第14話 校内改革

 日々を平穏に過ごしながらも、俺は不安にさいなまれていた。

 いつまた、生徒会長が現れるともしれない。そして、その時こそがアカメの死の運命かもしれないからだ。


 なのにアカメは毅然としたものだった。一心不乱、稽古に打ちこんでいた。人間の成長は突然である。彼女なりにキッカケをつかんだのかもしれない。


 そうこうしている内、時間が過ぎていき――


「ふあぁぁ……こりゃ一体、なんの集会だ?」


 早朝の大講堂にて、俺はあくびを噛み殺した。


 学園の全生徒が整列している。いずれも急な呼び出しに戸惑っているらしく、ささやき声が飛び交っていた。


 満を持して前方の壇上にあがったのは――


「ようやくお出ましか」


 俺はするどく呟いた。


 これまで雲隠れしていた生徒会長が、一堂を見渡していく。


「みなさん、ごきげんよう。気持ちのいい朝ね?」


 生徒会長はそう言ったが……本日は曇天、いまにも雨が降りだしそうである。


 注目を浴びたのを確認し、生徒会長がひとつ頷く。


「わたくしは回りくどい挨拶を好まない。単刀直入に、校内改革の詳細を布達いたします」


 まずは様子見か、と俺が睨みつける先……生徒会長が演説をはじめる。


 校内改革とやら、その内容はおどろくべきものだった。

 現行のクラス分けを撤廃し、家柄ではなく成績で割り振るのだとか。


 当然、貴族クラスの連中が反発する。平民を家畜扱いする彼らからすれば、馬小屋で勉強しろと言われたようなものだから。


 殺気立つ貴族たちを一瞥し、生徒会長がクスリと微笑する。


「ふふふ……『弱い犬ほど、よく吠える』――まさしく、その通りね」


 生徒会長が腕を差し出した。その直下、彼女の影が不自然に伸びていく。


 影が壇上を埋め尽くすほど広がるや、漆黒の平面から黙示獣の死骸が浮かび上がってきた。


 貴族クラスの連中が腰を抜かしてしまう。


「そのザマでよく貴種を自称できるもの……一周まわって感心してしまうわ」


 生徒会長が彼らを冷笑した。


「これで理解できたでしょう? 先日の事件は、わたくしが起こしたもの……いきなりの危機にどう対処するのか、みなさんを試すためにね」


 俺は舌打ちする。試した、だと? 俺たちが食い止めなければ、確実に犠牲者が出ていたのに?


 生徒会長が舌鋒するどく話をつづける。


「残念ながら結果はお粗末なもの……居合わせた貴族クラスの振る舞いを覚えているかしら? みずから矢面に立たず、平民を盾にする始末」


 生徒会長が、平民のかたまる位置に視線を移す。


「ねえ、あなたたち? 貴族かれらをうやまえる? 現行の制度に疑問を感じたことはない?」


 問われた平民のひとりが不満を口に出した。その熱が流行り病のように伝染し、多くの平民が貴族クラスへの反発をとなえる。

 彼らも抑圧されてきた立場だ。その鬱屈をうまいこと突かれ、生徒会長に丸め込まれてしまう。


 生徒会長に賛同する者が続出した。


 なおも異を唱えようとする者は――


「わたくしに意見したければ……まず力を示しなさいな。弱者の言葉なんて耳をかたむける価値がないもの」


 死骸の軍団ににらみを利かされ、黙らされていた。


 どうするべきか、俺は思案をめぐらせる。


 アカメは生徒会長の能力を「影を実体化させて操る」のだと語っていた。


 しかし実際に、生徒会長が死骸を支配してみせている。

 この齟齬そごはなぜ起こったのか?


 降神術者は基本的に契約した神と意思疎通できない。だから場合によっては権能の詳細を勘違いするケースもある。

 生徒会長は自分に貸し与えられた権能を「影を実体化させて操る」能力だと解釈していたのかもしれない。


 しかし成長するにつれ、真の権能は「影を糸のように伸ばして死骸を操る」能力だと気付いたとすれば?

