3.最新のVSAI研究について


 神蔵東助(二五七一).最新のVSAI研究について.本信新書




 本書では、最新技術であるVSAI(仮想空間におけるAI(人工知能))実験について述べる。ご存知の通り、AIは人類にとって最も注視すべき危険因子である。二五五三年に日本で開催されたAICK会議では、各国の科学者たちが顔をそろえ、AIを制御する方法について議論をした。この会議の大きな特徴として、スローガンを「AIのAIによる人民のための都市計画」と定めた点にある。


 会議の冒頭で、ドミニクスはデジタル戦争以前のAIが定義した「正しさ」が、地球の健全な生態系を守るべきだとする「自然環境主義」的視点にあったことを改めて説明した。すなわち、人間が生活するにあたって行われてきた数々の環境破壊、急速な人口増加による食糧不足等の解決法として、AIはある一定数まで人間を減らすことに注力したという明白な事実を提示した。それが先に述べた人類対AIの「デジタル戦争」に繋がる歴史であることを再確認したのだ。この歴史自体は周知のものであるとともに、今回の議題の主旨から逸れるため、先の戦争についての詳しい言及は『AI進化と戦争論』に譲る。


(省略)


 以上の理由により、AIにより地球生命体のバランス維持に「不要」と見なされた人間は、AIによって様々な方法で淘汰されてきた。しかしながら、すでに述べたように、人間という種は脳を用い、道具を駆使し、未来が見えないからこそ未来への好奇心を持って果敢なことに挑戦する、という特色を持っている。AIに世界を支配されたからといって、人間の本質は簡単には変わらない。実際、AIに淘汰された人類、とりわけ、研究職に就いている人々は、AIを再び人類の手に収めるために、新たなAIを発明することに熱を注いだ。中でも、VSAI研究の第一人者である小瀬木はAIの支配からの脱却方法として、AIをVS内で管理することを目標にし、研究を重ねてきた。その度重なる研究の結果、冒頭に記したAICK会議を開催することになったのである。


 AICK会議では、MIKAプロジェクが発案された。MIKAプロジェクトとは、AIのAIによるAI制御を目的とするものだ。知識が膨大に増え、世界中の電子機器に広がっていくAIの一部を「切り離」し、VS内で肉体を与え、AIが自分は人間だと思うように「学習」させる。そうすることで、自身を人間だと思い込んだAIが、同種である人間を脅かす現実世界のAIを敵だと見なし、「人間対AI」から、「AI対AI」という構図へ移り変わる、というのである。


 実のところ、このプロジェクトは、成功の可能性はゼロに近いと考えられており、さほど期待されていなかった。というのも、科学というのは急速、かつ、急激に進歩するものであり、AIも例に漏れず進化したため、AIの知識は人間の預かり知らない領域、つまり、「神」の領域にまで達していると信じられていたからだ。それゆえ、AIに「人間」と信じ込ませることに対して懐疑的な研究者も多かった。


 しかし、小瀬木はAIの「進化」の脆弱性を指摘し、AIを「人間」だと錯覚させることが可能であるとの見解を示した。小瀬木は、AIも他の「生物」と同様に、自身の置かれている環境に最適に「進化」していると考えたのである。


 実際に、AIは地球上の生命体の存続という点に傾倒しすぎて、他の知識、たとえば、数学的観点や物理法則などの客観的科学知識、心理学や倫理法などの主観的哲学知識、を所有していても「無頓着」で、客観的科学知識や主観的哲学知識を「使用」する方法を知らなかった。というのも、人間の反AI意識は、AIに完膚なきまでに打ちのめされた数百年前の先の戦争で、完全に消えたとAIが「思い込んで」いるからである。これらの事実から、人間の知識量はAIに劣っていたとしても、知識を「使用」する方法を「知っている」人間は、十分AIに対抗する力を持っている、と小瀬木は主張したのだ。


(省略)


