第36話 旅立ち

 わたしたちは数日に渡ってお城にとどまることになった。城下街に外出することも許されなかった。


「エレナ公はああ言ってはいるが、俺たちのことを信用しているわけではないな」

「それはそうだろう。余所者がやって来て街ひとつを滅ぼしてしまったのだ。敵国の手の者と考えられてもおかしくはない」

「ま、のんびり過ごすことにするさ。このお城にも面白い魔術関連の本は置いてあるみたいだからね」

 バイロンは傷が治ってきたのか、痒そうに腕をかいた。

「私は祈りの時間を持つことにしています。このお城の礼拝堂も大きく、その中で集中して祈りを捧げることができます」

「ダニエルはなにをしている」

「なにも。というかグレイプニルの修繕を試みている。が、どうにも無理そうだ。いにしえの技術で作られている物を無理に引き剥がしたら、うっかり壊してしまうかもしれない」

「フェンリルと戦うなら、こういう軍隊のいるところの方がいいな」

 バイロンが腕をかきながら、軽口を立てる。

「みんなに伝えておくけれど、フェンリルを安全に呼ぶことができるのは、おそらくあと1回だけだ。その次はないと思ってくれ」

 ダニエルは真剣な顔をしてみんなにそう告げた。一同は黙って頷く。その覚悟はもうみんなできていたみたいだった。

「そうか。それまでにグレイプニルなしでフェンリルを召喚できるようになるっていうのは、難しいか?」

「うん。正直に言って難しい。ただ、レヴィヤタンを呼ぶことはできるようになるかもしれない」

「え、やだよ。呼ばないで」

 わたしは本当に嫌だった。どうしてダニエルはそんなことするんだよ。

「ゼーのところのレヴィヤタンじゃないよ。父が呼び出していたレヴィヤタンだ。種類が明らかに違っていたから大丈夫だよ。ゼーが呼んでくれた時に、ヒントになることがあったんだ。ゼーが王の王と呼びかけていたんだ。それによって気づいたことがある。もう少し研究が必要だけれど、大丈夫だと思う。フェンリルがいなくなったら、僕はもう用済みになってしまう。そうならないように頑張らなくちゃ」

「ダニエルを召喚獣のことで評価しているわけではない。我々に必ず必要な仲間だと信じている。研鑽してくれることはありがたい。これからも頼むぞ」


 わたしたちが自由になったのはそれから10日も経ってからのことだった。

「サー・クレイグ・ミルトン。長い間、不自由を強いたこと、お詫び申し上げる。しかし、ひとつの街、しかも城のある街がなくなってしまったのだ。ことは重大だったのだ。許して欲しい。そして、もうひとつ許して欲しいことだが、なるべく早い時期にこの地を、というかこの国を旅立って欲しいのだ」

「国外追放、ということですか」

 エレナ公は、とても苦い顔をしていた。

「結果的にはそう見えてしまう。しかし、この街の人間はそう思ってなどいない。サー・クレイグ・ミルトンは間違いなく英雄なのだ。ただ、国の上の者はそう感じていない。小竜公も放蕩が過ぎたとはいえ公爵であることは間違いないのだ。貴族殺しは極刑になることが定められておる。

 色々と折衝はしてみたのだが、国内からの退去、ということが一番穏当な策なのだ。どうかこの力のないものを許してくれ」

「エレナ公。前例のないことに善処いただき感謝申し上げます。我々は旅の冒険者、いつでも出かける準備はできております」

 そうか、と呟きエレナ公はそれからしばらくの間、沈黙していた。そのあと、意を決したように強い瞳でわたしたちに切り出す。

「本当に無理を言ってすまない。ここからロイセン王国に戻ることも可能だ。そう言う手配はすぐにできる。この城はは3つの国の国境のあるところに位置している。できるだけ早い段階で他の2国に移動してもらえたら幸いだ」

