第7話 黙示獣

 それから数日、俺はアカメと鍛錬に明け暮れた。ちなみに模擬戦は俺の全勝。


 なるべく一緒に行動しようと努めているが……学校行事の都合上、そうもいかない。

 早朝の校庭にて。俺のクラスメイトがささやきを交わし合っていた。


「ついにこの時がきちまったかー……」

「ウチら、もう二年だしね。実技演習を乗り越えないと卒業できない」

「降神術者になろうと決めた日から覚悟してたつもりだけどよ。いざとなると……正直、キツいな」


 彼らの顔色があおざめている。

 ほどなく開始される実技演習に恐怖を感じているのだろう。


 王都から外の世界に出た瞬間、人類の生存圏ではなくなる。死が身近な危険エリアだ。


 だから、たいていの人間は生まれた場所から飛び立つことなく一生を終える。


 降神術者の卵は、二年になると必ず実技演習――野外に遠征しなければならない。本日は俺たち平民クラスの番である。

 クラスメイトがおびえてしまうのはムリもない。


 しかし実戦へとのぞむにあたって腰が引けているのはマズいな。俺はある方角をチラリと見やる。


 そこに立つ人物――遠征を引率する教師は、我関せずという感じだった。平民クラスをケアするつもりはないもよう。

 神経質そうな細面の男だ。貴族出身であり、平民クラスを毛嫌いしている。仕事だから仕方なく、と顔に書いてあった。


「ったく、こんなの生徒おれの役目じゃないと思うんだけどなー?」


 俺は嘆息をひとつ、声を張り上げて注目を浴びる。


「みんな、縮こまってんじゃねーよ! 心配すんな! なんたって俺がついてんだぜ?」


 俺は親指で自分の胸をつつき、ドヤ顔を振りまいた。


 途端、クラスメイトがポカンとなる。気を取り直して俺にツッコミをぶつけてきた。


「なにが『俺がついてる』だよ! 落ちこぼれの癖に!」

「むしろアンタのほうこそ、足を引っ張らないでくれよ?」

「キミの能天気さを見ていると……物怖じしているのがバカらしくなってきた!」

「ふふふっ……そうですね! レンくんが毅然としてらっしゃるのに、あたしたちが怖気づいている場合じゃないですよ!」


 自然と場の空気がやわらいだ。この調子なら大丈夫そうだな。


 それを確認したあと、俺は鼻をさする。


「でへへ! そんなホメんなって! 照れくさくなるだろ?」

「ホメてねえよ! イヤミもわかんねえのか!」

「その図太さには皮肉抜きで感心するけどね!」


 俺はクラスメイトと軽口をたたき合った。


 ほんとは、アカメのそばについていてやりたい。遠征をサボろうかとも思ったのだが……仲間クラスメイトを放ってはおけなかった。


 俺の遠征中、なるべく安全な場所に避難しておけ、とアカメには伝えてある。


 ちょうど一時課(午前六時)の鐘が鳴る。遠征に向かう合図だ。

 俺は深呼吸する。早朝の冷えた空気が、俺の肺をはりつめさせた。ほどよい緊張感を全身にめぐらせる。


「さあ――」

「出発なのです!」


 俺がクラスメイトの先陣を切ろうとした時、第三者が俺のセリフを先取りしていた。


「……お前、なにしてんの!?」


 俺は弾かれたようにそちらを振り向く。


 第三者アカメが駆け寄ってくるところだった。


「拙者も実戦は初めてなのです! 血が騒ぐのです!」


 アカメが俺の隣に並んでしまう。遠征に付き合うつもりか?


 俺はアカメの耳に顔をよせる。


「おとなしくしとけっつっただろ!? なんで自分から危険な場所に突っ込もうとするんだよ!?」


 死の運命にあるのはアカメだ。俺が別行動しても死の運命にからめとられることはない。そもそも、俺ひとりなら大抵のピンチはなんとかなる。

 その意図がアカメに伝わっていなかったもよう。


 アカメが声をひそめて俺に返す。


「拙者なりに考えた結果なのです。どんな行動がきっかけで、死の運命が迫りくるのか不明――であれば『拙者より強い人のそばにいるほうが安全なのでは?』と」


 アカメの発言には一理あった。俺はムムッとうなる。


「……けど、お前は一年生だろ? 実技演習に向かう許可なんて出ない」


 俺の懸念を吹き飛ばすように、アカメが破顔する。


「そこは抜かりなく! 拙者は――」

「アカメ・トゥケルアート……軽挙はひかえたまえ」


 これまで黙りこくっていた細面の教師が、俺とアカメの話に割って入ってきた。


「遠征への参加は許可できん。貴公の実力であれば、実戦にたえるだろう――が、学園の規則は守らねばならん」


 細面がアカメに面と向かい、冷然と告げた。


 応じてアカメが挑戦的に目を細める。もったいぶった仕草で懐から書状を取り出した。


「お言葉ですが、先生……許可はとってあるのですよ!」


 アカメから書状を突きつけられ、細面のポーカーフェイスがひびわれる。


「なに……?」

「生徒会長に一筆したためていただいたのです!」


 細面が文字に目を通していく。


「そうか……貴公は生徒会長かのじょから目をかけられているのだったな」


 俺は蚊帳の外で一連のやり取りについて分析する。


 アカメは生徒会の一員だ。そのツテで生徒会長にかけあったのだろう。遠征への参加を許可してもらえるよう教師を説得してくれないかと。

 その結果が書状というわけか。


 書面を読み終え、細面がひとつ頷く。


「……いいだろう。参加を許可する」


 生徒会長もあくまで生徒だ。教師に命令できるというのは、強権が過ぎる。

 そこには理由があった。たしか細面の実家は、生徒会長の実家の傘下にある。貴族間のしがらみ、家柄的に拒否できないのかもしれない。


「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げるのです!」


 細面にペコリと頭をさげてから、アカメが俺に向き直る。


「これで外堀は埋まりましたね? さあ、速く! いざ出陣なのです!」


 有無を言わせず、アカメが俺の手を引いていく。


 俺はされるがままになった。彼女の足取りが弾んでいるのを見て、ため息をつく。


「遊びに行くんじゃないんだぞ? ……メンドいなー! 逃げたい――けど、逃げちゃダメだよなー!」


 こんな風に振り回されるのは、前世以来の経験だった。


          ★ ★ ★


 王都の外壁を抜けた瞬間、純白の大地が広がる。塩の砂漠が視界を埋め尽くすのだ。

 人類の生存圏以外の土地はみな、このありさま。神気で身体をガードしなければ、人体がたちまち塩化してしまう。


 だからこそ、野外で活動できるのは降神術者のみだし、人類の生存圏は降神術の結界で守られている。


 塩の砂漠に足跡をきざみながら、細面の教師が生徒を先導していく。


「貴公ら、平民クラスに求めることはひとつ――突出するな。有事には複数でことにあたれ。今回の遠征、その難易度は最低レベル……心をみださなければ、貴公らでも対処できるだろう」


 その言葉の端々に、俺たちへの侮りと嫌悪感が混ざっていた。


 当然、クラスメイトの反感を買う。


 俺は彼らを代表し、細面にやんわりと抗議する。


「先生、そんな言い方ないんじゃないッスかー? はじめての実戦なのに、俺らの士気がさがっちまいますよー?」


 細面が俺をチラリと一瞥して鼻を鳴らす。


「なにを今さら……貴公ら、日頃からして気構えがなっていなかろう?」


 細面が背後を見渡して断言する。


「降神術の資質を持つ者は少数だ。『神に選ばれた時点で勝ち組、たいした努力をせずとも将来安泰』――貴公らの本音は、どうせそんなところだろう?」


 降神術者が食い扶持に困ることはまずない。野外を探索し資源や遺物を持ち帰れば、常人より上等な暮らしを送れる。

 だから慢心しているのだ、と細面が決めつけてきた。


「己の持つ力、その重要性を自覚することもなく目先ばかりを追いかける……それが平民という生き物だからな」


 なんとも幸先のいいスタートだな。俺は肩をすくめた。


 塩の砂漠は地平線の先まで続いている。


 しかし時折、平坦な地形に変化が生じる。墓標じみた建築物が点在していた。

 神代の遺跡――神々の生きた証である。いずれの廃墟も、人間の技術を超えた産物だ。


 クラスメイトが物珍しそうに観察している。


「あの塔、スゲー高いな! どうやって建てたんだろ?」

「ねえ、見て見て! あの穴の先、なんかの地下施設になってるみたいだよ!? 地下墳墓カタコンベっぽいかも? 底がまるで見えない……どこまで続いてるのかな!?」


 キャアキャア騒ぐ生徒の姿に、細面が閉口していた。


 あんたに下げられたテンションを、どうにか取り戻そうとしているのだから……放っておいてくれ。行軍中の雑談も、平常心をたもつのに必要である。


 しかし浮かれ調子も、ずっとは続かない。


「――先輩がた、おしずかに」


 ふと、アカメが周囲の注意を喚起した。異変をいち早く察知したのだろう。


「この遠征の目的――黙示獣ゴグマゴーグのお出ましなのです」


 アカメが指差す先、廃墟の物陰から異形の獣が姿をあらわす。


 その外観はさまざま……狼のような奴もいれば、熊に似た奴もいる。

 共通しているのは一点。頭部から十本の角が生え、それぞれ絡み合っており、王冠のような形状をしている。

 黙示獣こいつらは人類の敵だ。通常の生命ではなく、世界の理ゆえに発生する現象。


 神代で世界は終わるはずだった。しかし世界はいまだ存続している。人間がしぶとく営みをつづけているから。

 その不自然を解消する――人類を滅ぼすという目的を帯びた生体兵器。前世の俺レーヴァフォンの同類である。


 黙示獣は散発的に自然発生する。放置しておけば大群となり、人類の生存圏をおびやかす。

 だから降神術者が定期的に黙示獣を間引かなければならないのだ。


 黙示獣が牙をむいてうなってくる。


 巨大な怪物の迫力に、クラスメイトが硬直していた。


 対照的に、アカメが浮き足立つ。


「みるからにタフで頑丈……楽しめそうなのです!」


 緊張など無縁とばかり、アカメがいの一番に襲撃を仕掛ける。

 俺たちを置き去り、黙示獣に斬りかかった。その体躯をバターのように刻んでいく。


「お、俺らも負けてらんねえぞ!」

「い、一年生に頼りきりなんてカッコ悪いしね!」


 遅れてクラスメイトが動き出した。それぞれの降神秘装を具現化する。

 彼らの立ち回りは、おっかなびっくりという感じだった。協力して獲物を仕留めようとしているが……その動作はサビたカラクリのようだった。


 黙示獣の一匹が爪を振り下ろす。


 クラスメイトのひとりがそれを受け止め――きれずに弾き飛ばされた。無防備な仰向けをさらしてしまう。


 黙示獣がそのクラスメイトの懐に飛びこんだ。追撃を、


「――まったくもう! ドンくさいのです!」


 加えようとする間際、アカメが疾風のように割りこんだ。クラスメイトを蹴り飛ばし、黙示獣の間合いから逃がしてやる。

 次いで、黙示獣の攻撃を受け流しざま、その胴体を撫で切りにする。


「あ、ありがと――」

「ジャマなのです! 弱っちいのなら! 隅に引っこんでいてほしいのです!」


 助けられたクラスメイトが感謝を告げるより速く、アカメが罵倒を吐いた。


「…………」


 クラスメイトが何も言い返せず、肩を震わせる。


 似たような局面がつづく。クラスメイトがピンチに陥るたび、アカメが救助に奔走した。

 そのたび、助けた相手を罵るものだから……アカメに対する反感がつのっていく。戦時だから仕方ないのかもしれないけれど。


 もはやアカメの独壇場だった。黙示獣に包囲されようが、ものともしない。彼女の体さばきが、いっそうキレを増していく。羽毛のように影すら踏ませなかった。


 勝利は目前、クラスメイトがモタつきながら最後の一匹にトドメを刺した。


 黙示獣の死骸が転がる中、クラスメイトが一斉に尻餅をつく。


 まだまだ余裕とばかり、アカメが背筋をピンと伸ばしていた。カタナをひと振り、刀身の血を払い落とす。


「「「す、スゲー……」」」


 クラスメイトが声をそろえて呟いた。アカメに吸い寄せられる視線が、複雑な心中を反映している。

 足手まといになっている以上、文句は言えないが……そんな辛辣に突き放すことはないんじゃないのか? 言葉にすれば、そんなところか。


 アカメの自業自得といえば、それまでだ。しかし俺は面白くなかった。

 アカメはクラスメイトを見捨てようとしなかった。表面的な態度はどうあれ、その行動は賞賛されてしかるべきだ。


 俺はクラスメイトの前に躍り出る。


「まあまあ……気持ちは分かるけど、俺らが活躍できなかったのは事実だしさ! 反省して次に活かすことを考えようぜ?」


 クラスメイトが気まずそうに首をすくめる。


「そ、それはそうだけど……お前が言うなっ!」

「お前なんか、ヒーヒー言いながら逃げ回ってただけじゃねえか!」

「アンタこそトゥケルアートさんを見習いなよ!」


 俺は悪びれもせず、後頭部をかく。


「俺はちゃんと囮役をこなしたぜ? 俺にヘイトが向いたことで、背後から不意打ちできただろ? すべて計算づく……我ながら恐ろしい頭脳の冴え!」

「偶然の結果をほこるなよ……たしかに思い返せば、戦いやすくなってた気もするけど」

「コイツ、開き直ってやがるのに……なーんか憎めないんだよな?」

「それな。ゴキブリみたいにしぶといし」

「アハハ! もし終末戦争が再び勃発したとして! レンだけはしれっと生き残りそうだよね!」


 俺の取りなしも、それほど効果を発揮しなかったようで……クラスメイトの表情がこわばっている。アカメから距離を置こうとしていた。


 俺はアカメを横目に観察する。


 彼女本人は周囲からの評判を意に介さないのかもしれない。


 しかし、その孤独な背中を見ていると……俺は歯噛みせずにいられなかった。

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