第17話 反撃の嚆矢

 俺たち決死隊は職員室の扉から一斉に飛び出した。


 すかさず、洗脳された生徒たちがおそいかかってくる。


 俺は彼らにわびる。


「わるい! ちっとばかし痛くするぞ?」


 顎に打撃を喰らわせて気絶させたり、関節技で手足の骨を砕いたり……洗脳された生徒を無力化していく。


 彼らに罪はない。打ち倒すたび、俺は腕に残る感触に顔をしかめる。


「……気持ちのいいもんじゃないな」


 俺には洗脳を解除――体内に寄生した肉片を除去できない。


 彼らを退けるには、どうしても手荒くなってしまう。


「心配ご無用なのです!」


 そんな俺の懊悩を察してか、アカメがそう言った。快刀乱麻を断つように、カタナをかまえる。


「今こそ拙者の修行の成果――権能の発展形をお魅せしましょう!」


 アカメが洗脳された生徒にカタナを振り下ろす。峰打ちではなく、刃を向けていた。


 俺が制止する間もない。カタナが相手の肉体を切り裂く――ことなく、幻のようにすり抜ける。


 直後、切られた生徒が倒れこんでしまう。


 そのかたわら、黙示獣の肉片が転がっていた。アカメによって宿主から分離されたのだろう。


 アカメが肉片を踏みつけ、グリグリとすり潰した。


 俺はアカメに問いを投げる。


「これは……?」


 アカメが自慢げに鼻を鳴らす。


「これぞ概念に対する攻撃――先輩を手本にして習得したのです!」


 俺はハッと息をのむ。


「……そうか。相手を透視して、そいつの体内に渦巻く運命の糸を視れるようになったんだな?」


 あらゆる生命は、その誕生から死までを記録した端末――運命の糸を内包している。

 無数の因果の糸が複雑に絡み合って、血管のように張り巡らされているのだ。

 生物は、大小の因果が織り重なって成立している。いわば運命の毛織物だ。

 それら因果のひとつひとつを読み解くのは至難の業である。


 ご明察、とアカメがうなづく。


「狙った対象だけを切る――それが拙者の権能の真価なのです! 拙者は肉体を傷付けることなく、特定の糸を切断したのです! 洗脳された生徒と黙示獣の肉片をつなぐ糸――寄生された状態という因果を!」


 切断された運命は改変される。「洗脳された」という過去いんがをなかったことにしたのだ。

 この対概念斬撃ならば……肉体に害を及ぼすことなく、体内に寄生した肉片を除去――洗脳を解除できる。


 俺は舌を巻く。


「お前……いつの間にこんな芸当を?」


 権能の本来の持ち主ローゲラに及ばないまでも、劇的な成長を遂げている。


 その要因はなにかと俺が考えた時、脳裏に落雷のようなひらめきが走る。

 俺とアカメは運命共同体。だからお互いの過去を追体験しているのではないか?

 奇妙な夢を見ているのが、俺だけとは限らない。


 アカメも俺の過去をのぞいていた。前世の俺が振るう権能は、概念すら燃やす黒炎だ。

 俺と接続したことで、概念という実体のない対象への攻撃方法を、アカメは感覚的にまなべたのではなかろうか?


