第5話 運命の糸が絡み合う

「オッケーなのです! 拙者が負けた時は! 慰み者にでもしやがれ、なのです!」


 なんと、アカメが躊躇なく証文にサインしてしまったではないか。


「えぇ……承諾しちゃうのかよ……」


 俺はあぜんと呟いた。アカメの度胸に戦慄すると同時、疑問をいだいた。

 彼女はなぜこうも向こう見ずなのだろうか? それには切実な理由がある気がしてならない。


「これで文句はありませんよね? ……さあ、拙者を感じさせてほしいのです!」

「誤解されるようなセリフ言うの、やめろ!」


 アカメが降神術の鍵文キーワードをとなえる。


【降神秘装・招来――破毀之御幣太刀はきのおはかせ!】


 虚空に展開された術式の陣、その先端から剣が突き出す。


 アカメがその柄をにぎって引き抜いた。そりのある刀身は片刃――独特の形状はアシハラ特有の武装、カタナだろう。


「先手必勝! アカメ・トゥケルアート――推して参るのです!」


 アカメのカタナが夜気を裂いて迫りくる。

 彼女の疾駆は稲妻のよう。以前倒したオールバックの比ではない。


 俺はイチジクの実を具現化し、かじりついた。

 間一髪、俺は横薙ぎの斬撃を回避する。


 それを見たアカメが口を大きく裂いた。


「やっぱり! 先輩は普段、手を抜いてらっしゃるのですね?」


 アカメが息つく暇もない連撃を繰り出してくる。その体幹のブレなさ、重心移動のなめらかさ、太刀筋のするどさ――剣術の完成度は、若いながら大したものだ。


 俺は神経を研ぎ澄ませ、難をしのいでいく。まばたきすれば、即座に詰みの展開が頻発するものだから……シャツが冷や汗でビッチョリだ。


 俺がしぶとければしぶといほど、アカメが目を輝かせる。心底から楽しそうだったので、俺は毒気を抜かれてしまう。


「いい反応に、いい体さばき――だからこそ理解できないのです! それだけの強さを持ちながら! 先輩はどうして誇示しようとしないのです!?」


 アカメがギロリと俺をねめつけた。


「人の一生は短いのです! よそ見をしている余裕なんかないのです! 走り抜けた先のゴールまで! あるいは辿り着けないとしても!」


 いやに饒舌である。俺のいいかげんな態度が、彼女の信念に抵触したのかもしれない。


「なのに其処許そこもとは! のらりくらりとかわしてばかり! ムカつくのです! 横っ面を張り倒してやらなきゃ気が済まないのです!」


 アカメの語りが切実さに満ちていた。なにが彼女をそこまで駆り立てるのだろう?


「拙者の生きた証を刻みこんでやるのです! またたきの間にすぎないとしても! 拙者は! この世界に確と存在したのだと!」


 アカメは戦いを通して対話したいのだろう。斬撃のひとつひとつに渾身の想いを乗せている。


 彼女の主張にも一理ある――が、俺にだって譲れない一線はある。


「俺がフザけてるように見えるって? ナメるなよ、こっちは全力でフザけ倒してるんだ!」


 防戦一方はここまで。攻勢に転じよう。俺は決然とアカメを見据える。


「一生は一度きり、そこは同意する――けど! だからこそ! ノンビリと遊んだほうがお得だろうが!」


 そして俺は堂々と堕落の決意を表明する。


「レースに興奮して! 徹夜でポーカーしたあと、夕方まで眠りこけて! そんな充実感は生きてるうちしか味わえない!」

「え、と……はい?」


 どう反応すべきか、アカメが戸惑っていた。


 俺はアカメにこんこんと力説する。


「だってそうだろ!? 死後の世界が存在する保証があるのか!? 一生かけて働いたあと! 待ってるのがもし! 幽霊になって何にもできず、さまようことだとしたら! なんのために生きたんだって思わないか!?」


