第8話 急転直下

 小休止を取った後、俺たちは行軍を再開した。あらかじめ決まった遠征ルートをたどる。

 このルートに出没する黙示獣は弱い個体ばかり。実戦の慣らしにはもってこいだ。


 黙示獣の群れにたびたび出くわす。


 しかし先ほどの二の舞とはならなかった。経験を重ねるうち、クラスメイトも自信をつけていったから。

 平民クラスといえど、修練を積んできたのだ。本来のパフォーマンスを発揮できれば、ここら一帯の黙示獣に後れを取ることはない。


 クラスメイトが普段の調子を取り戻しつつあった――けれど、アカメとの距離は空いたままだ。

 アカメがクラスの輪から離れたところを歩いている。


「レン先輩は混ざらなくてもいいのです?」


 アカメがボソリと話しかけてきた。


 俺もクラスの輪から外れ、アカメの隣に並んでいた。


「お仲間とワイワイ盛り上がっても構いませんよ? 周囲の警戒は拙者がやっておくのです」


 アカメの声音が固くなっている。どこかさびしそうに感じるのは、俺の錯覚だろうか?


 俺はつとめて明るい口調で答える。


「ツレないこと言うなよ? 俺はお前も仲間だと思ってんだぜ?」


 アカメが不意打ちされたように面食らった。かぶりを振って、鼻を鳴らす。


「ふっ、ご冗談を……拙者と先輩は一時的な協力関係にすぎないのです」


 言葉で拒絶しながらも、彼女の声が上擦っている。


「ムリしなくていいのです。拙者のように武骨で面白みのない女……だれも仲良くしたいなんて思わない……先輩だって、それが本音でしょう?」


 俺は躊躇なくアカメの言葉を否定する。


「いや? お前は十分、魅力的な女の子だと思うけどな? 見た目の話じゃないぞ? じゃじゃ馬に見えて誠実なとことか……不器用だけど、優しいとこも」


 アカメが愕然と目を見開く。


「~~っ!? 血迷ったのですか!? 拙者をおだててもメリットなんてないのです!」


 その耳がジンワリと赤みをおびてきた。


「お世辞じゃないって。お前は見境なく他者を攻撃するような奴じゃない。お前なりに節度を守ろうとしてる……短い付き合いだけど、そんくらい分かるさ」


 俺はおもむろに本題を打ち明ける。


「だからこそ、もったいないって思う……お前は他者をおもんぱかってやれる、手を差し伸べられる奴なのに……あんな言いかたしたら誤解されちまうぞ?」


 アカメがバツ悪そうに顔を伏せる。


「……先輩のように他者と信頼関係を築くなんて、拙者にはムリなのです。強くなることばかり追い求めてきたから……どうコミュニケーションをとればいいのか分からない……強さを発揮することでしか誰かの役に立てないのです」


 アカメがもらしたのは、かたくなな弱音だった。


 彼女の過去になにがあったのかは知らない。なにがしかの経験ゆえ「自分は誰にも必要とされない」と思いこんでしまっているのだろう。

 彼女は貴族令嬢だが、妾腹――浮気相手との間にできた子供だ。他国の血が混じっており、外見も周囲と異なる。純潔性を重んじる貴族社会では歓迎されない。

 正妻やその子供からよく思われていないだろうことは想像にかたくない。


 俺に詮索するつもりはないが……過去に引きずられている点はシンパシーを感じた。

 だからこそアカメには過去を払拭してほしいとも願う。


「あんま肩肘はるなよ? 人間は良かれ悪しかれ変化する……成長していけるんだ」


 俺はアカメに語りかけた。


「そう思いたがってるのは俺自身なのかもしれないけどな?」


 えらそうに言えた義理か、と俺は苦笑した。


 そうこうしている内、遠征の終点に到着する。前方、山脈と見まがう建物がそびえていた。

 神々の作った要塞である。山脈を丸ごと人工物に改装した代物だ。役目を終えてから千年を経た今も、在りし日の威容を残している。


 細面の教師が山脈要塞のふもとで立ち止まり、号令をかける。


「総員、傾注せよ……ここが今回の遠征の終点となる。貴公らがこの先のエリア、山脈要塞に進むのは自殺行為にひとしい。ここで折り返しとなるが……ゆめゆめ気を抜かないように」