 俺は横目にアカメをにらむ。


「お前も見ちまったのか?」


 アカメが意味深な笑みをつくる。


「はい、それはもうバッチリと!」

「~~っ!?」


 俺は猛烈な羞恥心にかられ、髪をかき乱した。


「だぁー、もう! 文句を言うに言えない!」


 プライバシーの侵害はお互い様だ。俺だけがアカメを責める権利はない。

 俺はかぶりを振って気持ちを落ち着ける。


「切り替えろ、俺……アカメ、お前の権能ちからがあれば! 洗脳された連中をいたずらに傷付けないですむ! 頼りにしていいんだな!?」


 アカメがうれしそうに返事してくる。


「……っ、はい! 今の拙者であれば! 先輩の隣に並び立てるのです!」


 俺たちは駆け出し、立ちふさがる者をなぎ倒していった。


          ★ ★ ★


 散発的に襲来する傀儡生徒たちを、俺たちは各自で迎撃する。


 さすが教師というべきか、細面やその同僚の立ち回りは洗練されていた。傀儡生徒を寄せつけない。


 オルレックスやおさげ髪だって負けていない。目を見張るような奮戦が、周囲の士気をあげてくれた。


 生徒会長はまちがいなく学園の敷地内にいる。大量の傀儡を同時操作するには、距離の近い位置からでなければ不可能。いつぞやのように遠くへと雲隠れできない。

 そして、その居場所については見当がついている。


 俺たちはそこを目指していた。校舎のロビーを抜け、校庭に足を踏み入れた途端――


「こりゃまた盛大なお出迎えだねー!」


 俺は周囲を見渡して皮肉った。


 校庭が傀儡生徒であふれかえっている。整列して不気味な沈黙をたもっていた。


 細面がまなじりを吊り上げる。


「特別カリキュラムを受けた生徒の人数を超えている。これほどの頭数をそろえたとなれば……急がねばならんな」


 俺たちが職員室に籠城している内……生徒会長は正気の生徒を捕らえ、洗脳をすませたのだろう。そして差し向けてきたのが眼前の連中だ。


 まだ正気の者がどこかに隠れているかもしれない。生徒会長の手が、彼らに伸びるのは時間の問題だ。


 時間をかけるほど、生徒会長は兵力を増やせるというわけだ。


 その反面、俺たちは一刻も早く生徒会長を打倒しなければならない。


 細面が俺とアカメのほうを振り向く。


「学園の命運を貴公らにたくす! この場を自分たちに預けて、先に行け!」


 細面の命令に、アカメが舌をもつれさせながら反論する。


「お、お言葉ですがっ……多勢に無勢! 拙者と先輩なしで、この人数をさばけるのですか!?」


 案ずるな、と細面が告げる。


「たしかに、この人数を倒しきるのは不可能だろう――が、足止めくらいはしてみせよう。自分たちが持ちこたえている間に、貴公らが生徒会長を倒せば問題はない」


 俺とアカメは目を見合わせる。一刻を争う事態とはいえ、ほかの仲間を捨て駒にするのが、ためらわれたからだ。


 俺とアカメがモタついていると……細面がおもむろに語りかけてくる。


「貴公らは不死身の特性持ちを打倒してのけた。教師である自分さえ手に負えなかった黙示獣を、だ……学生レベルではありえん。察するに、貴公らには『何か』ある……そうだろう?」