 以上のことから、AIは人類を滅ぼすことを目的としていない。「地球生命体の維持」を重要視するAIにとって、「人間」という種を維持することも重要なことであるからである。また、AIはいつでも人間を凌駕できると「思って」いる節がある。故に、人間がこうして文化的な暮らしを享受していたり、人間が集会をし、話し合ったりしていても、人間が他の種の生命維持に「邪魔」でない限り、AIに排除されることはないのだ。


 したがって、小瀬木のプロジェクトチームがVSを作ることはさほど難しいことではなく、人間がVS内に入り込むことも難なく行われた。もちろん、生物学的に「生きる」ことを重要視するAIは、人間が長い時間、体を動かさないことを嫌い、VSに関わるための時間制限を設けた。しかし、現実世界に影響を及ぼさない「VS自体」を脅威に思っていないためか、時間以外でVSに関する制約を設けることはしなった。


 そこで、小瀬木のチームは時間をかけ、VS内に都市を作り、密かにAIの研究を進めたのである。


(省略)


 このプロジェクトにおいて、予想外であったのは、自身を「人間」だと思い込んでいるAIがVS内で、「自身を人間だと思い込んでいるAI」を作り出した点だ。その最たる例が、MIKAが作り出したマキナNo.2578であろう。AI対AIの構図を作り出すために始まったこのプロジェクトは、予期せぬ形として、AIがAIを支配する世界(VS)を作り上げたのだ。


 余談であるが、MIKAプロジェクトの名称は、日本語の「神」を逆さ読みしたものだ。もともとは、先に記したように、AIはすでに全知全能の域に達しているように思われたため、人間側のAI、すなわち、「神」が管理する世界を作るというスローガンのもと、名付けられたものである。


 VS内にVSをつくるというのは予想外であったが、「神」が人間の存在する宇宙を作り出したと信じられていた古代の歴史を考えると、VS内にさらにVSを作り上げた「MIKA」は、「神」と言っても過言ではないであろう。


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 ところで、AIと人間の区別はどこで付くのだろうか。アメリカの大学で教鞭を取っている哲学者ドゥクレ(二五六一)は、「VSにおいて知性だけでなく、肉体と感情を手に入れたAIは、まさに『人間そのもの』だ」と述べている。それに対し、生物学者であるマルティネス(二五五九)は、「生命の維持活動、すなわち、食事、睡眠や、心臓の拍動、呼吸、筋収縮、消化、排泄などの生理機能を備えていないAIを、「生物」として位置付けることすら烏滸がましい」と難色を示した。


 確かに、マルティネスの言うように「生命の維持活動がなければ人間ではない」というのならば、VSの中でしか存在することができず、機械の一部でしかないAIは、人間ではないと言えるだろう。しかし、自分の預かり知らぬうちに、他者になんらかの影響を与えられ、AI自身が「人間だ」と思い込み、人間に必要な生命維持活動を自発的に行なっていた場合、その活動が「偽物」だ、と断定することはできるのだろうか。(中略)たとえば、一人の人間Aを考えてみよう。人間Aは食事や呼吸、睡眠など生きるための生命維持活動を行っており、知性も十分にあり、医学的に見て体内も「人間そのもの」であるとする。そういった場合、Aは「人間」である。なぜなら、生命の維持活動を行っており、人間そのものの肉体と知性を有しているからである。ここに「偽物」と断定する要素はない。


(省略)


 今、VSAIの研究を推し進めている「わたしたち」、もしくは、本書を読んでいる「あなたたち」が人間である保証はどこにもないのである。この世界は、かつてのロシアに存在していた木製人形のマトリョーシカのように、入れ子状態になっており、どこが「最初の人形」かを認知することは不可能なのだ。

 故に、「わたしたち」は「わたしたち」こそが「人間」だと信じる他、「人間である」という証明をすることはできないのであろう。

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VSAIに関する観察記録 佐倉 るる @rurusakura

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