37 隆清院
その女――豊臣秀次の娘にして、
隆清院は、その父・秀次とそれにつづく秀次の妻子皆殺しの中を、なぜか生き延びていた。
これには、秀次の意を酌んだ信繁が、まだ赤子の隆清院を密かに救ったのではないかと思われる。
あるいは、さすがの秀吉も、そこまで命を奪うのはためらったのか。
いずれにせよ、隆清院は信繁の手元に置かれ、秀吉もそれをとがめることもなく、逆に「御一門」と認め、そして月日は流れ、関ヶ原の戦いが起き、信繁は紀州九度山に流された。
この時点で十代に達していた隆清院は、信繁の側室となり、その娘・
「しかも今、お腹に
そのため、この大坂夏の陣現在、隆清院は瑞龍院日秀(秀吉の姉、とも。秀次の母)のところに身を寄せている。
*
「……いやいや、だからどうだというのじゃ」
茶々はよくわからないという表情で、信繁を見た。
信繁は、わかりませんかと言って、
それを見て、秀頼の娘・奈阿姫はうらやましそうな顔をする。
秀頼は「どれ」と言って、奈阿姫を抱き寄せる。
それを見た千姫は気がついた。
この場にいる中で、徳川という、異なる群れにいたせいかもしれない。
「奈阿姫と
奈阿姫は豊臣秀頼と小石の方(成田氏)の娘である。
真田信繁は信濃の生まれで、豊臣とは縁もゆかりもない家の者だ。
成田氏は、正室である千姫が確認したが、成田助直という男の娘で、やはり豊臣とは縁もゆかりもない。
では、隆清院はどうか。彼女は豊臣秀次の娘だ。
一方で豊臣秀頼は豊臣秀吉、秀次の叔父の子だ。
「だから似て……いや似すぎている」
改めて見ると、まるで姉妹のように似ている、奈阿と
これだけ似ているとなると、せめてもう少し隆清院と秀頼が「近い」血縁にないと……。
「あっ」
千姫ががくがくと震え出している。
この命題は、秀頼が秀次の子であれば解決する。
それに気づいた。
「ま、まさか」
秀頼は
まるで、千姫からの追及をのがれるかのように。
本当か。
本当なのか。
「だ、だとすると」
太閤秀吉という人物は、何ということをするのだ。
そういえば、秀吉は子ができなかったと聞く。
そのために。
「そのために……おのれの妻を、おのれの甥に」
思わず千姫は茶々を見る。
茶々は、硬直していた。
しかし次の瞬間。
「な、何を言うておるッ」
吠えた。
常に優雅に、嫋やかである義母が、怒りをむき出しにして、吠えた。
「
「そう言われましても」
今や、茶々は
つかんだその手が、ぶるぶると震えている。
それを秀頼は冷めた目で見ていた。
よほどの怒りだが、それは真実を言い当てられたからではないか、と……。
「わかりました。徳川の陣に参ります」
千姫は、冷めた目をしていた。
いや、軽蔑の眼差しを浮かべていた。
豊臣という家に。
「では千姫さま、秀頼
「……言われるまでも、ありません」
あの家康に、先ほどの話を伝えたら、何となろう。
あれほど忌み嫌った豊臣の家の――豊臣の子の、醜聞。
それを知ったら、嘲りと共に殺意を無くし、むしろ満天下に生き恥をさらせと、命を助けてくれるかもしれない。
そういう意味では、たしかに有効だった。
「……千姫」
「触らないで下さいまし」
千姫は秀頼を拒否した。
先ほどの秀頼の「豊臣の子を産んでもいない」や「徳川の子」という発言を屈辱に感じていたのが、嘘のような千姫だった。
ばかにしている。
何が「豊臣の子を産んでもいない」だ。
その豊臣の子を産むために、そこまでやるか。
女を何だと思っている。
いや、男も種馬扱いか。
そういえば、この真田左衛門佐信繁とやら、よくよく考えたら、隆清院――豊臣秀次の娘と子を生したと。
つまりは、この五十近い男が、十歳を越えたばかりの娘と、情交したのか。
汚らわしい。
穢らわしい。
──みんな、狂ってる。
「ようわかりました。こうなった以上、
一刻も早く、このような
今まで尽くして来た秀頼など、その汚獩の象徴だ。
だから、早く。
「何をしているのです、修理!
今まで、深窓の姫君として育てられ、扱われたことなど、まるで嘘のように凄む千姫。
そのあまりの変貌に、茶々は言葉を失う。もともと、治長の述べた「秀頼の出生の秘密」により、心が衝撃に耐えかねていたこともあって、彼女は再び硬直していた。
「かしこまりました。権右衛門、権右衛門はいるか」
「はっ、ここに」
治長の臣、米倉権右衛門はどこまでも忠実に、秀頼から離れずに彼を守りつづけていた。
一歩引いたところにいた権右衛門を差し招き、治長は千姫の護衛と徳川の陣への手引きを命じた。
「よいか、片桐且元どのが迫っているはずだ。まずそこへ行け」
「承知いたしました」
ここでまさかの片桐且元である。
これあるを期して、治長は且元を粗略に扱わなかったのか、と誰もが思った。
だが、誰も責めなかった。
今となっては、治長の且元の伝手こそが、彼ら彼女らを救う、蜘蛛の糸だったのだから。
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