第16話 反乱勃発
それから数日、俺とアカメは生徒会長の監視に徹する。生徒会長が苦しまぎれの暴挙に出るのをふせぐためだ。
今のところ、生徒会長に不審な点はない。授業も受けず生徒会室にこもって日がな一日、会議しているだけ。
校内改革の実施をあきらめきれないようだが……王国政府のお達しがくだれば、それも水泡に帰す。
このまま事件が水面下で収束していくのだろう。俺はそう楽観していた。
放課後、校舎の棟と棟をつなぐ渡り廊下にて。
俺は気分転換にブラついていた。アカメと交代で見張りをこなしており、今はアカメが生徒会長を注視する番だ。
そこでクラスメイトのオルレックスとバッタリ出くわした。軽く雑談を交わす流れとなる。
オルレックスが俺を小突く。
「アンタ、授業サボってナニしてんだよ?」
俺はごまかすためオルレックスを茶化す。
「失敬な! 俺は重大な使命を抱えてるんだぞ! 人には打ち明けられない、秘匿性のきわめて高い奴だ!」
オルレックスが肩をすくめて俺の主張を聞き流す。
「はいはい、ゴクローサマ! ……ったく、一瞬だけ真面目になったかと思いきや……案の定、長続きしないのな?」
俺はそれとなくオルレックスに質問する。
「あっはっは! 裏で孤独な戦いを強いられる俺のぶんまで! お前らは表の世界でガンバりたまえ! しっかりと青春を謳歌するのじゃぞ……で、どうよ、最近は? 校内改革とやらの影響は出てんの?」
校内改革の中止は、いまだ学園内に布達されていない。王国政府が直々に判断をくだすまで、たしかなことは言えないからだ。
だから一般生徒には「生徒会長が新たなクラス分けの準備中」と認識されている。
俺は最近、クラスに顔を出していない。仲間たちがどうしているのか、気になっていた。
俺に問われ、オルレックスが浮かない顔になる。
「表面的には、あんまし――だけど、内部にいたら違和感に気付いちゃうね。すこしずつクラスの雰囲気がおかしくなってるよ」
「ほうほう! やっぱお前らには俺がついていてやらなきゃダメか!」
俺がおどけると、オルレックスがすかさずツッコんでくる。
「うっせ! ……なんていうか、みんな余所余所しくなってるんだよね」
生徒会長のかかげる実力主義、それがクラスメイトを若干ピリピリさせているのだとか。
「再編されるなら上位のクラスに行きたいだろ? 貴族クラスを出し抜いて日の目を見るチャンスだし」
オルレックスが淡々と語る。その目がどこかさびしそうだった。
「だから、みんな成績の向上に躍起になってる……よそ見をしてる暇はないって」
足の引っ張り合いまでは発展していないそうだが……たがいにたがいを探るような空気がクラスメイトの間で出来上がっているという。
一概に生徒会長を責められない、とオルレックスが告げた。
「これまでのオレら平民クラスはさ……真面目ぶっても、どこかであきらめてたんだよな。どうせ貴族クラスには勝てないって……慣れ合いに甘んじてたと指摘されれば、その通りかもしれない」
けど、とオルレックスがつづける。
「なんか、しっくりこない……」
生徒会長のせいで、クラスから賑やかさが失われつつあるらしい。
俺は平民クラスの雰囲気が好きだった。なんだかんだ愚痴を垂れながら、やることはしっかりやって、たがいのガンバりを称え合う。
俺はそれを傍から見守っていたかった。俺の聖域を土足で踏み荒らされた気分である。
「「…………」」
おたがい複雑な心境になって沈黙の帳がおりた。
「先輩!」
それを裂いて、第三者が駆け寄ってくる。生徒会長を監視していたはずのアカメだ。
息せき切った様子からして、ただごとではあるまい。俺は顔を引きしめる。
「どうした、なんかトラブルか?」
「トラブルどころじゃないのです! 学園全体が乱闘騒ぎなのです!」
★ ★ ★
俺はアカメに先導され、校舎に戻った。
直後、間断のない騒音に出迎えられる。
そこかしこ、廊下から教室……果てはトイレにいたるまで。生徒同士で戦闘が繰り広げられていた。降神秘装を具現化しているところを見るに、冗談では済まされない。
生徒たちはふたつの派閥に分かれて対立している。
片方は、正気の生徒。いきなり襲われたのだろう。あきらかに動転している。
もう片方は、生気のない生徒。こちらが攻撃をしかけた側だろう。無慈悲の暴威をバラまいていた。負傷しようと歩く屍のように動きを止めない。
トチ狂った側の目から光が失われていた。呼吸しているので死体というわけでもなさそうだが、あきらかに洗脳されている。
