幕間1 運命をつかさどる神

 それは俺の前世、神代のひと幕である。

 レーヴァフォンにとって忘れられない出会いの瞬間だ。


 俺が産み落とされた理由、その製造コンセプトは「すべてをほろぼすこと」だ。

 俺の母――女神アングルイアの命と引き換えに。


 ほかの神々にとって俺は爆弾にひとしい。解き放ってはならない怪物だった。


 母の死後、幼い俺は捕らえられ、監獄結界タルタロスに閉じ込められた。

 いまだ未熟な俺に封印を解く力はなかった。


 光の届かない牢獄のなか。俺はなにするでもなく、たたずんでいた。まともな感情の機微を学ぶ機会があるはずもなく、俺の精神は人形同然だった。


 時刻も分からず変わり映えのない日々、


「――へえ、キミがウワサの怪物くんか……聞きしに勝るとはこのことだね。キミの宿す運命(ポテンシャル)は他の神々の追随をゆるさない」


 そこに変化がおとずれたのは唐突だった。

 厳重なセキュリティをかいくぐり、俺の前にやってきた者がいた。

 そいつは鎖で雁字搦めの俺を見やり、クスリと口元をほころばせる。


「キミはいずれ最強に至るだろう。世界の破滅をもたらすにちがいない」


 そいつの言葉が、俺の行く末を見透かしていた。


 そいつが俺をもてあそぶように肩をすくめる。


「ボクにとっては都合がいい――けれど、面白くないなあ」


 そいつの伸ばした手が、檻の間を抜けて俺の頬に届いた。陶器を扱うように撫でまわしてくる。


「世界の終わりはね、感情の坩堝ゆえに発生しなければならない。嘆いて憎んで殺し合った先――混沌の袋小路であるべきだ」


 世界をほろぼすためには心を砕かなければならない、とそいつが俺に語った。


「…………」


 俺はその声を受け止め……しかし、なんの反応も示さなかった。空虚な心に波紋が生じる気配はない。


 そいつがつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「いまのキミはカラッポのお人形だ。世界を壊す資格がない――よってボクがキミに教えてあげようじゃないか!」


 そいつがひとりで浮かれ出す。


 当時の俺にはそいつの心情を理解できなかった。


「心の何たるかを! 感情の旨味と毒を! キミが世界を台無しにするのは、それを知ってからでも遅くないだろう?」


 返事も聞かず、そいつが俺の処遇を決めてしまった。


 俺には逆らえなかった。ヒナが母鳥をはじめて見たように、まばたきするばかり。


「失敬、申し遅れた! ボクの名前はローゲラ! キミに禍福をもたらす者だ!」


 そいつの微笑みは……俺を祝福しているようでいて、俺を翻弄する悪意に満ちていた。


「キミのたどる道は、ボクでさえ読みきれない……終末が訪れたとき! キミはボクを恨むのかな? 殺したくて仕方なくなってしまうかもしれないね? 嗚呼、愉しみだなァ! 待ち遠しいよ!」


