第3話 激動のきっかけ

「いざ尋常に! 勝負といこう――具体的には、ポーカーで!」


 俺がそう口にした瞬間、オールバックがしらけたような声を発する。


「は?」

「だからポーカーだって! ポーカー! 紙牌遊戯トランプ・ゲームの一種! 金を賭けると、これがまた白熱するんだよ……もしかして知らない? 行儀のいい貴族サマはギャンブルと無縁か?」


 俺はなれなれしくオールバックと肩を組む。


「お前、だいぶ頭に血がのぼってるみたいだしさ! ちっと冷やしたほうがよさげだろ? 夜通しポーカーやって酒でも酌み交わせば、イヤなことなんて忘れちまうって……あ、飲酒について教師にチクらないでくれよ? 酒の出所も内緒な? 食堂のオッチャンと仲良くなれば、秘蔵の酒をおすそ分けしてもらえる……これ豆知識な?」


 オールバックの様子にもかまわず、俺はベラベラと話しかけた。


 ややの遠間から、ため息が聞こえてきた。先ほどまで俺と一緒に、物陰に隠れていたオルレックスの仕業だろう。


「こ、コイツ……状況わかってるのか? ある意味、大物なのか? カップルを助けた時はカッコよかったのに……しまらないヤツ」


 オルレックスがぶつくさと文句を垂れていた。


 俺は声を張り上げ、オルレックスに反論する。


「いや、しかたないだろ! 俺ってば喧嘩はからきしだからな! 物語の主人公みたく悪者退治なんて――」

「どいつもこいつも! この私をコケにしやがって!」


 オールバックが俺を無造作に押しのけ、ヒステリックな怒号を飛ばした。


【降神秘装・招来――】


 オールバックの手元に、槍がひと振り生み出された。月光を反射して槍の刀身、その刃紋がゆらめいた。


 虚空から唐突に武器が出現する――あきらかな超常現象だ。

 それを可能にする技術を学ぶことが、この降神術学園の存在意義である。


 かつて神々は死に絶えたが……その亡霊は残留している。単体では世界に影響を及ぼすことのできない影法師だ。


 そんな神の霊体――神霊と契約して超人的な力を得る手法、それが降神術だ。荒れ果てた地上を再生するための切り札である。


 オールバックもまた、降神術者のひとり。神霊をその身に降ろしている。神霊の力を武装という形で引き出すことができるのだ。


 俺はあわてて手を振り、オールバックをなだめる。


「おいおい、待て待て! 争いはなにも生まない――どころか、失ってばかりだぞ!? 俺の実体験的に!」


 問答無用とばかり、オールバックが俺に矛先を突きつけてくる。


「貴様も『降神秘装』を抜け! 貴族として丸腰の相手をなぶる気はない!」


 できれば話し合いで解決したかったところだが、世の中ままならないな。

 想定の範囲内とはいえ、メンドくさい。俺はポリポリと頬をかく。


「騎士道精神って奴? 物は言いようだねー?」


 神霊の力の具現――降神秘装は絶大な力を秘めている。当然、学園から使用を制限されていた。

 だからオールバックは打算を働かせたのだろう。俺にも降神秘装を抜かせることで、正当防衛の言い訳を成立させるつもりだ。


 俺は誘いに乗るべきだろうか? わざと無抵抗でボコられてもいいのだが……オールバックのキレ具合を見るに、殺されてしまう可能性もある。

 それはカンベンだ。俺にはまだやりたいことがある。ひいきの競走馬が花開く瞬間をおがみたい。お節介なおっさんたちと馬鹿話に興じたいんだ。


「……わかった、わかりましたよ。お手柔らかにたのむわ……俺みたいな雑魚を倒しても自慢にならないだろ? むしろ格が落ちるまである!」


 俺は観念して降神術を発動させる。


【回帰秘装・招来――無常の果実エトナ・イズーコ


 鍵文キーワードをとなえた直後……俺の手元に文字の羅列が浮かび上がった。ヘビのようにのたうつソレは術式――降神術発動の媒介だ。


 術式が陣形を成した。ほどなく鈍色の果実が具現化される。手のひらサイズに紡錘状のシルエット――イチジクの実だ。

 毒々しいまだら模様の表皮からして食欲を失せさせる。