 俺とアカメは言葉に詰まる。


「「…………」」


 細面が深々と頭をさげてくる。


「詮索するつもりはない……ただ、今はその力を頼みにさせてもらえないだろうか? どうか! 自分の代わりに! 生徒会長の目を覚まさせてやってほしい!」


 そうまでされては、俺も頷かざるを得ない。


「色々、たすかります……アカメ?」

「必ずや、ご期待に応えてみせるのです!」


 アカメも細面に了承した。


 俺とアカメは疾走を開始する。校庭を迂回する最中、傀儡生徒に追いすがられた。


 しかし俺たちは彼らに目もくれない。仲間たちが助けてくれると信じていたから。


「レン、アンタってばサボリ魔のくせに! いつも美味しいトコ持ってくよな!」


 オルレックスが合間に割りこんだ。俺たちをかばって傀儡生徒の前に立ちふさがる。降神秘装をひと振り、傀儡生徒をまとめて吹き飛ばした。


「アカメちゃん、無事に帰ってきてね! そして今度、おススメの喫茶店に行こう!」


 おさげ髪が権能を発動させ、傀儡生徒の足を縫い留めた。


「自分の目が青いうち! 彼らに指一本、触れさせると思うなッ!」


 細面が土の壁を隆起させていく。


「ひとりも逃がさん!」


 土の壁がまたたく間に広がっていき、校庭全体をかこむ檻となった。


 細面の権能は「土をあやつる」能力だ。校舎というせまい場所ならいざ知らず、校庭という開けた空間でこそ本領を発揮できる。


 傀儡生徒は土の檻に閉じこめられ、もう俺とアカメを追跡できない。


 しかしオルレックスや細面、おさげ髪など――ほかの仲間は檻の中にいる。彼らは逃げ場を失った状態で交戦を余儀なくされるのだ。


 俺とアカメは仲間の誠意に報いるべく、ひた走った。


          ★ ★ ★


 俺とアカメは森の奥深くに踏みこんでいた。実戦を模した修練場である。


 鬱蒼とした木々の切れ目――開けた広場にさしかかった。

 そこで黙示獣の死骸が待ち構えている。身じろぎもしないさまは、彫像のようだった。


 俺たちは死骸の群れと火花を散らしていく。


 死骸はどれも巨体である。だから攻撃範囲が広い。しかも動きが大雑把なので加減が効かない。


 土砂崩れのような暴威、その余波を受け、樹木が立て続けに倒壊していく。


「死骸が洗脳された連中と一緒に配備されてなくてよかったぜ!」


 俺は爪の振り下ろしを避けざま叫んだ。


 アカメが尻尾の殴打をかいくぐりつつ叫び返してくる。


「もし一緒に配備されていたら! 洗脳された者が死骸の攻撃に巻きこまれる――同士討ちになりますからね!」


 いつしか俺とアカメは背中合わせになっていた。


 死骸がその周囲をグルリとかこんでいる。


「手駒を使い潰すような真似はしない……さすがの生徒会長も最低限の倫理観くらいは持ち合わせているようなのです」


 アカメの言葉に、俺はふと疑問をいだいた。


 生徒会長の冷酷さを鑑みるに、傀儡生徒と黙示獣の死骸を別々に配備するなんて温情をかけるだろうか?

 以前、死骸を操って生徒を殺そうとしたのは故意じゃなかったようだし、その危険性を加味しての配慮かもしれないが……どうも俺のいだく生徒会長のイメージと食い違う。


 ともあれ、今は目先に集中すべきだ。俺は思考を切り替える。


 生徒会長のもとにたどり着くため、俺たちは死骸の群れを突破しなければならない。


 しかし数の多さに手間取らされていた。このままでは時間を浪費してしまう。


 その事実に気付いてか、アカメがおずおずと切り出してくる。


「先輩、権能を使ってください!」


 アカメの提案に、俺はギョッとなる。


「なに言ってんだ!? お前も巻き添えになっちまうぞ!?」


 俺は前世がえりすると見境がなくなる。アカメはその恐ろしさを味わっているはずなのに……。


「拙者が先輩を止めてみせるのです!」


 俺は首を横に振ろうとして……しかしアカメの眼光、その力強さに押しとどめられた。


「……っ! 信じるからな!」


 俺はイチジクを取り出してパクリとかじった。身にあまる量の神気を体内に吸収していく。


 俺は前世の姿に回帰した。ひと息のうち莫大な黒炎を生み出し、津波のように解き放った。


 死骸がことごとく黒炎に呑みこまれ、灰へと還っていく。もはや修復は不可能だ。


 問題はここから。俺の身体が振り返ってアカメに殴りかかる、


「――そこなのです!」


 より速く、アカメがカタナを振りぬいていた。斬撃の軌道が、俺の肉体を透過している。


 途端、制限時間がすぎるのを待たずして、俺の前世がえりが解除される。

 そのカラクリは単純明快、アカメが俺の運命を改変――因果の糸を切断し「前世がえりした」という事実かこをなかったことにしたのだ。


「ふぅぅ……キモが冷えた」


 俺は呼吸を繰り返した。


 矢も楯もたまらずといった風に、アカメが俺に抱きつく。


「白状すると……成功するか不安だったのです! あの時のトラウマがよみがえってきて怖かったのです!」


 アカメがポツポツと言葉をこぼす。


「先輩は化け物じゃない! 先輩の力は災厄なんかじゃないのです!」


 彼女の訴えが、俺を長年しばりつけてきた鎖を引きちぎろうとしていた。


「拙者がそばにいるのです! 先輩は誰かと触れ合ってもいい……きっと誰かを守れるのですから!」


 俺は……前世おれを認めてもいいのだろうか?

 俺の力を……肯定的に受け入れてもいいのだろうか?


 俺の固定観念は、永久凍土のように寒々しいものだった。

 それが今、揺らぎつつある。春を迎えるような雪解けのきざし。


 アカメの心臓が早鐘をうっている。その振動が俺をゆさぶっていた。

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