幕間3 比翼の悪夢

 アカメとレイヴンは運命共同体なる状態に置かれている。それが原因だろうか、アカメは奇妙な夢を見た。

 端的に言うと彼の過去である。前世の足跡を追体験していた。


 レーヴァフォンの生みの親は地母神アングルイアである。生命をつかさどる女神だ。古く力ある存在であり、数多の子供を産み落とした。

 世界をほろぼした元凶とも言えるのだが……後世における、かの女神の評価は賛否両論に分かれている。


 なぜなら当初のアングルイアは慈愛に満ちた女神であったから。

 みずからの子供たちが、心置きなく過ごせるように平和をのぞんでいた。


 しかしアングルイアは豹変してしまう。神々の戦争に巻き込まれ、子供たちがみな死んでしまったからだ。


「消えろ消えろ……ことごとく浄滅せよ、生ある者ども。我の嚇怒かくどに焼き尽くされるがいい」


 いずことも知れない深淵のふちにて。アングルイアが呪いを吐いていた。

 その表情は憤怒――を通り越し、なんの色にも染まっていない。鉄の仮面ですら、もっと表情豊かだろう。


 アングルイアが明後日の方角に首を向け、闇に閉ざされた向こうを見透かす。

 外の世界では、いまだ戦乱がつづいているのだろう。飽きもせず、血で血を洗っているのだ。


「なぜ理解できぬ? どうして忘れる? 我が子らのこともそうやって、うすぎたない手にかけたのか?」


 アングルイアが虚空へと手を伸ばす。なにをつかむこともなく、すり抜けた。


 生き甲斐をなくした彼女は、すべての生命を憎むようになった。彼女の子供たちが死んでもなお、のうのうと呼吸している事実が許せなかったのだ。


「嗚呼、臭い臭い……鼻をつまもうと、生の匂いがただよってくる……鼓動をきざんで、あまつさえうごめいてみせるなど……かような不自然があろうか? 死滅の砂漠こそが、この世界にふさわしいというのに」


 だからアングルイアは最後の子供――レーヴァフォンを作り上げた。愛情の対象ではなく、すべてを滅する兵器として。

 いかに神といえど、無から有を生み出すことはできない。数多の生物を混ぜ合わせ、新たな生命レーヴァフォンを孕んだ。


 アングルイアが腹の中で脈打つ胎児レーヴァフォンに呼びかける。


「我は汝を愛さぬ。命ずることはひとつ――本能誓約プライマリ・ゲッシュのおもむくまま、目に映るすべてを灰燼と化せ」


 誕生する前からレーヴァフォンの運命はさだまっていた。


「我は汝の製造たんじょうに全霊をそそごう」


 アングルイアは自分自身の命さえ、レーヴァフォンを産むための材料とした。彼女の身体が溶けて胎盤に収束していく。


「我は汝にあらんかぎりの力を与え、しかし心は与えぬ。なにも知らぬ白痴のまま……機械のごとく、死を振りまくがいい」


 それがアングルイアの末期の言葉だった。

 心を与えないこと、それだけが兵器むすこへの贈り物――愛情の残滓だったのかもしれない。


 アングルイアの死後、球状の胎盤が中空に浮かび上がる。


 羊膜を突き破って赤子レーヴァフォンが産声をあげた。己に課された運命も、いまだ知らず。


          ★ ★ ★


 結局、レーヴァフォンは世界を破滅させた。母にのぞまれた通り。


 しかしアングルイアの目論見からはずれたこともある。アカメの契約神、生前のローゲラと友情を育んだことだ。

 ローゲラとの交流によってレーヴァフォンは心を得た。

 それが幸運だったのかは微妙なところ。殺した相手をいたむことができるようになってしまったのだから。


 アングルイアがレーヴァフォンの肉体の親だとすれば、ローゲラはレーヴァフォンの精神の親といえる。


 ――アカメは一部始終をレーヴァフォンの影から俯瞰していた。まるで亡霊のようだ。


 彼のたどった過酷な道に、アカメは心を痛めずにはいられない。実家に居場所がなかったくらいで、暗い影を落としていた自分が情けなくなるほどだ。

 今世レイヴンの今後に幸多からんことを願ってやまない。


 しかし彼に文句をつけてやりたくもあった。


「先輩、なんで黙っていたのですか? 拙者の契約神ローゲラさまと親しかったことを」


 アカメはそう問いかけていた。これは自分の夢の世界だ。本人に届くことはない。

 過去の出来事への干渉も不可能だ。指をくわえるのがせいぜい。


「それがたまらなく悔しいのです!」


 レーヴァフォンの思考と感情が流れこんでくるせいで、手に取るように分かる。

 彼は誰かと触れ合いたくてたまらない。自分の力で誰かを守ってあげたいのだ、と。


 しかし彼はあきらめてしまっている。自分は傷付けることしかできないと思いこんで、なによりの望みに背を向けているのだ。


 彼のフザけた振る舞いはその裏返し。高望みをするな、と自分自身に言い聞かせている。


「拙者の心にはズケズケ踏みこんでくるくせ! ご自身のことを語ろうとしない! 拙者はそれほど頼りないのですか!?」


 レイヴンはアカメに親身に接している。

 もし、その理由がローゲラへの義理立てにすぎず、付属品アカメに思うところがないとすれば――


「嫉妬で憤死しそうなのです! ぜったいに振り向かせてやるのです! 前世の思い出を塗り替えるくらい! 幸せにしてあげるのです!」


 アカメは咆哮した。特定の二名へと決意をたたきつける。


「先輩、首を洗って待っていやがれなのです! ローゲラ様、いかに我が主神といえど……これだけは譲りません! 先輩は拙者のものなのです!」


 アカメにはローゲラの本心が分かる。生前に――いや、今も彼をどう想っているのか察しがついた。

 もっともローゲラに性別は存在しないのだが……ともあれ、アカメと同じ気持ちだろう。


「敵に塩を送るとは……余裕のおつもりですか、ローゲラ様?」


 アカメにローゲラとの意志疎通はできない。


 しかし、ローゲラが自分とレイヴンを運命共同体にした意図について、アカメは本能的にさとっていた。


「こうして先輩の過去を見せて――心身の密接なつながりを作ることで、拙者の力をより高めよ、と仰せなのでしょう?」


 レイヴンと接続したことで、概念という実体のない対象への攻撃方法を、アカメは感覚的にまなべた。

 この気付きを突き詰めていけば、アカメの能力は飛躍的に向上する。


「後悔しても知りませんよ、ローゲラ様?」


 アカメは身の内におさまる神霊へと告げた。


 もう朝が近いのか、アカメの意識が浮上していく。


「そうと決まれば鍛錬あるのみ!」


 アカメは気炎を吐いて頭上に手をかざした。


 目覚めの最中、アカメはある懸念に思い至る。


「もしかして……拙者が先輩の夢を見ているということは……先輩も拙者の夢を見ているのでは!?」


 レイヴンも同じパターンをたどっているとすれば……赤裸々どころの話ではない。アカメの心を直接のぞいているにひとしい。


 アカメはおもわず絶叫――しようとして思いとどまる。


「まあ、先輩にだったら……いいのです」

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