第10話 不審な人影
王都が壊滅するかもしれない事件なんて、いち学生の手にあまる。
王国政府に通報すべきかとも考えたのだが……やめておいた。
情報源がローゲラだからだ。
なにせ、かつて神々をだまして快哉をあげた大罪人である。その悪評は千年を経た今、ひとり歩きしている。
ローゲラの予言というだけで信憑性が著しくさがってしまう。
ローゲラが虚偽の情報で王国政府をまどわせ、より凶悪な災いをもたらそうとしているのではないか、と。
俺たちが必死で訴えかけても、王国政府は取り合ってくれまい。
だから俺とアカメのふたりだけで解決しなければならない。早速、学園内の捜査に乗り出した。放課後に各所を駆け回って、異変をさぐっていく。
いくつかハズレを引いた先……聞き込みの成果が現れた。
「――ホントか、爺さん!?」
学園の端っこにポツンと建つ
「…………」
向かいの安楽椅子に腰かけた老人が、俺の表情をまじまじと見つめ、コクンとうなづいた。
この老人は用務員――学園内の施設を住みこみで管理している平民だ。職務上、学園の異変に敏感である。
だからこそ俺は用務員のもとをおとずれ、「最近、変わったことはないか?」と質問したのだ。
用務員の回答は
どうやら当たりを引けたようだ。俺はガッツポーズを決める。
「うし、一歩前進! 爺さん、くわしく教えてくれ!」
俺は筆記と手話を駆使し、用務員とコミュニケーションをとっていく。
この老人は
黙々と仕事をこなす姿を気味悪がる生徒もいるが……俺にとっては大事な友人である。
堅物そうな外見に反して、お茶目な爺さんであり……付き合ってみると楽しい相手だ。
「レン先輩、手話の心得があったのですね? 意外と多芸なのです」
アカメがあんぐりと口を開けていた。俺と爺さんのやり取りを邪魔しないよう脇に控えている。
俺はアカメを横目に一瞥する。
「勉強するのはメンドかったけどな。その甲斐もあったってモンだろ? ちゃんと向き合ってみないと、相手の人物像なんて分かんないしな」
色眼鏡で見るような真似は、俺の性に合わない。まして訳も分からないまま相手を傷付けるなんて……人間に生まれ変わった意味がなくなってしまう。
そんな生きかたはゴメンだ。
俺はひと通り、爺さんから事情を聞き終えた。アカメに向き直る。
「おっけ! 情報をバッチリ仕入れといたぞ!」
俺は学園の異変についてアカメに説明していく。
「爺さんによると……最近、夜中遅くに荷車が運ばれてくるそうだ。しかも運搬の人足は顔を隠していたらしい……みるからに怪しいだろ?」
アカメが俺に頷きを返す。
「荷車に積まれていたもの――なにを運んでいるのか気になるのです」
俺は当意即妙に爺さんを手で指し示す。
「だよな? 爺さんも不思議に思って、コッソリ荷台の中をのぞきこんだ――結果、とんでもない代物を目撃しちまったんだとよ!」
アカメがゴクリと唾を呑みこむ。
「それで……中身は?」
俺は声をひそめて答えを返す。
「
学園と黙示獣――本来、無関係なはずの点と点がつながった。
アカメが声をふるわせる。
「そんなものを一体、なんのために!?」
俺は腕を組んでため息をつく。
「さすがにそこまでは……爺さんもさぐれていないらしい。覆面の人足が何者か判明すりゃ、そこらへんもハッキリするんだろうけどな……学園の関係者であるのは間違いないにせよ」
「謎が謎を呼ぶのです……」
アカメが、小骨が喉につっかえたように釈然としない面持ちをしていた。
覆面の人足がなぜ学園に黙示獣の死骸を持ちこんでいるのか。その目的は不明だが……俺にはひとつ心当たりがあった。