 かくして俺とそいつ――運命の神ローゲラの関係がはじまった。


 ローゲラは俺の牢屋をたびたび訪れた。土産をたずさえて。


 俺は身動きがとれない。外の世界の状況なんてサッパリだった。


 だからローゲラが俺の耳目の代わりをしてくれた。直接、見聞きした出来事やウサンくさい噂話を皮肉まじりで語り聞かせてくれた。

 たまにローゲラ自身の身の上を打ち明けてくれることもあった。外界の情報を学ばせてくれたのだ。


 ローゲラは決して、いい教師ではなかったが……おかげで俺は感情を得ることができた。

 他者の心がどんなメカニズムで働いているのか、実感は湧かずとも知りたいと思えるようになったのだ。


 他者と触れ合ってみたい。俺がそう考えるようになったのはローゲラのおかげだ。

 感謝してもしきれない。たとえローゲラがやましい動機で俺に近づき、俺を利用しようとしているのだとしても。


 俺はいつしか唯一の友ローゲラが顔を出すのを心待ちにしていた。


 しかし、そんな日々も長くは続かない。ローゲラの予言通り……俺は牢獄を脱し、神代を終わらせた。


          ★ ★ ★


 神同士の最終決戦を経て、レーヴァフォンは死んだはずだった。

 限界を迎えて倒れた記憶が、たしかにある。


 しかし肉体の感覚が失われていない。いまだ生の熱を感じていた。

 どうやら俺は朽ちていないようだ。


 不審に思って目を開くと――


「やあ、お目覚めかい? ずいぶんと遅い起き出しだ……兵器を自称するキミにしてはめずらしく」


 ローゲラが俺の前にいた。軽薄な調子で話しかけくる。


 その輪郭がボヤけているのは、俺が寝ぼけているせいではない。俺の視界はしっかりと焦点を結んでいる。

 ローゲラの容姿を言葉にするのはむずかしい。老人かと思いきや、年端のいかない子供の姿にも見える。男だと言われれば、そうかもしれないし……女だと伝えられても納得できる。