彼らの目を覚まさせてやりたいけれど……情報が足りない。洗脳を解く手段がわからない以上、正気の生徒の救助が先か。
「アカメ!」
「はいなのです!」
俺とアカメは同時に動き出した。洗脳された生徒に一撃あびせ、次々に昏倒させていく。
「ついてきてくれ!」
俺は正気の生徒たちをうながし、彼らを背にかばっての逃避行に移った。
どこか避難できる場所はないか、と校内を練り歩く。
あらたな区画にさしかかるたび、洗脳された生徒と遭遇してしまう。
俺たちは迎撃を余儀なくされた。
俺とアカメはともかく……同道する生徒たちの疲労が色濃くなりつつある。
ふたりだけでは戦線を持ちこたえさせられず、あわや瓦解する、
「――こっちだ!」
寸前、職員室の中から呼びかけられた。なにかと因縁のある教師、細面がこちらを手招きしている。その目から理性の光は失われていなかった。
俺とアカメは視線を交わし合う。ほかの生徒の背を押して一目散、職員室に飛びこんだ。
★ ★ ★
俺が以前アカメに語った通り、未来は変動する。枝分かれした可能性のひとつが選択されるまで、運命のゆらぎがあるのだ。
アカメは死の運命を脱した――と思いこんだだけ。いつわりの勝利にすぎなかった。
死の予言はいまだ健在。不確定な危機がさし迫っている。
職員室はいつにも増して、だだっぴろい広間と化していた。
机やら戸棚やらを窓や扉に押し当て、即席のバリケードにしているからだ。
くわえて降神術による結界も張り巡らせている。
洗脳された生徒が大挙しても、そう簡単には破れまい。
職員室の内部には俺たち以外の人影も多く見受けられた。別ルートで非難してきた者たちだろう。
そのひとり、おさげ髪がアカメの姿を見とがめて駆け寄ってくる。
「アカメちゃん!」
「ケガはないのです!?」
たがいの無事を祝し、アカメとおさげ髪が抱き合った。この様子では、すっかり仲良しになれたもよう。
「よっす! アンタ、マジでしぶといね!」
「それはこっちのセリフだよ!」
俺はオルレックスとハイタッチを交わした。
彼女とは渡り廊下で別れたキリだった。ちゃっかり、別ルートから避難できたのだろう。
心配していたものだから、俺は胸をなでおろす。
俺たちが輪になっていたところ、細面が遠慮がちに割りこんでくる。
「失礼、喜びを分かち合う心情は尊重したい――が、いまは事態の解決を優先させてほしい」
細面が咳払いする。
「順を追って説明しよう」
細面が語るところによると、この異変は生徒会長の仕業であるという。
「そりゃあ、そうでしょーね。ほかに怪しい候補もいないし」
俺は細面に相づちをうった。
細面がもっともらしく頷く。
「自分は校内改革について水面下で調べていた。信用のおける同僚と少数でね……この異変を引き起こした要因こそ、特別カリキュラムだろうと見ている」
「……っ!?」
その言葉を耳にして、俺は息を呑んだ。
俺とアカメは特別カリキュラムの様子を監視していた。とくに怪しい点は見当たらなかったはずだが……どうやら見落としがあったらしい。
細面が特別カリキュラムに隠された秘密を紐解いていく。
「特別カリキュラムの実施、その目的はふたつあった。ひとつは黙示獣の死骸を相手とする訓練……そして、もうひとつは『とある薬品』を参加者に服用させることだ」
細面が懐から現物を取り出した。
ガラスの小瓶におさまった液体である。内部に粒のような異物が混入していた。
特別カリキュラムの開始前、メガネたちが飲まされた物だろう。俺は呑気にも栄養剤だと思いこんでいた。
「この液体の中にふくまれる粒は……黙示獣の肉片だ」
細面が指差す先、粒が不気味にうごめいている。
「貴公らもご存知の通り、生徒会長には死骸を操る能力がある。たとえ肉片だろうとな……その応用として肉片を摂取した人間をも洗脳できるようだ」
「……そういうカラクリかよ!」
俺は気色ばんで吐き捨てた。
つまり、洗脳されているのは特別カリキュラムを受けていた者ということ。
まんまとしてやられた! 俺は歯噛みする。
仕込みはすでに終わっていた。生徒会長は、一歩も動かないまま生徒を洗脳して反乱を起こせたのだ。
むしろ俺たちの目を自分自身に釘付けにしていたのかもしれない。ようは囮だ。
「そ、んな……だったら彼はなんのために強くなろうとしていたの!?」
一連の会話を立ち聞きしてしまったのだろう。とある貴族の女子生徒が叫んだ。
いまにも卒倒しそうな彼女の顔に、俺は見覚えがあった。メガネの恋人だ。
メガネの恋人が悲壮な声音でまくし立てる。
