第11話 生徒会

 俺たちに倉庫の位置を特定された以上、連中も二度と利用しないだろう。

 べつの保管場所――学園の外、王都のどこかに死骸を運搬しはじめるかもしれない。


 そうなれば俺たちは手詰まりだ。だからべつのアプローチをする必要がある。


 さいわい、覆面たちの正体に近付く方法に心当たりがあった。とある事柄を思い出したのだ。


 俺がなぜ倉庫の掃除をしなければならなかったのか? クラスメイトが貴族クラスの生徒にからまれ、雑用を押しつけられていたからだ。

 そもそも貴族かれらに雑用を命じた相手こそ、倉庫が汚れていることを知っていた人物――すなわち覆面たちにつながる存在だ。


 だから俺はその線を当たることにした。翌日の放課後のことである。

 現校舎の隣に、高級宿屋ホテルめいた建物がある。貴族クラスのみが利用できる社交場ラウンジだ。


 俺はそのドアをくぐる。


 俺が玄関ロビーに足を踏み入れた途端、貴族生徒の視線が殺到する。

 部外者おれの闖入を快く思わないようで、ツマミ出そうと動き出す――寸前、隣にアカメがいると気付き、あわてて踏みとどまった。


 アカメがいかに恐れられているか、うかがいしれるというもの。


 俺たちは吹き抜けのシャンデリアの真下を通過し、階段をのぼっていく。


「はじめて入ったけどさ……すげー待遇だな。高そうな調度品が散りばめられてるし、絨毯じゅうたんなんか靴ごと呑みこんじまうほどフカフカじゃんか」


 俺はあちこち見渡しながら呟いた。


 アカメがつまらなそうに鼻を鳴らす。


「虚飾の砦なのです。本来、学生にこんな施設は必要ありません……ここに入り浸る生徒は惰弱なのです。家柄のよさにかまけて日がな飲んだくれ……そのくせ野心だけは人一倍、始末に負えないのです」


 情けないとばかり、アカメが周囲を威圧していた。


 気持ちは分からないでもないが……そんな振る舞いをしていると、また誤解されてしまう。俺はアカメを一瞥し、なんとも言えない表情をつくった。


 俺たちは二階廊下の突き当たり、一階を見渡せる客席に到達する。

 そこに座る連中こそ、お目当て――俺のクラスメイトに雑用を押しつけた奴らだ。


 俺は気さくに彼らへと手をあげる。


「こんちゃ! 邪魔して悪いね!」

「な――貴様、どの面さげて!」


 着席した連中のひとりが俺を見て、いまいましそうに顔をゆがめた。

 以前、俺におそいかかってきた貴族クラスの二年生――横恋慕のオールバックである。


 俺に負けたことで、彼は顔に泥をぬられた。その腹いせに俺のクラスメイトに雑用を押しつけたのだ。やることがみみっちいというか……。


 オールバックの剣幕にかまわず、俺はにこやかに用件を告げる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」


