第12話 悪評の払拭

 俺たちが勇み足で居住区に帰還した矢先、


「――ひっ!」


 逃げまどう生徒たちと遭遇した。


「黙示獣がどうして!?」

「どこから湧いてきたんだ!?」


 彼らが指差す先、異形の怪物が暴れていた。操られた黙示獣の死骸である。


 生徒たちは為すすべなく蹂躙されていた。実戦経験のない一年はおろか、対抗しうる二年と三年までも。

 人は想定外の事態に弱い。安全圏だと思っていた場所に攻めこまれては本来のポテンシャルを発揮できないものだ。


 無力なだけなら、まだマシだ。心ない貴族クラスの生徒などは――


「へ、平民ども! 我らの肉壁となれ! 能なしの貴様らといえど、時間稼ぎくらいはできるだろう!?」


 平民の生徒を盾にしようとする始末。


 なかには迎撃しようと試みる者もいたけれど――


「な、なんだコイツら!?」

「何度も立ち上がってきやがって! 倒しても倒してもキリがない!」


 死骸ゆえのタフネスに圧倒されていた。


 俺は渋面を浮かべる。


「生徒会長の奴! どうしても俺たちに会いたくないみたいだな!」


 アカメが憤懣やるかたなさそうに奥歯をかみしめる。


「時間稼ぎの足止めで、ここまでやるのですか!? ほかの生徒を巻きこむなんて!」


 立ち向かう気概のある人数が少ない。このままでは押し切られる。


「先輩!」

「あいよ!」


 俺たちは即座に加勢した。あわや、踏み潰されかけていた生徒を救い出し、背にかばう。息を合わせて死骸にいどみかかった。


 俺たちが死骸の身体を破壊しようと無駄だ。操る本人にたちまち修復されてしまう。

 そのせいで死骸の数がいっこうに減らない。


 しかし俺たちには前回の経験がある。敵の攻撃パターンをつかんでいるのだ。

 そのおかげで、どうにか持ちこたえられている。


 俺たちと肩を並べて戦う生徒の隙をつき、死骸が大技をブチ込もうとしていた。


「油断するな、なのです!」


 アカメがそこに割って入り、死骸の攻撃を中断させる。


「あ、ああ……すまない!」


 アカメにドヤされ、その生徒があぜんとしていた。仕切り直しとばかり、武器を構えなおす。


 こちらは疲労が蓄積していくばかりなのに、歩く屍アンデッド軍団は延々と健在のまま。分の悪い戦況がつづいていく。


 しかし、あるタイミングを境に死骸がパタリと停止した。前回のように足元の影に呑まれて姿を隠してしまう。


 これが意味することはひとつ――


「生徒会長はもう逃げちまった……俺たちの足止めにここまでするのか!」


 俺の呟きに、アカメが頷く。


「彼女は用心深い御方なのです。やみくもに行方を追っても徒労に終わる……拙者たちの手が届かないところにいらっしゃるのでしょう」


 はからずも、俺たちのため息が重なった。


 これは敗北だ。問い詰める間もなく、生徒会長にトンズラされてしまった。極めつけは、死骸軍団への対抗策を見つけられていないこと。


 いずれ、俺たちは生徒会長との直接対決にのぞまねばならない。

 その際、生徒会長が実力行使に出る――死骸の群れを差し向けてくる可能性が高い。

 いざ三度目の戦闘になったとして、次も切り抜けられる保証はないのだ。今回は見逃されたようなもの。


 俺の胸に、苦い余韻が尾を引いていた。


 さいわいにして俺とアカメが息を合わせた甲斐もあり、死傷者はいない。

 嵐のような危機がこつ然と消えたことで、生徒たちが夢から覚めたような表情になる。