「私は彼の感性を愛していた! 虫も殺せず、花を愛でるような……園芸について殿方と語り明かせたのなんて初めてだったのよ!」
メガネの恋人がハラハラと落涙する。
「意外と頼りになるところだってあった! 嵐がやってきたとき、彼はまっさきに花壇へと向かったの! 自分の身も省みず、花を守ってくれた! 私が大切に育ててきたのを知っていたから!」
メガネの恋人がふたりだけの思い出をブチまけていく。
「ムリに強くなろうとしなくていいと思った! けど、強くなろうとする彼の決意を否定したくなくて……私は特別カリキュラムへの参加を応援してしまった! 私が彼を悪夢に追いやったようなものじゃない!」
メガネの恋人がその場にくずおれてしまう。
今頃、メガネは生徒会長の傀儡と化して校内をさまよっているのだろう。悪夢の最中に置き去りにされたようなものか。
俺はカカトを叩きつける。力加減をあやまり、床を陥没させてしまった。
「人の願いをなんだと思ってる!」
成績の向上なんて口から出まかせ――いや、案外ウソをついたつもりはないかもな。
生徒会長に従う人形となれば……そいつは余計な思考に振り回されることなく、修練にはげむようになるだろうから。
結果的に以前より強くなれるかもしれない。そもそも強くなろうとした理由が抜け落ちたまま。
生徒会長は彼らの思いを踏みにじったのだ。
俺たちに追い詰められた結果……手駒を増産し、学園の制圧に乗り出した。
捕らえた相手もまた、傀儡にするつもりだろう。
学園全体を洗脳して手中におさめる。なぜ生徒会長がそんな野望を抱いているのか、うすうす察しはつく。
たったひとりでも自分に逆らう者がいる。その事実が許せないのだろう。
自分だけが絶対にただしく、他者はその理想を叶える歯車にすぎないと見なしている。
「アカメ……あの独善馬鹿女にケジメつけさせるぞ?」
俺の声に応じ、アカメが気炎を吐く。
「当然なのです! 一発ブン殴ってやらねば、気が済まないのです!」
このまま籠城していてもラチがあかない。こちらから打って出て、生徒会長のもとにたどり着かねばならない。生徒会長を倒せば、生徒の洗脳も解けるはずだ。
かくいうわけで、職員室に集った者たちは反撃に転じようとしている。
むろん全員ではなく、戦闘力と気骨を兼ね備えた有志だけでだ。
その中には細面やその同僚など教師陣、生徒からはオルレックスやおさげ髪などが含まれていた。
突撃の間際、俺はオルレックスに確認する。
「……いいのか? お前、緊張しいだろ? ムリに立ち向かわなくてもいいんだぞ?」
オルレックスはポテンシャルこそ高いものの……いざという時、カチコチになって本来のパフォーマンスを発揮できなくなる奴だ。
その本心とは裏腹、周囲の雰囲気に呑まれ、拒否しづらくなっているのかもしれない。
できない奴に無理強いするつもりはない。生徒会長と同レベルに堕ちてしまうから。
オルレックスがおもむろに目を閉じる。その顔がこわばっていた。
「……あんがと! その言葉で、逆に腹をくくったよ! アンタらだけ戦わせるわけにはいかないってね!」
目を開けた時、晴れ晴れとした表情になった。
「オレはさ……やらされてる感がイヤなんだよね。自分の意志で物事に取り組んでこそ、上達するし満足できるじゃん?」
オルレックスが俺の胸板をコンとたたく。頭を俺に預けてきた。
「だからオレは平民クラスのこと気に入ってたんだ。みんなと一緒に自分のペースで進んでいけるってさ」
オルレックスが俺のブレザーをつかむ。クシャリと生地がゆがんだ。
「生徒会長のやりかたは……そりゃ効率はいいかもしれないけど、それはホントの成長って言える? 危機感をあおられて顎で使われるなんて……学ぶ甲斐がないでしょ」
オルレックスが顔をあげた。気さくな彼女にしては珍しく、不快げに眉根をよせる。
「それどころか! 生徒会長のヤツ、オレらには自我すら不要だって! どんだけナメてんだよ! ここで意地を見せて! ひと泡ふかせてやらないと!」
オルレックスの決意は本物だ。止めるのは野暮か。
俺は相好をくずす。オルレックスの頭を、これでもかと撫でまわした。
「いつの間にか、立派に成長しちまって! 泣かせるじゃんか、このこの!」
途端、オルレックスが目を左右に泳がせる。か細い声で抗議してきた。
「ちょ……だからやめろって、
俺とオルレックスの様子を、アカメがまじまじと観察していた。歯ぎしりしているのはなぜだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます