読み切り作品置き場

企業戦士

勘違い系 前編

 私が教会の奥に設られた埃っぽい部屋に入ると、既に男が一人座っていた。

 装飾や色味の少ない服を身に付けた金髪の青年は、私に気づくと立ち上がり、頭を下げる。


「君かい? 今どきこんな世の果ての教会で懺悔したいなんていう変わり者は」


 まったく困ったものだ。

 確かに私達聖職者の仕事の一つに迷える子羊達の懺悔を聞き、有用な助言をするというものがあるが、人の愚痴なんてそうそう聞いていられるものではない。

 出そうになるため息をグッと堪えつつ、青年の正面に腰を下ろす。


「はい。本日はぜひ神父様に私の胸の内を聞いていただきたくやって参りました。実は」


「待った待った。まずはおじさんの話を聞いてくれるかな?」


 私が席につくと同時に前のめりで身の上話を開始しようとする青年。

 鼻息の荒さからは面倒ごとの予感しかしない。

 まだなにも聞いていないし、このまま帰ってくれないかなと期待を込め、優しく諭す。


「懺悔なんて流行らないこと、やめなさいよ。しかも私のような不良聖職者に。君、どう考えてもやんごとなき家の出でしょう? どうしても懺悔したいって言うなら、中央にあるもっと大きな、ついでに権威のある教会のほうが絶対いいって」


 先に述べたように服のデザインは平民丸出しだけど、生地や縫製の質が『上流階級だぞ!』と主張している。

 わざわざこんな遊びをするんだからおそらく貴族のボンボンだ。

 大人しく中央のデカい教会とかで話聞いてもらっとけばいいのに。

 

「いえ。神父さまに聞いていただきたいのです。炎神プラティル様の使徒であり、この辺境にありながら、その言葉を以て数多くの人々を導いていらっしゃるガスペル神父様に」


 炎神なんていっても、平和な世の中じゃ信奉されない戦いの神だ。

 教会勢力としては下の下で力もないのに、たまにこうやって懺悔したいと人がやってくる。

 

「褒めてくれるのはありがたいけど、人の故郷を辺境扱いするのやめてくれる? そういうところだよ、貴族が平民に嫌われるのは」


 自分で世の果てというのは良いけど人に言われるのは腹が立つもので。

 ついつい苦言を呈してしまう。

 

「失礼いたしました。しかし、まさに貴族と平民という身分差にまつわる懺悔をしに参ったのです」


「嘘でしょう? そこから導入に入るんだ。正直、聖職者の仕事の中で懺悔を聞いて説教の流れが一番嫌いなんだけど。あーあ。はい、どうぞ」


 私が面倒くさそうに合図を送ると、青年はきょとんとしながら首を傾げた。


「どうぞ、とは?」


「懺悔。したいんでしょ? しなくていいなら帰りなさいな。あ、寄付はそこの箱に入れておいて。お土産は教会の前の雑貨屋のジャムがオススメ」


 この部屋に入った時点で料金は発生しているのでね。

 名目は寄付だが、要は相談料だ。

 聖職者だって先立つものは必要なので、本当に嫌だけどこうやって懺悔など聞きつつ日々生活の糧を稼いでいる。

 

