第15話 特別カリキュラム
俺とアカメは明確にあせっていた。
学園上層部が生徒会長の味方である以上、俺たちにできることはかぎられる。
危機が目の前に迫っているのに、それを周囲に伝えられない。もどかしくて仕方なかった。
ローゲラの予言以外で、校内改革が悪行だと知らしめる決定的な証拠を見つけなければならない。
特別カリキュラムの初日、校舎の一室にて。その参加者たちが雁首そろえて教壇に視線をそそいでいる。当然、俺のクラスメイトのメガネも含まれていた。
初日の
「本日は! 君たちにとって! 記念すべき再出発である! いわば第二の誕生と言っても過言であるまい!」
教壇に立つ教師――生徒会長の腰ぎんちゃく――が朗々と声を発した。
この特別カリキュラムの発起人、生徒会長本人の姿は見受けられない。彼女にとって「参加者をねぎらうこと」なんて重要度の低い事柄なのだろう。居丈高な女だ。
腰ぎんちゃくが教室内を見渡し、眼鏡たちを手で指し示していく。
「さあ! まずは、祝杯を上げようではないか!」
メガネたちのテーブルに褐色のビンが置かれている。
褐色ビンは参加者の人数分そろっていた。各自に配布されたものだ。
祝杯というからには酒のたぐいかもしれないが……ビンの中身、どんな液体が入っているのかは遠目には分からない。
俺とアカメは天井裏で息をひそめながら、その様子を監視している。
「開始早々に酒飲ませるのかよ……大盤振る舞いだねー。タダ酒をふるまってもらえるなら俺も参加すりゃよかったかな?」
俺は軽口をたたいた。そうでもしないと天井裏のホコリ臭さに耐えきれなかったからだ。
アカメがそんな俺をたしなめる。ハカマの襟を引っぱって口元をふさいでいた。
「減らず口はそこまでに……もしかすると毒薬が入っているかもしれませんよ?」
「いくら生徒会長でも、そこまで露骨な真似はしないだろ……そもそも特別カリキュラムの参加者を殺して何のメリットがあるんだ?」
俺が止める間もなく……眼下の教室、メガネたちがビンの中身をひと息に飲み干していた。
彼らの表情はいちように明るい。自分たちが成長していく姿を夢想しているのかもしれない……その願いが叶ってほしい、と俺は願わずにはいられなかった。
やはり毒薬ではなかったらしい。服用したメガネたちが体調を崩す気配はなかった。
赤ら顔の者がいないところを見るに……酒ではなく、栄養剤だったのだろう。これから特別カリキュラムへとのぞむにあたって酔っぱらうというのもおかしな話だし。
教壇の腰ぎんちゃくが参加者たちをうながし、教室の外へと繰り出す。
「それでは……さっそく実技を磨こうぞ!」
参加者たちが意気揚々と立ち上がり、教師のあとにつづいた。廊下を抜けて校舎の屋外へと。
俺とアカメは彼らの背中を追跡していく。ひと目につかないよう気配を殺し、建物の屋根やら外壁の出っ張りやらに足をかけ、建物の間を跳び渡った。
「
俺は足元の頼りなさにボヤいた。
「拙者もくわしくは存じませんが……本物の間諜は危険な行動をなるべく避けるのでは? 身分を偽装して侵入先にまぎれこむほうが効率よさそうなのです」
俺のすぐ背後、アカメがそう指摘してきた。
「切った張ったの大冒険は物語の中だけだって? ……夢のない話すんの、やめろ」
俺はゲンナリと吐き捨てた。
俺たちが固唾をのんで見守るなか……腰ぎんちゃくを先頭とした連中が足並みそろえて進んでいく。居住区をはなれ、向かう先は森林エリアのもよう。
今のところ、特別カリキュラムに不審な点はない。しかし俺の背筋がザワついている。
俺の体重に耐え兼ねたのか、足場の一部がガラリと剥がれて地面に落ちた。
★ ★ ★
森林エリアは学園の敷地内に大きく広がっている。用務員の爺さんの寝起きするログハウスもその一角にあった。
しかし今回、特別カリキュラムの参加者が足を運んだ位置はログハウスから遠い。
ここら一帯は実戦を模した修練場である。
メガネたちが一丸となって森の中を駆ける。
木々の合間から怪物――黙示獣の死骸が飛び出してきた。生徒会長に遠隔操作されてメガネたちにおそいかかる。