「お、終わったのか……?」

黙示獣アイツらはどこに……?」


 キョロキョロとして身の安全を実感できたのか、生徒たちがその場にくずおれる。


「ハア……助かった!」

「人生の終わりなんて呆気ないモンかと思ったけど……おたがい悪運だけは強いな?」


 生徒たちが歓喜を爆発させる。無事を祝して抱きしめ合う者もいた。


 ひとまず事なきを得た――というわけにもいかない。

 安心したことで、頭が回ってきたらしく……生徒たちが相談しはじめたからだ。

 すなわち理不尽の原因はなんだったのかについて。


「にしても……黙示獣はどっから侵入してきたんだろうな?」

「もしかして……誰かが手引きしたんじゃないの!?」


 生徒たちの思考が不自然の究明に向かっていく。


「そうかもね。結界をやぶるほどの大軍――大進軍スタンピードの兆候が確認されたのなら事前に警鐘が鳴るはずだし」

「犯人がいるとすれば――」


 場の視線がアカメに集中してしまう。日頃の素行の悪さゆえか、犯人と決めつけられかけていた。


「…………」


 アカメが弁明することなく、うつむく。

 彼女は自分が周囲からどう思われているのか承知している。だから誤解をとこうとしても無駄とあきらめているのだろう。


 生徒たちの陰口がエスカレートしていく。


「アイツならやりかねないよ!」

「黙示獣にうろたえるアタシらを見て、嘲笑ってたってワケ?」

「……ホント、イヤな子」


 彼らがアカメを視線の槍衾やりぶすまにした。アカメに守られていたはずなのに。


 あんまりな仕打ちではないか。俺はアカメの弁護をしようとする。俺みたいな落ちこぼれの言葉が彼らに届くかはわからないが……。


「ん?」


 俺が口を開こうとする直前、奇妙な人影をとらえた。アカメに気遣わしげな視線を向ける女子がいたのだ。


「ちょっと待ってろ」


 俺はアカメにそう言い置いて、そちらに歩を進める。場の隅っこで縮こまる女子と対面した。


「君……一年生だよな? ちょっといいか?」


 その女子――おさげ髪の生徒がビクビクしながら頷きを返してきた。


          ★ ★ ★


 俺とおさげ髪は場所を移す。騒動から離れ、落ち着いて話ができる距離をとった。


「君はなんでアカメを見てたんだ? ほかの生徒とは様子がちがったみたいだけど?」


 俺の単刀直入な問いかけに、おさげ髪がおずおずと語りだす。


「わ、わたしはトゥケルアートさんのクラスメイトなんです」


 いわく、おさげ髪は以前、アカメに助けられたことがあるのだとか。


「わたし、ドンくさいので……イジメのターゲットにされかけたんです」


 入学して間もなく、おさげ髪はクラスの女子にからまれた。貴族の恥さらしなどと罵倒されたのだとか。

 おさげ髪は気弱なので反論もできずにいた。


 そこに助け船を出したのがアカメだったという。


「トゥケルアートさんは力づくで彼女たちを追い払ってくださいました……わたしに感謝も要求せず」


 アカメらしい振る舞いだな。「お前のためじゃない。たんに自分がイジメっ子にムカついたからだ」とでも、おさげ髪に言ったのだろう。

 照れ隠しか、恩着せがましくならないようにしてか。


 おさげ髪がアカメのいる方角を一瞥する。


「それだけじゃありません。あえて挑発的な言葉を投げつけることで、トゥケルアートさんはイジメっ子たちの反感を買ってくれたんです……標的をわたしからご自分にそらすため」


