第35話 一角獣
わたしたちはミショアラの街に戻る前にレーナウのいる村に立ち寄った。
レーナウはわたしたちをもてなしてくれた。ダニエルがことの次第を告げる。
「そうか。友は、おそらくもう死んでしまったのじゃろうな」
「詩を渡すことも、その消息をつかむこともできずに申し訳ありません」
ダニエルは懐から預かっていた手紙を取り出す。
「最後の詩から読み取れるのは、彼がヴァンパイアに心惹かれてしまったであろうことだ。おそらく夜の世界に生きたのじゃろう。それもまた人生じゃ。詩人らしい生き方だったとも言える。ただ、わしはそれを選ぶことはあるまい。もっと穏やかな道を歩きたいものだと思っている」
レーナウの村をあとにし、ミショアラの城塞へ向かってわたしたちは歩き出した。そこからの道のりはすぐだった。立派な城壁が見え始める。城門には一角獣の紋章の旗がはためいている。
エレナ公への謁見はすぐに認められた。謁見の場もほどなく用意された。わたしたちは大広間に案内される。
「サー・クレイグ・ミルトン。至急伝えたいことがあるとの申し出、受け付けよう」
わたしたち冒険者は跪いている。エレナ公の声に促されてクレイグが顔をあげる。
「ありがとうございます。エレナ公に
我々は、小竜公の治めるドラクレシュティ城を訪れました」
「ドラクレシュティ城。最近、音沙汰がなく使者を使わしているが、彼ら自身も帰ってくることがない。軍隊を派遣しようと画策しているところだった。なにがあった」
「はい。実は小竜公はヴァンパイアロードと化しておりました」
城内が一気にざわつく。それを手で制してエレナ公がクレイグに話を続けるように促す。
「我々は、策を考え、なんとかヴァンパイアロードとその配下のヴァンパイアを倒すことに成功いたしました」
ざわつきがまた高まる。
「しかし、そのことにより、街全体が壊滅することとなりました。街の外観はほぼ保っているのですが、街の住人が全滅してしまいました」
「それはどういうことじゃ」
「はい。城下街のすべての人間がヴァンパイアとなっていたのです。我々は、日の光に助けられ、そのヴァンパイアを滅ぼすことができました。しかし、ヴァンパイアゆえ、その首を持ってくることはできませんでした。ですので、この事実に対する証拠はなにひとつ残っておりません」
「いや、騎士ミルトンがそう言うのであれば、それは真実のことであろう。すぐに軍をドラクレシュティ城に送ろう」
エレナ公が即答したことで場内のざわめきは少し収まった。
「小竜公はその名の通り、竜騎士でございました。我々は、そのうちの1体の
「承知した。魔物討伐を念頭に置いた軍を送ることにしよう。
騎士ミルトンよ。1度ならず2度までもわが国の脅威を取り除いてくれたこと、感謝する。今はその体を休めて欲しいところだが、もう少し詳しい話を聞きたい。よろしいか?」
「もちろんです」
クレイグはそう答え、頷いたエレナ公が声を張り上げる。
「冒険者一行を奥の部屋にお通しせよ」
わたしたちは奥の応接間に通された。慌ただしく人が出たり入ったりしていた。やがて勲章をたくさんつけた男の人が入って来た。その人はどうやら軍隊の将軍らしい。そこで軍隊の将軍とクレイグは詳しい打ち合わせをすることになった。
そんなやり取りを横目に、わたしはひとつの大きなタペストリーに目が釘付けになっていた。
「ゼー、どうしたの?」
「ユニコーンのタペストリーが飾られている」
クレイグが将軍と話をしている間、わたしはずっとその大きなタペストリーを見ていた。壁一面に広がっているそれは、城塞にあるどの肖像画よりも大きくて立派だった。旗を見た時や晩餐会の時は気にもとめなかったけれど、夢を見た後だと、すごく意味のあるものに見えてくる。
タペストリーには、ユニコーンとエルフの女の人の全身像が織り込まれている。その後ろにはエルフが寝床にするという天幕が大きく織り込まれていた。
「なんだ。水の乙女はタペストリーが珍しいのか」
