第18話 生徒会長

 俺たちは森林地帯――修練場を踏破した。


 その先に白亜の神殿が鎮座している。ふだんは立ち入り禁止の聖域だ。

 門戸が開かれる機会は年に一回。新入生が神霊と契約する――降霊術者の第一歩を踏み出す時のみ。


 生徒会長が身を隠すのにもってこいだ。


 この神殿は特殊な霊験を秘めている。ようするに、ここに陣取った降神術者はその力を高めることができるのだ。

 生徒会長が自分の権能を強化するのに、この神殿ほど適した場所はない。

 本来のパフォーマンスを超えて、大量の傀儡を遠隔操作できるのだから。


 神殿へと伸びる階段の手前に、複数の人影が立っている。


 見覚えのある顔ぶれだった。生徒会の役員である。いずれも生気のない肌をさらし、死んだ魚のような目で俺たちを見つめている。


「生徒会長は側近の部下までも洗脳したというのですか!?」


 アカメが嫌悪に顔をひきつらせた。


 俺は傀儡役員にあわれみの眼差しを向ける。


「さんざん尽くしてきたろうにな」


 結局、生徒会長は誰も信用していなかったのだろう。どれだけの手駒をしたがえようと、彼女のありようは孤独だ。


「生徒会長を止めないと……学園全体がうすら寒い景色に変わっちまう」

「なんとしても阻止するのです!」


 俺たちは一丸となって突撃した。傀儡役員が反応するより速く、ねじ伏せる。

 はかったようなタイミングで、傀儡役員が一斉に倒れ伏した。


 彼らを背に置き去り、俺たちは神殿の入り口に踏みいった。


 列柱の立ちならぶ最奥、祭壇の手前にて。生徒会長がひざまずいて祈りを唱えていた。

 その後ろ姿に後光が差している。神に選ばれた存在と言わんばかり。


 生徒会長が天を仰いだ。


 その視線の向かう先、蒼天が広がっている。吹き抜けの天井にふちどられており、窮屈そうだ。


 生徒会長がゆるりとこちらを振り返る。


「聞き分けのわるい子たちね? なぜ、わたくしの施しを受け取ろうとしないのかしら? どうして、わたくしの正しさが理解できないの?」


 生徒会長が柔和そうに目尻をさげていた。その口調は落ち着いていながら張りつめている。


 俺は生徒会長を視線で切りつける。


「洗脳が施しだって? ……たいした感性だな! イッペン辞書で調べてこい!」

「未来をより良い方向へと進めるためには、自由意志なんて不要だと気付いたまでのこと……だって、そうでしょう? 有史以来、神も人も争いを繰り返しているじゃない。意志が統一されていないからこそ、悲劇が起こるのよ?」


