第5話 近隣マンションの死体
美穂が、
「寝苦しい夜」
を過ごしたその翌日、近隣のマンションで、一人の死体が発見されたという。
そのマンションというのは、美穂が住んでいるマンションから、一つ筋を入ったところから、奥まったところにあった、いわゆる、
「閑静な住宅街」
への入り口になるところだったのだ。
その場所に入ると、夜になると、極端に人通りが少なくなり、大きな通りであるにも関わらず、バスも通っていないというところであった。
それだけ、大きな通りは、このあたりには乱立しているようで、どうやら、昔の武家屋敷の名残からか、
「大きな通りと、少し入ったところでの、差というものは、想像以上のものだったのである」
といってもいいだろう。
さすがに、
「眠らない街」
というほどのものではないが、夜になっても、若干の人通りがあった。
元々、閑静な住宅街ということで、痴漢やひったくりなどの犯罪が慢性化しているということで、いつの頃からか、有志が集まって、
「見まわり隊」
のようなものを組織しているのだった。
見回り隊といっても、さすがに、
「新選組」
のような、剣豪集団なわけもなく、当然、今の時代に、民間の組織で、護身用の武器などを保持しておくわけにもいかず、警察からは、
「危険ですから、やめてください」
と言われていたのだが、民間人も黙っていない。
「何を言いやがる、警察が無能だから俺たちがやってるんだろうが、お前たちの無能を棚にあげて、俺たちに物申すつもりか? 何様のつもりだ。この税金泥棒が」
と、口調は悪いが、一言一句間違ったことを言っているわけではない。
完全に当然のことを言っているわけで、さすがに警察もここまで言われると、腹が立つというのもあるだろうが、それ以前に、ぐうの音も出ないので、言い返せないのであった。
そんな状態では、警察も何もできない。
実際に、街の警備もさることながら、この市民有志の団体も、危険にさらされることになるわけで、苛立ちもあるが、彼らも気にしておかなければいけない。
正直に言って、
「もう、余計な手間は掛けさせないでほしい」
と言いたいのだろう。
しかし、市民団体からすれば、それどころではない。
「警察が無能だから俺たちが」
というのは、もっともなことで、本当は警察が無能というよりも、
「決まり切ったことしかできない警察組織」
というものが、
「本来の目的で機能していない」
というのが、問題なのだろう。
つまりは、
「防犯をいくつかの団体で行えば、抑止にはなるかも知れないが、何かが起こった時、収拾がつかないことになるかも知れない」
ということも考えられるということである。
そんなことを考えていると、どうしても、警察と市民団体の確執から、
「何かよからぬことが起こらないか?」
ということが、問題だったのだ。
その、
「悪い予感」
が本当に当たってしまうとは、そして、
「それが、このタイミング」
ということを誰が予測したというのだろう。
このタイミングというのは、ちょうど、
「市民団体の団長が、交替した」
というタイミングだった。
基本的には、団体の団長は、選挙のようなもので選ばれる。普通の区や組で、自治体傘下としての団体であれば、
「公平に、持ち回り」
というのが、多いのだろうが、彼らの場合は、そもそも、
「有志を募っていての、自治体傘下ではない、独自の団体」
ということで、選挙制となっているのだった。
ただ、公式ではないということだったが、市から、
「団体登録」
ということで、団体運営費のようなものがもらえるのだった。
他の自治体にそんな制度があるのかどうかわからないが、
「公式ではないが、警察も自治体もできない警備を、彼らが代行してくれているということであれば、運営費をあげるのは、当たり前だ」
ということで、多数決でも、賛成多数で、
「運営費の支給」
が決定したのだ。
これは、ある意味、
「警察に対しての自治体の挑戦」
でもあった。
ここの自治体は、基本的に、管轄となっている警察が嫌いだった。
というよりも、
「警察全体が大嫌いだ」
という人がほとんどで、それは、同じ公務員ということで、却って、相手のことがよく分かるのか、それだけに、相手がムカつくという感覚に間違いはなかったのだった。
「どうせ警察だって、俺たちを嫌っているさ」
ということで、一触即発という様相を呈していたのが、ずっと続いてきたのだった。
そんな警察と自治体の間に割って入った。
「私設警備隊」
は、完全に、自治体寄りに見えるが、内情は、
