第13話 渇望

 俺とアカメは教師から呼び出しを喰らう。


 連れてこられたのは校舎に併設された塔――生徒指導の間だ。反省室とも言う。悪さをしでかした生徒を閉じ込めておくための施設だ。

 ちなみに俺は複数、反省させられた経験がある。その内装は勝手知ったるものだ。


 俺はなにをされるのかと戦々恐々としていた。

 ここまで連れてきた教師が、あの細面――平民を目の敵にする男だったからだ。


 事件について、どんな難癖をつけられるか知れたものではない。そう身構える俺の、しかし予想に反して――


「まずは、これまでの非礼をわびさせてほしい」


 なんと細面が開口一番、頭をさげてきたではないか。


 驚天動地の事態を前に、俺はあんぐりと口を開ける。


「なあ、アカメ……これ夢じゃないよな? 俺のほっぺたをつねってみてくれね?」


 当意即妙、隣の席のアカメが俺の横顔に肘打ちをブチ込んできた。


「あっ、ぅだべぇ!? 誰が殴れって言ったんだよ!?」

「フン、知りません!」


 アカメがつっけんどんに返してきた。

 ……こいつ、さっきから調子がおかしいな? まともに俺を見ようともしない。


 石牢の片隅、テーブルをはさんだ向かいにて。細面が俺を見据え、おもむろに口を開く。


「自分は貴公ら平民クラスをあなどっていた……いざという時、強者にすがりつくことしかできない腰抜けの集まりだと」


 細面が自嘲するように笑い声をひびかせる。


「ふっ、はは……勘違いもはなはだしい。実際はどうだ? 自分は教師でありながら貴公ら生徒に助けられた。死の恐怖がせまるなか、自分を見捨てることなく撤退する平民クラスの姿には、たしかな勇気が宿っていた」


 平民だからと色眼鏡で見ていた己を恥じる、と細面が語った。


 俺は細面を見直さざる得ない。プライドが高いからこそ、自分のあやまちを素直に認める度量は……教師にふさわしいと思ったからだ。


 細面が咳払いをひとつ、本題に入る。


「わざわざ反省室までご足労願ったのは……貴公らに罰を与えるためではない。自分が聞きたいことはひとつ――生徒会の不審な動きについて、だ」


 俺とアカメは同時に表情を引き締める。

 どうやら教師陣のほうでも生徒会長の計画について情報をつかんでいるらしい。


 細面が顔の前で腕を組む。


「ここ数ヶ月、黙示獣の死骸が学園内に持ちこまれている」


 細面いわく、その数たるや尋常ではないらしい。王都以外の各地から運びこまれている。俺たちが遠征で討伐した個体も、のちほど回収されたのだとか。


「すべて生徒会――というか、生徒会長の命令で行われていることだ」


 そこまで分かっていながら、教師陣は手出しできないらしい。細面の顔にかげりがさす。


「近々、生徒会長は校内改革に乗り出す。死骸の収集はその布石だ……根回しは済んでいる。学園の運営元――上層部は彼女の行為を黙認している。現場の教師陣では歯向かえん」


