3 抜き打ち脱出訓練

 今日きょうけっしたように、短崎たんざきさんが助手席じょしゅせきのサンバイザーのボードをらした。

 そこには、「訓練中くんれんちゅう」のカードがりつけてあった。

 ジロリ。

 ルームミラーしにわたくしをつめてから、はなしかけて来た。

「『黒鍵こっけんきみ

 警備上けいびじょう懸念けねんがあります。

 このまま少し、車内しゃないでおはなしをよろしいですか?』」

 短崎さんはふるえる上着うわぎのポケットからした訓練シナリオをこすって、りできざまれた十字じゅうじしわをのばした。

 ざん念なヨレヨレのかみ

 わたくしがまえに、かれが「折りたたまれてはひろげて」をかえしていたのがいやでもわかる。

 スー、ハー。スー、ハー。スー、ハー。

 それにかれているぶんおわわった短崎さんは三度さんど深呼吸しんこきゅうをした。

「はい。

 短崎さん、どうなさいました?」

「……『くるませでの待機たいき命令めいれいですが、今後こんごはご自宅じたく玄関先げんかんさきでのおむかえ・お見送みおくりを検討けんとうしております。

 車寄せに、一時的いちじてきちゅう車しておくことは管理人かんりにんわせみで了承りょうしょうをいただいております』」

「あまり目ちたくいので、車寄せでの送迎を希望きぼうしていましたが。

 短崎さんの警備けいび業務ぎょうむとどこおるのであれば、短崎さんのご提案ていあんをおけします」

「『では、今日中きょうじゅうに送迎刷新さっしん案を警備部門ぶもんへ提しゅつし、変更へんこう許可きょかをいただきます』」

 車のキーをさしこむおとこえないまま、短崎さんがつぎ段落だんらくを読みはじめた。

「『黒鍵の君。

 貴方あなた今現在いまげんざいも、いのちねらわれています。

 先週せんしゅうのように。小学校しょうがっこう敷地しきち内で、怪獣かいじゅう委員いいんでは無い貴方が怪獣委員の魔法まほう少女しょうじょ贔屓ひいきして、かばいだてなさらないでください』」

鈴前すずまえ 楽々ららさんを贔屓して、庇ったわけではありませんが。

 使命しめいけんへも誤解ごかいあたえるような行動こうどうだったことは、反省はんせいすべきてんです、

 使命研に迷惑めいわくをおかけしました」

「『貴方さま他人たにんあまいのです。

 どうか』……」

「『短崎さん』は、わたくしに魔法少女をめろ、とおっしゃりたいのかしら?」

 つい、訓練途中とちゅうに、短崎さんの話のこしを折ってしまった。

「いいえ!

 けっしてそのようなことはありません」

 抜き打ち訓練はなん度も経験けいけんがあるけれど、シナリオどおりに緊張きんちょうしながら読むひとはじめてだ。

 たいてい、「くだらない」とか、ぼう読みとか、「演技力えんぎりょくし増しのおふざけ」とか。緊張以外いがい感情かんじょうが見えてしまう。


「『では、発進はっしんします』」

 だっ出訓練のマニュアルでは、使命研の地下ちか駐車じょうあるいは、使命研がよう意したき地で車がてい車したら。わたくしがドアロックを開錠かいじょうするか、ドアのまどるか。

 このどちらかだ。

「抜き打ち訓練」ボードには、「魔法道具どうぐ使つかって車そうを割る」などの指示しじが無いので。無難ぶなんに車をきずつけずに、脱出することになる。


「ちょっ、朝食ちょうしょくはどうなさいますか?

 いつも、車内でがらないとうかがっております。

 世知せしる様の場合ばあいは、休日きゅうじつ出勤しゅっきんはお時間じかんをかけて、ファストフードかコンビニでませたいというかたではありません。

 世知様のおかあ様はおにぎりやサンドイッチを用意して、寝坊ねぼうなさる世知様にわたされますが。

 園子そのこ様、どこかにち寄りましょう。コンビニエンスストアでよろしいでしょうか?」

「わたくしは自宅で朝食を済ませております。

 短崎さん、ご同僚どうりょうにからかわれたようですね。

 使命研の人間が、魔法少女を本名ほんようぶなんて、どうかしていますのよ。ふふ」

「……」

 短崎さんは、ひたいほほつたあせりょう徐々じょじょえても、しろ手袋てぶくろぬぐわない。

「それとも、コンビニエンスストアで購入こうにゅうする飲食物いんhそくぶつなにかを仕込しこみたいのでしょうか?」

 訓練参加者さんかしゃに「飲食をすすめる行為こうい」や「脅迫きょうはく」は無かったけれど、あたらしい訓練メニューかもしれない。


「……ものはご用意しております。

 飲んでくだされば、わたし仕事しごとわります」


 信号しんごうちで、ペットボトルを手わたされた。

 ふういちられているけれど、しっかりまたふたじてあるペットボトルはトロピカルけいのミックスフルーツジュースのラベル。

 五色ごしきいとどおりのさんせんが停ちかくでよん車線に増えている。車は四車線目にはいって、すぐ左折させつした。

 すれちがいざまに、鶴城つるしろ大学だいがくキャンパスの地下バイパスへ進入しんにゅうするちょく進の車をながめて。

 歩行ほこう者に目をうつせば、地下バイパスに歩道やサイクリングロードが無いため、大学キャンパス内をっすぐけていく。

 交通こうつう利便性りべんせいいところで、だれも、抜き打ち訓練中の車に見きもしない。


「使命研勤ぞく何年なんねんです?」

「……防衛軍ぼうえいぐん出向しゅっこうして、年になります」

「『防衛軍へもどってい』というおこえがなかなかか、からないまま。

 そのあいだに、使命研とはべつの研究所と関係かんけいふかくなってしまったのでしょうか?