 オールバックがそっぽをむく。


「貴様と話すことなど何もない!」


 俺はお気楽な調子で食い下がる。


「ツレないこと言うなって! 一緒に汗を流した仲だろ?」


 俺は思い出したようにオールバックの同席相手に視線を移す。


「そうだ! あんたのお友達にも聞かせてやろうぜ? 俺とあんたのアツい時間について!」


 いかにして俺に敗北したのか、その詳細を吹聴しようか? そんな意図をこめた言外の脅しである。


「や、やめろ!」


 オールバックが気色ばんだ。イスを引いて立ち上がる。恥の上塗りはしたくないようだ。


 俺はオールバックに肉薄した。ひるんだ隙を逃さず、たたみかける。


「あんたが打ち明けてくれるまで俺は付きまとうぜ? 逆にメンドいだろ? ……大丈夫だって! 話はすぐ済むさ!」


 アカメが俺に加勢してくれる。無言でオールバックを凝視していた。


 俺だけでなくアカメにも詰め寄られ、オールバックの表情が青ざめる。


「なにが聞きたいんだ!? さっさと帰ってくれ!」


 観念したとばかり、オールバックがイスに座り直した。背もたれに身体をあずけ、顎で俺の質問をうながす。


 俺はオールバックに問う――「そもそも、お前に倉庫の清掃を命じたのは誰か」と。


「うぐ……そ、それは……っ!」


 オールバックが声を詰まらせる。困っているところを見るに、権力をもった相手なのだろう。俺たちにゲロったのがバレたらマズいようだ。

 それなら、はじめから自分で掃除すればよかったものを……横着な男だ。かえって面倒ごとを引き寄せてしまっている。


 彼の不幸に同情するアカメではない。カタナを具現化し、オールバックに突きつける。


「先輩、拙者とその人物……どちらが恐ろしいのです?」


 オールバックが降参したように手をあげる。


「わ、分かった! 正直に話す……生徒会だ!」


 冷や汗でオールバックの胸元がビチョビチョだった。ウソをついているようには見えない。

 オールバックは痴情のもつれからトラブルを起こした。その罰として生徒会に清掃を命じられたのかもしれない。


 アカメが俺と視線を交錯させる。


「なんと……!?」

「候補から除外していた連中の仕業かよ!?」


 俺は驚愕を顔に出した。


 アカメは生徒会の一員である。当然、メンバーの権能についても把握していた。

 彼女いわく、死骸を操る能力を持った人物はいない。だから犯人ではないと踏んでいたのだが……。


「もういいだろ!? さっさと立ち去りたまえ!」


 オールバックがしっしと手を振ってくる。


 俺とアカメは踵を返した。

 道中、情報を整理していく。


「アカメ、もっかい思い出してくれ! 覆面たちの使った能力、ホントに見覚えのある特徴はなかったか!?」

「……申し訳ないのです。炎や雷を操るたぐいの降神術はメジャー……該当者が多すぎてしぼりこめないのです」


 俺に問い詰められ、アカメが力なくかぶりを振った。


「死骸を操る奴については!? 生徒会長あたりがそうなんじゃないのか!?」


 俺は問いを重ねた。


 今代の生徒会長は歴代トップをうたわれている。生徒の中では学園最強と評判だった。


 アカメがまたもや首を横に振る。


「いいえ、ちがうのです……拙者はいちど生徒会長に喧嘩を吹っかけ、返り討ちにされたことがあります……当然、その権能を目撃しております。彼女の能力は、影を実体化させて操るものでした」