 生徒会長の目的は、教師陣にも秘密にされているらしい。

 そこまでの強権を振るえているとなれば……生徒会長の実家――王国有数の大貴族の威光が働いているにちがいない。


 俺は細面に問いを投げる。


「生徒会長がなに企んでるにせよ、ロクなことにはならない――そう直感したからこそ、先生は俺たちを密談にさそったんスか?」


 細面が俺にうなづく。


「そうだ……貴公らは事件の直前、生徒会ともめていたそうだな? それを咎めるつもりはないが……貴公らだけが、知り得た情報があるのではないかね?」


 そう問われ、俺は押し黙る。この教師にどこまで打ち明けていいものか。


 アカメがテーブルの下で俺の手をにぎってくる。


「先輩」


 その意図を察し、俺はアカメの手を握り返す。


「ん、そうだな……イチかバチか、話してもいいかもな」


 俺は細面に情報を明かしていく。アカメの契約神がローゲラであること。近々、王都が壊滅するかもしれない未来を視たこと。

 俺の前世や運命共同体については伏せておいた。


 さすがの細面もおどろいていた。手の甲で顎につたった冷や汗をぬぐう。


「よもや、そこまでの大事件とはな……すぐにでも国王陛下に奏上たてまつりたい――ところだが、ローゲラ神の予言というのがネックになる」


 やはり、ローゲラが関与しているというだけで信じてもらえなくなるようだ。


 細面がテーブルに手をついて立ち上がる。


「話は以上だ。協力に感謝する……自分なりにやれるだけの対策をしてみよう。貴公らも用心しておきたまえ」


 俺とアカメは細面に見送られ、塔をあとにした。


 この対話がどのような影響を及ぼすか、未来は依然として不透明だ。

 しかし細面の言葉が偽りだったとは思えない。良い方向に転がることを願わずにいられなかった。


          ★ ★ ★


 生徒会長が行方をくらませてから数日……細面の教師がほうぼうを駆け回っても、彼女の痕跡すら見つからないらしい。

 ともあれ、学園はひと時の平和に包まれていた。


 夜も更けた頃合い、アカメ・トゥケルアートは女子寮内の自室にて、毛布にくるまっていた。


「アカメちゃん、相談したいことって?」


 ベッドの向かい、クラスメイト――おさげ髪が問いかけてきた。イスに折り目正しく腰かけている。


「自室まで連れてきたってことは……あんま大っぴらにしたくない話なんでしょ?」


 レイヴンのクラスメイト――オルレックスがおさげ髪の質問を補足してきた。こちらは学習机の上であぐらをかいている。


 アカメの招いた客人だ。あの事件をきっかけに、彼女らと親しく話すようになった。


 友人がふたりもできたことは記念すべき偉業ではあるものの……アカメは目下、悩みを抱えているのだ。


 アカメはボソボソと心のシコリについて打ち明けていく。


「最近、拙者の体調がかんばしくないのです」


 おさげ髪がギョッと目をむく。


「え!? だったらお医者さまに診てもらわないと!?」


 おさげ髪の食い気味の提案に、アカメは首を横に振る


「診断の結果は、健康そのもの――だったのに時おり、動悸が止まらなくなるのです」


 オルレックスが頷きながら口を開く。


「ほうほう、なるほど……で、アカメちゃん? 具体的には、どんな時に心臓がバクバクするの?」


 アカメはオルレックスに即答する。


「レン先輩と一緒にいる時だけなのです」

「……ふーん?」


 オルレックスがピクリと片眉をはね上げた。


 アカメはションボリとうなだれる。


「拙者は風邪を引いたこともない……こんな症状は初めてなのです。未知の難病にかかってしまったのでしょうか?」

「プッ、アハハ!」


 こちらの深刻さとは裏腹に、オルレックスが腹を抱えだしたではないか!


「お、オルレックス先輩……笑っては失礼ですよ」


 おさげ髪がオルレックスをたしなめた。しかし、その口元をおさえているのはなぜなのか?


 アカメは目をとがらせて抗議する。


「ふたりとも! 拙者は真剣なのですよ!?」


 ひとしきり笑ったあと、オルレックスが語りかけてくる。なぜか子供に言い聞かせるような口調だった。


「ごめんごめん……うん、そうだね! ある意味、ビョーキかも!」


 おさげ髪がオルレックスと意味深にアイコンタクトをはかる。


「それもとびきり厄介で! 素敵な!」


 アカメはベッドから跳び起きて、ふたりに迫る。


「この病気についてご存じなので!?」


 オルレックスが自分の胸をたたく。


「くわしいってわけじゃないけど……病名と治療法はなんとなく、ね」


 おさげ髪がアカメに近寄って耳打ちする。


「いい、アカメちゃん? あなたは今、恋の病にかかってるんだよ?」

「は!? こ、恋!?」


 アカメが反射的に聞き返した。おさげ髪とオルレックスを交互に見返す。


 ふたりとも生暖かい目をしていた。


「これが……恋なのです!?」


 アカメはうつむいて胸中に問いかけた。

 指摘されてみれば……レイヴンのことが気になってしょうがない。油断すると、彼のことばかり考えていた。


 そう自覚すると同時、思い起こされるのはレイヴンに喧嘩を売った夜のこと。

 自分は卑猥なセリフを口走りまくっていたのではなかろうか?