 イジメっ子たちは陰険な手口を使ってアカメをおとしめた。

 ありもしない悪評をバラまかれ、アカメに対する周囲の誤解が生まれた。


 おさげ髪が力なく肩を落とす。


「わたしのせいで、トゥケルアートさんはクラスの鼻つまみ者になってしまいました……」


 自責の念にかられてか、おさげ髪が制服のそでをつかむ。


「トゥケルアートさんは、あらぬ風聞に苦しめられています……たったいまも」


 話している内、感情がこみあげてきたのか、おさげ髪がポロポロと泣き出す。


「それなのに、わたしは! トゥケルアートさんをかばってあげられない! 人前で堂々と話すのが怖いから! 最低の恩知らずなんです!」


 俺はおさげ髪の肩に手を置いた。しっかりと目を合わせてさとす。


「やったことのない行為に挑戦するのは勇気がいるよな? ビビって足がすくんじまうのも分かる――けどさ、それはアカメだっておなじなんだぜ?」


 おさげ髪がハッと顔をあげた。


 俺はおさげ髪に微笑みかける。


「君の目には無敵に見えてるのかもだけどな……アカメもひとりの人間、弱さを抱えてるんだよ」


 苦しみ泣いて、迷って戸惑う。俺はそんなアカメの姿を見てきた。狂犬なんかではない。


 俺はイタズラっぽく片目をつぶる。


「アカメの奴……ああ見えて、さびしがりなんだ。友達になってやってくれないか?」

「……わたしなんかが……迷惑なのでは?」


 おさげ髪が遠慮がちに聞き返してきた。


 俺はそれを杞憂だと笑い飛ばす。


「ないない! アカメはメチャクチャいい子なんだよ……それは君も分かってるだろ?」


 俺の念押しに、おさげ髪がコクンとうなづく。


「『自分なんかに近づかれたら迷惑』――相手アカメだってそう思ってる……たがいにビクビクしてちゃ一歩も進展しないわけよ」


 俺は踵を返した。背後のおさげ髪に声援を送る。


「ってわけで、まず俺が手本を見せるわ! あとにつづいてくれたら助かる!」


          ★ ★ ★


 アカメ・トゥケルアートは針のむしろにさらされていた。


「…………」


 アカメは身をすくませた。自分に非難の眼差しが殺到している。


「ねえ、聞いた? アカメのヤツ、用務員に暴力を振るっていたらしいよ?」

「マジ!? ……サイテー! 腹の虫が悪かったのか、寡黙なのがシャクにさわったのか分かんないけどさあ! 降神術者が常人におそいかかるのは……いくらなんでもヒドくない!?」

「しかも止めようとした生徒会までコテンパンにしたらしいよ!」


 誤解がひとり歩きして爆発しそうになっている。

 どうすればいいのか、アカメには皆目見当もつかなかった。


 これも自業自得か、となかばあきらめている。これまで好き勝手に暴れ回ったツケ、生徒たちの糾弾を受けるべきかもしれない。


 せきを切ったように、生徒たちがアカメに詰め寄ってくる、


「――おいおい、おだやかじゃないねー!」


 その機先を制し、レイヴン――破壊神の前世を持つという少年――が場に割って入る。


 レイヴンが身振り手振りをまじえ、生徒たちに訴えかける。


「みんな、ちゃんと目に焼き付けたはずだろ! アカメが必死でみんなを守ったのを!  アカメのおかげで誰も死ななかった! 自分自身の目を信じろ! 信憑性のないウワサにまどわされんな!」


 しかし彼の説得もむなしく、生徒たちの顔は険しいままだ。

 レイヴンは学園いちの落ちこぼれと評判だ。日頃の素行も相まって、発言の信憑性にとぼしいのだろう。


 矢面に立った代償に、レイヴンまでも糾弾の対象にされかけている。

 レイヴンの気遣いがうれしい反面、アカメは申し訳なくなった。


 フザけた態度ばかり目につくけれど……彼はまっすぐな性根の持ち主なのだ。余人のおよばない秘密――前世の業をかかえている。

 意外と打たれ弱い面があることも知っているのだ。

 巻きこんで……これ以上、彼に負担をかけたくなかった。


 自分なんて見捨てて放っておいてほしい。アカメがレイヴンをそう突き放そうとした時、


「――オレも同感だ!」


 とある人影がレイヴンのそばに並び立った。


 レイヴンのクラスメイトである。たしか名前はオルレックスだったか。用務員の暴行事件を知らせてくれた女子生徒だ。


「アカメちゃんが用務員さんを暴行したって? ――とんでもない! むしろ逆だよ! 暴行されてた用務員さんを助けてあげてたんだ! オレは一部始終をこの目で確認した!」


