第9話 破壊神の権能
黙示獣は出現エリアに応じ、その強さが異なる。とりわけ厄介な個体は特性持ちと呼ばれるのだ。
特性持ちは強靭な肉体に加えて特異能力をも有している。
ライオン型の特性は『不死身』といったところか。特定の条件を踏まないと、殺すことができない。
細面の敗北した理由が判明した。何度殺しても復活されてしまい、スタミナが尽きたのだろう。
特性持ちは
千年ぶりの危機感が、俺の胸中をざわつかせる。増援が到着する可能性に賭けるより、自力で対処するほうがまだ分があった。
「しかたない……やるしかねーか」
リスキーな決断を迫られ、俺は目を閉じた。すぐに目を開けてアカメに怒鳴る。
「アカメ、俺は今から権能を使う! 全力で俺から離れろ!」
納得できないらしく、アカメが言い募ってくる。
「ど、どういうことなのです!? 拙者も手伝ったほうが――」
「
懇切丁寧に説明している暇はない。俺は一方的にまくしたてた。
いつになく切迫した俺に気圧されたのか、アカメがあわてて逃げ出していく。未練がましく振り返りながら。
俺はイチジクを取り出し、再びかじりついた。これでふた口め。俺は前世により近付いていく。
途端、全身の神気が爆ぜるように猛り狂った。
人間の身には過ぎたる力、俺は脂汗をかきながら体内をうずまく奔流を制御する。
一瞬のち、俺の肉体が変貌を遂げていた。肩幅が二回りもぶ厚くなり、手足がはちきれんばかりの筋肉に
短く切り上げた髪が伸び、炎のように波打つ蓬髪へ。
この姿こそ前世のもの。レーヴァフォンの再来だった。
降神術を扱う上で鉄則がひとつ。それは『暴走状態にならないよう注意せよ』ということ。
降神術者の力の源は、契約した神だ。契約神から神気をさずけられ、それをエネルギー源として権能を行使できる。
暴走状態とは、身の丈にあまる神気を引き出してしまい、降神術者が我を失って暴れ出した状態を指す。
降神術者の肉体を乗っ取る形で、契約した神の意識が表出するケースもあるという。
非常に危険な状態なのだが……俺の場合、勝手が違う。
なにせ、契約した神が俺自身なのだから。人格の変化は起こらない。
前世がえり――俺は疑似的な暴走状態をそう名付けた。
俺はライオン型を睨みつける。
「できれば、この手だけは使いたくなかったんだけどな……んじゃま、さっさと終わらせるぞ? お前を見てると、鏡をのぞいてるような気分になってくる」
たがいの格の差を悟ってか、ライオン型がジリジリと後ずさっていく。
黙示獣の中に、普通の生物のような情動は存在しないという。人類を滅ぼすためだけの兵器だから。
しかし、俺の強さは人形のような心にさえ生存本能をうずかせるらしい。
俺は瞬時に間合いを詰める。
ライオン型が泡を食っていた。こいつの目には、俺が空間転移したようにしか映らなかったろう。
俺は無造作にライオン型の喉首をつかみ、罪人のように吊り上げた。
ライオン型が必死で俺に爪を立てようとするも、俺の肌に痛痒も及ぼせない。
「せめて苦しまないよう逝かせてやる」
俺は自分の権能を発動させる。周囲に漆黒の炎が渦巻いた。
黒炎が影のようにゆらめく。その質感はのっぺりとしていながら重厚。
まるで夜を切り出したかのよう。光を一片までも呑みこむ絶威を秘めていた。
黒炎がライオン型を包みこむや、たちまち灰燼に変えてしまう。
特性による蘇生は不可能だ。俺のつかさどる火は、ただの燃焼現象ではない。概念すら燃やす究極の焔である。
俺は黒炎をかき消した。
大量の死灰が風に巻かれて霧散していく。
俺はそのさまを無機質な目で見送った。
前世がえりには制限時間がある。いずれ
それまでの間、人目につかない場所で時間をつぶさなければ――
「せ、先輩!?」
そんな目論見を嘲笑うように、アカメが姿をあらわした。いったんは引き下がったものの、気になって戻ってきてしまったのだろう。
俺はまなじりを吊り上げる。
「馬鹿! 逃げろ!」
しかしアカメが立ち去る気配はなかった。右手で口元を抑え、右手で俺を指差している。
「そのお姿……先輩は一体、何者――」