 生徒会長が朗々と声をひびかせる。


「この世界には、かわいそうな人があふれている。苦しみになげいて無力に怒って……わたくしの歯車となれば、彼らは昇華される。もう余計なことを考えずにすむの」


 アカメが生徒会長をまっすぐ見据えて吐き捨てる。


感情それを余計なものだと思っていないから、拙者たちはここまで来たのです!」


 生徒会長が困ったように髪を指でもてあそぶ。


「わたくしの理想に共感できないなんて……あなたたちも、かわいそうな人なのね? 安心なさい――すぐに目覚めさせてあげる!」


 生徒会長が降神秘装を具現化した。ツヤのない錫杖を握りしめる。


 生徒会長が錫杖をかかげるや、足元の影が広がっていく。


「戦争をつかさどる我が主神の権能、とくと味わいなさいな」


 影の平面が黙示獣の死骸をいくつも吐き出していく。


 死骸がほうぼうに散らばった。空間を埋め尽くすように俺たちへと飛びかかる。


 それに臆する俺たちではない。過去最高の連携力を発揮し、死骸の攻撃をはねのけていく。

 こういうのを極東の島国ではアウンの呼吸と言うのだったか。


歩く死骸アンデッド相手には! こうするのが手っ取り早いのです!」


 アカメが無数の斬閃をひらめかせる。死骸の内部に渦巻く運命の糸――「生徒会長に操られている」という因果を断ちきった。


 途端、死骸がバタリと転倒する。過去を改変ひていされた以上、死骸がひとりでに動く道理はない。


 生徒会長がわずかに眉根をよせる。


「やっかいな手品ね。死骸がわたくしの制御を離れた……どうやってか、わたくしの操作をキャンセルできるのかしら?」


 生徒会長が不動の死骸めがけて影を伸ばしていく。


「まあ、繰り糸をつなぎ直せばいいだけのことだけれど」


 影が糸のように不動の死骸へと絡みつく、


「――させないのです!」


 より速く、アカメが不動の死骸を細切れにした。


「一定以上、ちいさく刻めば! 死骸を修復できなくなるのは確認済みなのです!」


 バラバラの肉片はうごめくばかりで、集まって再生しようとはしない。


 生徒会長がひかえめに嘆息する。


「手を焼かせてくれるわね……わたくしの兵力を削いだつもり? 死骸のストックはまだまだあるのよ?」


 生徒会長の影から、死骸の第二波が繰り出される。


 腐りかけの爪牙がアカメへと殺到した。


「おいおい、俺のことをわすれてもらっちゃ困るな!」


 俺は彼女の前に立った。前世がえりを敢行し、黒炎で前方を薙ぎ払う。

 迫りくる死骸をのこらず消滅させた。


 間髪入れず、アカメが俺を人間の姿に戻す。


 俺の前世がえりは諸刃の剣だが……こうして運用すればリスクヘッジできる。


 生徒会長が不快げに胸をまさぐる。


「あなた、まともに戦えたの? つい先ほどの変身、なぜだかシャクにさわるわ」


 生徒会長が自分の影から、さらなる援軍を差し向けてきた。


 ――ほどなく、戦況が膠着こうちゃくする。


 どれだけため込んだのか。生徒会長が影に収納する死骸、その総数は無尽蔵であるかのようだった。

 倒しても倒しても湧いてくる。俺もアカメも疲労をたくわえていた。

 神殿の最奥、生徒会長を間合いにとらえるまでの道のりが遠い。


 しかし、消耗しているのは俺たちだけじゃなかった。

 生徒会長が錫杖を支えに立っている。


 死骸のストックに余裕があろうと、彼女自身の力は無限ではない。限界が近そうだ。


「本当に、いまいましい!」


 生徒会長が罵声をあびせてきた。もはや微笑をかなぐり捨てている。


「正しさを理解できない生徒たち、裏切者の教師陣……そして何より、わたくしに歯向かうあなたたち……だれもかれも、このわたくしをイラ立たせる! 黙して平伏なさい! わたくしこそが学園ルールだ!」