 細面が義務的に告げ、来た道を引き返そうとした時、


「――っ!?」


 ややの遠間から強烈な眼光を浴びせられ、俺は息を呑んだ。


 一匹の黙示獣が山脈要塞の関門を破り、俺たちの視界に飛びこんでくる。

 そいつが大地を駆けめぐる。裾野をくだる速度は、彗星が降りそそぐさまを彷彿(ほうふつ)とさせるほどだ。

 またたく間、俺たちを目と鼻の先にとらえてしまう。


 ライオンに近い姿の黙示獣である。首周りのたてがみが逆立ち、周囲を圧していた。


 そいつの力量がビンビン肌に伝わってくる。この辺にいるはずのない強個体だ。

 本来はこの先のエリア、山脈要塞を根城にしていたのだろう。俺たちの気配を鋭敏に察知したようだ。


 細面が生徒をかばい、矢面に立つ。みずからの降神秘装を発現させ、その切っ先をライオン型の黙示獣に突きつけた。


「想定外の事態だ。貴公らでは荷が重い。退避したまえ。帰りの道順くらいは覚えているだろう?」


 細面が背後の生徒たちにそう言い放った。

 差別的な発言の目立つイヤな男だったが、生徒を守る――教師の義務を果たそうとしている。


 クラスメイトが加勢すべきか指示通り逃げるべきか、判断しあぐねていた。


「先輩がた、なにをしているのです! とっとと尻尾を巻くのです!」


 だから、アカメが彼らに怒号を飛ばした。


「この黙示獣は! とても手に負えません! 先生のご配慮を台無しにするおつもりですか!?」


 彼女の声にこもった迫真に背を押され、クラスメイトが一目散に逃げ出した。


          ★ ★ ★


「なあ、先生は無事だよな!?」

「大丈夫のはず! 教師の降神術は! 学生とはレベルがちがう!」

「あのセンコー、カッコつけやがって! もう陰口たたけなくなるじゃねえか!」


 逃走の最中、クラスメイトが口々に騒いでいる。内心の不安をごまかすためだろう。


「ねえ!? やっぱ戻って加勢したほうがいいんじゃないの!?」

「そうだ! 俺たちだってサポートくらいできるだろ!?」

「僕たちを見下す、いけ好かない教師の鼻を明かしてやりたいよね!?」


 極度の緊張ゆえか、混乱した内容を口走る者もいる。


 順路をさかのぼって半刻ほど。みな遮二無二、足を躍動させていたものの――


「ヒッ!」


 だれかの悲鳴がほとばしる。ライオン型の黙示獣に追いつかれ、本能的に足を縫い止められたからだ。


 クラスメイトが食い入るように見つめる先、ボロボロの細面が片膝をついていた。敵を足止めできず、ここまで押しこまれてしまったようだ。


「なんたる不覚……!」


 細面が息をととのえようとしていた。その全身に深手を負っている。降神術者の生命力ならば致命傷ではない。

 しかし神気による肉体の回復が間に合っていない以上、前線への復帰には時間がかかる。


 つまり学生だけで、この黙示獣をどうにかしなければならない。


「拙者が時間をかせぎます!」


 即座に判断をくだしたのはアカメだった。細面に代わってライオン型と対峙する。


 クラスメイトがおずおず反論しようとする。


「だ、だけど! アンタひとりじゃ――」

「いいから速く!」


 しかしアカメがピシャリと黙らせた。


「逆に迷惑――ではなく……先輩がたには別の役割をお願いしたいのです」


 口上の途中で俺の忠告を思い出したのか、アカメが口調をやわらげた。


「先生はすでに限界でしょう。だれかが介抱しなければなりません……先生を背負って逃げてください!」


 非常事態なので、アカメの口調はぶっきらぼうだったものの……それほどキツい響きではなかった。一方的に押し付けるのではなく、誠実に頼んだからだろう。


 アカメが態度を軟化させたからか、クラスメイトがキツネにつままれたような顔をしていた。後ろ髪引かれつつ細面を抱き上げ、逃走を再開する。


「気をつけろ。奴は――」


 荷物と化して運ばれながら、細面がアカメに向けて呼びかけた。ライオン型と戦うにあたり、注意点を伝えておきたかったのかもしれない。


 しかし意識が朦朧(もうろう)としているらしく、細面の言葉が途切れてしまう。


 クラスメイトの気配が遠ざかったのを確認し、俺はアカメと並び立つ。


 ライオン型がこちらを睥睨してくる。その瞳は死んだ魚のように無機質だった。


 俺はアカメに問いかける。


「どうだ? こいつがお前の死の運命か?」


 アカメがかぶりを振る。


「いいえ、こやつではありませんね……その時がくれば、本能的に分かるので」


 こいつを倒して解決なら話が早かったのだが……アテがはずれたな。


 俺はイチジクをひとかじり、全身に神気をみなぎらせる。


「こいつ、それなりに強そうだ……あー、メンドくせー!」


 前世の力をどれくらい引き出すか、塩梅が難しい。加減を誤まれば、俺が敗死するか……あるいは、もっとヒドいことになる。


 アカメが俺に呆れの眼差しを送る。


「これほどの怪物を前にしても本気を出そうとしないなんて……先輩の悪癖は本物なのです」

「この程度で本気出せるかっつーの……俺が合わせるから好きに暴れてくれ」

「合点承知なのです!」


 かくして戦端がひらかれた。俺とアカメは左右で挟みこむように、ライオン型へと肉薄する。