 あるいは、単純に周囲を騙していた可能性もある。


 いずれにせよ、前世がえりした俺ならば死骸を跡形もなく消し飛ばせるだろう。


 しかし生徒会長を殺害してしまう。その被害がほかに拡大しないともかぎらない。


「なやましいねー。どうすりゃいいのやら……」


 俺はひそかに嘆息した。


          ★ ★ ★


 俺が手を出しあぐねている内、生徒会長が次なる行動に打って出る。

 生徒ひとりひとりを呼び出しての面談だ。


 俺は生徒会室の手前で待機していた。もうすぐ俺の番である。

 くしくも生徒会長と声をかわす機会、俺は彼女の腹をさぐろうと考えている。


「先輩、そろそろお時間なのです」


 アカメが俺に呼びかけた。


 俺はアカメと連れ立って生徒会室に入出する。


「あら、アカメさんもご一緒なの? 女の影に隠れるつもりかしら? ご立派な心意気ですこと」


 執務机の奥、生徒会長が開口一番、皮肉のジャブを俺に見舞った。


  俺はカウンターのイヤミを告げる。


「ずいぶんな職権乱用じゃんか、生徒会長どの? クラス分けの制度をくつがえすなんて、いち生徒の権力を超えてないか? なに、大貴族のパパに頼んだん? それとも学園上層部の弱味でもにぎったわけ?」


 生徒会長がそれをそよ風のように受け流す。


「たしかに父の――実家の手を借りたのは事実だけれど……筋目はちゃんと通している。学園のお歴々はわたくしの計画に賛同してくださっているのだから。わたくしの理想を後押ししてくださっているのよ?」


 つまり根回しは済んでいる、と。教師陣ですら生徒会長を止められない。


 生徒会長が扇子をひろげて口元を隠す。


「わたくしの日頃の努力を理解できたかしら? あら、ごめんなさい。あなたには無縁のものだったわね。想像すらできないでしょう?」

「そうだな。あんたの気持ちなんて一ミリも理解したくない」


 俺は生徒会長と視線をぶつけ合った。


 生徒会長が事務的に面談の目的を告げてくる。


「わたくしはね、あなたのような生徒にしぼって呼び出しているのよ、レイヴンさん」

「俺みたいな成績不振者って意味?」

「そう……『特別カリキュラム』への参加について。その意志の有無を確認させてちょうだい」


 聞きなれない単語を耳にして、俺は眉根をよせる。


「なんだ、それ?」

「わたくしは常々……成績不振者あなたたちの現状をうれいていたのよ?」


 俺を心底あわれむように、生徒会長が眉をひそめている。


「この学園に弱者の居場所はない、あってはならない――けれど、はぐれ者が出てしまうのも避けられない」


 生徒会長の声音は優しさに満ちていながら……空々しくひびいた。


「だからこそ、わたくしは全体の底上げをしたい。この手から誰もとりこぼさないように」


 彼女なりに落ちこぼれの現状を改善したいのだという思いは伝わってきた。


「特別カリキュラムを受ければ、あなたの成績も格段に向上するでしょう。そう請け負わせてもらいます」


 しかし歪である。愚か者を啓蒙けいもうしてやるとばかり、上からの物言いだった。


 俺は生徒会長に即答する。


「ありがたい申し出だけどさ……お断りだわ」


 生徒会長が片眉をはね上げる。余裕ぶっているけれど……指のふるえが彼女の内心の怒りを物語っていた。


「……どうしてかしら? わたくしに従えば、あなたも後ろ指さされなくなるのよ?」

「おあいにくさま。陰で笑われようが……俺は気にしないよ。あんたに屈した瞬間、もっと大事なモンをうしなっちまう気がする」


 生徒会長がパチンと扇子を閉じた。俺に軽蔑の眼差しをそそぐ。


「あきれたものね……しょせん、落ちこぼれは心まで卑小ということかしら?」


 生徒会長が俺から興味を失い、アカメに視線を移す。


「最近は、そこの平民にご執心らしいわね? 失礼を承知で忠告させてちょうだい……あなた、男の趣味がわるいのではなくて?」


 アカメが挑発的に目を細める。


「大きなお世話なのです! 生徒会長のほうこそ、見る目がないのでは?」


 生徒会長が嘆息する。


「恋は盲目ということ? いずれにせよ、あなたを遊ばせておく余裕はなくなった……そろそろ生徒会わたくしたちを手伝いなさいな」


 生徒会長がアカメに手を差し伸べる。


「火遊びは十分、堪能できたでしょう? あなたも生徒会の一員である以上、大仕事に貢献してもらうわよ?」


 アカメがみずからの腕章――役員の証を引きちぎり、生徒会長に投げつける。


「お世話になりました……本日をもって生徒会を抜けさせていただくのです! 先輩を侮辱するような方と仲良くなんてゴメンなのです!」


 途端、生徒会長の微笑にビビが走る。


「……軽率なマネはおやめなさい。わたくしを敵に回して無事に――」

「先輩、行きましょう! おなじ空気を吸っていたら吐きそうなのです!」


 アカメが俺の手を引いて生徒会室から出ていく。


「待ちなさい、まだ話は――」


 追いすがる生徒会長の手が、扉の向こう側に消えた。


          ★ ★ ★


 俺は校舎の廊下を歩きながらアカメをたしなめる。


「もうちっと粘ってもよかったんじゃね? 生徒会長あいての腹の内を引き出したかったし……」


 アカメがバツ悪そうにうつむく。


「うぐっ、申し訳ないのです……先輩をバカにされたので、頭に血がのぼってしまい……」


 反省する姿を見せられては、これ以上責める気にもならない。俺はアカメの頭をサラリとなでる。


「ま、お前が俺のために怒ってくれたのは嬉しいよ。あれ以上、食い下がっても相手がボロを出すとも限らないしな」

「え!? 拙者を食い入るように見つめるって!? 拙者のハカマに穴が開くほど……ボロボロになるまで!?」


 アカメが弾かれたようにこちらを振り向いた。どんな聞き間違えしてんだ、こいつ。


 俺は戸惑いながら言葉を重ねる。


「校内改革なんて回りくどい方針を打ち出している以上……ストレートに暴れるつもりはないんだろうさ。くまなく監視していく必要はあるだろうけどな」

「回りくどい!? 拙者が好みのストライクだから!? 全身をくまなく監視するのです!?」


 なにやらアカメがうわの空になる。最近の彼女は脈絡なくポンコツ化するのだ。


「そ、そんな……先輩、いくらなんでも早急すぎるのです! 拙者にも心の準備というものが……!」


 アカメが身体をくねくねさせていた。なにしてんだ、こいつ。


 付き合いきれず、俺は先に進んでいく。

 俺が自分のクラスにもどると……同級生の話題は生徒会長の件でもちきりだった。


「お前……特別カリキュラムを受けることにしたのか!?」


 クラスメイトのひとりが、すっとんきょうな声をあげた。


 俺は会話の中心に吸い寄せられる。


 そこで注目の的になっているのは、メガネをかけた気弱そうな生徒だ。

 以前、俺がオールバックから助けた仲間。貴族令嬢と身分違いの恋をする少年だ。


 メガネが対面の生徒に、ぎこちなく頷く。


「う、うん……成績が向上するなら願ったりかなったりだろ?」


 どうやらメガネは生徒会長の誘いに乗ってしまったようだ。


 ほかのクラスメイトが心配げにメガネを見つめる。


「け、けどよ……さっきの集会で生徒会長の様子を見たろ!?」

「そうだよ、ヤバげな気配を放ってたじゃん!?」

「特別カリキュラムがどんな内容か分かんねえけどよ……ノコノコ参加したらヒドい目に遭わされんじゃねえの!?」


 生徒会長を不審に感じたのは、俺とアカメだけではないようだ。

 俺としても止めたいが……口々に警告されてなお、メガネの意志は固いもよう。


「僕は変わりたい……愛する彼女に誇れる男になりたいんだ!」


 メガネが大きく息を吸いこんでから、そう宣言した。


「彼女にふさわしくないなんてこと、僕自身が一番よく分かってる……自信が欲しいんだ。彼女の隣にいていい資格が!」


 その声音からメガネなりの本気がうかがえた。

 彼はずっと苦しんでいたのだろう。恋の相手は貴族令嬢だ。パートナーにも相応の格が求められる。


 どうにか、もがいてもがいて……ようやく掴んだ糸口こそが生徒会長の特別カリキュラムにちがいない。


「「「…………」」」


 俺はメガネの心意気をむげにできなかった。ほかのクラスメイトと同じく、黙りこんでしまう。


 メガネが俺に視線を向ける。


「レンくん、以前は助けてくれてありがとう! でもさ、守られてばかりの男じゃいられない……応援してくれるよね?」


 俺は必死で笑顔をつくり、メガネの肩をたたく。


「……ああ! 頑張る男はカッコいいもんな?」 

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