 なんとも頼りない。武器ですらないが、このイチジクこそが俺の降神秘装である。


 それを見とがめ、オールバックが鼻で笑う。


「ハッ! なんだ、それは……我ら降神術者が神に選ばれた証! 己が可能性の象徴たる降神秘装が、これほど卑小な形で現れるとは……貴様の器が知れるな!」


 さんざんな言われようだ。とくにプライドもないので、俺は平然としている。


「だよな? 見るからにショボいよな? どうよ? 戦う気も失せたんじゃね?」


 俺は口八丁で心変わりさせようとしたが……残念ながらオールバックに引くつもりはないようだ。

 やむなく、俺はイチジクにかじりついた。


「うぁべっ! ……あいかわらずマズいな、コレ」


 俺は、苦虫を嚙み潰した時以上の苦渋にうちのめされる。

 果実をひとカケラ、口にふくんだ瞬間……絶望的な味が舌に広がった。なまぐさく、刺激臭が鼻をつく。食感もザリザリとして不快でしかない。


 俺は嘔吐感をこらえ、果実のカケラを飲みこんだ。

 その途端、俺の全身から神気――超常のエネルギーが立ちのぼる。


 厳密に言うと、俺は降神術者ではない。契約している神などいないのだから。

 そもそも相手を探す必要がない。なにせ俺自身の前世が神だ。


 俺の霊体は人間であり神。中途半端な状態だからこそ、かつての自分レーヴァフォンの力を引き出せばいいだけ。


 このイチジクの実には『望みがかなわなくなる』という効果がある。運命を強引に塗り替える、とびきり凶悪な呪いだ。


 俺は戦いたくないと切実に願っている。

 その望みが反転し、俺の中に戦うための力が湧き上がる――レーヴァフォンだった頃に回帰するというカラクリだ。


 人間という拘束具うつわにおさまった以上、俺の力は全盛期の万分の一くらいに落ちこんでしまうが……オールバックを制圧するには十分だろう。

 そう、勝つのは簡単だ。問題は勝ちかた。平民が貴族を倒したとなれば、否が応にも目立ってしまう。


 よって偶然に勝ちを拾ったような展開が望ましい。


 オールバックが神気をみなぎらせて腰をふかく落とす。


「手足の一、二本は覚悟してもらうぞ!」


 オールバックが両足をバネのように弾ませ、俺めがけて一直線に突きを放ってきた。


 その疾走は矢のごとし。神気で肉体を強化すれば、人間の限界を超えられる。


 俺はオロオロと回避に移る。なるべく滑稽に見えるよう大げさな動作で。


「おいおいおい……それはヤバいって! やさしくしてって頼んどいたろ!?」


 槍の矛先が俺の脇をかすめた。


「ひゃう! あごぎィがががガガガ!?」


 俺はすっとんきょうな奇声を上げて、無数の刺突をかわしていく。神気による身体強化を最低限にとどめ、ギリギリの綱渡りを演出した。


「理性飛びすぎだろ! 急所ばっか狙いやがって……せめて手足を狙ってくれませんかねー!?」


 レーヴァフォンの権能――固有の能力を使う気はない。オールバックを殺してしまう。


 さいわい、ここら辺は備品置き場だ。物があちこちに詰まれており、遮蔽物には困らない。

 俺は這う這うの体をよそおい、周囲の構造物を盾にして難を逃れる。


 攻めあぐねて不快なのか、オールバックが吠えてくる。


「おのれ、ちょこまかと! ドブネズミめが!」


 俺は物陰からアッカンベーをする。


「ドブネズミで結構! 正々堂々とやり合ったら一撃粉砕されるだろうが!」


 たがいに必死の形相で、追いかけっこがつづいていく。


 しかし俺は袋小路に追い込まれてしまう。


 ちょうど、敵の矛先が俺の正中線をとらえていた。


 回避は間に合わない――ので、俺は苦しまぎれっぽく手近な備品を抱え上げた。中身の詰まったズタ袋だ。

 俺はそれをオールバックに投げつける。


 オールバックがかまわずに突進、ズタ袋ごと俺を串刺しに、


「――な!?」


 しようとする試みは、不発に終わった。槍に刺された拍子、ズタ袋の中身が一面に飛散したからだ。