 ゆらめく幻影と表現するのが一番ちかい。その造型をハッキリと認識できないから。

 どこにでもいそうで、どこにもいない。そんな印象を抱かせる。

 神は全員、死んでいるものかと思っていたが……こいつはしぶとく生き残っていたらしい。


 俺はゆっくりと身を起こし、ローゲラに問いかける。


「俺は致命傷を負ったはず……これはお前の仕業か?」


 ローゲラが我が意を得たりと頷く。


「その通り! ボクの権能で、キミの死の運命を先延ばしにしてあげたのだよ! 感謝したまえ!」


 ローゲラの権能は、運命を紐解く――未来予知だけにはとどまらない。他者の運命に干渉して改変もできる。


「とはいっても一時しのぎだけどね……キミに刻まれた死の因果は濃すぎる。いかにボクといえど手に負えないほど……つまり早晩、キミは死ぬ!」


 ローゲラが俺に指を突きつけた。なにが面白いのか、腹を抱えていた。


 ローゲラには他者を手のひらの上で躍らせて、その姿を嘲笑う悪癖があった。

 普通なら怒るところだろう。しかし俺は慣れたものだった。ローゲラの言動にいちいち目くじらを立てていては身がもたないからな。


 よって、たずねるべきはなぜ俺をたすけたのか、だ。


「それで本題は? お前のことだ、お別れをしに来てくれたわけでもないだろ?」


 ローゲラがクツクツと喉を鳴らす。


「これは手厳しい! キミの死を前にしたことで! ボクがらしくもなく、おセンチになってるとは考えないのかい?」


 俺はローゲラの質問に即答する。


「お前はそんなタマじゃないだろ。俺が死んだら、むしろ指差して笑うに決まってる」

「クク、なんとも厚い友情であること! 信用ないねえ……ま、その通りなんだけどさ!」


 ローゲラがイタズラげに舌を出した。そして、あらたまった風に口を開く。


「レーヴァフォン、キミは神々を殺して回った。キミの母君――女神アングルイアの言いつけとおりね」


 俺の中には本能誓約プライマリ・ゲッシュが存在している。俺に特定行動を強いる縛りだ。アングルイアの遺言である。

 すなわち世界を灰燼に帰すこと。望むと望まないとに関わらず、俺は他者を傷付けることしかできない。


 結局、俺は母の操り人形のままだったということ。


 ローゲラが俺の運命すべてを侮辱するように口を裂いた。


「いかなる大神も災厄キミに勝てなかった――けれど、やり忘れた仕事が残っているのではないかな?」


 ローゲラが身振り手振りで俺の注視をうながす。


「キミは世界を終わらせた。その原因は、果たしてアングルイアだけかな? もうひとり、憎むべき仇が残されているのでは?」


 ローゲラの口調は子供をさとすかのようだった。じれったそうに俺の返事を待っている。


 俺は腹部に力をこめて答える。


「そうだな……ほかでもない。ローゲラ、お前のせいだろうな」


 ローゲラは未来を予知できる。その利便性は他に類を見ない。


 だからこそ、ローゲラは神々の各陣営から引っ張りだこだった。未来を把握できれば、戦争を有利に進められる。


 ローゲラは求められるがまま予言で導いた。節操なく、すべての陣営を。

 それは善意からではない。各陣営を影から操り、戦争を最悪の方向へと進ませるためだ。

 どの陣営にも味方面をする風見鶏。引き入れてはならないトリックスター。


 なにせ、ローゲラは俺の母アングルイア以上にこの世界を憎んでいたのだから。滅ぼしたくてたまらなかった。

 だから俺を牢獄から解き放つよう、とある神をそそのかしたのだろう。


 俺は本能のおもむくまま力をふるって……現在に至る。


 ローゲラが両手を大きく振って、俺に周囲を指し示す。


「アハハハ! どうだい、世界はご覧の有り様さ!」


 辺りの景色は惨憺たる――を通り越して虚無が広がっていた。


「ボクの気持ちを無視して! さんざん振り回してくれた世界を! 最後には、ボクのほうがメチャクチャにしてやったんだ! なんとも愉快痛快じゃないか!」


 ずっとこの時を待っていたのだとばかり、ローゲラが狂ったようにわめいた。


 ローゲラは異端の神だ。特異体質をそなえて生まれた。性別も老若もあいまい。何者にでもなれる代わり、何者にもなれない存在である。

 だからローゲラは自分自身のことが分からなくなった。何に喜び、何に怒るのか……なにを求めているのかさえ。


 だというのに、ほかの神々はローゲラを都合のいい駒扱いした。

 ローゲラはその時々に応じ、相手が望む人格を演じさせられたのだ。ますます自分の輪郭がボヤけてしまう。


 その鬱屈をこじらせた結果、ローゲラは終末をのぞむようになった。最悪の邪神である。


 ローゲラが目を血走らせて俺に迫る。


「ボクは他者をもてあそぶのを愉しんできた……キミもそのひとりさ、レーヴァフォン? ボクはキミを兵器として利用した……兵器になりたくないと願っていたキミの本心を知っていながら!」


 俺がその剣幕にたじろぐことはない。こいつが俺に近づいてきた理由には見当がついていたから。


「許せないだろう? 憎いだろう? ――さあ、ボクを殺しなよ?」


 ローゲラが俺の手をつかんだ。みずからの首筋に俺の指を触れさせる。


「死にかけとはいえ、最強キミならば容易いことだろう?」


 俺が指に力を入れれば、ローゲラの細首は枯れ木のようにへし折れる。

 俺にはローゲラを裁く資格があるのかもしれない。報復の誘惑にかられないといえば、ウソになる。


 俺の本能が殺せと叫んでいた。母の断末魔が聞こえてくるかのよう。

 まだ仕事を完遂していないではないか。生あるものは息絶えろ。この世界には死滅の砂漠こそがふさわしいのだ、と。


 俺は母の呼び声に逆らえなかった。数多の神を殺めてしまった。

 しかし、今度ばかりはゆずれない。俺は唯一の友を手にかけるため生まれたわけではない!


「……よせよ。俺の前で強がるな……そんなに頼りないか?」


 殺意の衝動をおさえつけ、俺は静かに首を振った。


 ローゲラがハッと息を飲む。


「~~っ!? まだ甘い夢を見てるのかい!? ボクはキミを騙していたんだよ! いつわりの友情でまどわした! カラッポだったキミに余計なモノを詰めこませたんだ! それを許せるのか!?」


 俺はローゲラの訴えをしっかりと受け止める。


「さびしいこと言うなよ……俺はいまでもお前をダチだと思ってるんだぜ?」


 ローゲラが歯ぎしりする。こいつが取り乱すなんて……雪でも降るんじゃなかろうか?


