第6話 アカメ・トゥケルアート
アカメと運命共同体になった翌日、九時課(午後三時)の鐘がなる。
すり鉢状に受講席が立ち並ぶ先、教壇に人影はいない。本日の授業はすでに終了。
放課後の教室に気だるい雰囲気がただよう。俺の周囲、クラスメイトが雑談に花を咲かせていた。
俺は長テーブルに頬杖をついて窓辺をながめて目を細める。
雲が空をゆったりと泳いでいる。なんの悩みもなさそうでうらやましかった。
俺は物思いにふける。その対象は
「……ほんとにあまのじゃくだよ、あいつは」
俺は独白した。その声に苦味と親しみがまざる。
転生した当初、俺は焦燥にかられた。無常の果実が俺の一部と化していたから。
分離することは不可能。その副作用で、第二の人生がどれだけハードになるかと危惧したのだ。しかし――
「フタを開けてみれば日常生活に問題はなし……無駄におどかしやがって……」
無常の果実の副作用は、降神術の行使――俺が前世に回帰する時にしか発生しない。
俺は前世の力をうとんでいる。他者と触れ合いたいのに、他者を傷付けてしまうから。
心底、戦いたくないと思っている。その願いが反転し、俺は前世の力を引き出せるというカラクリだ。
実質、無常の果実は俺への足枷ではなく贈り物だ。いざというとき、俺が第二の人生を切り拓けるように。
「あいつは俺に何をさせたいんだろうな?」
俺の問いかけに答える者はおらず、空気に溶けて消えた。
長い長い授業の時間を耐え忍び、ようやく放課後をむかえたのだ。いつもの俺ならば、いの一番に遊びに繰り出しているところ。
それがなぜ、いまだ机にかじりついているのかというと――
「いつまで黄昏ているのです!? 漫然と過ごすことは、時間の浪費! もったいないのです!」
現実逃避のためである。ふてぶてしくも、俺の隣に居座ったアカメの存在から目をそらしたいのだ。
放課後を迎えてすぐ、アカメが二年生の教室にやってきた。そして俺に付き纏いはじめたではないか。
アカメが俺の制服の袖をつかんだ。遠慮がちにゆすってくる。
そこで脇腹をド突いてこないあたり、彼女も育ちのいい貴族令嬢なのだろう。
俺はやむなくアカメのほうを振り返る。
「いや、お前ね……『例の約束』があると言ってもさ? 俺には俺のペースがあるわけよ? 俺の生活をみださないでもらえるかな!?」
俺はやや語気をあらげた。チラリと周囲に視線を配る。
一見、何事もない風をよそおっているものの、クラスメイトたちがソワソワしていた。あきらかに俺とアカメを意識している。
それも当然だ。学園きっての天才とうたわれる下級生が教室にやってきて、学園きっての落ちこぼれたる俺に構いはじめたのだから。
つい最近まで俺とアカメの接点は皆無だったので、悪目立ちしている。
俺の糾弾を受け、アカメが不思議そうに小首をかしげる。こちらの事情を汲んでくれそうな気配はない。
「……? 例の約束があるからこそ、一緒に行動したほうがいいのでは?」
アカメがのんきに相好をくずした。
破壊力抜群の笑顔に、クラスの男子どもが赤面していた。
アカメの言い分に一理あったので、俺は一瞬ひるんでしまう。
「……っ!? だからって四六時中、行動をともにするのも現実的じゃないだろ!? もっとこう……物事に取り組むにあたって配慮すべき機微ってのがあるだろ!?」
俺の反論がピンときていないらしく、アカメが爆弾を投下してしまう。
「大言壮語を吐いた以上、責任はとっていただくのです! 拙者は先輩から離れられない身体にされてしまったのですから!」
「ちょおま……い、いかがわしい言いかたすんなよっ!?」
俺はあわてて叫んだ。空いた口がふさがらない、とはこのこと。
案の定、クラスメイトの間に動揺が広がっている。
周囲を気にした風もなく、アカメがトドメのひと言を放つ。
「甲斐性をみせやがれ、なのです! 『レン先輩』は拙者を奴隷にしたのですよ?」
「「「ど、奴隷!?」」」
クラスメイトが一斉に唱和した。男子は俺を嫉妬の視線で切りつけ、女子は俺を軽蔑の眼差しで突き刺した。
様子見はここまでとばかり、クラスメイトが俺に詰め寄ってくる。
「レン……て、テメエ! 抜け駆けはしないって誓っただろうが! 男同士の約束を破りやがって!」
「非モテの仲間だと思ってたのに! この裏切りモンがァ! 俺っちも後輩の美少女にあだ名で呼んでもらいたい人生じゃった……!」
「奴隷ってなんだよ!? なんか弱味でも握ったのか!?」
「こんなカワイイ子を……うらやま――けしからん!」
「か、勘違いするなよっ! お前なんかに男として先を越されたことが妬ましいんじゃないんだからなっ!」
俺は男子から大変、手厚い歓迎を受けてしまった。
女子がアカメを取りかこんでいる。
