第28話 今日は佐藤くん、居ません




コレは文化祭準備中のこと。

委員長、相沢による、ほんの少しの余興の話である。




────放課後────




太陽は傾き、山の麓に隠れようとする。

教室内に残っているのは2名の女子生徒。

他のみんなはついさっき、今日中にやっておく事を終わらせたため帰宅していた。




「──んー。こうすると逆に、可愛くなっちゃうな」


相沢は現在、委員長の男装について悪戦苦闘していた。

何をどうやって弄っても、彼女の可愛さを打ち消すようなことができない。

それどころかむしろ、可愛さが増長してしまっているような気がする。


「……私、そんなに難しいですか?」


「うん。ゲキムズ」


「だったら別に、私はキッチンの方でも──」


「いやっ、絶対ホールで。だって一条さんとしおっちの男装と、忠洋くんの女装でバンバン集客したいからね」


そう言いながらも、相沢の手は黙々と動いていた。

ウィッグを変えてみたり、肩にパッドを入れてみたりなど、顔以外の部分にも手を加えていく。




「──それにさ。なんか一条さん、私に似てる気がして。気になっちゃうんだよね、いろいろと」


相沢は手を休めることなく、ポツリとそんな事を言い出した。

そして、委員長の中身を理解しているかのように続ける。


「一条さんもきっと、自分を変えようとしてる人でしょ?」


「…………なぜ、そう思うんですか?」


「んー、……類は友を呼ぶって感じかな? 私も自分を変えたくて、毎日頑張ってるからね」


すると、委員長は黙りこくる。

何かを葛藤しているような、それでいて、覚悟が決まらないような雰囲気を醸し出していた。

しばらく沈黙が続いた後、それを破ったのは委員長だった。


「変わりたいっていうのは、正解です。……だけど、怖くなっちゃって」


「──怖いって?」


「……その、本当の自分が見えなくってしまいそうで。それに今の自分を好きになってもらっても、困りますし」


カチ、コチ……と時計の針は淡々と進む。


「……別に、演技し続ければいいじゃん。そうやって自分を中身から変えていけば、自ずと怖くもなくなるよ」


私がそうだったように……相沢は、この言葉だけは飲み込んだ。

それも彼女の言う、演技の一環であったことは言うまでもない。


「そう、でしょうか?」


「うん」


相沢は横目で窓の外を見る。

すると後者の前を歩く男女が目に入り、そして心をチクリと痛める。


忠洋くんと、金髪の女の子……誰?


一瞬、ウィッグを被った塩瀬の可能性を考えたが、そんなウィッグは買ってきてもらってない。

するとあの男は、また他の女の子を『救い出した』のだろうな。


彼女はそう、心の中で結論づけた。




「──どうだろ? こんな感じかな?」


相沢はようやく、委員長のメイクを終えた。

少し離れて改めて全体を見直して、ミスがないかの最終確認も終わらせる。


「──よし。じゃあ一条さん、ちょっと立ってみて!」


「……こう、ですか?」


委員長は椅子から立ち上がり、長時間座っていたからか、足の痺れを感じた。

彼女はその後、相沢の方を自身なさげに見つめる。


「……まだ女の子感が抜けないけど、及第点かな?」


「やっぱり私、男装は向いてないんだと思います」


「んー、その心がなぁ、男装に現れちゃってるんだよ」


そう言って相沢は委員長の方へ近づく。

それは尋常じゃないほど近づき、唇と唇が触れ合ってしまうかと思うほどに。


「演技っていうのはココロ。男装だったら、自分は男の子なんだって思い込まなくちゃ。……こうやって」




……ちゅ




「──えっ? えっ?」


委員長は一瞬、自分が何をされたのか分からなかった。

自身のほっぺたに広がった、その、柔らかい感触を追い求めるように、思考を巡らせる。

それでも答えに辿り着くことなんてなかった。


「私が男の子だったらね。こんな可愛い子が目の前にいたら、ほっぺたにキスをしちゃう」


「でもなぜっ、ほっぺにっ……」


「だって、唇は子供ができちゃうでしょ? だから、ほっぺ。前も言ったじゃん」


あぁ、そう言えばと、委員長は思い出した。

目の前の少女の性知識は小学生レベルであったことに。



「──とまぁ、さ。演技なんて肩肘入れずに、思い込むだけでいいんだよ。自然体で考えて、自然体に動くだけ」


相沢はケロッとして話す。

まるでさっきまでの出来事の記憶が飛んでいってしまったかのように。


「あぁ、でも一つ忠告ね」


「……?」


夕日をバックに、相沢の顔が怪しく光る。

まるで獲物を見るような目で、委員長を見つめていた。


「──遠慮してたら、誰かに取られちゃうよ」


「……すみません。全く意味が分からないです」


「あはははっ! だったらいいの? 忠洋くん、倍率高いよー?」


そう笑いながら教室を出て行く相沢。

委員長は彼女の背中にある、隠しきれない本心が見えたような気がした。




『弱虫の強がり』




それは委員長自身がコンプレックスに感じている部分だったからだろうか。

相沢の背中から、浮き出ているように見えたのだ。


だが、今はそれよりも──


「相沢さんも……、忠洋くんのこと……」


もし、このまま自分が勇気を出せなかったら──。


委員長の脳内に、相沢と佐藤が並んで歩いている映像が流れた。

遊園地デートの様子だろう、2人とも楽しそうに歩いている。


「──やだ。……やだっ、やだっ。……やだっ!」


ぐちゃぐちゃにしたい。

その光景を、いや、弱い自分を。


斜陽さす窓には、委員長の姿が映る。

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塩瀬さんは忘れっぽいけど、僕の名前は忘れない。 七星点灯 @Ne-roi

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