 それとも、古巣ふるすの防衛軍に戻るには、わたくしのような魔法少女の手土産みやげ必要ひつようなのでしょうか?

 もしかすると。

 鈴前さんたちをおそった怪獣は貴方の手はい?」

「いいえ。私は何もりません。

 私の任務にんむは、貴方にこれを飲ませるだけです」

 車はきゅうブレーキも急加速かぞくもせず、法てい速度を守りながら、交番や角花つのはな小学校しょうがっこうを通り過ぎた。


 いつまでも、わたくしがペットボトルのジュースにくちをつけないので、短崎さんははや口で話しかけて来る。

らんじゃたいをご存知ですか?」

「いいえ。

 ランの漢字かんじは……らん世の乱。あるいは空欄くうらんの欄。寄生きせい植物しょくぶつの蘭。生卵なまたまごらん

 さあ、何でしょうか?」

「植物の蘭に、おごって、つ、ときます。

 正倉院しょうそういん香木こうぼく。そのけずって、をつけると良いかおりがするそうです。

 蘭・奢・待の漢字にはパーツをひとつ一つかくしました。

 正倉院をまもって来た東大寺とうたいじを」

 香り。

 果物くだもの柔軟剤じゅうなんざい石鹸せっけん

 良いにおいと感じるのは、それくらいかな。

 あとは、美味おいしそうな匂いになってしまう。


「園子様。

 どうか。

 黒鍵のナイフの一片いっぺんかまいません。

 我々われわれたまわりたいのです。

 ときみかどより、蘭奢待を削ることをゆるされた武人ぶじん将軍しょうぐん後世こうせいに名をのこしております。

截香せっこう』とばれるものごとでございます」

 ということは。

 黒鍵のナイフは武運ぶうん長久ちょうきゅうや「天下てんかり」の迷信めいしんがついてまわることになる。

 そうなれば、一度削られるだけでは無く。

 何度も削られることになる。

 一度では済まない。もく的は別だろう。


休眠きゅうみん中の魔法道具を含めて、より良い魔法道具は使命研にあります。

 厳重げんじゅう保管ほかんされていない、このようなナイフを、しがるのは。

 わたくしの使うナイフをかぶり過ぎです。

 たとえ、わたくしがおき受けしても、これはわたくしの私物しぶつではございません。わたくしにし出されている兵器へいきです」

「いいえ、買い被ってなど。

 一級品いっきゅうひんの道具は使ってこその一級品です。

 硝子がらすケースに入れて保管・展示てんじしているようなものは、ほこりを被った『たから』と呼ばれるだけのくずです」

 車内は暖房だんぼうをつけていないのに、運転うんてんがわから熱気ねっきを感じる。

安全あんぜん試験しけんなら、わたしも参加出来るでしょうが。

 この魔法道具をあそ半分はんぶんで削って。そのような香木のように良い香りがすると、おかんがえですか?」


「決して、道らくではございません!」


「では、使命研で正規せいきの手つづきをなさってください」

「それが出来ないので、貴方におねがいするしか無いのです。

 どうか、それをお飲みになってねむってください」

 スマートフォンがつうけん外。

 黒塗くろぬりの車の助手席には、黒い書類しょるいかばんいてある。書類なんて、入っていないのはすぐにわかった。電波せんぱ遮断しゃだん妨害ぼうがい装置そうちおもわれる物が点滅てんめつしている。

 車は使命研とちがほう向へそう行している。

 げん集合しゅうごう予定よていきゅう使命研あと地でも無い。

 角花小学校から寄りの防衛りく駐屯ちゅうとん地へ向かっているのだろう。運転手が庇護ひごもとめるなら、さい短で、そこしか考えられない。

 こうなると、無線衛星えいせい電話でんわ機までたされかねない。

 これは抜き打ち訓練にじょうじた「抜き打ち訓練ではない何か」に違いない。

 飲まない選択せんたくただしいけれど。


 短崎さんはスマートフォンで誰かと連絡れんらくを取っている。

「パッシングをして来たこう続車がはなれないが。

 このまま、目的地へ向かう」

〈……いかくを中……〉

 スピーカーのおと割れやこの車や周囲しゅういの走行おんひどい。

「今さら、けい画を中止になんて出来るわけがないだろう!」

 わたしはシートベルトをしながらも、何とかを乗り出して、運転席側のフロントをのぞきこむ。

 速度メーターが「52ごじゅうに」から「67ろくじゅうなな」まで一気に上がった。

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魔法少女のための安全試験 雨 白紫(あめ しろむらさき) @ame-shiromurasaki

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