 俺は首をひねる。


「……釈然としないな。一見、闇をつかさどる権能――死骸とは無関係にも見えるけどさ……状況証拠がある以上、あやしいのはたしかだ」


 俺たちはラウンジを抜け出した。その足で生徒会室に向かおうとする、


「――おい、レン!」


 間際、横合いから声をかけられた。


 振り返った先、俺のクラスメイトが駆け寄ってくる。


 以前、俺に助けをもとめてきた女子生徒――オルレックスだ。スカートが性に合わないのか、男子の制服を身につけている。

 凛々しく整った顔立ちなので、男装の麗人といった風貌だった。いつもクラスの女子から黄色い視線を浴びている。


 この展開、既視感があるな。思い起こせば……オルレックスに呼ばれたのをきっかけに、俺は一連の事件に巻きこまれた。


 俺はおそるおそるオルレックスに質問する。


「なんだよ、またトラブルか!?」


 よほど焦っているらしく、オルレックスがブンブンと首を縦に振る。


「用務員さんが……あのお爺さんが生徒会の連中に取り囲まれてる!」


          ★ ★ ★


 急報を受け、俺たちは一路ひた走る。


 この降神術学園は森林を切り拓いて作られた。人工物の密集する居住区を離れると、手つかずの自然が顔を出すのだ。


 木々の合間、馬車道を抜けた先、こじんまりとした木造家屋ログハウスが見えた。

 用務員の寝起きする事務所である。


 ログハウスの手前、広場にて。生徒会の連中がひとりの老人を包囲していた。

 その老人は麻製のチュニックを着て、股引ももひきをはく――動きやすい服装をしている。用務員というよりは森番のような印象だった。


 痛めつけられたのか、爺さんがうずくまって声にならない声をあげている。


 生徒会の役員がさらに暴行をふるう、


「――お前ら、なにしてんだ!」


 その手を、俺は強引に押し止めた。


 アカメが役員たちを爺さんから引きはがす。


「先輩がた……相応の覚悟があって、このような蛮行に及んでいるのですよね?」


 アカメから殺気を飛ばされ、役員たちがたじろいだ。


「貴様ら……またしても……!」


 もはや正体を隠す気もないのか、役員たちがいまいましげな視線をぶつけてきた。


「アカメ・トゥケルアート、貴君も生徒会の一員ならば! 立場をわきまえたまえ!」

「これは正当な公務である! 日頃の公務をおこたる貴君に、邪魔立てされるいわれはない!」


 役員の抗議に対し、アカメが目を据わらせる。


「はあ? よってたかって、ご老人をいたぶることに正当性があるとでも?」


 役員のひとりが爺さんを指さす。


「当然の報いだ!」


 そいつがせき込む爺さんに侮蔑の眼差しをそそぐ。


「そこの用務員は! 我らの崇高な使命をさまたげた! あろうことか、我らの行動を盗み見た挙げ句、外部にもらしたのだぞ!?」


 つまり調査の結果、「爺さんが俺たちに情報をバラした」と判明したので、その報復に出たわけか。

 バレるような手際の悪さが原因……自分たちのミスであろうに。


 いや、むしろだからこそか。ミスを認めたくないがあまり、腹いせしていたのだ。口では崇高と主張しようが……こいつらはくだらない連中である。


 役員が口々に爺さんを責め立てる。


「そうだ! 口がきけず耳も聞こえない……社会の落伍者の分際で!」

「弱者が路頭に迷うのは当然! なのに分不相応の幸運にめぐまれた! 学園に拾われた恩を忘れよって! この駄犬めが!」


 生徒会に所属するメンバーは、身分の貴賤を問わない。それが現会長の方針だ。

 この中には平民クラスの奴もいる。しかし同じ平民であるはずの爺さんを見下しきっていた。

 すっかり会長の思想に染まってしまったもよう。


 見ていて悲しくなるが……それ以上にフツフツとした怒りが、俺の腹をたぎらせる。


「お前ら、いい加減に――」

「ふざけるな、なのですッ!」


 俺が怒気をたたきこむより速く、アカメが役員に噛みついた。


「人にはそれぞれ出来ることと出来ないことがあるのです! たがいをカバーし合って! 弱者だろうと生を謳歌できるようにするのが社会の意義なのです!」


 アカメの剣幕に、役員が後ずさっていく。


「いまだ実現しえない理想だろうと……それを目指さずしてなんとするか! なにを企んでいるのか、存じませんが……其処許そこもとらの使命なんて薄っぺらい戯言なのです!」


 これ以上、言い訳をさえずれば切る――アカメの目がそう雄弁に告げていた。


「く、くそっ!」


 役員が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 俺たちはその背を追わず、爺さんの介抱を優先した。


「悪い、爺さん……俺たちのせいで……」


 俺はいたたまれなくなり、爺さんに頭をさげた。


「申し訳ないのです! 拙者にできる償いはなんでもするのです!」


 アカメがドゲザを敢行した。女の子が軽はずみになんでもするなんて言うな。爺さんには聞こえないけど。


 気にするな、と爺さんが手を振ってくる。

 その顔はケロっとしたもの。おもったより暴行のダメージは少ないようだ。

 過剰に痛がるフリをして役員の嗜虐心を満足させたのかもしれない。この爺さんも社会の辛酸をなめてきた身、したたかである。


 爺さんがログハウスに入るのを横目に、俺たちは来た道をもどっていく。


「こりゃいよいよ、連中の親玉を問い詰めてやらないとな?」

「応とも、なのです!」

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