もかもが予定通りに進むとは限らないのだよ。


 『な、なんかウルチャが凄い事になってるねー。どうせだったら一万人の時に取っておいた方がいいんじゃないのかなー?でもありがとうねー』


 ウルチャ。ウルトラチャットの略称で、言ってしまえば投げ銭の事だ。

 そして今日の配信はかつてない程にそのウルチャが飛び回っていた。すごい(語彙力)

 とまあこうして配信がある日は欠かさずに生放送を見て、Zのつぶやきも常に見ている程の超絶推しの瓜江うりえルイス。 

 その正体がまさかの同級生、しかも謎の運命じみた関係の人だと発覚してから1日が経過した。そしてその日以降の初めての生配信がこの記念配信だ。

 古参のウリナーの一人として当然っちゃ当然だけど、俺はこうして画面と向き合っているわけだが……

 

 (正直、どういった気持ちで見ればいいんだかねえ……)


 そういった気持ちがある。

 Vtuber強みの一つであろう”中の人間が物理的に見えない”という部分が崩壊してしまった以上、もう今までと同じ目で見ることが出来ないのだろうと正直思っている。

 まあそうは言ってはいるものの普通に見ますけどね。

 

 『そう言えばもう4月だよねー。新生活の方は皆大丈夫ー?学生の人たちはもう学校始まっていたりするー?』


 でもこうやって聞いてみると、声の面影がほとんどないな。

 普段の石原いしはらは明るくてはきはきとしており、時折弄んでいるような少し甘たるい声をしている。

 だが画面越しの彼女の声はふわっとしていて優しさって感じで、聴いてて癒されるような声。ほんとに同一人物か?

 でもこうやって未公開スケジュール(本人は公開したつもりでいた)を見てしまい、多少の誤差はあるけど、そのスケジュール通りに配信をしているんだ。これをどう疑えと言うんだ。

 それに石原いしはらがとったあの時の反応、嘘をついているとは思えなかったし、たとえ演技だとしてもそれはそれで名女優になれそうなレベルだと思う。

 

『因みにルイスのほうも天使学校が始まったばっかりなんだよねー。初日は遅刻しかけちゃうし、仲良かった子達とも結構別々になっちゃったからこれから大変だよー』

 

 ……なんか結構中の人の生活の主張が激しいなオイ。

 でもなるほど、こうやって話題が作られていくのか。今までと違う楽しみが増えた気がする。

 ……こんな体験できるの俺ぐらいしかいないと思うけど。

 まあいいか。俺はこの時間をのんびりと過ご……

 

 「にいちゃんはまたよく分からないVtuber見てんの?」


 せるはずが無かった。ノックもせずに俺の部屋に入ってくるヤツの存在を忘れていた。

 こういう時、ラブコメ主人公だったら美少女な妹なり仲のいい異性の幼なじみとかが乱入して来るのだろう。

 だが、あいにく俺にはそんな存在はない。代わりに存在するのは……


 ずばり!弟だ!


 そうなんです。弟なんです男です。

 でも一つだけ文句を言うとするならば、なんか女の子と勘違いしそうになる見た目をしているって事かな。

 ただ見た目がそうなだけでしっかりと心も男だったりする。100%の男です。ナニも付いてます。

 そんな弟、優紀ゆうきは俺のベットで寝っ転がり始めた。


 「……よく分からないではない、瓜江うりえルイスだ。何度言えば覚えるんだ?」

 「いや別に興味ないし、覚える必要ないし」


 優紀ゆうきは本当に興味無さそうにスマホをいじりながら返事をする。 


 「だったら割り込んでくるな。そして勝手に入ってくるな。せめてノックぐらいしろ」

 「いいじゃん別に。にいちゃんだってしないじゃん?」

 「よくないから言ってんだよボケ。それに俺はここ数年お前の部屋に近寄ってすらもいないからノックしないのは当たり前だ」

 『ジャガー伊藤さんウルチャありがとー。あ、レタス次郎さん五千円ありがとうー。おお、インチキンさんも一万円ありがとー』


 こうして兄弟の会話という名の痴話げんかをしている内にも彼女の配信は進んでいる。

 それよりもこの人達のネーミングセンスが気になる。特にレタス次郎って人。何喰ったらそんな名前を思いつくんだ?やっぱりレタス?