 生徒会長が錫杖の石突を床にたたきつけた。


 甲高い音が神殿内を反響していく。


 生徒会長が必死の形相で吠えてくる。


「この世界は平等ではない! 恵まれた人生を送る者もいれば! 生まれた時点でハンデを背負う者だっている! あなたたちは、それを理不尽に感じないの!?」


 彼女の言う通り……世の中、呑みこめないことも多い。平民クラスと貴族クラスの待遇差だってそうだ。

 俺がそれに納得しているかといえば、ウソになる。


「高貴のつとめを果たすこともなく、ふんぞり返る貴族たち! 無能な貴族の横暴に甘んじて、クダを巻くばかりの平民たち! そろいもそろって愚か者ばかり!」


 生徒会長なりに世のいびつさをなげいていることは伝わってきた。


「わたくしが導いてこそ、秩序への道が開かれる! ……なのに、どうして拒絶するの!? わたくしのなにが! 間違っているというのよッ!」


 しかし、彼女の計画には致命的な見落としがある。

 俺はそれを指摘してやらなければならない。


「そりゃ矛盾してるからだろ」

「……え?」


 生徒会長が、ほうけた顔で聞き返してきた。


 俺は生徒会長の心に言葉で切りこむ。


「あんたは知らないだろ? 校内改革とやらを始めてから……生徒みんなの笑顔がすくなくなっちまったのを……」


 生きる上で努力は大切だ。

 しかし、それは周囲に強制されて行うものではない。


 綺麗ごとかもしれないが……自発的に成長したくなる環境と仕組み作りが大事なのではなかろうか。

 たとえば気の置けない仲間だったり、わずかな成果でも認めてもらえる空気だったり……そういう形のないもの。


 生徒会長の理想が成就した暁には、ソレの生じる余地がなくなる。


「…………」


 俺の声に圧されたように、生徒会長がたじろいだ。


「理不尽や不平等なんて、ないに越したことはない――けどさ、それを払拭しようとするのは何のためだ? みんながすこやかに生きるためだろ?」


 俺のあとに続き、アカメが口を開く。


「それを忘れて身勝手な理想を押しつけるなど、愚の骨頂なのです!」

「分かるか? あんたの理想は前提から破綻してんだよ」


 俺は生徒会長へと一歩ずつ歩を進めていく。


「わ、わたくしは……」


 生徒会長が肩をふるわせていた。矛盾を突きつけられ、挙動不審になっている。


 俺の歩みをさまたげる存在はいない。死骸がオブジェのように停止していた。


「あんたの志を全否定はしないよ。俺だって現状に甘んじてたクチだしな。やりかたはどうあれ……あんたは、俺があきらめた事柄にいどんだ。その点は素直に尊敬するよ」


 生徒会長の敵意が霧散している。


 俺はついに生徒会長の眼前へ到着した。彼女の手を強引ににぎる。


「いったん考え直せ。あんたは性急すぎたんだよ。物事ってのは強引に推し進めようとしても、そのひずみが生じるもんだ」


 頭のいい連中は極論に走りがちだ、と前世の友ローゲラが語っていた。生徒会長はその典型だろう。


 生徒会長が俺の手を振りほどく気配はない。手元をまじまじと見つめていた。


「いつまでベタベタ触ってやがるのですか! この節操なし!」


 アカメが横合いから割りこんできた。チョップでペシリ、俺と生徒会長の握手をほどいてしまう。


「まったく、先輩はお人好しが過ぎるのです! 誰も彼もに親身に接して! ……油断も隙もない!」


 アカメが俺にブー垂れた。なぜ、こいつはいきなり不機嫌になったのだろう。


 俺は困惑気味に弁解する。


「べつにコナかけてたわけじゃないぞ!? 話し合いで解決できるならベストだろ!?」


 俺は生徒会長の横顔をうかがう。


 彼女は憑き物が落ちたように放心していた。


 この様子なら手荒な真似をする必要もない。俺は生徒会長にさとす。


「革命ゴッコはもうこりごりだろ? みんなの洗脳を解いてくれ」


 生徒会長がおそるおそる俺にうなづく、


「――よくも引っかき回してくれたな? 愚かで不出来な兵器むすこよ」


 その機先を制し、昏い声が神殿内をふるわせた。憎悪を煮詰めた末、虚無に達したかのような声音である。


 声の主は生徒会長――ではなく、彼女の内側からだ。

 当然、生徒会長の肉声ではない。本人も驚いている。


「この声……わたくしの中から響いて――」

「大儀である。我の隠れみのよ。用済みの役者にはご退場願おう」


 何者かがそう告げた瞬間、予想外だにしない事態が発生する。

 生徒会長の権能の一部、しもべであるはずの影が反旗をひるがえしたのだ。

 天幕のように覆いかぶさり、主人である生徒会長を呑みこんでしまう。


 立体的にふくれた影が、粘土のように蠕動ぜんどうしていた。


 やがて、影がひとつの形に収束する。

 その姿は、冷然たる美女だった。その肢体は男を骨抜き――どころか魂まで引きずり出すほど蠱惑的である。

 ウェーブがかった長髪、その色は真紅。宝石を梳かしたように煌いている。


 先ほどの声の主、美女が億劫おっくうそうに口を開く。


「くだらぬ理想に焦がれて狂った娘よ、汝に褒美を賜す……すべてにカタをつけたのち、我みずからの手で殺してやろう」


 俺は硬直していた。一連の急変に理解がおよばなかったからではない。美女が何者なのか、心当たりがあったからだ。

 直接の面識はない。俺が生まれる前に死んでいたから。

 しかし遠い昔……胎児だったころ、俺は美女に語りかけられた。


「……っ!? あ、貴方はまさか……!?」


 アカメが美女にカタナを突きつける。


「な、なにやつ!?」


 美女がカタナの切っ先を見据え、鼻で笑う。


「我が何者かだと? ……おかしなことを聞く。汝は地震や竜巻を指差して、その名を問うのかや? のう、ローゲラの下僕よ」


 アカメが顔を引きつらせる。


「なぜ……拙者の契約神の名を……?」


 美女がアカメの瞳をのぞきこむ。


「愚問よな。運命の糸を切るなどという権能を持つ者はローゲラのみ」


 俺の推測が当たっているのであれば……この美女がアカメの契約神を看破できたことにも納得がいく。

 なぜなら美女はローゲラと顔見知りであろうから。


 美女がひとつ頷く。


「よかろうさ。いまの我はすこぶる機嫌がいい……ようやく外に出てこれたのだからな」


 美女が世界をかき抱くかのように両手を広げる。


「この身はすでに厄災、破滅をもたらすだけの現象にすぎぬ――が、捨てた名であれば教えてやろうとも」


 美女が世界を押し潰すかのように両腕を胸の前で閉じた。


「地母神アングルイア、生命をつかさどる大神である」


 それは前世の俺レーヴァフォンを産んだ母の名前だった。

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