第6話 大団円
被害者である梶原という男が掛けた電話の相手が誰かということは、すぐに判明した。
録音された内容には、被害者である梶原の声しか残っていなかった。
いや、ここで、被害者というのは、あくまでも、
「殺人事件の被害者」
という意味で、ストーカー事件としては、
「加害者」
なのであろうから、言葉の使い方も、難しいというものである。
警察はさっそく、美穂のところを訪れた。
美穂は、家の近くで殺人事件があったということすら知らなかったので、警察の訪問に、ビックリするというよりも、キョトンしたと言った方が正解かも知れない。
「田辺美穂さんで間違いないですか?」
と聞かれた美穂は、なぜ警察が自分のところに来たのか分からないので、不安ではあったが、
「はい。そうです」
と、正直に答えるしかなかった。
本当は、
「どうしたんですか?」
と聞きたかったが、とりあえず、そう答えるしかなかった。
「実は、今朝、ここから少し入ったところのマンションで人殺しがありまして」
といって、マンション名を聴いて、
「ああ、聞いたことはありますが、行ったことはないですね」
と美穂は答えた。
「いきなり、聞かれもいないことを先々に答えるというのは、警察に対して心証が悪いのではないか?」
と感じたが、言ってしまったものは仕方がない。後は警察がどう感じるかということを、注意深く見ていくしかなかった。
「じゃあ、梶原佐吉という男性をご存じですか?」
と聞かれた美穂は、
「いいえ、知りません。誰ですか? それは」
と素直に答えた。
ウソをついているわけではないので、美穂には自信があった。
「警察に疑われるかも知れないけど、毅然とした態度を取る方がいい」
というのを、以前、ドラマか何かで見たことがあったが、実際に、こうやって面と向かうと、
「やっぱり、あの時の話は、そういうことだったんだ」
と、納得がいった。
「その人が殺されたんですよ」
と警察は言った。
「それで私に何か聞きたいことが? 初めて聞く名前なんですが?」
と言った瞬間、ピンとくるものがあった。
「昨日? あの電話かしら?」
と思うと、美穂は一瞬、かしこまってしまったが、その様子を刑事には、気付かれた様子はなさそうだった。
すると、果たして刑事が早速、
「実は、その殺された人の通話履歴で、最後に電話を掛けたのが、あなただったんですよ」
というではないか。
「私は、その人を知らないんですけどね」
というと、二人の刑事は、顔を見渡して、一人の刑事が、
「そうですか。実はあなたの方では、確かに知らないのではないかというのも分かるんですが、でも、あちらではあなたのことを知っているようなんですよ」
というではないか。
「えっ? どういうことですか? 通話履歴くらいだったら、間違い電話だったかも知れないじゃないですか」
というと、
「いや、じゃあ、これをご覧になっていただけますか?」
ということで、刑事は、何枚かの写真を取り出したのだった。
その写真は、言動を絶するような恥辱の写真であり、美穂にとって、不覚などという言葉で言い表せるものではなかった。
もちろん、その背景が自分の部屋であり、そこに写っているのが自分であることは間違いなく、刑事に指摘されるまでもない、あらわな状態だった。
「これをまさか、その死んだ男というのがもっていたと?」
と言われた刑事は、黙ってうなずいた。
美穂は少し落ち着いてくると、何となく覚えがあった気がした。
あれは、美穂にとって、
「一生の不覚」
といってもいいことで、大学の時に一度、ナンパに引っかかったということで、この部屋に男を上げたことがあった。
もちろん、性行為までは、織り込み済みで、そのつもりで男を部屋に上げたのだった。ちょうど、男に不倫をされ、それを追求すると、見事に手の平を返して逆ギレするような、とんでもない男だったので、すぐに別れたが、自暴自棄になったとしても、無理もないと思っていたのだった。
その時、自分が完全に意識を失っていたのが分かった。
「呑みすぎたんだわ」
ということで、納得したが、その男の態度が、微妙に変わったのは、その時だった。
決して、
「賢者モード」
で変わったわけではない。
せっかく相手も紳士に徹して、ここまでうまくやってきたのに、セックスの前から、どこか冷めていたような気がしたのは、気のせいではなかっただろう。ただ、美穂の方は、心地よい酔いの中で目を覚ましたところで男に抱かれる快感を、味わったのだから、初めての快感に酔いしれていたといってもいい。
「だから、相手が冷めているように見えたのかも知れない」
と感じたのだ。
男は、そそくさと帰っていったが、最後には、まだまだ火照った身体の自分が取り残され、またしても睡魔から熟睡してしまったことで、後からその日のことは、
「最初から夢だったのかも知れない」
と思うようになっていたのだった。
「何かを仕掛けられたとすれば、その時しかなかったんだ」
と思うと、美穂はゾッとした。
そして、それが、ずっと続いていたことが、恐ろしい反面、しかし逆に、
「すでにその男が死んだということは、これで、もう怖い思いをすることはないだろう」
と思えたのだった。
「誰か知らないが、殺してくれてよかった」
と思ったのも事実だが、彼女からすれば、正当な感情だったに違いない。
警察の話の中で、一つ食い違ったことがあったのだが、美穂が録音していたのは、二度目の電話であり、男の電話に残っていた録音データは一度目の電話だった。警察が後で分析したところ、同じ音声であることは、間違いなく、彼女の電話への履歴は一つしかなかったということだった。
「じゃあ、最初のあの電話は何だったのかしら?」
思ったが、もう一度着信履歴を見ると、
「非通知」
になっていたのだ。
美穂が最初かかってきた電話に出なかったのは、寝ているところを叩き起こされた形になったが、非通知だったことで、最初から無視するつもりだったからだろう。それを失念していて、今改めて、殺人事件が起こったことで、発覚したということだろう。
ただ、偶然にしては、よくできている。美穂は、前述の秘密を、
「墓場まで持っていく」
というつもりであったし、その思いは、
「梶原という男が殺された」
と聞いたくらいでは、その思いが揺らぐことはなかった。
しかし、自分にとって、一度目の電話が非通知であったという理解不能な状況になり、怖くなって、警察に話したのだ。
発覚した時点で、本来なら、警察への相談案件だと思ったからだ。
警察が捜査していくと、
「梶原という男、実は一部の人間に、一人二役を演じていた」
という。
そのもう一役というのは、
「弟の史郎」
だったのだ。
史郎は行方不明になっていて、密かに警察には捜索願を出していたという。ただ、それは、
「警察というところは、犯罪が絡んでいない限り、捜索などするわけはない」
ということを逆手に取ったのだ。
実は、その捜索願を出したはずの史郎の、
「影武者」
のような男がいて、その男が史郎になりすまし、あくどいことをしていたのだという。
そのあくどいことというのは、美穂にしたような、隠しカメラを仕込むということをしたことを皮切りに、
「二人がお互いに、一人二役、あるいは、二人一役を、巧妙に入れ替わりながら行っていることで、不可能だと思うようなことを可能ならしめるということをしていたのだ」
ということであった。
下手をすれば、殺人や、放火などの本当の凶悪な事件でもないかぎり、ある程度のことはできていたようだ。
「こんな大それたことを、たった二人で考えてできるものだろうか?」
ということで、警察は、いよいよ、本腰を入れて、捜査しているようだった。
梶原の殺害に関しても、
「何か問題があって、組織に消されたのだろうか?」
とも思われたが、死体を隠すでもなく、梶原が殺されていたのは、何がどうなったのか、これからの警察の捜査によることだろう?
「一人二役と二人一役のコンビネーションに、昔でいうところの、死体損壊トリックの常套手段である、立場が入れ替わった犯罪」
ミステリーをずっと書きたいと思っていた美穂にとって、実に興味深い犯罪ではないだろうか?
「私だったら」
と美穂は感じていた。
どのようにするというのだろうか?
今回は、自分の知らないところで、男たちが暗躍していたのだろうが、美穂がいろいろ読み込んできた小説のトリックなどを重ね合わせてみると、一つの仮説が生まれてきた。
それは、警察がこれから捜査することで判明していること、そのものであり、
「まるで、犯人は、この私なんじゃないかって思えてくるわ」
というものであった。
そこには、男同士の最近はやりの、
「BL」
つまりは、ボーイズラブ、衆道、男色と言われるものが蠢いているのだった。
まさに、
「蠢いている」
というのが、ピッタリである。
美穂は、
「私の前世は、ひょっとすると、戦前戦後に活躍した、プロの探偵小説家ではなかった?」
とさえ思えた。
美穂はこの話をミステリー小説として起こした。それを出版社に持ち込むと、何と、
「面白い」
と言われたのだ。
「まるで、体験してきたことのようで、実に生々しい。これはもはやミステリーではないね。オカルトチックな内容を含んでいることから、新ジャンルだといってもいい。この変質的なところが、昔の探偵小説の、変格探偵小説と言われたものに似ている。そう。SMだったり猟奇殺人などというものを前面に押し出すのが、変格探偵小説なんだけど、このお話は、そんなものがなくても、十分、オカルト的な要素を含むことで、成り立っているのではないかな? そう、今までになかった、ミステリーの新ジャンルとして、君が先駆者になれるかも知れない」
と、編集部でも、興奮気味だった。
美穂も有頂天になっていたが、編集部が、実は美穂が、かつて、自分の部屋に盗撮カメラを仕掛けた男たちを葬り去ることを計画し、まんまと警察にも捕まらず、今は、
「絶対に見つかるはずのない犯人」
つまりは、
「架空の男」
を探し回っていることで、自分が絶対に安全であることにほくそえみ、
「すぐに、お宮入りになるさ」
と思っているとは、さすがの編集長も思っていなかっただろう。
「悪魔のような小説を、経験談から書いたことで、その生々しさが、完全に血の臭いによって、自分を、一人二役にも、複数役にもしてしまう」
それが美穂だったのだ。
ただ、こんな恐ろしい怪物のような女を生んだのは、まさに世の中の理不尽さからくることだとは、どうせ誰にも分かるはずなどないのだから……。
( 完 )
血の臭いの女 森本 晃次 @kakku
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