「あ、アンタ……アカメ・トゥケルアートさんだよね?」
「そこのバカとどういう関係? 一年のエースがどうしてレイヴンなんかと仲良くなったの!?」
「ど、奴隷って比喩だよね!? 実家が没落したら貴族でも奴隷堕ちするケースはあるらしいけど……よりにもよって
「もしかして……マジでレンに脅されてるの!?」
「レンくんには失望しました! 日頃、不良ぶっていても! 根は悪い人じゃないと思っていたのに!」
女子が思い思い、アカメに矢継ぎ早な質問をあびせた。
俺は揉みくちゃにされながらアカメに怒声をとばす。
「どうするんだよ、これ!? もはや収拾つかないだろうが!?」
「……?」
事態が急変した理由を呑みこめていないのか、アカメが他人事のように目をパチクリさせていた。
「わざと俺を追いつめたんじゃないのか!? もしや天然か!? 無自覚に俺をおとしめてくれちゃったの――ぐああがあア、アギャアアアアア!」
石造りの教室に、俺の絶叫が反響した。
★ ★ ★
クラスメイトが事情を問い詰めようとしてくる。
俺はその魔の手を逃れ、あらためてアカメと向かい合う。今後、どう動くべきか打ち合せするためだ。
校舎裏の空き地――いつぞや、俺がオールバックと戦った場所だ。人気がないので、こみいった話をするのに適している。
「えー、ゴホン! 今後、不意打ちするのはカンベンな。先に俺の命運がつきかねない」
俺は咳払いしてから本題にうつる。
「可能なかぎり、俺のそばにいてもらうって方針自体は賛成するよ。死の瞬間がいつ迫るか分からないしな」
地面に散乱していたはずの石材が、整然と積み直されている。生徒会の連中がやってくれたのだろう。
彼らはエリート思考に凝り固まっており、平民クラスを見下す傾向はあるが……率先して雑用もこなしてくれている。
メンドくさい連中だが、人の上に立つだけの資格はあるのだ。
石材の山は人間ひとりの体重でビクともしない。俺は壁代わり、それに背中をあずける。
「とはいえ、いたずらに動くのは悪手だろうさ。未来は未知数だ」
仮定の話、俺たちが死の原因を探そうと駆け回ったとして……アテがはずれた挙げ句、疲労した状態で死の原因と対峙させられたら目も当てられない。
あるいは、俺たちの行動が引き金となって死の原因がもたらされるのかもしれないのだ。
「すくなくとも、死の原因がなんなのか見当もつかない以上、おとなしくしとくのが無難だろ?」
望むと望まないとに関わらず、死の原因は到来してしまうのだ。
まず状況を見極め、手がかりをつかんでから行動したほうがいい。俺はアカメにそう伝えた。
アカメが納得したように頷いてくる。
「……なるほど! 筋は通るのです!」
「だから俺は――」
「ならばレン先輩、拙者と稽古にはげむのです!」
俺が「なるべくエネルギーを消耗しないよう、だらけて過ごそう」と提案するより速く、アカメが言い被せてきた。その眼光がウズウズしている。
彼女の戦闘狂は筋金入りらしい。俺はゲンナリと唇をとがらせる。
「……お前、俺の話聞いてたか? いざという時にそなえて力を温存すべきだろ?」
アカメが目を吊り上げ、ブンブンと首を振る。
「どうせ『自堕落な生活を送ろう』とでも仰るつもりだったのでしょう? 断固、みとめられないのです! いざという時、身体がなまっていたら! それこそ無意味なのです!」
俺は言い返せず歯噛みする。
「ぐぎぎ……それはそうだけど!」
アカメの主張はもっともだ。むしろ、この期に及んで、怠け癖が顔を出すほうが間違っているのだろう。
しかし俺は極力、戦いたくないのだ。たとえ模擬戦とはいえ。力をふるうたび、前世の悪夢――神々を殺したときの感触がよみがえってしまうから。
こちらの気も知らず、アカメが臨戦態勢をととのえる。
「今度は、拙者が勝つ――とまではいかずとも! 先輩の秘密に迫ってやるのです!」
アカメが目をすがめる。
「
アカメの瞳が、俺の姿を映し出している。内心まで暴かれるような気がして、俺は身震いした。
降神術者同士の戦い、その神髄は権能のぶつけ合いだ。おのおの、契約した神から借り受けた固有能力を振るって競い合う。
アカメが不満そうにしているのは、俺が手札すべてを公開していないからだろう。
しかし俺は
「……手加減してたのは、お前への侮辱ってわけじゃないさ」
アカメが頬をふくらませる。すごんでいるつもりなのかもしれないが、可憐さを強調してしまっていた。
「おなじことなのです! 拙者は先輩に事情を打ち明けた――にも関わらず、胸襟を開いてもくれないなんて! 不公平なのです!」
俺は負い目をごまかすように前髪をかき上げる。
「そうだな、ごめん……けど、
「仰ることが支離滅裂なのです!
