第28話 スイートピー
どうして、魔法が使えたんだろう。
黒い闇の中で、俺はふと考えた。
剣身が炎を纏った。
あれは間違いなく、火の付与魔法だろう。
つまり、最弱の魔法だ。
最弱のはずなのに、俺が発現させた魔法は高威力だった。
まるで大精霊フレイムが使う、『紅蓮の聖剣』のようだった。
それにあの時、俺は「"フレイム"」と唱えた。
何も考えずに口ずさんだが、きっと何か関係があるはずだ。
もしかすると、俺が忘れてしまった記憶の中に答えがあるのか……。
まあ、わかるわけないか。
俺はそこで考えるのをやめ、また闇の中へと潜った。
暗い世界だ。
海みたいな場所でぷかぷか浮かんでいる感覚だ。
ここはどこだ……?
ああ、もしかしてここは夢の中――。
「ん……」
目が覚めると、俺はベッドの上だった。
視界には見慣れた天井が広がっている。
俺がこの村で寝泊まりしている部屋の、天井の木目だ。
明るいな。
この感じは朝くらいだうか。
……ああ、そうだ。
俺はエレクサを倒したあと、そのまま気絶したんだった。
恐ろしい女だった。
思い出したくもない。
夢の中でまであの時のことを考えるなよ、俺。
俺は顔をしかめて、少し身じろぎした。
すると、ベッドの横からハッとした声が届いた。
「ハルっ、やっと起きたんだね」
俺は寝たまま、顔を横に向けた。
ベッドの横の椅子に座る、白銀髪の美少女と目が合った。
彼女の安心したような顔を見て、俺も安心した。
「ソラ……生きてたんだな、俺」
「もうっ、物騒なこと言わないの。みんなすごく心配したし、私も頑張って手当てしたんだから」
ソラはツンと唇を尖らせてから、やっぱり笑った。
俺は体を起こし、自分の体を見下ろした。
全身包帯まみれだ。
まあ、あれだけボッコボコにされたからな……。
痛みも残っている。
でも、ソラが治癒魔法をかけてくれたんだろう。
動かす分には問題なかった。
「看病、ありがとな。……それにしても、目が覚めたら隣に美少女って、男の夢みたいな展開だよな」
「びっ……!? そ、そんな……私の顔なんてッ、えへ、全然ッ……!」
おお、そのリアクション久々に見たな。
元気そうでなによりだ。
俺は苦笑しながら、尋ねた。
「とりあえず、事の顛末を聞いていい?」
「あっ、そうだね……! えっと、ハルはどこまで覚えてる?」
「あの性悪女をぶった斬って、ソラが駆け付けてくれたところかな」
「よかった、そこまではちゃんと覚えてるんだね。じゃあ、そのあとは……」
俺が寝ている間のことを、ソラは丁寧に説明してくれた。
まず、エレクサを倒して気絶したあと、俺はソラに背負われて運ばれたらしい。
……美少女おんぶ。
くそ、起きてたかったな。
ちなみに、今日はあれから三日後らしい。
そんなに寝てたんですね俺。
あとは、エレクサが黒幕だったことが村に周知された。
当然、村の人達は大騒ぎだったようだ。
村の被害は大きかった。
死人も出ているそうだ。
最悪の事態は逃れられたが、到底許せるものではない。
「でも、村長がみんなを上手くまとめてくれて、こんな時こそ一丸となろうって、みんな、気持ちを切り替えて頑張ってるの」
「……そうか、それは頼もしいな」
「うん。アビルとアピスちゃんも、色々な疑いが晴れたことで、村の人達との関係が回復に向かってるの。すぐにうまくはいかないけど……でも、あの二人なら大丈夫だと思う」
ソラは晴れやかに笑った。
その表情は、本当に少し前とは別人のようだった。
きっと彼女も、何か大きな一歩を踏み出せたのだろう。
今の俺なら、それを素直に喜べた。
「それで、ソラはこれからどうするんだ?」
ふと、俺は聞いてみた。
彼女は間を空けてから、力強く答えた。
「私はやっぱり、お母様を助けたい」
「そっか」
「うん。だから、この村を出て、次の街に進んで、協力してくれる仲間を見つけていく」
ソラはぎゅっと、顔の前で両拳を握った。
なんだか、そのポーズも久しぶりに見たな。
「……それで、さ……ハルの方はさ、これから、どうするの……?」
今度はソラが聞いてきた。
凄まじくモジモジしている。
視線も逸らして、なんだかいじらしい表情だ。
ははーん。
ソラは仲間を探すと言っていたな。
この顔は、俺にも協力して欲しいという顔だろう。
そんなのもちろんおっけーだ。
……だけど、それをお願いするのは彼女の方からじゃない。
俺の方からだ。
俺はベッドから立ち上がって、ソラの正面に立った。
ソラは小首を傾げたあと、俺にならって椅子から立った。
向かい合って、彼女の目を見て、俺は話し始めた。
「俺さ、この森で目覚めてから、ずっと不安だったんだ。記憶がなくて、行く場所もなくて、やることもなくて、ずっと不安だったんだ」
「……」
「でも、決めたよ。俺は『ハル』として生きていく。君の言うように、今の俺がやりたいように、一から人生を始めてみるよ」
なりたい自分は、自分で選んでいい。
自分がないなら、これから手に入れればいい。
俺はソラにそう教わった。
だから、好きなように生きる。
「俺はこれから、ソラの旅について行く。ソラの目的のために協力するよ」
「え……っ、……いいの?」
ソラは不安そうに聞き返してきた。
「ハルの記憶のこともあるし……もしかしたら、帰りを待つ家族とかもいるかもだし……」
「記憶のことはちゃんと考える。逃げるつもりはない。でもそれは、いつか思い出せたらでいい。こんな森に一人でいたんだ。きっと、俺を探してる人なんていないと思うしさ」
「……そっか。でも、わたし世間知らずだから、すっごく迷惑かけるかもよ……? 一緒に来たら危ない目にも合うし、もし私といるのが嫌だったりしたら……」
「俺の方が遥かに世間知らずだろ。それに嫌なもんか。言ったろ? 俺は、俺のやりたいことをするって」
俺はニッと笑ってみせた。
彼女は少しソワソワしている。
俺は手を差し出して、優しく言った。
「君は俺を助けてくれたんだ。素敵な名前を付けてくれたんだ。本当に感謝してる。だから、君に恩返しさせてくれよ」
国を乗っ取った奴から母親を取り戻す。
正直、話の規模がデカすぎて、俺が役に立てるのかはわからない。
何をすればいいのかもわからない。
それでも、俺は彼女に恩返しをしたい。
これからも彼女の力になりたい。
それが、俺が心からやりたいことだった。
ハルとして人生を始める、俺の第一歩だった。
ソラは真紅の瞳を見開いた。
俺が差し出した手を見下ろし、瞳を潤ませた。
白い頬の上を、一筋の涙が伝っていく。
ややあって、彼女は俺の手を握り返してきた。
「うん、よろしくね」
ソラは顔を可愛らしく傾けて、花が咲いたようにぱっと笑った。
記憶喪失の俺、一から始める恩返し生活! 夢笛 @yumehue
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