 我ながらいい演説だ。語っているうち、俺は目元に涙をためていた。


「俺は後悔したくない! もう二度と! おおいに遊んで! おおいに飲んで! 笑顔で寿命を迎えたいんだよ!」


 そういう風に人生をまっとうできれば……俺はすこしだけ前世の自分を肯定できる。兵器だった過去を払拭できるのだ。


「…………」


 アカメのさめた視線を黙殺し、俺は断言する。


「この誓いを! 何人にも破らせたりしない! たとえ神々だろうとなッ!」


 アカメがうつむいて肩をふるわせる。


「ご高説、痛み入るのです。おおげさに仰いましたけど……ようするに戦いたくないってことですよね?」


 顔をあげた時、彼女のこめかみに青筋が浮かんでいた。


 どうやら火に油を注いでしまったらしい。

 なぜだ? 俺は腹を割って話したというのに……。


「生きることは戦いなのです……その競争からは逃れられない……先輩の言い分は、現実逃避のおためごかしにすぎません」


 アカメのまとう迫力が一層、増した。


「その甘ったれた根性を叩き直してやるのです!」


 彼女の契約神、その権能が解き放たれんとしていた。


 これまでは前哨戦にすぎない。ようやく本番だ。俺は歯を食いしばる。


 アカメが斬りかかってくる。動きの速度や攻撃の重さこそ変わっていないものの、キレが格段に口上している。


「速い!」


 俺は切りきざまれながら吠えた。浅い傷だ。軽く皮膚を裂かれただけ。

 しかし積み重なれば、重症となるだろう。俺は戦況を分析していく。


「動きが良くなってるんじゃない……目が良くなってる」


 俺が挙動を見せるより速く、アカメは俺の狙いを看破、対応してのけている。


 攻撃の先読みなんてレベルじゃない。俺がどう立ち回るかを、事前に知っていなければ不可能な芸当だ。


「未来予知……お前が契約してるのは、運命をつかさどる神か!?」


 俺は驚愕を声にあらわした。アカメの強さをおそれたわけではない。

 彼女がまとう神気に、なつかしさを覚えたからだ。


 どうして気付かなかったのだろう。アカメの契約神、その正体に思い至った。

 運命の神ローゲラ。前世の俺レーヴァフォンの唯一の友だ。


 俺はアカメの内側――そこに宿る神へと呼びかける。


「今世でも巡り合うなんてな……お前に言うのもなんだけど……腐れ縁って奴か」


 軽口にこめた感情は喜びなのか、悲しみなのか……俺自身、判別できない。


「どこを見ているのです!? だれを呼んでいるのですか!?」


 アカメが不快げに吐き捨てた。


「よそ見をするな、なのです! 拙者だけを見てください! ふたりだけの交情に水を差さないでほしいのです!」


 アカメがかなしげに眉根をよせた。子供が駄々をこねるような余韻を漂わせる。


 俺は気まずくなって咳払いする。


「悪い……お詫びといってはなんだけどさ……そろそろ勝負、決めるわ。恨みっこなしで頼む」


 俺はアカメを打倒すべく一歩、踏み出す。ローゲラの前で、カッコ悪い姿を見せたくなかったから。


「上等なのです! 正面から打ち砕いてみせるのです!」


 アカメが一転、喜色満面となった。情熱を爆発させるように躍りかかってくる。


 俺は胸部の前で両腕をかまえる。瞬時に間合いをつめ、アカメの懐に飛び込んだ。

 腰のひねりと背の反り、手首の返しを駆使し、拳に全体重を乗せた。

 渾身のストレートをアカメにお見舞いせんとする。


 未来を見通せるアカメは当然、回避してしまう。


「すさまじい打撃速度……今のは肝が冷えたのです! 事前に未来を視てなければ、まともに喰らって――」


 しかし返す刀、俺の腕がベクトルを変えた。ヘビのように曲がりくねって、アカメの腕にまとわりつく。


 アカメが顔を引きつらせる。


「な!?」

「予知の権能は万能じゃない。未来は枝分かれするからな……ある結果にたどりつくこともあれば、べつの結果に行きつく場合もある」


 俺はアカメの腕の関節を極めてカタナを取り落とさせた。


「無数の可能性から正解を選択する……その域は遠いみたいだな」


 俺はそのままアカメを組み伏せた。

 パンクラチオン――打撃技と組技を融合させた神代の格闘術。俺が前世で習得したものだ。


 正確には、生まれた時点でその骨子が身体にしみついていた。兵器レーヴァフォンにそなわる機能というべきか。


 パンクラチオンの利点は打撃を避けられたとしても、そのまま組技につなげられる点だ。

 未熟なアカメは、そこまで読みきれなかった。


「こんの――ぅっ!」


 アカメがジタバタもがいていた。


 しかし、すでに俺の腕が彼女の首に絡みついている。


「ほい、締め落とせば詰みだ……降参してくれ。あんま女の子を傷付けたくないし」


 観念したとばかり、アカメが全身の力を抜いた。


「先輩みたいなフザけた信念の持ち主に負けるのは屈辱なのです――が、いい勝負だったのです! 楽しかったのです!」


 アカメが俺に微笑みかける。


「約束通り、拙者を煮るなり焼くなり好きにするといいのです! そ、の……『そういう行為』だって敗者は受け入れるしかないのです!」


 なにやら勘違いしているらしく、その笑みがぎこちなかった。

 強がっていても女の子だ。待ち受ける未来に恐怖しているのかもしれない。


 しかし俺だって困っているんだ。どう後始末をつけようかと。

 俺は声をしぼりだす。


「……契約は破棄するよ。今回の件はチャラ。たがいに忘れようぜ?」


 こちらが助け船を出したにもかかわらず、アカメがむっと頬をふくらませる。


「拙者を侮辱するな、なのです! 一度はいたツバを呑みこむなんて女が廃るのです!」


 アカメがヤケ気味に叫んだ。


 俺はたまらず天をあおいだ。


「~~っ!? こんの、いじっぱりめ!」


 苦しまぎれ、俺が契約書に目を落とした瞬間――


「は?」


 異変に見舞われた。

 俺の身体から謎の糸が伸びていくではないか。


 アカメの身体からも正体不明の糸が伸びる。


 二本の糸が向かう先はおなじ――契約書だった。書類の文字が発光するや、二本の糸が結びつく。

 螺旋に絡み合って一本のより糸となってしまう。


 俺とアカメが同時に触れる――寸前、より糸が空気に溶けて消えた。


「こ、れは……ローゲラだけが視れるっていう運命の糸なの、か……?」


 ある生物の誕生から死まで――そいつの運命すべてを記録した端末なのだとか。

 俺が疑問を口にした瞬間、脳裏にフラッシュバックがはしる。

 視界が現実世界を置き去り、どこか彼方へと。


 ――見せつけられた光景は、アカメの死だった。

 四肢がひしゃげて胴体が潰れ、顔が苦痛に彩られている。あきらかに殺されていた。


 これはアカメの未来の姿を予知させられているのだろうか?