「それほど自治体に期待しているわけではない」
ということであった。
自治体というものが、いかにいい加減なものかというのも分かっていて、
「警察と同じ穴のムジナ」
というくらいに感じていたのだ、
「しょせんは、どちらも公務員」
と思っていて、ただ、
「どちらがひどいか?」
と言われると、
「満場一致で、警察だ」
というに違いない。
なぜなら、この警備を始めたのだって、実際に被害に遭った人が一向に減らず、団体に所属している人の家族が被害者だったりすることが多いからだった。
それを考えると、
「私設警備隊」
を築くのは当たり前で、本当であれば、
「運営費だって、自治体から出ているが、そんなものは、正直雀の涙にもならない」
ということであった。
そういう意味で、自治体に対しても文句があった。
「あいつらは、ほんの少しでも、金を出せば、それで俺たちが喜ぶとでも思ってやがるんだ。これっぽちの金で何ができるっていうんだ。しょせんは、金をやっているということで、マウントを取りたいだけじゃないか。こんなあざといこと、俺たちが見抜けないとでも思っているのか、そのバカさ加減が、情けないのさ」
ということであった。
それでも、
「敵を警察」
ということにしておかないといけないことから、どうしても、自治体に逆らうことはできない。
それを思うと、どこかやり切れない気分にさせられるのだった。
そんな状態で、警備をするようになってから、5年が経っていた。
その間に、
「世界的なパンデミック」
というものが起こり、警備隊も休業を余儀なくされた時期があった。
「この時期は自治体も金が出せない」
ということもあって、
「それよりも、外出を控えるようにしてくれないだろうか?」
ということもあって、しばらく様子を見ることにした。
そもそも、第一の目的である、
「家族を、暴漢から守る」
ということも、家族の外出がなくなったことで、国が発令した、
「緊急事態宣言」
の間は、こちらも自粛していたのだ。
そこから、約2年間ほどは、伝染病の蔓延ということもあったが、それ以上に、
「政府の迷走」
というものがひどく、安定しないようだった。
ただ、蔓延が落ち着いてきたわけでもない状況で、政府が、
「経済を回す」
という理由で、
「行動制限はしない」
あるいは、
「マスクも外していい」
あるいは、
「特定伝声病」
という指定から外す。
などと言い出したのだ。
ハッキリいって、それらすべてにおいて、
「政府が何をしたいのか?」
あるいは、
「大っぴらには言えないが、本当は……」
ということが、喉から出かかっているのではないだろうか?
要するに、
「金がない」
いや、もっと正確にいえば、
「俺たちが懐に入れる金がなくなるのが怖い」
という私利私欲に塗れた政治家が考えていることであり、
喉から出るほどに言いたいことは、
「お前ら国民なんか知らない。俺たちは金が儲かればそれでいいんだ。誰が死のうが生きようが関係ない。自分の命は自分で守れ」
と言っているのと同じではないだろうか?
もちろん、これを大っぴらに言えるわけはない。しかし、明らかに、政府や自治体は、
「金を出したくない」
ということは、見ていれば露骨なほどに分かるのだ。
そんな様子を見ていて、
「今の政府や警察は、本当にあてにならない」
と感じたことで、
「この施設団体の意義が、今こそ試されるのではないだろうか?」
と、考えるようになった。
実際、最近では、警察も何も言わなくなった。
というのも、実際に、彼ら、
「私設警備隊」
というものができて、確実に、犯罪件数は減ってきている。
警察の見回り程度では決して減ることはなかった。よほど、私設警備隊というものを恐れているのかも知れない。
一つ考えられることとして、
「私設警備隊が、非公式である」
ということだ。
何といっても、彼らは、警察のような、公的な施設ではない。
ということは、逆にいえば、
「何をするか分からない」
ということだ。
もし、警察に捕まれば、確かに刑務所に行かされたり、前科がついたりすることは間違いないが、だからといって、
「私設警備隊」
というものを舐めるわけにはいかない。
彼らは、
「法律によって動いているわけではない」
ということだ。
警察であれば、個人情報保護や、刑法、刑事訴訟法で守られて、特に、個人のことを、必要以上に曝け出したりはしないだろう。
完全に、
「犯人だ」
ということにならない限りは、重要参考人といっても、逮捕されない限りは、その人を糾弾することはできないだろう。