 ライオン型が即応の迎撃を見せた。前脚の爪を大きく薙ぎ払い、俺たちを弾き飛ばさんとする。


 間一髪、俺たちはそれぞれ後方に飛び退いた。


 今度は、ライオン型が攻撃する番だった。爪牙の連撃が、四方八方から俺たちに襲いかかる。


 まるで濁流が押し寄せるかのよう。俺はかろうじて回避に専念できていた。


 アカメが未来予知を駆使し、ライオン型を出し抜いてのける。爪牙の包囲網を潜り抜け、その懐へ。渾身の突きを無防備な肉体に見舞った。


「っ!? こやつ、堅すぎなのです!」


 アカメのカタナがライオン型を貫く――ことができず、切っ先が毛皮に埋まっただけだった。

 その反動で、手がしびれたらしく、アカメの動きがにぶっている。


 その隙を見逃さず、ライオン型が牙をむきだし、アカメにのしかからんとした。


「させるかよ!」


 牙がアカメの喉笛を食いちぎるより速く、俺はライオン型の脇腹に回り込み、掌打をブチ込んだ。


 ライオン型が苦しそうに身悶えた。そのせいで手元が狂う。


 アカメが身をよじって牙から逃れた。横っ飛びに身を投げ出し、前転して立ち上がる。


 ライオン型が俺をいまいましそうに凝視していた。


 俺は拳をかまえて挑発する。


「全身が鎧みたいにカチカチでもな! ダメージを通す手段はあるんだよ!」


 命中の瞬間だけ拳を握ることで、敵の体内に衝撃を浸透させる。


 敵の外部ではなく内部を破壊する当身技――発勁と呼ばれる技法だ。これも前世の俺が先天的に習得していた。


 俺はアカメに呼びかける。


「どんなに堅くても! 生物である以上、急所やもろい部位がある! それを見つけてダメージを蓄積させろ!」


 アカメがするどく頷いた。


「はい! サポートをお願いするのです!」


 スピードもパワーも敵のほうが上だ。俺たちは荒海をただよう木ぎれのごとく、圧倒されてしまう。


 しかし、かろうじて食らいつけていた。津波に呑まれては浮き上がる漁業ブイのように。


 その理由は単純明快。数の有利を活かしているから。

 アカメが敵の注意を引きつけている隙に、俺が不意打ちをこころみる。

 今度は俺が敵のヘイトを買って、アカメが敵の急所を狙いすます。


 交互に攻めをスイッチする。それの繰り返しだ。即興の連携だが、それなりにサマになっている。


 交戦を重ねるたび、俺たちの生傷が増えていく。


 しかし敵もまた着実にダメージを蓄積していた。ライオン型の首筋からポタポタと血が垂れている。


 アカメの功績だ。たてがみをすり抜け、斬撃を敵の首筋に命中させていた。同じ位置を執念深く、何度も何度も。


 その甲斐あって、ライオン型の首筋に切り傷がクッキリときざまれていた。


 長期戦はスタミナに劣るこちらが不利。勝負に打って出よう、と俺は決意した。


「俺がデカい隙を作ってやる! アカメ、この一合で決めろ!」


 ライオン型が地を這うように四肢をたわめた。俺めがけ、バネのように跳びかかってくる。


 俺はそれをかわすことなく、むしろ前へと踏み込んだ。地面を滑走(スライディング)してライオン型の攻撃をくぐりぬけ、その四肢の合間にもぐりこんだ。

 俺は腕を畳んで力を溜める。引きしぼった弓弦を解き放つイメージで、敵の胸部へとアッパーカットをえぐりこんだ。敵の突撃の勢いをも利用したカウンター。


 浸透した衝撃によって内臓のいくつかが潰れたのだろう。ライオン型が吐血する。


 深手を負わせ、敵の動きを止めることには成功したが……その代償に、俺は敵の足元に閉じこめられた。

 このままでは敵になぶり殺される――が、構わない。


 なぜなら敵はすでに詰んだ。満を持して、俺の相棒(アカメ)が忍び寄っていたのだから。


「これで終わり、なのです!」


 アカメの刺突が、ついに敵の首筋を貫通した。切っ先が喉の奥深くまで到達し、敵の命脈をも断ちきる。


 ライオン型が、糸の切れた人形のようにくずおれた。


 死骸の下から這い出す俺に、アカメが喜び勇んで駆け寄ってくる。


「やった! やってやったのです、先輩!」


 ホメてやりたいところだが……俺は彼女を手で制する。


「いや、待て!」

「……? どうしたのです?」


 アカメのいぶかしげな視線を無視し、俺はライオン型の死骸を見下ろす。


「おかしい……これで終わり、なのか?」


 俺の頭に警鐘が鳴り響いていた。違和感がぬぐえない。たしかにこいつは強かったが……学園の教師が後れを取るほどだろうか?


(――「気をつけろ。奴は――」――)


 俺の脳裏にひらめいたのは、細面の残した言葉。彼はなんと言おうとしたのだろう?


 ほどなく俺の疑念、その答えを突きつけられてしまう。

 ライオン型の死骸がブルブルと痙攣しはじめた。時間をさかのぼるように、その致命傷が癒えていく。

 何事もなかったかのように、ライオン型が起き上がった。仕切り直しとばかり、背後に飛び退いて俺たちと距離をとる。


「なっ……!?」


 アカメが顔を引きつらせて大口を開けた。


 俺はライオン型に鋭い視線を飛ばす。


「こいつ……『特性持ち』か!」

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