 アカメの亡骸、その外見の若さは現在とさして変わらない。遠からず、アカメはなんらかの要因で死を迎える。


 視界が現実にもどった。俺は問い詰めるべく、アカメのほうを振り返る。

 ちょうど彼女と視線が交錯した。


 彼女の物言いたげな表情からして一連の異常事態について心当たりがあるようだ。


「込み入った話になるのです……場所を変えましょう」


          ★ ★ ★


 俺はアカメの求めに応じ、寮内の自室へと連れこんだ。

 変な誤解をされかねない行為だが……やむを得ない。落ち着いて話ができるとすれば、ここだ。


 俺がアカメの自室――女子寮に足を運ぶのはハードルが高すぎる。俺は平民の男、貴族令嬢の巣窟は針のむしろだ。


 アカメが部屋の内装をキョロキョロ見回している。


「……意外に片付いているのです。先輩のことだから、散らかり放題かと……」


 アカメがひと言、そう呟いた。


 俺は苦笑する。


「そりゃ掃除するのはメンドいけどさ……定期的に片付けとかないと、もっとメンドくなるだろ? 部屋が汚いと心まで汚れた気になるしな」


 アカメが俺にジト目を向ける。


「むう……物臭ものぐさなんだか几帳面なんだか分からないのです」

「ふっふっふ! 俺はデキる男なんでな! 目先のラクより長期的な快適さを優先するのだよ!」


 雑談もそこそこに、俺たちは本題に入る。


「さきほどの不可解な現象……あれは拙者と先輩が運命共同体になったことを示しているのです」

「運命共同体? ……具体的には、どんな変化があるわけ?」

「はい、順を追って説明するのです」


 アカメが神妙な面持ちで打ち明けてきた内容は、おどろくべきものだった。


 アカメは運命の神ローゲラをその身に宿している。だからこそ権能の使いかたとその効果は本能的に理解できる。

 それを踏まえた上で、さきほどの異変はアカメが発生させたものではない。アカメの制御をはなれ、権能が勝手に発動したのだそうだ。


 となれば……権能の本来の持ち主ローゲラが起こした事態、そう考えるのが自然だろう。


 アカメがみずからの胸に手を当てる。


「拙者自身の内面に問いかけてみても、ローゲラ様のみことのりが聞こえてこない……どのような意図で以って、ローゲラ様が異変を引き起こされたのかは不明なのです」


 アカメが申し訳なさそうにペコリと頭をさげてきた。


 みずからの契約神と対話できる者は、ごく少数。天下の大英雄レベルでなければ不可能な芸当だ。

 アカメを責めるのは酷だろう。俺は首を振って話の続きをうながす。


「いいよ、不可抗力ってことだろ? ……それで?」

「……現在、拙者と先輩の命運は一体化した状態――つまり拙者が死ねば、連座で先輩も死んでしまうのです」

「……なるほど、ね」


 唐突でヘビーな事実だ。俺は内心の動揺を押し殺す。

 本音を言えば「マジか!?」と取り乱したい。


 しかし深刻そうなアカメの表情を見ていると……これ以上、負担を与えたくなかった。


 アカメがおずおずと切り出してくる。


「それで、ですね? ……拙者はもうじき死ぬ運命にあるのです。断片的に視た未来なので……いつどこで、なぜそうなるのかは分かりませんが……」


 そのカミングアウトは、ストンと俺の腑に落ちた。

 あの時、俺が目撃した光景はやはり予知だったらしい。


 その到来が数日後か、あるいは数ヶ月後かは不明。