 当時は意識していなかったので、気にも留めなかった。


 しかし今になって強烈な羞恥心におそわれてしまう。


「死ね、拙者! 死んでしまえ、なのですぅーっ!」


 アカメは再びベッドに舞い戻った。ボフリと顔面を枕にたたきつける。


 にぎやかすような声が、頭上からとどく。


「こんな可愛い子に想われるなんて……あのバカも果報者だねえ」

「ねえ、オルレックス先輩? パジャマパーティはこの辺にしときましょう? アカメちゃんには頭を整理する必要があると思いませんか?」

「そうだね。オレらはお邪魔かな」


 ごゆっくりと言い残し、ふたりが退出していく。


 アカメは挨拶する余裕もなく、ベッドの上でジタバタしつづけた。


          ★ ★ ★


 ようやく落ち着いてきた頃には、ロウソクの火が役目を終えていた。


 暗闇の中、アカメは手探りで窓辺に歩み寄る。

 窓の向こうを見上げた。照明が消えたからか、空の星屑がクッキリと浮かんでいた。


 アカメは苦笑をきんじえない。


「恋愛脳がとまらない……先輩とふたりきり、どこかの野原に寝そべって星空を見上げたいなんて……」


 レイヴンは今頃なにをしているだろうか? 今後どう接すればいいのだろう?

 この想いに気付いた以上、もとの関係にもどれそうもない。彼の仕草ひとつに過剰反応してしまいそうだ。


「レイブン先輩……裏表がないのに、よく分からないひと」


 アカメは窓に手を当てた。窓の外側に彼の姿を幻視する。ガラス越しなので、たがいの手が重なり合ってくれない。


「先輩は、前世の業に苦しんでらっしゃる……過去を払拭できていない」


 アカメが窓ガラスから手を離すと……手形がベッタリと張りついていた。


「どうにかしてあげたいのです」


 アカメはハカマの袖で手形をぬぐいとった。


「先輩をひとりにはさせない……そのためには、もっと強くならなければ……」


 アカメの脳裏によみがえるのは、遠征のひと幕だ。


 レイヴンは日頃、平々凡々としている。特徴のない顔立ちだ。


 しかし、ひとたび前世に回帰するや、次元のちがう存在に成ってしまう。

 前世レーヴァフォンの肉体美は黄金比のよう。岩を削りだしたような筋肉をまといながら絶妙の均整がとれている。

 没個性とは真逆……真紅の長髪をなびかせる偉丈夫だ。端正な顔立ちは、いかなる彫刻家にも再現できまい。


「べつに拙者は面食いではないのですけれども!」


 本人がいるわけでもないのに、アカメは言い訳をまくし立てた。


「強く! なによりも強く!」


 アカメは渇望を声にあらわした。

 そうしないとレイヴンが遠くに行ってしまいそうな気がしたから。


 本人から語り聞かされたわけではないが……彼は途方もない孤独をかかえている。

 容易に踏み込んではならない心の奈落――彼をしばる過去だ。


 その傷を癒すためには、隣へと並び立つには資格ちからがいるのだ。

 いまのアカメはレイヴンの足枷でしかない。生徒会長を取り逃がしてしまった時もそうだった。


 レイヴンひとりなら死骸の群れを一蹴できていたはずなのだから。概念すら焼くという究極の焔をもってすれば、死骸を修復させる余地など残すまい。


 あの時レイヴンが権能を使わなかった理由は、隣に自分がいたからだ。彼は周囲を巻きこんでしまうのを恐れていたに違いない。


「~~っ!」


 アカメは己の不甲斐なさに眩暈めまいを覚えた。

 寝床について興奮をしずめる。まぶたを閉じても目が冴えたまま。


 悪戦苦闘の末、アカメの意識はたゆたい、どこか別の世界に運ばれていく――。

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