「します! 懺悔します!」


 でしょうね。

 こうなっては仕方ないので、聖職者らしく居住まいを正して傾聴の姿勢をとる。


「せめて明るく前向きな懺悔を期待してるよ」


「明るく、前向き、ですか」


「冗談だよ。聞いたことないからそんな懺悔。はい、よーい始め」


 よほど話を聞いてほしかったのだろう。

 青年の話はあっちに飛びこっちに飛びしながら、実に街の鐘が二回鳴った頃にようやく終わった。


「ふむ。つまり何かな? 貴族の嫡男であり、他所の家に可愛い許嫁もいて順風満帆なのに、平民の女を好きになっちゃったわけ? へえ……。思ったより明るく前向きだね」


「明るくなんて!」


 私の感想に心外だとばかりに目を剥く青年だったけど、そんなことで彼の行った懺悔への評価は変わらない。


「明るい明るい。だって、今の話だと君は許嫁の子のことも嫌いじゃないし、向こうは君のこと大好き。平民の子も君のことを悪くは思ってない。そうだね?」


 これが許嫁がとんでもない浪費家で他に好きな男がいてこの青年に微塵も興味がないとかならまだわかるんだけどさ。

 私の確認に、青年が浅く頷く。


「それは、まあ」


「うん。今のところ、中央から辺境まで見ず知らずのおじさんにわざわざ惚気に来た明るい青年だよ、君」


 帰れよまったく。

 いや、暗い話じゃないし、若者の恋の話なんて聞く機会ないから正直面白かったよ。

 懺悔は終わり。

 ここからは神父様の説教のお時間だ。


「貴族目線だと平民の娘が君に恋心を抱くこと自体御法度だし、許嫁の家に知られたらまあ、その子は消されちゃうよね」


 平和な世の中だけど、平民の命は軽い。

 目の前の彼は、おそらく爵位も高めのちゃんとした家の人間だ。

 そこに許嫁を出せる相手の家も同格。

 面子と平民の娘の命なんて秤にかけるまでもない。


「何を選んでも、後悔してしまいそうで。最近は夜も眠れず、食事も喉を通らず。藁にもすがる思いでこちらにお邪魔した次第です」


 若いんだから二、三日の徹夜と絶食くらい問題ないさ。


「で? どっちを選べばより君と君の家の利益になるか助言すればいいのかな?」


「そんな言い方! 私は真剣に悩んでるんです。本当に、真剣に」


 どっちの女の子も好きだけど一人しか選べないよーと真剣に考えた結果、食べれなくなって眠れなくなってるって?

 大丈夫かなこの子の家。

 貴族のバカ息子の恋愛相談に乗るためにこの仕事してるわけじゃないんだけどなー。

 真剣に説教するのも馬鹿馬鹿しいなー。

 よし。


「どっちも選んじゃいなよ」


「は?」


 私の投げやりとも取れる提案に、青年が呆けた表情を見せる。

 投げやりとも取れる、というのは語弊があるな。

 投げやりそのものだ。

 心底どうでもいい。


「どっちも好きなんでしょ? なら、どっちの手も握っちゃおう。なんで片方捨てる前提なのか、おじさんには理解できないね。男なら貪欲に行かなきゃ」

 

「いや、それは相手に不義理というか」


 いまさら何言ってんだ。

 許嫁いる身で他の女に目移りしてる時点で不義理真っ只中でしょうが。

 

「複数の奥さんがいる貴族なんて珍しくないでしょ? 君は、たまたま一人が平民だっただけ。そうじゃない? 違う?」


 まあ、待ってるのはドロドロの家庭内闘争だろうけどさ。

 それを選んだなら君自身の責任だ。

 貴族家から娶る正妻から、平民の側室を守ることができるかな?

 

「そんな道が、あるのでしょうか」


 ないよ。

 普通の貴族なら検討に値しない説教だというのに、真面目で思い悩むタチらしい青年は瞳を揺らしながらも必死で消化しようとしている。

 消化し切った時点で終わりが始まるというのに、残念な子だ。


「仕方ないさ。人間悩みが極まると視野が狭くなるからね。貴族なんて雁字搦めな生き物やってる君みたいな子なら、なおさらね。だから、好きな子二人いるけどどっちを選べばいいかわからないよ! っていう明るく前向きな懺悔について私からの説教は、どっちも捨てるな、貪欲に求めろ、ということで」


 我ながら無責任極まりないな。

 私が炎神様ならこんな使徒、即刻灰にしてやるがね。

 

「どっちも、捨てるな。貪欲に、求めろ。少しだけ、ほんの少しだけですが光が見えた気がします」


 寝不足と飢えが見せた幻覚だと思うよ。

 ちゃんと寝て食べたら消えるさ。

 恋で視野が狭まってる若者に言っても無駄だろうけどね。


「そう。ならよかった。まあ、あとは君自身の選択だが、検討を祈るよ。はい、お終い。寄付金、期待してるからね」

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