「いいから横に避けろ!」
俺は焦燥にかられて叫んだ。俺の意志とは無関係に、身体が動く――アカメを殺そうと。
「っ!?」
アカメが反射的にサイドステップした。
直後、俺の身体の拳がアカメの脇をかすめて地面に突きささる。
耳をつんざく爆裂音。打撃の威力に耐え切れず、地割れが発生した。
「先輩!? どうして――」
「次は回し蹴りが来るぞ! 地面に伏せろ!」
アカメが俺の指示にしたがった。
その頭上を俺の身体の蹴りが擦過する。
蹴りの延長線上に風圧が発生し、遠くの廃墟を横に両断した。
前世がえりのデメリット、それは
俺の中枢にきざまれた縛り――すなわち、すべてをほろぼすこと。
しかし前世がえり状態になれば、俺は母の操り人形になってしまう。
目の前にいる生物を殺さずにはいられないのだ。それはアカメも例外ではない。
理性でどうにかなるものではなかった。自分の身体が勝手に動くのは恐怖でしかない。
ましてアカメを殺してしまうかもしれないのであれば、なおさら。
前世の本能誓約に比べれば、その効果はだいぶ緩和されている。
口は自由に動かせるので、俺は必死でアカメに訴えかけた。
制御が効かないとはいえ、自分の身体が次にどんな挙動をするのかくらい分かる。それを事前に伝えれば、アカメでもギリギリ回避できるだろう。
アカメの未来予知では遅すぎる。俺の身体の速度についてこれまい。
死の瀬戸際を行き来するような局面がつづいた。
俺の身体の攻撃が直撃すれば、肉片さえ残るまい。アカメが神経をとがらせて避けていく。冷や汗を滝のように流していた。
俺はハラハラしながら見守ることしかできない。
どれだけの時間が経ったろう。気が遠くなるほど長かったようでいて、わずかな時間だったのかもしれない。
前世がえりの制限時間が過ぎた。俺は人間の姿にもどり、本能誓約から解放される。
俺は疲労感も忘れてアカメに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「ゼエハア……やっと終わった。生きた心地がしなかったのです」
アカメが肩で息をしていた。俺が元に戻って安堵したのか、その場にへたり込んでしまう。
「……悪い。ホントにごめん!」
俺は地面に頭をこすりつけてアカメに詫びた。
辺りはすっかり様変わりしている。俺の攻撃、その余波で地形が変化したのだ。
アカメはよくぞ生き延びてくれた。奇跡のような幸運だ。
彼女の生還によろこぶ反面、俺は暗澹たる思いを抱かずにいられない。自分がいまだ兵器なのだと思い知らされたから。
アカメがさぐるような声音で問いかけてくる。
「……事情を教えていただけますか?」
★ ★ ★
俺は自分の秘密――レーヴァフォンの転生体だという事実を打ち明けていく。
アカメが黙って耳をかたむけていた。最後まで聞き届けた後、小難しそうにうなる。
「……よくわからないお話なのです」
やはり転生という概念がピンとこないようで、アカメの口調がたどたどしい。
「レン先輩が、じつはあの破壊神レーヴァフォンで……レーヴァフォンだったからこそ、冗談みたいな力を振るえる……そういう解釈でいいのです?」
「ああ……そんなところだ」
俺はコクリと頷いた。
「俺はお前に約束した。『運命を変えてみせる』って……お笑いだよな? このザマなんだから……」
俺の口から乾いた笑いがもれる。
「はは、自己満足だって責めてもいいぜ? お前を救うことで、俺自身の宿命――ぬぐえない前世の業を乗り越えられるつもりでいたんだからさ……」
俺はフラリと立ち上がる。幽鬼のような足取りで歩き出した。
どこを目指しているのか、どこにたどり着くのかも不明なまま。
俺は白昼夢をさまようような感覚に陥っていた。自分と世界の境界があいまいになったかのよう。うわ言めいた呟きを吐き出す。
「だが、安心してくれ。俺は絶対に、お前の運命をくつがえしてみせる……その先に望んだ結果を得られなくても――」
「ひとりで行かせないのです!」
じんわりとした温もりが、俺の肌をつたう。アカメが俺を抱き留めていた