メガネたちが怖気づきながらの交戦を余儀なくされた。
俺とアカメはしげみに溶けこんで、その様子をうかがっている。
「黙示獣の死骸を利用し、実戦さながらの訓練を行わせるってわけか」
俺は戦闘中の方角を睨みすえた。
死骸の強さは生きた黙示獣と同等か、それ以上である。そんな奴らを模擬戦相手としてぶつければ、参加者はイヤでも戦闘技術を上達させていくだろう。
死骸は生徒会長の操り人形だ。生きた黙示獣のように、殺意全開な攻撃をひかえさせることもできる。
比較的、安全なのかもしれないが……それは死骸に上手く手加減させることができれば、だ。
アカメも死骸に険しい視線を向けている。
「たしかに効果的なのかもしれません――が、危険なのです。生徒会長の遠隔操作がどこまで精密なのか、はなはだ疑問なのですから」
アカメが俺の代わり、懸念を言葉にしてくれた。
生徒会長には前科がある。俺とアカメを足止めするために放った死骸、そいつらは見境なく暴れていた。一歩間違えれば、生徒を殺害していたのだ。
その事実はつまり、生徒会長が死骸を大雑把にしか操作できないことを意味しているのではないか?
メガネたちが死亡事故の犠牲者となってもおかしくない。いつでも飛び出せるよう、俺とアカメは身構えた。
メガネが歯を食いしばりながら死骸の攻撃に抗っている。恋人に見合う男になるという一心か。傷だらけ、土にまみれ……何度も立ち上がってみせる。
そのさまが痛々しかったので、俺は目を伏せた。いますぐ手を貸してやりたいが……それはメガネの決意を侮辱する行為だ。
もし生徒会長に他意はなく、本当に落ちこぼれを強化しているだけだとすれば?
この特別カリキュラムが何事もなく完遂されるのであれば、それはいいことのはずだ。
むしろ、俺はそうであってほしいとすら思った。握りつぶすような勢いで、右手で左腕をおさえつける。
しかし俺の期待もむなしく――
「ひぃっ! は、話がちがう!?」
「死骸たちは安全だって!? 致命傷になるような攻撃はしてこないって説明されてたじゃないか!?」
メガネたちの悲鳴が木霊した。
死骸の攻勢が激化したからだ。あきらかに制御を失っている。
本来、メガネたちを守るべき生徒会長の腰ぎんちゃくはというと――
「聞いてない! 聞いてないぞ、こんなの!?」
引け腰でかたまるばかり。もともと、この男は家柄と口のうまさだけで教師の職についている。ようは実力がともなっていない。
「先輩、行きますよ!」
ひと足先、アカメがしげみから飛び出した。
俺は忸怩たる思いを声に乗せる。
「……ちくしょうッ!」
俺とアカメは戦線に加わった。甚大なダメージを負った参加者を退避させ、死骸へと立ち向かう。
俺は打撃を無数に浴びせ、死骸の肉を弾けさせる。
負けじとアカメも死骸を切った。
しかし前回の焼き直しだ。影が糸のように伸びてきて、死骸の破損個所を修復してしまう。
いっこうに敵の数が減らない。俺が前世がえりすれば、周囲も巻きこんでしまう。
このままでは先に力尽きるのは俺たちのほうだ。
「先輩! ここなのです! これが死の運命!」
アカメが唐突にそう切り出してきた。
俺は反射的にアカメへと念押しする。
「マジか!? この場面がそうなんだな!?」
アカメがコクリとうなづく。
死の運命が到来する場所は、建物の点在するポイント――学園の居住区だったはずだが……運命が多少ズレたのだろう。俺の介入がその要因かもしれない。
本来アカメがひとりで対峙していたとすれば、抵抗むなしく命を落としていただろう。
「本能がそう告げているのです! この正念場を切り抜ければ! 拙者は……っ!」
感極まってか、アカメが言葉に詰まった。悪夢から解放される実感を噛みしめている。
俺は自然と破顔する。
「そんなら……気合入れてくぞ! なんとしても打開策を見つけなきゃな!」
死骸は無限に再生するかのようだが、完璧な不死身は世界に存在しない。どこかにつけ入る隙があるはずだ。
俺は注意深く周囲を観察していく。その過程で肉片が足元に転がっているのを見とがめた。
戦闘中、黙示獣の死骸から飛び散ったものだ。