しかし、施設警備隊に、
「現行犯」
として捕まったら、そこで、個人情報は完全にバラされるかも知れない。
警察だったら、
「冤罪になったら」
ということで、逮捕状でも出ない限りは、その情報は守秘義務で守られることだろう。
しかし、法律の抑えが利かない、民間であれば、
「俺たちが断罪するだけだ」
といって、いきり立っている連中を抑えるのも難しいかも知れない。
何といっても、団体に所属している人たちは、家族や大切な人を守れなかったという後ろめたさがあるから、いまさら、悪に対して容赦をする気などまったくない。
というわけである。
そんな状態において、犯人たちも、相手を、
「まるでやくざを相手にするようなものだ」
と思うことで、恐ろしくなって、何もしようとしないのだろう。
それでも、
「相手が何であれ、自分の欲求を満たさないと我慢できない」
というような人たちは一定数いるわけで、それらに対しての使節警備隊がどこまでの力を発揮できるかというのが、大きな問題だった。
確かに、
「警察だけだったら、何とかなる」
と思っていた連中が引きこもっているとはいえ、中には、
「団体で行動している犯罪組織」
のようなものもあるかも知れない。
それらの存在を、施設警備隊が、失念しているのは、恐ろしいといってもいいのではないだろうか。
それでも、今のところ、鳴りを潜めていることから、問題はないといえるが、行動を始めると、警察でも、容易に検挙できない相手なので、民間にとっては危ない存在であろう。
しかし、それを彼らに忠告することは難しい。
もしそんな忠告をしようものなら、
「お前ら警察が何もできないから俺たちがやっている」
という、
「実にその通り」
のことを言われて、またしても、ぐうの音が出なくなるということになってしまうのであろう。
そんな私設警備隊が、まさか、
「殺人事件」
の第一発見者になろうとは、誰が想像しただろうか?
警備隊は、ほとんどは、日没から、日付が変わるまでというのがその行動パターンであったが、
「世界的なパンデミック」
の影響で、警備は、早朝にも行っているのだった。
時間的には、午前4時から6時くらいまでということで、その時間に、空き巣や強盗まがいのことが、他の町で多いということからだった。他の街では、警察が動いていたが、この頃にはすっかり、私設警備隊が、警察よりも、街の治安を守っているという状況になっていたのだった。
そんな状態だったので、ちょうど、
「新聞配達の人」
と変わらないくらいの状態でのパトロールが続いたのだ。
というのも、ここ数か月の間で、4、5件という、無人のところを狙う強盗事件が発生したのだ。
それも、たぶん、犯人は、
「素人ではない」
と警察は思ったことだろう。
入念に計画されたところでの犯行であり、防犯カメラで写ったとしても、それが、犯人逮捕に必ずつながるというわけではないということであった。
しかも、時間帯が、一番警察のパトロールも手薄になるということも分かっていて、さらに、場所の選定も、間違いないのだから、警察でもどうしようもないことであり、パトロールを強化するといっても、限界があるということであろう。
それを思うと、借ではあるが、
「民間が動いてくれる」
ということを、
「抑止として使う」
ということにしないと、自ずと警察にも限界があると思い込んでいるのだった。
本当であれば、
「何かあったら、どうするんだ?」
ということが最優先なんだろうが、警察としても、マスゴミから、
「最近の治安の悪さは、そもそもの警察のやり方に問題がある」
といって、警察組織を、斬ってくるという報道の仕方をしてくることで、世間の噂などから、警察のメンツや威信が、崩れることになってしまうのだった。
そこで、彼ら、
「私設警備隊の登場」
ということになる。
さすがに警察から、お願いというものできないので、警察の予算の中から、彼ら警備隊に、一部を運営費として渡し、
「裏で繋がる」
ということになったのだ。
自治体からの、
「運営費」
とはくらべものにならないくらいの金額が提示されたのだ。
元々、自治体の安さには腹が立っていたが、それ以上に、ムカつくのは、その金額が自分たちという存在を軽視して、舐めているということが分かったからだ。
ただ、今回の金額の違いには、
「メンツと威信」
というものが、入っているだけに、それなりの金額になっているのは当たり前のことであったが、それだけではなく、警察というものが、
「俺たちを認めてくれた」