 煙となって視界をふさいだ白い粉末、その正体は消石灰だ。石材と石材をつなぐ接着剤モルタルの原料である。


 この空き地に消石灰入りのズタ袋が置かれていることを、俺はあらかじめ把握していた。

 盾にしようとしたのではなく、目くらましが狙いだった。


 消石灰の粉を吸いこんでしまったようで、オールバックがせき込んでいる。


「ゲホ、ゴホ……次から次へと! 小細工を弄しやがって!」


 その怒号に呼応し、槍がひときわ強烈な神気を帯びた。

 直後、烈風が吹きすさぶ。粉煙を巻き上げ、どこかへ押しやってしまった。


 気流操作が、槍の持つ能力――オールバックが神から貸し与えられた権能だろう。

 オールバックの契約神、その名前までは特定できないが……大気をつかさどる奴だったにちがいない。


 オールバックがジリジリと間合いを詰めてくる。


「手こずらせてくれた――が、ようやく追いつめた! 覚悟したまえ!」


 俺は途方にくれたような表情を作る――内心でほくそ笑んだ。


「おいおい、そんなもの振り回したらあぶないだろ? ただでさえ、ここらはゴミゴミしてんだから」


 俺の狙いは目くらましだけにとどまらない。

 オールバックは、周囲への注意をおろそかにしていた。考えなしに風を操って暴れさせたのだ。

 その頭上に、建築用の石材が積み上げられていることにも気づかず。


 石材のタワーが風にあおられ、グラついている。いまにも崩落しかねない。


 俺は、地面に置かれた障害物を指差す。


「足元がお留守だぜ?」

「フン、見え透いたハッタリを……私がつまづくとでも思っているのか?」


 オールバックが障害物を一瞥し、それをまたいだ――直後、上空から降りそそぐ石材に押し潰される。


「あ、ぎゃ!?」


 オールバックが潰れたカエルのような悲鳴をもらした。下敷きになったまま動かなくなる。


 俺は腰を抜かした体で、その場にへたりこむ。


「な、なんかよく分からんけど……勝った!? ……ふぃー、いよいよ万事休すかと思ったぜ!」


 一部始終を見届け、オルレックスが俺のもとに駆けつける。


「レン、大丈夫か!?」


 俺はオルレックスの手を借りて立ち上がる。


「サンキュな……ほら、見ろよ! 俺の足、まだブルっちまってる!」


 オルレックスが苦笑して俺の肩をド突く。


「アンタに頼って正解だったよ……素直にホメていいのか、分かんないけどね!」


 オルレックスは俺の勝利が計算づくだと気付いていないようだ。


「なに言ってんだ。運も実力のうちだろ?」


 俺は後ろ手に両手を組み、ニカリと笑った。


 気絶中のオールバックを置き去り、俺はメガネたちに歩み寄る。


「見つかったらメンドいし、とっととズラかろうぜ……今度、メシでもおごってくれよ?」


 俺がメガネの背を押してこの場をあとにしようとした時、


「――これはまた、めずらしい展開ね?」


 パチパチという拍手が俺の耳朶を打った。


 腕章を身につけた連中がぞろぞろと姿をあらわす。

 腕章の刺繍、その意匠デザインは学園のシンボルマーク――生徒会メンバーの証だ。


 新たな闖入者、彼らはいずれも隙のない佇まいをしている。自分から喧伝するまでもなく、エリートたる風格を宿していた。


 生徒会は学園内の風紀を取り締まっている。その一環で夜の見回りもしているのだ。

 最悪のタイミングで出くわしてしまった。俺は顔に手を当てて嘆息する。


「あちゃあ……手遅れだったかー。事情聴取とかカンベンしてくれよ」


 オルレックスがおびえて俺の背に隠れる。


「れ、レン……どうする!?」


 生徒会の先頭に立つ女子生徒が、俺に視線を向ける。路傍の石を見るような眼差しだった。


「まさか平民あなたが貴族を打倒してのけるなんて……その幸運には敬意をはらうべきかしら?」


 キツネのような細目の少女である。白皙の肌にはシミひとつなく、同性すら見惚れるような麗貌の持ち主だ。