影の糸によって繋ぎ合わされることもなく、肉片が地面の上で脈打っている。
俺はそれを目撃してピンとくる。
「アカメ、死骸を細かく切り刻め! そうすりゃ修復できなくなる!」
俺は短く指示を飛ばした。
アカメが呼応して死骸をバラバラの肉片へと変えていく。
推測通り……寸刻みにされた肉片が、修復されることはなかった。
俺は拳を打ち合わせる。
「よし、反撃といこうぜ! 俺も負けてられない!」
俺は死骸に組みつく。相手が巨体なので「しがみつく」と表現したほうが適切だが……ともあれ、その関節を極め、勢いよくねじ切った。
死骸の身体を末端から削いでいく。
敵の制圧法さえ判明してしまえば、こちらのものだ。俺とアカメは短期間といえど、濃い時間を共有してきた。ふたりの連携も相応に仕上がっているのだから。
修復もままならず、肉片がそこらに散らばっていく。
すべての死骸を無力化するのに、時間はかからなかった。
俺は肩から力を抜く。
「これで、ひとまずは解決か……」
死の運命から逃れることができた。晴れて、しがらみから解放されたわけだ。
アカメがおずおずと俺に歩み寄ってくる。
「もちろん嬉しいのです――が、なんだか釈然としないのです」
半信半疑なのか、アカメが浮かない顔をしていた。
俺は身を乗り出してアカメの髪をかき回す。
「気持ちは分かるけどさ……喜ぶべき時はキッチリとハシャいでおこうぜ? でないと感性のニブい奴になっちまう……お前の人生はこれからも続くんだからさ!」
「は、はあうぅ……っ」
俺に触れられた途端、アカメがツヤのある声を出した。赤面しながら縮こまってしまう。
「拙者の未来……道のりの先……」
アカメがうわ言のように呟いた。いまだ落ち着かない様子だったが……じきに慣れるだろう。
俺はアカメから手を離し、ひとつ頷く。
「一件落着――と言いたいところだけど、まだケリはついちゃいない」
メガネたちへの挨拶もそこそこに、俺とアカメは踵を返した。来た道を足早に引き返す。
その先にケジメをつけさせるべき相手が待ち受けているのだ。
★ ★ ★
俺とアカメは生徒会室を目指した。『ある人物』をともない、三人で。
そこでケジメをつけさせるべき相手――生徒会長と対決する。
「
生徒会長が開口一番そう告げてきた。やや不機嫌そうに目尻をピクピクさせる。
俺は生徒会長に挑発的な視線を飛ばす。
「アンタは校内改革にいそがしいからって? だからこそ、足元がおろそかになってるんじゃないか?」
「どういう意味かしら?」
生徒会長が不審げに眉根をよせた。
そこで俺たちと同道した人物――細面の教師が一歩前に踏み出す。
「生徒会長、貴公の特別カリキュラムとやら……重大な陥穽が見受けられる」
生徒会長がわずかに目を細める。微笑みをたたえながらも、焦りの色を見せはじめた。
俺とアカメのみならず、教師にまで糾弾されようとしているのだから当然だ。
「わたくしの落ち度、その詳細をお聞かせ願いましょうか、『お兄さ』――先生?」
細面がおもむろに口を開く。
「貴公は黙示獣の死骸に参加者の相手をさせた。実戦に近い、効率的な模擬戦――となるはずが、あわや大惨事を招くところだったのだ」
「……え?」
生徒会長が虚を突かれたように表情を凍りつかせた。
俺は死骸が暴走した経緯について、細面にすべて伝えてある。
細面の人格を信頼してのことだ。細面ならば、教師の立場を使って生徒会長を追いこんでくれる、と。
俺の期待に応え、細面が生徒会長へと言葉で切りこんでいく。
「貴公の死骸操作が不十分であったがゆえ、参加者の身があやぶまれた。死傷者が出ていてもおかしくはなかった」
どうやら初耳だったようで、生徒会長が露骨に動揺する。演技には見えない。操った本人さえ、意図せずのことであったようだ。
つまり、死の運命の正体は不慮の事故だった。
仮定の話……アカメの死後に「わざとじゃなかった」と弁明されてはたまったものではない。
生徒会長に引導を渡してこそ、本当の意味で事件の幕引きとなる。
「そ、そんなはずは……わたくしの操作に問題など――」