「…………」
俺は口をつぐんで肩を落とした。
自分自身の矛盾については百も承知だ。戦いたくないのに、戦う道を選んでいる。
アカメに運命は変えられると訴えながら、己の業と向き合えずにいる。
のっぴきならない二律背反は前世と変わらないな。俺は片頬を吊り上げて自嘲した。
アカメが歯がゆそうに靴先で地面をほじる。
「運命は変えられるって、先輩は仰いましたけど……拙者はそう思えないのです」
土の掘削をやめた拍子、アカメが神妙な面持ちとなった。
「狂犬と陰口をたたかれようが……拙者の本質は弱虫にすぎないのです。待ち受ける
アカメがみずからの胸部をかき抱いた。ハツラツとした気配がナリをひそめ、迷子のように表情をかげらせてしまう。
「死を覚悟していた――はずだったのに、先輩に水をさされてしまった……だから、出来るものなら見せてくださいね? 口だけじゃないと信じさせてほしいのです」
アカメのすがるような目つきを前に……俺はようやく覚悟を決める。
「……わかったよ。相手してやる――けど、本気で戦う気はないからな? 権能を使わせたかったら俺を追いこんでみろ」
アカメが首を横にひと振り……正面を向いた時は、その顔を輝かせていた。
みずからの降神秘装――カタナを掌中に生み出し、跳びかかってくる。
「たとえ力量で上回られていようが! 戦士の気概もない輩に! 拙者は負けないのです!」
俺は彼女を迎え撃つ。
その結果は以前の焼き直しだ。彼女の戦闘技術は俺の
しかし、なんど地べたを這おうと、アカメはかならず立ち上がってみせる。
「まだまだ試していない戦法があるのです! すべてを出し切るまで先輩を寝かせないのです!」
「お前、いちいち卑猥な言葉選びするよな? 直したほうがいいぞ、その癖」
俺はそのたびアカメを打ちのめした。
一年最強――どころか、生徒会長に次ぐ実力という呼び声は伊達ではないらしい。敗北するたび、アカメが強くなっていく。
俺に通用しなかった攻撃手段をその場で改良してみせた。
こちらの攻め手を観察し、俺の隙を虎視眈々とうかがっている。
またもや、アカメが新技を披露してくる。
「さあ、この手はどうか!? どう切り抜けてみせるのか、おがんでやるのです!」
彼女の成長の速さは、進化と評するにふさわしい。
その要因は才能も当然あるだろうが……なにより戦うことが好きだからなのだろう。自分の可能性を伸ばす行為に全霊で挑み、全身で喜んでいる。
「…………」
その姿があまりにまぶしかったものだから……俺は目を伏せた。
干戈をまじえる最中、アカメが語りかけてくる。
「強くなっていく実感を得ている時だけ、拙者は『自分がここにいていいのだ』と思えるのです。戦っている時だけ、イヤなことを忘れられるのです」
アカメが、しみじみとした実感を言葉にかえていく。
「自分が浮いた存在だと理解しているのです。周囲の女子は成績アップに血道をあげているだけ。戦いそのものを楽しんでいない……ねえ、先輩? 女なのに変だって、お笑いになりますか……?」
祈りのような思いをぶつけられ、俺は漂白されたように戸惑っていた。
胸中に湧いた感情は、今まで味わったことのない驚きだった。
俺は戦いが嫌いだ。前世が兵器だったことを思い出してしまう。今も兵器のままだと突きつけられるかのようだから。
しかし世の中には、戦いを前向きにとらえる者もいる。陰惨なばかりではないと示された。
気の持ちようとは言うが……戦いに対する俺の固定観念がゆらいだ。
さすがに全肯定はできないけれど……すくなくとも不快な心地ではない。
俺は返答を待つアカメへと首を横に振る。
「いいや? それも個性だろ! とやかく言うつもりはないさ……俺は懐のひろい男なんでな! 多様性は大事!」
俺の答えを受け取り、アカメが笑みをふかめる。
「ふふっ! 先輩が『多様性』と仰ると……詭弁のような気がしてくるのです! サボることと羽を伸ばすことは、ちがうのですよ?」
「分かってないな! 俺は大器晩成型なの! ノビノビとデカい男になるんだよ!」
軽口の応酬が小気味良かった。
いつしか俺は抵抗感なく戦闘に没頭していく。
これから、どんな運命が待ち受けているのか。羅針盤なしで航海するような心地だったものの……その不安がうすらいだ。
流れる汗もぬぐわず……俺たちの模擬戦は日没までつづいた。
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