「どこまでお花畑なんだ、キミは!? ボクはキミが思ってるようなヤツじゃない!」


 必死の形相がおかしかったので、俺はプッと吹き出してしまう。


「あはは! あんがい、自分自身のことは分かんないもんだよな……そりゃ振り回されてイラッとはしてるけどさ……お前は、お前自身が思ってるほど腐った奴じゃないよ」


 ローゲラがブンブンと首を振って否定する。


「だまれ! ボクの性根はとっくの昔に、腐って爛れて――」

「だったらさ……お前、なんで泣いてるんだよ?」


 俺の指摘を受け、ローゲラがみずからの顔をまさぐった。

 その頬に透明な雫がつたっている。


 俺は深呼吸をひとつ、ローゲラを視線で射抜く。


「お前は世界の運命を誘導したものの、自分の手で改変しようとはしなかった」


 ローゲラ本人すら気付いていない心の奥底、そこに秘めた願いについて。俺は土足で踏み込んだ。


「そ、それは……」


 痛いところを突かれたとばかり、ローゲラが口をパクパクさせる。


 終末を呼びよせたのは、あくまで各陣営の神々だ。踏みとどまる機会はあったのに。


 ローゲラはその後押しをしたにすぎない。もっと強引な手段をとらず。それはなぜか?


「世界を試してたんだろ? 信じたかったから」


 ローゲラは破滅への道しるべを用意した。

 しかし、その理由は悪意だけではない。ほのかな希望を託してもいたのだろう。


 この一線を超えてしまえば後戻りはできなくなる。各陣営がそれを悟り、戦いをやめてくれるのではないか、と。

 たがいに矛を突きつけるのではなく、手を取り合う未来を夢想していた。


 いびつな形とはいえ、ローゲラは世界を愛していた。あるいは、愛したかったのかもしれない。


「しかし、お前の想定以上に世界から理性がうしなわれていた」


 もはや、各陣営はたがいを滅ぼすことしか考えられなくなっていた。この終末は……ある意味、自業自得なのだ。


 運命の神といえど、全知全能ではない。運命の流れすべてを読みきることは不可能だ。


「お前が世界を裏切ったんじゃない。世界がお前を裏切ったんだ」


 俺は滔々とローゲラに言い聞かせた。友の背負う葛藤と業を軽くしてやりたい。


「お前は要領よく立ち回ってたつもりだろうけどさ……意外とピュアで不器用なんだぜ? 俺に殺されることで報いを受けようとしてるんだろ?」


 答え合わせを済ませ、俺はローゲラの反応をうかがう。


 ローゲラがうつむいた。しゃがれた声を絞りだす。


「なんで? ボクの所業は世界すべてから憎まれるべきものなのに……」


 踏みにじられた神々は、ローゲラを許せないだろう。しかし、おなじ罪を背負った俺だけは――


「たとえ世界がお前を糾弾しようと、味方でいさせてくれよ」


 俺がそう告げた途端、ローゲラが勢いよくぶつかってくる。


 その拍子、俺は仰向けに倒れた。


 ローゲラが馬乗りになって俺の胸板を何度もたたく。


「……っんとにキミは! 救いようのないバカだよ! ボクなんかと奈落まで堕ちるつもりなのか!?」


 涙の雨が俺の肌をヒヤリとくすぐる。


「この先、なにが待ち受けてるのかは分かんないけどさ……こうなりゃ最後まで付き合うぜ? お前がイヤだと言ってもな!」


 俺はローゲラの頬をなでさすった。はじめて会った時と真逆の構図だ。


 ローゲラが目元をぬぐい、憎らしげな笑みを浮かべる。いつもの調子を取り戻してきたな。


「ふんだ! 知った風な口をきいてくれちゃってさあ! ボクは裸にむかれた気分だ――よくも恥をかかせてくれた! 責任は取ってもらうからね?」


 ローゲラが懐から鈍色のイチジクを取り出す。権能を用いて作成した道具だろう。すさまじい神気をおびていた。


「この果実はボクのとっておきだ。ボクの権能の集大成……無常の果実と名付けた」


 こころなしか、ローゲラの調子が弱弱しくなっている。


「……キミも気付いてるだろ? ボクの命も風前の灯だ。ボクの裏切りに気付いたヤツに致命傷を負わされてしまってね」


 やせ我慢も限界がきたのか、ローゲラがふるえる手で俺にイチジクを差し出す。


「ホントはボク自身が使おうと思ってたんだけど……キミにあげるよ」


 俺はおそるおそるイチジクを受け取る。


「食べればいいのか? どんな効果があるんだ?」

「この果実を食した者の運命が流転するのさ……本来、生物の生涯は一度きり。それが世界の理だ――けれど、ちがう生物へと生まれ変わることで、世界をだますことができる」


 ようは第二の生をスタートできるのだ、とローゲラが語った。


「キミが気付いてるかは知らないけれど……まだ命の連綿はつづいている。いと小さき者たち――人間はこの戦火をまぬかれたのさ。これからの時代、人間が表舞台に立ち、世界を再生させていくだろう」