細面が手をするどく振って、生徒会長のすがるような眼差しを払いのける。
「今回だけの話ではない。前回の件もだ。貴公は『生徒を試すつもりだった』と言っていたが……生徒が死んでしまえば、何の意味もなかろう」
細面が遠慮がち生徒会長の肩に手を置く。
「許しがたい事態だ……ひいては貴公の計画、その安全性も疑わしい。校内改革とやら、貴公の手に余るようだ。教師として命じる――しばらく謹慎したまえ」
それは計画の頓挫を意味していた。生徒会長が目を見開く。
「なにを勝手に! いち教師にわたくしの処遇を決められるものですか! わたくしには学園上層部という後ろ盾が――」
生徒会長が怒鳴って言い募ろうとした。
細面がそれをバッサリ切り捨てる。
「一連の失態について王国政府に直訴させていただく。学園上層部とて無視はできまい」
「……っ!」
生徒会長が射殺さんばかり歯噛みしていた。いかに学園上層部の威を借りようと、より強い権威を前にすれば、従わざるを得ない。
王国政府が動いてくれれば、生徒会長の野望は潰える。
細面がこわごわとした面持ちで生徒会長をさとす。
「『君』の事情は理解しているつもりだ。ご実家の期待にそむかぬよう、『君』は強く在ろうとしている」
どうやら細面は生徒会長に強く出られないようだ。生徒会長との個人的な関係性が、言葉の端々にかいま見える。
細面の実家は生徒会長の実家の傘下にある。その縁で、教師と生徒以上の仲なのかもしれない。たとえば幼い日の思い出を共有しているとか。
「『君』の姿勢には敬意を表する。しかし――」
「『お兄さま』も! わたくしを裏切るのですねッ!」
細面の真剣な訴えかけを、生徒会長が腕で振り払った。
「…………」
細面が払い落された手を所在なく引っこめた。
★ ★ ★
俺とアカメ、細面はすさまじい剣幕で生徒会室から叩き出された。
生徒会長の計画に歯止めをかけることができた――が、予断は許さない。
このままではすまさない、と生徒会長の顔に書いてあった。
アカメの死の運命が去ったとはいえ、このまま知らんぷりでは後味が悪い。
「自分はただちに王国政府へと働きかける。校内改革の中断は時間の問題だろう――が、それまでの間、生徒会長が悪あがきに打って出るやもしれん。貴公らで、彼女を見張ってくれないだろうか?」
去り際、細面が俺とアカメにそう要請してきた。
俺たちはそれを快諾し、細面の背中を見送る。
「そんじゃアカメ、後始末の消化試合をやるとしようぜ?」
気楽な調子で声をかけた俺へと、アカメがあらたまった風に向かい合う。
「先輩、ありがとうございました」
ようやく死の運命を克服したと体感できたようで、彼女の表情がやわらいでいた。
「おかげで、将来について思いをはせることができるのです! 自由を持て余してしまいそうですが!」
アカメが遠い目をしながら苦笑した。
俺はうんうんと首肯し、アカメの肩に手を置く。
「しっかりと考えたまえよ、若者! 先はまだまだ長いのだから!」
「そういう先輩は、なにをなさるおつもりで?」
「そりゃもちろん! 徹夜でギャンブルして惰眠をむさぼるに決まってんだろ!? 俺がどんだけフラストレーション溜めてると思ってんだ!? ……いやー、長く険しい戦いであった!」
俺が自慢げに胸を張るや、アカメがなげかわしげに嘆息する。
「危険が去った途端、元の
「いやいや、勘弁してくれ! 俺はマイペースじゃないと、すぐに潰れちまうんだよ!」
俺はアカメに詰め寄られ、廊下の窓辺に押しやられた。
アカメが俺を逃がさぬとばかり、窓ガラスに手をつく。
「潰れると思うから潰れてしまうのです! ハイペースに慣れてしまえば、それが日常となるのです! 先輩には生活スタイルから改善して――」
アカメのクドクドとした説教を聞き流し、俺は背後を一瞥した。
青空が窓の向こうに広がっている。太陽がまばゆく輝いている――かと思いきや、雲がさしかかったせいで、日差しがかげった。
それが不快だったので、俺は眉をひそめた。
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