「思い返せば、アレはそういうことだったんだろうな……」
思わせぶりな俺の発言に、アカメが耳をピクリとさせた。前のめりで俺に問う。
「なにか思い当たることでも?」
俺は意地悪く目を細める。
「おいおい、忘れたとは言わせないぞ? 満月の夜――お前に喧嘩を吹っかけられる直前のことだ」
アカメが気まずそうに俺から目をそらす。
「……うぅっ! あの時の拙者は、焦燥に駆られておりまして……」
彼女の心情は夢を通して体感している。これ以上、からかうのは酷か。俺は話を再開する。
「あの日、俺は雑用――倉庫の掃除を押しつけられてたんだよ」
倉庫内部の様相はスッカラカンだったが……獣の血がこびりつき、サビた匂いが充満していた。
「当時の俺は、家畜の死骸が保管されてたのかと思ったんだけどさ……おそらく黙示獣の死骸が詰めこまれてたんだろうぜ?」
肝心の死骸がどこに消えたのかは判然としないものの、次の手を打つための有力な手がかりだ。
俺の意図を察してか、アカメが手をあげる。
「とすれば、件の倉庫を夜通し見張ることで覆面の人足の正体を暴けるかもなのです!」
「徹夜で張りこみとか……ダルいなー」
俺の口から弱音がもれてしまった。気だるさをごまかすため、自己暗示をかけていく。
「逃げるな、
ブツブツ呟く俺を指差し、アカメがクスリと微笑する。
「ぷっ、あはは……いい加減なのか、責任感が強いのか、分からないのです!」
俺は恨みがましい視線をアカメに向ける。
「うるさいな。だれのためだと思ってんだよ」
「はいはい、分かっているのです! やる気のないアピールをしないと、やる気が出ないのですよね? 先輩はメンドくさい性格なのです!」
アカメが訳知り顔でそう告げてきた。
「……男のプライバシーを暴くの、やめろ」
図星をつかれ、俺はそっぽを向いてしまう。
俺の苦情もそっちのけ、アカメが爺さんのほうを振り向く。あらたまった風に
「お爺様、ご協力に感謝するのです……レン先輩とは親しいご様子。不束な
なにやら爺さんに余計なことを吹き込んだではないか。俺はギョッと目をむく。
「お前は俺のお袋か!?」
アカメが素知らぬ顔をしていた。
耳が不自由でもアカメの誠意が伝わったのだろう。信じられないものを見たとばかり、爺さんが顔をこわばらせる。
「…………」
この学園の貴族クラスの生徒は、無駄にプライドが高い。爺さんのことを路傍の石か、虫けらとでも見なしている。
だというのに、
しばしの硬直を経て……アカメがほかの貴族とは違うのだと呑みこめたのか、爺さんが愉快そうに相好をくずす。
爺さんが俺を手招きし、手話で質問を投げてきた。
その意味は「このお嬢さまはお前さんの恋人かい?」である。こちらをからかうように片眉をはね上げた。
俺はたまらず手を振って否定する。
「馬鹿、そんなんじゃないって!」
俺は手話で「アカメとはなんでもない。色々と込み入った事情があるだけ、詮索無用」と伝えた。
対して爺さんが「そういうことにしておこうか……ジジイがちょっかいを出すのも野暮だしな」と返答してきた。
この調子では、俺とアカメが恋仲だと信じて疑っていない。
爺さんが「こんな上玉、めったにいない。しっかり捕まえとけよ?」と言い出す始末。
俺は困り果てて嘆息する。
「……ったく、どいつもこいつもお節介を焼きやがって……」
人間となってから十六年、俺は深く付き合う相手を持たないようにしてきた。表面上は親しく接しようと……内面に踏みこまれることをおそれたからだ。
しかし、最近は具合がちがってきた。秘密を共有する相手ができたからだろうか?
心を丸裸にされるようで気恥ずかしかったが……悪い心地ではない。
「先輩、お爺様はなんと仰ったのです? なぜ顔を赤らめてらっしゃるので?」
「なんでもないよ。他愛のない雑談だ」
問い詰めてくるアカメをあしらい、俺は咳払いした。
★ ★ ★
それから数日、俺とアカメは夜を徹して例の倉庫を監視していた。
学園の敷地内、旧校舎に付設されているものだ。この一帯の施設は老朽化により放棄されている。日頃、誰もよりつかないので物を隠すにはちょうどいい。
この学園は歴史が長い分、だだっ広い。こうした死角は複数、存在する。
「……おい、なんか足元がグラついてないか?」
俺は隣のアカメの脇腹を小突き、苦言を呈した。
俺たちが立っているのは旧校舎の屋根である。足場が経年劣化した木製――ギィギィと軋むので落ち着かなかった。
アカメが指を突き立ててくる。
「こら、しずかにしてください……高所に陣取るのは兵法の初歩でしょう? 眼下を見渡せますし、角度的に下から見つかりにくいのです」
たしかに、相手からバレないよう倉庫を監視するにはこの位置が最適だ。
しかし俺の口から不満が止まらない。目の下にクマがバッチリ浮き出ている。
「気を抜くと足がフラつくんだよ。転倒の余波で屋根が倒壊したらどうするんだ? 睡眠不足はお肌の天敵だっていうのに……」
「なに、乙女みたいなことを仰ってるのですか?」
アカメに睨まれ、俺は口をふさがれてしまう。
今宵も他愛のないやり取りが延々とつづく、
「――来たのです!」
かと思われたのも束の間……眼下の路上に人影が現れた。
覆面をかぶった連中が、荷車を引いて倉庫に向かっていく。
「先輩、行きますよ!」
アカメがそう告げるや、屋根から飛び降りた。
俺もそのあとにつづく。
「「「……っ!?」」」
俺たちが眼前に降り立った途端、覆面たちが弾かれたようにたじろぐ。
「そこまでなのです、不審者ども! 全員、お縄につくのです!」
覆面たちが返事の代わり、それぞれ降神秘装を具現化する。問答無用で俺たちに襲いかかってきた。
俺は面食らってしまう。
「いや、判断はやくね!? 交渉の余地もなしか!?」
こいつらにそれだけ後ろ暗い事情があるのだろう。
アカメが両手を広げ、覆面たちを歓迎する。
「荒事は大歓迎! 拙者の
そのテンションについていけず、俺はアカメにジト目を向ける。
「なんで、そんな嬉しそうなんだよ?」
「なにを今さら尻ごんでらっしゃるのですか!? 悪者退治に切った張った……美味しいシチュエーションなのです!」
俺の胸中をよそに、戦端がひらかれた。
ある者は剣に炎をまとわせ、またある者は雷撃を投網のように発射する。敵の権能が夜の帳を派手に裂いた。
アカメが攻撃の合間を縫い、敵を翻弄していく。
隙をさらした者は容赦なくカタナで打ちのめされた。
「峰打ち――ですが、粉砕骨折は覚悟していただくのです!」
アカメがカタナの刀身を裏返して振り回す。
その剣さばきに反応もできず、地面に転がる敵が続出した。
俺も敵と応戦していく。
「シンドい――けど、任せっきりにしておけないよなッ!」
俺は神気による身体強化だけで敵の攻撃をかいくぐった。返す刀、組技を仕掛けて敵を無力化していく。
「なるべく早く降参してくれよ? な? 痛めつけられたくないだろ?」
敵の連携はそれなりに手慣れていたが……苦戦するほどでもない。
さしたる時間もかからぬ内、覆面たちが全員ぶっ倒れた。
アカメが両手をパンパン打ち合わせ、拍子抜けとばかり吐き捨てる。
「なんと歯ごたえのない……」
「いやいや、トラブルの難度は低ければ低いほどいいだろ……」
俺はアカメに突っ込んだ。
「ビンゴ! お目当てはこいつらで間違いないね」
俺が荷台に歩み寄り、その中身をあらためると……予想通り、黙示獣の死骸が積まれていた。
「こんなモン、何に使うんだか……」