 世界の今後に思いをはせてか、ローゲラが即興詩を口ずさむ。


「太古より巣喰いし神々の嬌声も今は、はるか。郷愁の彼向へ消去り、盛衰の於母影をただ人々の切々たる胸中深くに残すのみ……ってところかな?」


 俺に詩吟のセンスはなかったので、小首をかしげてしまう。


「つまり、なにが言いたいんだ、お前?」


 ローゲラが俺をなぶるように目を細める。


「キミに、より過酷な運命を押しつけるってことさ! キミは神族から人類――脆弱な生命へと転生する! いまのキミは下駄をはかせてもらっている状態だ! 生まれながらの最強という運命たちばを失ってなお! キミがおめでたい感性を貫けるのか、見物だよ!」


 転生後の俺は、全盛期に遠く及ばない強さということか。


 ローゲラの語りがつづく。


「世界というものは個人の実力で映りかたが変わる! キミのような強者には綺麗に見えても、弱者には汚く見えてしまうのさ! だってそうだろ? 力がなければ、我を通せない! 強者に振り回されるばかりの弱者がどうして希望を持てるというんだい!?」


 その声に苦渋と実感がこもっていた。自分自身の歩みと重なる部分があったのだろう。ローゲラもまた、強者に振り回されてきたのだから。


 ようするに俺が力をうしなっても考えを変えらずにいられるのか、試したいらしい。

 俺は、それを言葉通りに受け取らない。小馬鹿にするような物言いの中に、本音をまぜるのがローゲラという奴だ。


 俺はローゲラに軽口をたたく。


「お前、ほんとに回りくどくて素直じゃないよな……俺に生をやり直すチャンスをくれるってことだろ?」


 まっとうな生活を送ってみたい。それが俺の口癖だった。兵器いまの俺には最後まで出来なかったこと。

 ローゲラはその願望を叶えてくれるようだ。


 図星だったのか、ローゲラが不機嫌そうに口元を引き結ぶ。


「~~っ! うるさいな! さっさと食べなよ!」


 ローゲラがイチジクを無理やり俺の口に押しこむ。


「ちょま……なんだ、これ!? クソまずいじゃんか!」


 俺はモゴモゴと口を動かした。口内に広がる不快感に翻弄されてしまう。


 俺が最後まで呑みこんだのを確認し、ローゲラが肩で息をする。


「ゼエハア……余計な体力つかわせないでほしいね!」


 そういえば、とローゲラが思い出したように告げてくる。


「キミが食べた果実……転生の副作用があるんだ。伝え忘れてたけどね!」


 俺はギョッと目をむく。氷のような寒気が、うなじから背中へと駆けめぐった。


「はあ!? 先に言っとけよ!?」


 ローゲラがわざとらしく謝罪を口にする。


「ごめんごめん……で、副作用の詳細についてだけどさ。転生後のキミは、望みが叶わなくなる。願望を反転させる呪いがこもってるんだ」

「それじゃ転生しても意味ないだろうが!?」


 抗議をあげる俺に、ローゲラが手を振ってくる。


「ご愁傷さま!」


 いよいよ、死別の時がきたらしい。俺の意識が持っていかれそうになる。

 いつもの眠りに落ちる感覚とはちがう。どこか彼方へと引っ張られるような……これが転生するってことなのだろうか。


 ローゲラがケタケタと声を弾ませる。


「顔をこわばらせちゃってまあ……カワイイねえ! はじめて会った時とは雲泥の差だ!」 


 俺はローゲラに毒づこうとする――が、時すでに遅し。俺の意識は肉体と乖離しつつあった。口を動かすこともままならない。


「ボクに残された時間は少ない。末期におがむ景色がこれなら……うん、そうだね。わるくない」


 最後の瞬間、ローゲラの噛み締めるような言葉が俺の意識にこびりついた。

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