 オルレックスが緊張した面持ちで声を張り上げた。

 生徒会の蛮行を止めるのを、彼女はアカメたちに任せっきりにしたわけではない。コッソリあとを尾けてきたようだ。


 さらなる加勢が登場する。


「み、みなさん……どうか落ち着いてください!」


 おさげ髪の少女が駆け寄ってくる。小柄な肉体で精一杯、アカメを背にかばった。

 以前、イジメから助けたクラスメイトである。


「とぅ、トゥケルアートさんは……みなさんが思っているようなかたではありません! 以前、わたしをたすけてくださいました!」


 おさげ髪は人見知りだったはず。全身をふるわせながらアカメを弁護してくれた。


 あちこちから擁護の声があがったことで、生徒たちの空気が変わる。怒りに困惑が混じった。


 生徒たちの輪を抜けて、アカメの側に立つ者も現れる。


「たしかに……俺は彼女にたすけられた。風評通りの人物とは思えない」


 先ほど共闘した生徒である。神妙な顔つきでアカメに頭をさげた。


「いままで誤解していて、すまなかった」


 どう反応していいか分からず、アカメは口をモゴモゴさせる。


「い、いえ……その……」


 他者から忌避されたり責められたりするのには慣れていたが……いざ温かく迎えられると居心地わるくなってしまう。浮き足立つ思いも、否めないが。


 おさげ髪がこちらを振り返る。


「トゥケルア――いえ、アカメちゃん」


 おさげ髪が大きく深呼吸、ひと息にまくしたててくる。


「ずっと言いたかったのに、言えなかった――助けてくれてありがとう! よ、よければ……わ、わたしと友達になってください!」


 アカメは瞠目する。ずっと欲しかったもの、長年の求めてきた縁が……たった今、目の前にある。意図せず寄越されてしまった。


 こちらが黙っているのを拒絶と受け取ったのか、おさげ髪がアタフタする。


「や、やっぱり……わたしなんかじゃイヤ? そうだよね、迷惑だよね!? ごめんなさい、調子に乗り――」


 アカメはおさげ髪の手を握りしめる。


「……そんなことないのです。拙者なぞでよければ……末永くよろしくお願いするのです!」


 おさげ髪がキョトンとなり、すぐに破顔した。


「やった! はじめてのお友達! 近いうち一緒に遊びに行こうね、グフフ!」


 おさげ髪が小躍りしそうに足を弾ませた。なにやら低い声を出して喜びをかみしめている。


 アカメはされるがまま、腕をブンブン振り回される。


「よかったじゃんか!」


 レイヴンが近寄ってきて、こちらの頭をポンポンとたたく。


 アカメの胸は喜びで張り裂けそうだった。

 こんな気持ちに浸れたのも、すべて彼のおかげだ。そう認識した途端、否応なく――


「例の未来を乗り越えた先にも、お前の人生はつづくんだ。楽しみは多い方が――って、お前どうした?」


 レイヴンがそばにいると、顔が火照ってくるのを自覚した。アカメはとっさに顔をそむける。

 当然、レイヴンにいぶかしがられてしまった。


 アカメは急に走り出してしまいたくなる。


 しかし幸か不幸か、気をまぎらわせることができた。

 学園で起こった異常事態を察知し、ようやく教師が駆けつけたからだ。


「……話を聞かせてもらえないだろうか?」


 そうたずねてきたのは細面の教師――以前、遠征の引率をこなした教師だった。

 この細面は平民を嫌悪していた。

 そのはずなのに彼の表情がやわらいでいる。平民レイヴンを見る目に敬意が宿っているような気がした。

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