 俺は揉み手でキツネ目にすりよる。


「俺の素行的に説得力ないかもしれないけどさ……悪さをしてたわけじゃないんだぜ、生徒会長どの?」


 キツネ目――生徒会長が片眉をはねあげた。うすい微笑を口元にはりつけているものの、その目が笑っていない。


 俺は有無を言わさず、まくし立てようとする。


「喧嘩になっちまったのには、ふかーい事情があるわけよ。罰則をくだすにせよ、そこらへんを斟酌してもらえ――」

「あら、発言を許した覚えはありませんよ?」


 しかし、生徒会長にバッサリ切り捨てられてしまった。

 生徒会長が扇子で口元を隠して俺に説いていく。


「誤解させてしまっていたら、ごめんなさいね。わたくしはあなたの弁解を聞きたいわけではないの。どちらに非があるか、責任の所在を問うつもりもありません……ただ一点、彼我の力量差も分からずに突っかかった愚昧が鼻につくというだけ」


 なに言ってんだ、生徒会長こいつ。俺は目をパチクリさせてしまう。


 生徒会長の口ぶりは、物分かりの悪いガキをさとすかのようだ。


「理解できるかしら? 偶然に救われていなければ、あなたは命を落としていたかもしれない。己の分をわきまえることね?」


 その通りとばかり、背後の連中がうなづいている。生徒会長の取り巻き――生徒会役員だ。


 俺はポカンと口を開ける。ようするに、落ちこぼれが出過ぎた真似をするなと伝えたいのだろうか?


「いや、そりゃ荒事はカンベンだけど? 俺ってば平和主義者だし!」


 どう返事をするのが正解か分からなかったので……とりあえず、俺は愛想笑いでトボけておいた。


 生徒会長がつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「女にあなどられて、その態度……ほとほと覇気のない男ね?」


 それきり、生徒会長が俺から視線をはずした。失せろ、と手を振ってくる。


 ぞんざいな対応ではあるが、おとがめなしで解放されるというのなら万々歳だ。

 俺は仲間たちを促し、クルリと踵を返す。


「お、オイ! いいのかよ! アンタは良いコトしたってのに! ……こんな仕打ちされるいわれなんてない!」


 オルレックスが俺に耳打ちした。その横顔を、歯がゆそうにしかめている。

 この学園のゆがみをなげいているのだろう。なにかあれば平民のせいにされ、ロクなケアもされない。


 俺も思うところがないわけではないが……考えないようにしている。疲れるからな。

 俺は今の生活にそこそこ満足しているのだ。面倒なことはあれど、気の合う連中もいる。


「そう思ってんなら、日頃から俺を持てはやしてくれてもいいんだぜ?」


 俺はオルレックスの頭に手のひらをポンと置いた。その髪をクチャクチャに撫でまわす。


 オルレックスがくすぐったそうに目を細めた。こころなしか、その頬が上気している。


「このバカ! セクハラやめろ!」


 オルレックスの苦情を聞き流しつつ、俺は背後をチラリと流し見る。


 俺の演技に気付いた者はいない。運勝ちしたと思いこませたはずだ。俺に対する生徒会役員の軽蔑と非難の眼差しが、それを物語っている。


 しかし、ひとりだけ様子のちがう者がいる。役員のひとり、一年生の女子だけは俺に肉食獣じみた眼光を飛ばしていた

 いまにもよだれをたらしそうだ。彼女が件の戦闘狂である。名前はたしか……アカメ・トゥケルアート。

 低位貴族のご令嬢。入学して早々、頭角をあらわした神童ちゃんだ。


「……ウワサ通りの狂犬ってわけ? メンドくさいねー」


 俺はひとりごちた。実力がバレるような不手際をおかしてはいないが……背筋に悪寒が走っている。


「何事もなく――ってことにはなってくれないモンかねー?」


 一抹の期待をこめて、俺はそう呟いた。必然、足取りが速くなる。


 しかし、残念ながら。俺の悪い予感はいつも当たってしまうのだ。

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