ということが分かったことで、少なくとも、
「警察という国家権力に勝った」
ということも言えるのだった。
しかも、今回は、警察から一人、警備隊が出動する時に同行することになった。
それにより、
「警察がもっている権力や、能力を、俺たちが使うことができるんだ」
ということで、何よりも、そのことがありがたかった。
つまりは、彼らの行動を妨げるようなことをすれば、警察官がひとりでもいることで、
「公務執行妨害」
ということが適用され、
「協力しない市民がいれば、協力させるだけの権力を持ち合わせている」
ということなのだった。
元々、これがないのが、
「俺たちにとっての、一番のアキレス腱だ」
と思っていたので、警察に乗っかるのも、
「願ったり叶ったり」
ということになるのだった。
そんな状態で、見回りをしているところで、死体を発見してしまったのだった。
ちょうど、新聞配達がまだウロウロしている。夜も明ける前のことだったのだ。
そんな中において、死体が発見された。その死体は、まだ若く、青年といってもいい。発見した、
「私設警備隊」
の一人は、
「マンションの玄関から、脚が見えたんですよ」
ということであった。
被害者の身元は、すぐに分かった。その男は、近くの大学生で、このマンションの住民かと思えば違ったのであった。
財布の中から免許証と大学の手帳が見つかり、大学で確認してもらうと、
「法学部の、梶原佐吉」
だということであった。
梶原佐吉は、ほとんど所持品はなかったようで、カバンも落ちているわけではなかった。最初は、
「犯人が、持っていったのだろう」
ということであったが、目的が分からない。
身分を隠すつもりであれば、ポケットも空にするはずなのに、別にポケットを物色したわけではない。
ということは、このまま放置されたといってもいいだろう。
大学の2年生の二十歳だということだった。
一つ気になったのは、マンションのオートロックの中にいたので、誰かの部屋に行っていたということだろうか?
彼の所持品の中に、スマホがあった。当然、通話履歴や、LINEなどの送受信の履歴も調べられたが、ほとんどは、友達との会話であったが、一件、意味不明の連絡先があった。
相手の名前は、
「ミホ」
と書かれていた。
そう、察しのいい読者であれば、この美穂というのが、田辺美穂であり、通話というのが、昨日美穂が取ることになった。あの気持ち悪い電話だったのだ。
男がどんな会話をしていたのか、その履歴が残っているわけではないと思い調べてみると、何とも気持ちの悪い声が入っていた。
刑事はそれを聴いて、
「なんだ、これは?」
ということになった。
刑事も聞いた瞬間に、この気持ち悪い、まるで自慰行為のような声を、まともに聞くことはできなかった。
仕事として聞くと割り切っている刑事でさえもそうなのだから、実際にいきなり聞かされた美穂は、溜まったものではないだろう。
しかも、スマホの画像も調べられたが、明らかに、どこかの女の子を盗撮していたのだ。
時系列にして、昔から、普通に表を歩いていうところが目立っていたのに、次第に、盗撮っぽくなってきて、どうやら彼女の部屋も分かっているのか、部屋を出てから、マンションを出るまでの様子が完全に映し出されていたのだった。
しかもである、そのうち次第に、
「どうやって撮ったんだ?」
という、部屋の中を思わせる写真も出てきて、部屋の中に一人しかいないはずの写真まで出てきたのだ。
そして、その後になると、彼女が、男と歩いているところや、レジの近くでニコニコ笑っているところまで映っている。
どうやら会社の帰りをつけて、何を買っているかということまでチェックしているようだ。
「うわあ、何てやつだ」
と、最近では、そんなストーカーも珍しくはない時代だが、どうやって撮ったのかということが分からないような写真を持っているのが、あまりにも常識を逸脱しているのが常軌を逸しているかのようで、口にするのもおこがましい男であったのだ。
「最近は、こういうやつも増えてきているというが、ここまでひどいのはなかなか聞かないよな」
と、まるで、梶原本人には絶対に撮れないだろうという写真を、いとも簡単に撮影し、それを持っていることに恐怖を感じる。
担当刑事は、こんな男の存在が、果たして、
「殺されたことで、犯人を憎めるような人間なのだろうか?」
と考えさせるのだった。
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