 「……にいちゃんさ、前々から思っていたんだけどなんでマイナーな人達しか見ない訳?”ホ〇〇イブ”とかに”〇さ〇じ”とかじゃなくて」

 「あー……その事?」 


 優紀ゆうきにそう言われて少しだけ画面のルイスちゃんも見つめてみる。

 確かにこいつの言っていることの意味は分かる。なにせこいつも普通にVtuberとか見ている身だったりする。でもそれらはあくまでも人気配信者か大手事務所の人達で占めている。

 他の同志達との交流も、そこを知っていれば会話をするのにも苦労することは少ないだろう。俺はそんな機会滅多にないけど。

 じゃあなんで俺がその人達と比べて登録者も動画の視聴回数も同時接続数も桁が2つ以上も少ない配信者を押しているかと言われれば……


 「……俺にもよく分からん。有名どころは知らず知らずのうちに見る機会が減っていったんだよな。マイナー厨ってやつかな?俺の肌に合わなかったんだよ」


 そう返答しながらもしっかりとウルチャを投げる。

 こうは言ったものの、俺だって最初はそうだった。てかこの道は通るはずだ。

 でも世の中にはこういった人種がいるって事だ。人が少ない集落が好きな人達の事。


 『甘やかす屋さん。スパチャありが……え゛!?』

 「ほら、ウリエルさん驚いてるじゃん。急に満額ウルチャなんて送ったから……」

 「瓜江うりえルイス、な?」

 「もう細かい事はいいじゃん」


 名前が細かいならば一体なんだったら細かくないというのだろうか。これがわからない。


 『あ、甘やかす屋さん……ご、五万円ありがとうございますぅ……』


 その言葉を聞いた俺は椅子に寄りかかり、腕を組む。


 「なんで自慢げなの?」

 「これか?これは推しに貢献できる喜びだ」

 「……いいカモだよね、にいちゃんってさ」

 「だまれ。他人の喜びを他人が決めるものではない。そういった考え方をしているお前がこの世界をダメにする」

 「なんか言い方がムカつく。顔も素性も知らない人に金を貢いでいるだけのくせに……」


 残念ながら知っています。


 「てかさ、その名前なんとかなんないの?正直いってダサくね?」

 

 甘やかす屋。

 これは俺のネット活動上の名前だ。


 「だっていいじゃん。安直で」


 天谷和也→あまやかずや→あまやかすや→あまやかす/や→甘やかす屋

 うん、今見ても安直すぎる。命名したの俺だけど、当時は小学生だったし仕方ない気がする。

 本当は、これ以上いい名前が思いつかない&変えるのが面倒くさい。のダブルパンチが理由だけど。


 「てかいつまでいるんだよ?何もないならさっさと出ていけよ。」

 「しょうがないなー……」

 

 そう言うと弟は素直に出て行った。いつもそうしてくれたら助かるんだけど……


 『そう言えば聞いて聞いてー。昨日ねー、天使学校で偶然にもルイスのあの売れなかった手帳を普段使いしている人に出会えたんだよねー。しかもその子、去年ずーっと席が近かった女の子なんだー』


 ……多分昨日の話だよな。なんだか俺の存在が女の子にされているのが気に食わないけど。

 まあこんなところで男の存在を醸し出した方が問題だからこれが正解か。ヨシ!

 ……それにしても


 (楽しそうに話すなよなあ……)


 顔が見えているわけじゃない。それが本当に楽しそうにしているかなんて、声だけじゃ中々判断できない。少なくとも俺には無理だ。

 それに彼女は俺が見ているからそんな事を言っているのかもしれない。瓜江うりえルイスという存在を利用して俺を操ろうとしているのかもしてない。

 いや、そう思うのは失礼だな。だったら自分の分身的存在のメモ帳なんて普段から持ち歩くわけないはず。

 そうだとしたら、もしかして俺は試されているのか?

 だったらいい機会かもしれない。ちょうど俺には一つだけやることがある。しかも俺が言い出しっぺのやつが。

 じゃあ早速あいつに……

 って思ったが、時間的に今から会って話すと時間がよろしくないな。

 だからと言って電話で話すような内容ではないとは思うし……

 うーん……


 「明日の朝にでも話しておくか」


 俺にしては珍しく面倒ごとは先に済ませておこうと思った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る