普通、黙示獣の死骸をあつめるとすれば……研究目的が主だ。討伐の役に立つ情報を分析するため。
しかし今回、その可能性はない。研究資料として集めていたのであれば、コソコソする必要がないから。
俺は地面にうずくまる敵へと近付いていく。
「さて、そんじゃ……素顔を見せてもらおうか――」
俺がその覆面に手をかけた瞬間である。
「っ、な!?」
荷台の中身がモゾモゾと動き出した。死んだはずの黙示獣が一斉に動き出したではないか。
いずれの目からも光が失われたまま……歩く屍である。
アカメが腰を落とし、カタナの切っ先を屍に突きつける。
「これは……!?」
俺は彼女の隣で拳をかまえる。
「亡霊――なわけないか。非現実的すぎるし」
生身を無くした霊体が、単独で世界に影響を及ぼすことはありえない。神霊ですら人という器におさまらなければ、なんの力も発揮できないのだから。
とすれば、異常事態を説明しうる可能性はひとつ。
「何者かが、どっかから死骸を遠隔操作してる――戦争をつかさどる神と契約した降神術者の仕業だろうよ」
覆面の誰かではない。いずこからか、俺たちを監視している存在……おそらくは覆面たちのボスだろう。
死骸どもが俺たちにおどりかかってくる。その動きはマリオネットのようにぎこちない――が、覆面たち以上の脅威だ。
なにせ死んでいるから痛みを感じない。俺たちの反撃にものともしなかった。
俺たちは被弾前提の突撃に攻めあぐねてしまう。
関節をあらぬ方向に曲げることにも、本能的な忌避感を持たない。
俺たちは、生物では有り得ない挙動に不意を突かれダメージを喰らってしまう。
アカメがイヤそうに顔をしかめる。
「こやつら、気味が悪いのです! 戦っていて楽しくないのです!」
「同感……いや俺の場合、戦闘自体がメンドいんだけどさッ!」
俺は死骸の波状攻撃をしのぎながら叫んだ。
こちらが死骸を損壊させようと、さしたる効果はなかった。
影のような漆黒の糸が伸びてきて断面と断面を縫合――死骸を補修してしまう。死骸を操る張本人の仕業にちがいない。
倒せども倒せども敵の兵力が復活してしまう。俺たちの苦戦がいつまでも続く――かと思いきや、戦線がパタリと停止した。
俺たちが死骸の相手をしている隙、覆面たちが逃げ去っていた。
それを確認したあと、死骸が動かなくなり……足元の影に呑まれ、跡形もなく消え去ったのだ。
俺は舌打ちをひとつ、片足を地面にたたきつける。
「クソっ、してやられた! 時間稼ぎに付き合わされちまった!」
「まんまと逃げおおせやがったのです!」
アカメも苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
逃がした魚はデカい。しかしまったくの空振りでもなかった。
「あの覆面たち……たいして強くなかったよな?」
俺の確認に、アカメがうなづく。
「はい、生徒にしては腕が立つくらいのレベルだったのです!」
この学園に出入りできる、そこそこの実力者……数は限られてくる。さらに連中の目的もうっすら見えてきた。
俺たちは意見を突き合わせていく。
「連中、あやしげな研究をしてるわけじゃないな……死骸を集める行為そのものが、悪だくみの内容なんだろうぜ」
連中のボスは死骸を操ることができる。死骸を集めれば集めるほど手駒が増加するのだ。
「黙示獣の死骸は、人間のそれより強靭……うってつけの戦力というわけですね?」
「だな。それだけの兵力をそろえて、なにをたくらんでいるのやら……?」
「いずれにせよ、ロクな計画ではなさそうなのです」
アカメが暗い顔で呟いた。
そう遠くない未来、この学園は地獄と化す。
連中がなんのために死骸を暴れさせるのかは不明だが……なんとしても止めねばならない。
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