 クレイグがエレナ公に向かって話をする。

「我々は北方を目指しております。そちらに一番近いルートを選ばせていただきたいと思います」

「では、一度西のラクフ共和国に抜けるのがよかろう。内乱なども起きてはいないから、比較的安全に北を目指すことができるはずだ」

「承知しました。それでは一両日中にこの国を出立いたします」

「英雄の足を急がせてしまってすまない。だが、偉業を成したことへの敬意を忘れてはいない。またいつの日か、この地を訪れてくれ」


「犯罪者みたいにこの国を出ていかなければならないっていうのは、なにかの皮肉かね」 

 わたしたちはタペストリーのある応接間に集められていた。

「仕方がない。これでもエレナ公は尽力してくださったのだ」

「まあ、持て囃されるのは性に合わないからいいけれどな。じゃあ、今晩は旅の計画を立てるか」

「じゃあさ、また星を見る会をしようよ」

 わたしはみんなに呼びかける。

「なんだ、ゼーはあれが気に入ったのか?」

「うん。気に入った。それと確かめたいことがあるんだよ」

「じゃあ、決まりだな」


 わたしたちはお城の一番高い塔のてっぺんに案内された。

「すごおい。遠くまでよく見えるね」

「少し前までは牢獄に使われていた塔らしいけれどな。ところで、ゼーの確かめたいことってなんだ?」

「うん」

 わたしは、塔のてっぺんでほうき星を見つける。

「空に一角獣はいないかな、と思って」

「一角獣なら森の中にいるんじゃないのか。フラクシナスがユニコーンの池を案内してくれたことがあったろう」

「そっか。じゃあ、またあの森に行ったらいいのか」

「どうしてだい?」

「聞いた詩の中に一角獣の背に乗りっていうのがあったでしょう? そうしたらすぐに『ジェセの根』が見つかるんじゃないかと思ったの。それでね、空の星の中にユニコーンを見つけられないかな、と思ったの」

「確かに、一角獣座というのはあるな」

 バイロンが空をぐるっと見回す。

「どこどこ?」

「ここからなら見えるかな。ああ、見える見える。地平線、ぎりぎりのところにある七つ星のことだ。グランド公国では見ることができない星座だ。北に行くに連れてその姿を表すと言われている」

「じゃあ、その背中に乗れるところがきっとあるんだね」

 クレイグがふむふむと頷いている。

「なるほど。一角獣の背中というのはそういうことかもしれないな。ゼーローゼ、本当に賢い水の精霊だ」

「うふふ。褒められちゃった。だからこうして時々、高い所に立って、一角獣を探してみたらいいんじゃないかと思っているの」

「そうか。これでまたひとつ手がかりが増えたな。北に向かいながら、塔や山など高い所に立ってみることは必要かもしれない」

「それなら、一角獣そのものを探すことも大事なんじゃないか」

「バイロン、それはとても難しいことだよ」

 ダニエルがバイロンに向かって答える。

「どうしてだ?」

「一角獣は乙女にしか心を開かないからだよ」

「いるじゃねえか、ここに乙女が」

「そうだよ。わたしがいるんだから大丈夫だよ。それにこの間、一角獣が出てくる夢も見たんだ」

「お、それはいいな。どんな夢だった?」

「うーん。もう忘れちゃったけれど」

「忘れたのかよ」

「魂のさざめきのことを言っていたよ」

「魂のさざめきか。なんのことかさっぱり分からんな」

 クレイグが空を見上げながら言う。

「それでも構わないさ。目標がまたひとつできたんだ。国を出た頃に比べれば、その情報量は雲泥の差だ」

 アランがそれに答える。

「確かに神のお導きを感じますね」

「そうだ。だから我々は、北へと進み続ける。それに異論はないな」

 みんなが頷く。

「では、明日、この街を出立しよう」


 わたしたちは多くの人に見送られてミショアラの街をあとにする。お城にいた人や商人たち、そして多くの街の人たちが手を振ってくれた。

 わたしのこと、見えている人どのくらいいるか分からないけれど、わたしは両手で大きく手を振りかえす。


 ラクフ共和国へは歩いて一日ほどの距離だ。わたしの故郷からはどんどん離れてゆく。それでも寂しさはない。不思議な導きをわたしも確かに感じている。

 いつか『ジェセの根』に辿り着くことはできるだろうか。うん、きっとできると信じている。だからこうして一歩一歩前に進んでゆくんだ。


 ふふふ。わたしは、でもやっぱり歩いたりしないで、ふわふわ浮いていたり、ダニエルの背中におぶさったりする。そのことにちょっと安心してうたたねをする。

 そしてわたしは夢を見る。

 蹄の駆ける音が心地よく響いてくる。




(第1幕 うたたねウンディーネ:おわり)

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うたたねウンディーネ 石川葉 @tecona

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