突風

@demz

第1話

揺れていた。会場中にウーハーの音が響き、揺れていた。


クラブなんかよりもずっと重い。ズンと重く身体全体に響き渡る。


この重低音を演出しているのは、他でもなくかつての親友である義明だった。


ヒューマンビートボックス、口から発する音だけを使い、様々な音を出す、いわゆるボイパで会場を揺らしていた。


彼は大学時代に日本大会ベスト8になり、生で聴くことができたこの会場の人たちは私を含め極めて光栄であろう。


軽い気持ちで行ったことを懺悔したい。


最初は高校時代のかつての親友と久しぶりに話したい、近況報告でもしようと思っていただけだった。しかし、このライブで彼の近況を知ると同時に自分の情けなさを痛感した。


同じ高校、大学に通い夢を追い続けてきた彼と、サークルなど遊び呆けていた自分の現在を重ねたときにフェルメールの描く光と影を想像する。


自分の夢を追い続けている眩しさが会場をゆらす重低音より遥かに重かった。彼は現在ではボイパに加え、アカペラバンドメンバー、シンガーソングライターとして多種に音楽活動している。


そんな彼はライブの中で新曲を披露してくれた。


歌が始まる前こんなことを言っていた。



自分が必死に夢を追い続け、今この舞台で伝えたい想いは 夢を捧ぐ です。


これからは自分の姿を見て、頑張りたいと思って貰えるように 僕が皆さんに夢を捧いでいきたい。



新曲の歌を心地よく聴いている自分と、これから頑張りたいと思う自分の二人が心の中に現れていた。



彼を見て、今の自分にとって1番必要なビタミンを貰えた。何も頑張ってこなかった25年間の自分の人生を奮い立たせてくれた。



懐かしの再会は、大切にしなければいけない友人であることを再認識させられた。




1番揺れていたのは、会場、身体でもなく自分の心だったのかもしれない。

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