 アカメは数秒先の出来事までしか予知できない。だから死の原因を前もって突き止めることは不可能。

 ローゲラから詳しい話を聞くのも不可能なので、現状は手詰まりだ。


 アカメが生き急いでいる理由にも納得できた。

 彼女は自分の未来をかいま見せられた。逃れられない死がすぐそこまで迫っているからこそ、いてもたってもいられないのだろう。


 アカメが地面に膝をつき、三つ指をついた。これは……アシハラ国の伝統的謝罪ドゲザか?


「先輩、申し訳ないのです! 拙者に償えることがあるなら! なんでもするのです!」


 俺はアカメに歩み寄る。


「顔をあげてくれ」


 俺が手を伸ばすや、アカメがビクリと身をふるわせる。


「せ、せせせ拙者の身体で済むのなら! 好きにしてくれていいのです! た、たたただですね? なにぶん、はじめてなので……満足していただけるか――はぅあ、痛だ!?」


 俺は魅惑の肢体に触れる――ことなく、アカメの額にデコピンを喰らわせた。


「ばーか……なに、ひとりで気負ってんだよ?」


 呆然とたたずむアカメの肩に、俺は手を置いた。


「お前だけの責任じゃないだろ? もとをただせば、俺が変な契約を持ちかけたからだ」


 あの契約書が運命共同体とやらのトリガーになったことは間違いない。

 契約書を媒介に、ローゲラが俺とアカメの命運をつなぎ合わせた。


「そもそも! 犯人はお前じゃなくてローゲラだ! 文句を言う相手がちがう!」


 俺はアカメの中にいる悪友へとイラ立ちをぶつける。

 前世の俺はローゲラに振り回されてばかりだった。今世まで、ロクな説明もなしに……ローゲラがケラケラ笑っているかと思うと、一発ブン殴ってやりたくもなる。


 俺はアカメに笑いかける。


「そう悲観するなよ。まだ死ぬと決まったわけじゃない……さっきも言ったろ。運命は変動するってさ?」


 俺は彼女の目元をぬぐい、その涙を拭きとる。


「確定された未来なんて存在しない。どんな逆境でも、くつがえす方法はある!」


 俺は彼女に手を差し伸べる。


「メンドいけど……腹をくくったよ! 俺とお前の運命、ぬりかえてやろうじゃんか! お前だって唯々諾々いいだくだくと従うなんてカンベンだろ?」


 燭台の火を反射してか、アカメの瞳がゆれている。感情が抜け落ちたような面をしており、俺の言葉が彼女の心に届いたのかは不明だ。


 しかし彼女が俺の手をとって立ち上がったのも事実だ。


「今すぐ考えを改めろなんて言わない……お前はこれまで死の運命に苦しんできたんだろうしな。今日はじめて、まともに会話した男の意見を素直に受け入れるほうがむずかしいだろ?」


 若い身空でくたばるなんてゴメンだ。俺に死の運命を受け入れる気はサラサラない。


「だから俺の動向を観察しといてくれ! 運命は変えられるんだって示してみせるからさ!」


 俺はアカメのことを死なせたくなかった。彼女は狂犬じみた言動が目立つものの……あんがい誠実な子だ。

 俺を自分の運命に巻きこんだことを謝ってくれた。誤解されやすいだけで、根は善良に見える。


 そしてローゲラのこともある。あの馬鹿がこんな真似をしでかしたのには、事情があるにちがいない。

 俺を強引に巻きこんででもアカメを救いたいのかも、だ。


 俺にはローゲラの要求に応じる義務がある。

 なにせローゲラこそが俺を転生させた張本人、無二の恩人なのだから。

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