エレナ公が応接間に入ってきてわたしに声をかけてくれる。
「これってなにを表しているの?」
「水の乙女が芸術に心惹かれるとは、とても嬉しいことだな。
これは『一角獣と森の乙女』と呼ばれているタペストリーだ。この絵に添えられた詩がある。
森の乙女は 一角獣の背に乗り 駆ける
空の星を追いかけ
仕えるべき
それは 森の乙女の時間でも
及ぶことのない 永遠
訪ねるものに その扉は開かれるであろう
この地方に伝わるものだ。
かつてこの地方は森の豊かなところだったと言われている。多くのエルフが住んでいたらしい。しかし、人の戦争が、この地域をすっかり荒廃させてしまった。
エルフはどこかの森に移住し、その姿を消してしまった」
そのエルフって、もしかしてエシャッハのところにいたエルフのことかな。戦火を避けて南の国に逃げたんだ。
「もうひとつ言い伝えがあって、エルフはほうき星を見つけることができると言う。それは人の目には映ることがない。しかし、そのままでは永遠にその星に追いつくことができない。それで一角獣が描かれている」
「それはどういうこと?」
「エルフの乙女は一角獣の背中に乗り、空を駆けることで、ほうき星の尻尾をつかむことができる。その尻尾の塵を飲んだものでなければ、ほうき星の動くのを見定められないと言われている。なんのことか我々にはさっぱり分からないことだ。しかし、我が先祖にはエルフとの親交があったとされている。これは預言のタペストリーと呼ばれていて、とても深い意味が込められていると言われている」
「それは『ジェセの根』に関することではないでしょうか」
将軍との会議を終えたクレイグがやってきて、アラン公に話しかける。
「『騎士ミルトンは『ジェセの根』についても詳しいのか?」
「いえ、なにも知らないのです。ただ私たちがグランド公国を出立したのはテオピロ公より『ジェセの根』の探索の命令を受けてのことなのです。」
「この街で『ジェセの根』について調べてもなにも分からなかっただろう」
クレイグは頷いた。
「それはひとつの呪いのようなもののせいだ。もうひとつの詩がある。それこそまさに『ジェセの根』と呼ばれている詩だ。
ジェセの根の光は
この地に住むものから取り払われるであろう
瞳を暗くし それが明かされることはない
しかし恐れるな
雪狼に跨る花嫁が解放を告げ知らせる
いずれこの地にもジェセの根の光が満ちるであろう
雪狼と花嫁 南の地よりやって来る
我々は、『ジェセの根』に対して盲目となっている。なにも知ることができない。それは森を焼いてしまったせいだと言われている。ジェセの根を焼いてしまったのかもしれない。しかし、希望は南の地から来るとこの詩で預言されている。雪狼に乗って花嫁がやって来ると。雪狼が南から来るというのも不思議なことだ。騎士ミルトンよ、この程度の話しかない。役に立てなくて申し訳ない」
「いえ、非常に貴重な情報をいただくことができました。感謝申し上げます。この地にも必ずや『ジェセの根』の祝福があることを確信しております」
わたしたちは、しばらくこのお城に滞在することになった。軍隊がドラクレシュティ城の情報を持って来る間、残っていて欲しいと頼まれたからだった。
わたしは自由にこのお城の中を探検した。そうしたら一角獣のタペストリーはいくつも飾られていることを発見した。そのどれにも一角獣とエルフの乙女が描かれているのだった。
でもひとつだけ違っているタペストリーがあった。エレン公に聞いた詩のことだな、と分かった。フェンリルみたいな狼に金髪の女性が乗っている。耳の形がエルフみたいにとんがっていなくて普通の人間みたいだった。なぜかそれを見た瞬間に、夢の中でユニコーンに乗った時のことがぶわっと蘇ってきた。どうして一角獣ではなく、雪狼のこのタペストリーの時なんだろう。
でも、これがユニコーンの言っていた魂のさざめきなのかな、と思ったりした。
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