「前世がどうとか知ったことじゃないのです! 拙者が知っているのは
アカメの言葉が体内にしみこんでいく。おかげで俺という存在の輪郭がハッキリしてきた。
「フザけているようでいながら! 面倒見が良くて! 軽薄なくせに! 頼りになって! 拙者の心を土足で踏み荒らす! そんなズルい男が先輩なのです!」
「……俺が怖くないのか? あのレーヴァフォンだぞ? 世界を一度、滅ぼした化け物……秘密が公になったら、誰もがこぞって俺を殺したがるだろうよ」
俺はか細い声でアカメにたずねた。
アカメが強気に返事をしてくる。
「関係ないのです! 拙者の契約神がどなたか、お忘れですか? あのローゲラ様……最低の邪神と呼ばれる御方なのですから!」
「危険度でいえば、どっこいどっこいなのです! 拙者と先輩は似た者同士……抜け駆けも離脱も許さないのです!」
放すまいとしてか、アカメが俺を抱きしめる腕の力を強めた。
痛みが俺の麻痺した心に刺激を与えてくれた。悪夢から覚めるように、俺は我に返る。
俺はアカメを救ってやるつもりでいた。しかし実際はどうだ?
俺のほうがアカメに助けられる始末……だれかに励まされるなんて初めての経験だ。なんとも新鮮な心地――うれしくて、それ以上にくやしかった。イジけた思いが消し飛んでしまうほど。
俺はアカメの頭にポンと手を置く。
「……頭、冷えたわ。迷惑をかけちまったな」
アカメが名残惜しそうに俺を解放する。
いまだ不安そうな彼女へと、俺はニッコリ笑いかける。
「いやー、らしくもなく
俺は顔に手を当て、おおげさにたじろいでみせた。
次いで、アカメの背を押して帰路に向かう。
「さっさと帰ろうぜ! メシが待ってる! ウマいモン食えば、都合の悪いことは忘れられるだろ! さっきのことはノーカンでよろしく!」
アカメがジト目で苦笑する。
「立ち直って早々にこの太々しさ……釈然としないところもありますが、それでこそ先輩なのかもです!」
俺が一歩、踏み出した――直後、脳裏にフラッシュバックがはしる。
いつぞやと同じだ。視界が現実世界を置き去り、どこか彼方へと。
俺は未来の光景を断片的に見せつけられる。以前のようにアカメの死体をまざまざと。
しかし異なる点もあった。霧に隠されるようにあいまいだった背景――アカメの死亡現場が克明に映っている。
そこは――
「「降神術学園!?」」
俺とおなじものを目撃させられたのだろう。アカメと声が重なった。
視界が現実に戻るや否や、俺たちは目を見合わせる。
「見覚えのある建物が並んでたよな?」
「まちがいなく、拙者たちの通う学園なのです!」
知り得た情報はそれだけじゃない。ある生物の姿も確認できたのだ。
本来、あの場に存在してはならない怪物である。
「ちかい将来、黙示獣が学園に侵入するってのか!?」
俺は信じられないと吠えた。
アカメが顎に手を当て、しきりに首をひねる。
「いったい、どうやって……? 人類の生存圏には結界があるのです! 結界をやぶれるほどの大群が押し寄せるのでしょうか!?」
アカメの推察に、俺はかぶりを振る。
「それは考えづらくないか? 定期的な間引きをサボらない限り、黙示獣の
たしかに、とアカメが呟いた。
「ならば何者かが黙示獣の侵入を手引きした……人類の裏切者がいるのでしょうか!?」
決めつけるのは早計だが……その線が濃いな。俺はひとつ頷く。
「破滅願望を垂れ流すクソ野郎がいるって考えたくないけどさ……ともあれ、今後の方針は決まったな?」
「学園内を捜査するのですね? 不審な人物が目撃されたり、奇妙な出来事が起こったりしないか」
話がデカくなりそうな予感がした。あくまでアカメの死――個人にまつわる問題だと思っていたのだが……もしかすると王都の滅亡に関わってくるのかもしれない。
まさか破滅をもらたした俺が、破滅を未然にふせごうとしているなんて……人生は数奇で、分からないものである。
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